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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


+ 暑中見舞いに不思議な蜜を〜アンティーク編〜 +



「お願いがあるんだよ。ああ、心配しなくても構わない。ただこれを草間 武彦(くさま たけひこ)のところに持って行って貰いたいだけさ」


 そう言ってアンティークショップの主人、碧摩 蓮(へきま れん)は足元から一つのガラス瓶を取り出す。
 大きさは子供の頭程度のそれの中には無色透明の液体が入っている。興味津々でそれを見てれば蓮は持っている煙管をこちらに向けた。


「これはカキ氷の『蜜』さ。祭りでカキ氷屋が赤や黄色のシロップをかけているだろう? あれだよ。でもこれは蜜を氷に掛けた者の感情に反応して味や色を変える特殊な『蜜』さ。大抵は鮮やかな色に変わり味も甘いものだが、酷く落ち込んでたりちょっとでも心に何かしこりみたいなものを抱えていると凄く不味くなるらしい。……色も黒だったりヘドロ色だったりね」
「…………」
「そうそう、ただ運んで貰うだけじゃあんた達に悪いね。じゃあカキ氷一回分の蜜を運んでくれた報酬として二人にあげようかね。ちょっとそこら辺の氷屋に行って試してみるといい。安心しな、毒じゃないからこれで死ぬことはない」


 蓮はガラス瓶を開き蜜を適当なスプーンで掬い指一本分程度の小さなガラス瓶に移し変えるとそれをこちらに渡してきた。
 そこに居た依頼人達はそれを受け取り光に透かしてみる。まだ無色透明なそれは振れば僅かに波立つ。


「ああ、あと武彦達には『暑中見舞いもうしあげます』とでも伝えておいておくれ。どうせ暑さでだらけているんだろうからね。じゃ、頼んだよ。」


 蓮は赤い唇をくっと持ち上げる。その笑みがどこか楽しそうで少しだけ心に引っ掛かった気がした。


「わー、そんな面白そうな蜜本当にアスナが運んでいいの〜?♪」
「え、何その蜜。……たしかに変わった『蜜』だけど……本当に味や色が変わるだけ? ……運んでる途中で何かに変化して襲って来たりしないよね……?」
「警戒心もいい加減にしな」
「いてっ!!」


 依頼を頼まれたのは外見五、六歳程度の黒髪が美しい少女、与儀 アスナ(よぎ あすな)。そして偶然アンティークショップに来ていた高校生男子である工藤 勇太(くどう ゆうた)だった。
 アスナは配達依頼をきらきらとした楽しげな目で素直に受けるが、勇太の方はそうはいかない。蓮から配達依頼を出された瞬間から、彼女の依頼でろくな目にあった事のない彼は警戒心をバリバリ抱く。蓮はにっこりとした笑顔を浮かべつつもそのこめかみには薄っすらと青筋が浮かせ、煙管で勇太の頭をぽかりと軽く叩いた。


「大丈夫だよ、お兄ちゃんー。アスナも一緒だもの。蓮そこまで酷い依頼しないよー?」
「だって! 碧摩さんの依頼だものー! そんな可愛らしく終わるはずがないっ!」
「ふぅん、あたしが幼い少女に害を与えるような依頼をする人間に見える、……と」
「ひぃっ!! お願いだから、怒りのオーラを浮かせながらこっちに来ないでー! やります。やりますよーって」
「あははっ! じゃあ、アスナ達もそろそろ行こう? 蓮、行ってくるね〜☆」


 蓮がもう一回勇太に煙管、もしくは拳でぽかりとしようとした瞬間、少女から助け舟が出る。
 当然蜜の大きさを考えて持つのは勇太の役割となるが、少女の手に引かれながら二人は店を出る。助かった、とばかりに勇太は胸を撫で下ろしながら草間興信所までの道程を少女と二人で歩き出した。


「アスナね、この蜜がどんな色に変わるのか楽しみなの! お兄ちゃんは〜?」
「俺は……色がどんなであれ、味が普通である事を祈ってる」
「もうっ! お兄ちゃんってばそんな気持ちじゃ変な味になっちゃうよ? ――あ、氷屋さん発見〜♪」
「う、来たっ。俺の試練の時!」
「うふふ、どんな味になーるかなぁ☆」


