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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Fourth〜】


『話してしまえばいいじゃないか、月華』
 唐突に頭に響くようにして聞こえた声に、美景雛は息を呑んだ。しかしそれは雛だけではなく、目の前にいた月華も同じだった。
「……陽葉、何を…っ」
 しかしその反応の理由は雛とは違い、声が聞こえたことそのものにではなく、その声の示す内容へのものだったらしい。動揺もあらわに、月華は声の主――陽葉へと言葉を向ける。それに対して、陽葉は感情の色の薄い声で淡々と返す。
『彼女が言うとおり、ここまで巻き込んでしまったのなら彼女には事情を知る権利があるだろう? あらいざらい話してしまえばいいじゃないか。ワタシは別に構わないよ? …全てというのはキミの性格上無理にしろ、彼女が望むだけの情報は開示すべきだとワタシは思うけれどね』
「っ、だが――」
『ワタシが、いいと言っているんだよ、月華』
 強調するようにして紡がれた言葉の真意は、雛には分からなかった。けれど、月華はその言葉によって何かを決めたようだった。
 一度瞳を伏せ、小さな溜息をついた月華は、雛に改めて向き直る。そして常より幾分か硬い声音で告げた。
「――先の言葉は取り消す。先の質問に答えよう。……その前に、場所を変えようか。ここでは落ち着いて話せない」
「……分かりました」
 落ち着いて話せる場所に移動するのなら、本当に月華は自分の疑問に答えてくれるつもりなのだろう。それならば雛に否やはない。
頷いた雛を確認して少し思案顔になった月華は、すぐ傍の喫茶店に目を留めて「丁度いい」と呟いた。
「店の奥を借りよう。――美景さんもそれでいいだろうか」
 その問いに首を横に振る理由は、雛にはなかった。