 「いらっしゃい」と人の良い店主に迎えられながら、赤布が敷かれたいかにも和風の長椅子が置かれた屋外へと案内される。
 二人はカキ氷を……ただしシロップ抜きを頼む。店主が一瞬首を傾げたが、アスナが「シロップ持参なの〜♪」と両手を組み合わせ可愛らしい笑顔で言えば、店主もちょっとでれっとした表情で「そうかいそうかい」と孫娘でも見るかのような目で、氷を削り始める。
 しかし勇太の方にはその手の中にある大きなガラス瓶を訝しげに見る。勇太もまた「てへっ」と笑顔を返す事で今は一旦誤魔化す事にした。



■■■■■



 その頃、青髪に黒目が可愛らしい十三歳ほどの少女がアイスを売り歩いていた。
 彼女の名はアリア・ジェラーティ。台車を引きながら言葉通り「アイス」を売っている。


「アイス、アイスは要りませんか?」
「お、今日も暑いねぇ。一本ちょうだい」
「ありがとうございます」


 外回りのサラリーマンもとい馴染みの客が彼女からアイスを一本買い上げると、ハンカチで汗を拭いながら彼女の手から冷たい氷菓子を受け取る。彼女はにこっと微笑みかけると、客は「また出逢ったら売ってね」等と良いながら営業へと戻っていった。
 そしてまた彼女は台車を引きながらアイスを売り始める。やがて一通り行商を終えると、彼女自身もかき氷屋でかき氷でも頼もうと氷菓子屋へと足を運んだ。
 だがそこで高校生と幼女という組み合わせ、かつ何も掛かっていない山盛りの氷を器に盛ってもらったばかりの二人の姿を発見し、彼女は首を捻る。
 カキ氷ならば普通はシロップが掛かっているもの。しかしみぞれすら掛かっていないように見えるそれに彼女は素直に疑問を抱いた。


「おじさん、あれ、何?」
「ああ、お客さんがシロップを持ち込んだんだ。まあおまけ程度にシロップ分の金額は引いてあるけど、一体なんのシロップを持ってきたんだろうね」
「……あれ、食べてみたいな」
「あ、お嬢ちゃん!」


 アリアは店主から話を聞くと非常に興味を抱き、アスナと勇太の前へととててててっと可愛らしい動作で近付く。
 一方、分けてもらったばかりの小瓶を取り出し、二人は持ってもらったばかりの氷を前に思いを馳せる。
 アスナは素直に興味を。
 勇太も素直に……何も無い事を祈っていた。
 そんな彼らの前にアリアは立つと、二人はシロップをかけようとした手を止める。


「え? え? あ、何か用?」
「アスナ達に何かご用ですか〜?」
「……あのね。それ、食べてみたいな。駄目?」
「それって……このシロップの事?」
「アスナは別にいいよ〜♪」
「こらこらこら! シロップの説明もしていないのに簡単にOKだしちゃまずいって」
「でも多分美味しい味になると思うよ〜? お兄ちゃんみたいにおどおどしてないもん」
「ぐさ。言葉の矢が刺さった」
「? ……そのシロップ、特別なの?」


 アリアは二人が手に持っているシロップをじっと見つめ、それから瞬きを数回繰り返す。
 勇太ははぁ……と溜息を一つ零してから目の前の少女にシロップの説明をした。これは確かに特別性のシロップであること。今は無色透明だが、人の感情に反応して色が変化するらしいこと。しかし感情がマイナスであれば色が汚くなったり、味も変なものに変わること。そして最後にこれは「草間興信所」に持っていくものであることを説明した。
 自分達がもっている小瓶はその配達の報酬。
 蓮に言われて「試しておいで」と言われた経緯を話すとアリアの瞳は輝き始める。


「私、武彦ちゃん知ってるよ。煙草いっぱい吸うのやめられない探偵さん」
「お」
「あら、じゃあ皆武彦のお知り合いね!」
「私もその配達するから、シロップ分けてほしいな」


 アリアはそう二人に言い、勇太達は顔を見合わせる。
 二人としては別に配達に関しては問題ない。一人増えようが運ぶ内容は変わらないのだから。
 問題はシロップである。此処にあるのは二人分だけ。もちろん配達の分のシロップは大量にあるわけだが……。


「アスナね、ちょっとぐらい減ってもばれないと思うの☆」
「偶然だな。俺もそう思った」
「お仕事するって言ってくれているし、アスナも色んな味試してみたいな〜♪」
「実はそっちが本音じゃね!?」
「うふふ、おじさーん。もう一つカキ氷、シロップ抜きおねがいね!」


 アスナが幸せそうに微笑む。
 注文をしてくれた少女に対してアリアは自分のお願い事を聞いてくれたことが嬉しくて、ほんのり照れたように笑った。



■■■■■



「さてっと、皆揃ったかー」
「アスナいっきまーす!」
「早っ!」
「えい!」


 好奇心全開、元気一杯のお子様アスナは勇太の合図も待たずにシロップをカキ氷にかける。
 すると無色だったシロップは氷に乗った瞬間、化学変化でも起こしたかのように徐々に色が変わっていく。彼女が持っている氷は次第に黄色系へと変わり、見た目は非常に綺麗。予想としてはレモン味かパイン味と言ったところであろう。


「わーい! 綺麗な色になったー!」
「私もかける、えい」


 アスナが膝の上に器を乗せ、両手を挙げて喜んでいるその横でアリアが配達するべき瓶からちょっとだけ拝借した蜜をかける。すると今度は彼女の氷は次第に紅赤……赤に近いオレンジへと変わっていく。どちらかと言うと外見から見て彼女は青系かと思っていた皆はこの色の変化に目を丸めた。
 一体どうしてこんな色になったのか。このシロップが反応したのは一体アリアの中のどんな感情なのか気になるが、これもまた見た目は非常に美味しそうである。


「おにいちゃん早くー!」
「……どきどきする」
「んー。どうせだったらメロン味がいいな……メロンメロン……」


 勇太はそう小瓶に念じた後、シロップを垂らす。そして彼の願いは天に……ではなく、シロップに届き、その色は綺麗な緑色へと変化していく。それはまさにメロン味に相応しい色あい。
 アスナの黄色、アリアの紅赤、勇太の緑。
 並べてみるとなんてことない、普通のカキ氷の出来上がりだ。


 しかし問題は此処から。
 蓮は言っていた。見た目は良くても味は……と。


「ねえねえ。アスナの一口あげるから、皆のも一口ちょうだい」
「私も、欲しい」
「俺も他の二人がどんな味になったのか気になるな。一つずつ食べていくか」
「じゃあ、アスナのから食べよ! はい!」


 言いつつアスナは自分のカキ氷を皆が食べやすいように前へと出す。
 二人が一口分掬った後、自分もまたスプーンで氷を崩し、シロップが掛かった部分を食べた。黄色のシロップは二人の手に渡っても変化せず、アスナの感情をそのまま表現し続ける。そして皆食べた瞬間、舌に乗った味に目を丸めた。


「わ、これ面白い♪ レモン味かと思ったのに違うんだ?」
「レモン味でもパイン味でもない……なんて言うんだろう」
「んー、これはミックスベリー+ソーダ+アイスクリーム……的な。すげー美味い。祭りとかじゃ食べられねー味だよな」
「うふふ♪ これは見た目とのギャップが面白いの! アスナ大成功ー!」
「……じゃあ、次、私の」


 アスナのカキ氷の感想を各々述べてから、そっとアリアが自分のカキ氷を差し出す。
 紅赤色のシロップが掛かったそれをまたしてもスプーンで各自掬ってからそっと口の中にいれる。今度は意外性をついてトロピカルな味だったらどうしようか、それとも見た目から想像も付かない不思議な味だったら……。
 皆どきどきしつつ一斉にその紅赤のカキ氷を口の中に運ぶ。
 すると。


「これ凄く甘ーい!」
「でも後味はすっきりしてて食べやすい! 俺割と好み!」
「……とても甘いけど、後味は氷が溶けるようにスッキリ……。私、こんな味なんだ……」


 アリアは自分の手の中にある器を見下げながらどうしてこうなったのか首を傾げる。
 色が紅赤に変化した時、自分でも驚いた。食べた味にもびっくりした。彼女は知らない。皆も知らない。それがシロップを追い求めた情熱と好奇心の感情の味である事を――。
 さて最後は勇太のカキ氷である。
 緑色のカキ氷の予想は勇太の願いが届いているならばメロン味だ。此処まで順調に色も味も進んできた為、今回もまた皆笑顔のままカキ氷を掬ったスプーンを口の中に入れた。