◆ ◇ ◆

 店主と話して奥を借りる許可を得た月華に連れられて踏み入れた部屋は、どうやら小さな休憩室のようなもののようだった。雛が促されるまま中央にある机につけば、月華は勝手知ったる、といった風情で部屋の隅の冷蔵庫から作り置きらしいアイスティーを出してそれぞれの前に置いた。机を挟んで真向かいに座った月華は、一呼吸おいて「さて、」と口火を切る。
「一体何から話すべきか――美景さんが知りたいことを、具体的に教えてもらえるとこちらとしても話しやすいんだが」
 言われて、雛は少しの間思案する。聞きたいことはたくさんあるが、一から十まで余すところなく訊ねることはできないだろう。時間的にも、互いの心理的な距離からしても。
 だから雛は、一連の出来事の核心であるだろうことに絞って訊ねることにした。
 前に会った時に月華が持っていた――そして雛が不可思議な現象に見舞われる原因となっただろう、鏡のようなもののこと。
 先程、月華が『魔』と呼んだモノの正体。
 それから、月華と陽葉の関係――状態のこと。もちろん、以前聞いた以上の詳細を、と付け加えて。
 月華の様子から、もしかしたらそれらを聞くことはタブーなのかもしれないと考えなかったわけではない。だが、そうやって躊躇していても何も変わらないと思ったからこそ、雛はそれを口にした。
 それらの雛の問いを聞いた月華は、観念するように溜息をついて、それから僅かに笑みを浮かべた。――どこか痛みをこらえるような、そんな印象を抱く笑みを。
「……分かった。それでは一つずつ答えよう。他人に詳しく話したことは今まで無かったから、少々分かり難い説明になるかもしれないが」
 そう前置きして、月華は話し出す。
「まず、以前会った際に俺が持っていたモノについてだが――あれは美景さんの言うとおり『鏡』だ。無論、ただの鏡ではない。『人の心を喰らう』と言い伝えられていた呪具だった」
「呪具…?」
「そうだ。俺と――陽葉の願いを叶えるために有用だと、手に入れたものだった。美景さんに作用してしまったのは完全な予想外だった。恐らく俺達と『縁』ができてしまっていたから、というのも原因だったのだろうが」
 淡々と、月華は続ける。平坦なその声は、努めて平静を装おうとしているように雛には思えた。
「先程の『魔』は、元は私と陽葉の属していた一族に関わりのあるモノだ。一般に言う『悪魔』や『魔物』に近しいが、悪しきものではない……少なくとも、俺達にとっては。とはいえ、性格――という表現が正しいかは微妙なところだが――が少々捻れている。先のあれも、一応は悪ふざけの類だ。性質は悪いが」
 そこまで一気に喋って、月華は自分を落ち着けるようにアイスティーを口にした。つられるように雛も一口飲む。緊張からか、口の中が乾いていたことに、嚥下してから気付いた。
「あとは――俺と陽葉の関係、だったか」
 呟くように言って、月華はどう話すべきか悩むように目を伏せる。
「そういえば、以前はあまり詳しくは言わなかったな。俺と陽葉は、何というか、記憶と身体――存在、と言い換えても良いかもしれないが――とにかくそういったものを共有している。表に現れる側が昼と夜とで変化するのは、俺と陽葉の属していた一族の性質からだ。……俺と陽葉は『対』だった。『対』というのは、互いの一族から相性の良い者を選び、術を以て魂に繋がりをつくり、成るものだった。だからこそ、こんなふうな『在り方』が出来たわけだが」
 自嘲するような笑みを、月華は浮かべた。
「当然、元々は別々の人間として俺達は存在していた。互いが在らねば生きていけないと、一族の性に等しい行き過ぎた執着は介在していたが、それでも別個の人間として生きていた。――だが、」
 テーブルの上で組まれていた月華の手が、力を込められ白くなったのに雛は気付いた。けれど、表情と声だけは変わりなく、月華は淡々と話し続ける。
「俺の不手際で、陽葉が死にかけた。俺はそれを許容できず、『禁呪』と呼ばれる術を以て、陽葉を歪に永らえさせた。だが、一人分の存在の枠に、二人分の存在を詰め込んだようなこの状態は、長くは続かない。だから、俺は――俺と陽葉は、各々を『一人』として存在できるようにするための術を探していた。その一環で『呪具』を手に入れ、『魔』を呼び出したということになる。――まあ、どちらも失敗したわけだが」
 『魔』につくられた空間で『陽葉』の形をしたモノが口にした言葉、そしてそれに対する月華の反応から、雛は朧に二人の事情を推測していた。とはいえ、そのための材料も少なかったので、本当にぼんやりとしたものだったが。
 月華が引き金になった何らかの事件で陽葉が身体を失い、その陽葉を助ける為に月華が体を器として陽葉を留めたのではないか、そして陽葉の肉体は何かに取り込まれるかなにかして、それを取り戻すために月華は『鏡』を得たり『魔』を召喚したりしたのではないか――そんな雛の予想は、どうやら当たらずとも遠からずだったようだった。意識的にか無意識的にか、ぼやかされた部分はあったが、概ねの事情は理解できた。
 だから雛は、真っ直ぐに月華を見据えて言った。
「――何か、私に手伝えることはありますか」
「……?」
 怪訝そうな表情になった月華に、雛は更に言い募る。
「私なんかじゃ、何も出来ないかもしれません。でも、貴方を正気に戻す事くらいなら前のように出来ます!」
 いつも、どこか陰のある表情をする月華に、笑って欲しい、と思う。ほんの少し笑う時ですらどこか悲しげな月華の、本当の笑顔を見たいと思う。
自分が、月華と陽葉の問題に首を突っ込める程に親しくなれたかどうかは、実のところ自信はなかった。けれど、ここまで関わりを持ったのなら、出来うる限りのことをしたい、と雛は思う。
「月華さん達を助ける為に、この縁は繋がった――いえ、繋がっていたんです。……私は、そう思いたい」
 雛の言葉に、月華は戸惑うように瞳を揺らす。何かをこらえるように、唇が引き結ばれた。
「その気持ちは、……そうだな、有難いと思う」
 眩しいものを見るように、月華は目を細めて雛を見た。
「だが、これは、俺の過ちから始まったことだ。叶うなら、自分の手で決着をつけたい」
 不自然なほど柔らかな声音で紡がれたそれが、遠まわしの拒絶だと分からないほど、雛は鈍くはない。
 けれど、敢えてそれが伝わるように告げたのだろう月華に何と返せばいいのか――その答えは、雛には分からなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7092/美景・雛(みかげ・ひな)/女性/15歳/高校生・アイドル声優】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、美景様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Fourth〜」にご参加くださりありがとうございました。お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…!

 『秘密』を明かす回、ということで、一気に説明といった感じに。これまでの話であまり触れられてなかったので…。
 概ね事情を話しつつ、幾つかわざと触れてないこともあったりします。月華もそれなりに捻くれているので。
 話の流れ的に、問いの対価提示までは無理でした…すみません。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。