 が。


「まっずーい!! アスナ、こんなのいらない!」
「……吐きそう。私も、いらない……」
「……なんか……絵の具みたいな味がする……」


 各々口を押さえ、失礼だとは思いつつも地面にぺっと溶けたカキ氷を吐き出す。
 そんな三人の様子を見た店主は慌てて水を持ってきてくれ、三人はありがたくそれを一気飲みすることにした。
 落ち着いた三人を見て店主は「一体何があったんだい? 異物混入でもあったのかい?」などと心配してくれたが、そこはそこ。勇太が「すみません、ちょっと虫が乗ったのをみちゃったもので」と綺麗に誤魔化した。流石に食品にそんな事があれば三人が吐き出した事も納得せざるを得なかった店主は「もう一杯おまけしてあげようか?」と優しく声を掛けてくれたが……。


「お兄ちゃん。蓮のこといっぱいいっぱい疑ってたからあんな味になったんだよ。アスナは自分の分だけでもういいもーん♪」
「私も、これだけでいい……甘い、美味しい」
「う、う、う……なんで俺のだけ」


 店主の気遣いを受けるとまたシロップを掛けなければいけないような気がして、勇太は手の中に溶けていくカキ氷の器を手にしながら有り難く辞退する事にした。
 隣ではシャクシャクシャクと良い音を立てながら少女二人がカキ氷を食べる。
 リーンリーン、と店先に飾られた風鈴が風に煽られて鳴るのを聞きながら、勇太は心の中で滝のような涙を零していた。



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 そして無事三人は草間興信所に辿り着き、彼らを迎えてくれたのは草間 武彦(くさま たけひこ)の妹である草間 零(くさま れい)であった。
 彼女は三人が持ってきた蜜を見ると「あらあら」と笑いながら皆を中に入れ、冷たい麦茶を用意する。その間にソファーに座っている武彦と対面するように三人はもう一つのソファーに仲良く並んで座り、ずずいっと蜜を差し出した。
 そして此処に来る途中の経緯を話すとアスナは元気いっぱいの笑顔で両手を組む。


「アスナね、蓮から伝言貰ってるの! 『暑中見舞いもうしあげます』だって!」
「くっそ、蓮の奴。また厄介事を持ってきやがって」
「大丈夫だよ武彦、アスナも一緒に食べてあげるから☆」
「いや、草間さんはきっと墨のようなカキ氷になると思う」
「どういう意味だ、こら」
「いっだー!!」


 勇太がうっかり滑らせた言葉に武彦が拳骨を降らす。
 途中参加のアリアは零が出してくれた冷たい麦茶を飲みながら、もし武彦達があのシロップを使ってカキ氷を食べたらどんな味になるんだろうと真剣に考える。……煙草の味だけは嫌だなぁと思ったのは内緒。
 武彦は『暑中見舞い』と言う名前のシロップのガラス瓶を前に「どうすんだよ、これ」と添えられていた紙をぺらりと捲る。


「何はともかく、お使いお疲れ様です。冷たい麦茶を飲んでゆっくり休んで行って下さいね」


 そんな優しい零の言葉には皆心から「はーい」と片手をあげて返事をすると、彼女はふふっと可笑しげに笑った。







―― Fin...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1076 / 与儀・アスナ (よぎ・あすな) / 女 / 580歳 / ギャラリー「醒夢庵」 手伝い】
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8537 / アリア・ジェラーティ / 女 / 13歳 / アイス屋さん】

【登場NPC】
 碧摩 蓮(へきま れん)
 草間 武彦(くさま たけひこ)
 草間 零(くさま れい)
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。
 今回は蜜という配達依頼を有難うございました^^
 集合型プレイングということで三人集まってのどたばた騒ぎ、いかがだったでしょうか?
 可愛い女子二人に可哀想な男子高校生。
 プレイングを読みながらどう組み立てようかと幸せになったものです。

 続きとして「草間興信所」には届けられた後の話もあります。
 興味が湧きましたらぜひ遊びに来てやってくださいませ♪

 ではでは、今回はこの辺で失礼致します。