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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ ある集落の訪問者【綻び結び8(最終話)】 +



「あっ、駄目だって……っ無理……っいくらなんでも……」


 俺は自分の口元を押さえながら声を耐える。
 だが、背後の男は俺をしっかりと押さえつけ、目の前の男は「銜えろ」といいながらソレを差し出す。口を噤んで拒絶すると無理やり唇を開かされ、押し込められた。ぐっと息が詰まる。苦しい。なんでこんな事に。なんでこんなに無理やり……。もっと優しくしてくれたらちゃんと口を開くのに――。
 俺は何とか隙を見て、ぷはっと呼吸を吐き出す。


「だから、……そんなに食べられないって! エビフライ!」
「あほか。いい加減起きろ」
「あでっ!!」
「カガミ。工藤さんは怪我人なんだから労わってあげなよ」


 急に頭に衝撃が走り、今まで俺を押さえつけていた男達の姿が消えた。
 代わりに視界に入ってきたのは黒と青のヘテロクロミアを持つ鏡写しのような青年二人……スガタとカガミだった。彼らは今常の少年の姿ではなく、青年の姿で俺を覗き込んでいる。そう、俺は覗き込まれていて――自分がやっとベッドの上に寝転がっている事に気付いた。


「ああ……今、幸福絶頂な夢見てたのに……って、アレ? ここは……?」
「病院です」
「病院だな」
「――ぃ、っでぇえええ!!」
「工藤さん、怪我した事を憶えてますか?」
「あの集落で起こった色々な事を憶えてるか?」


 腹部に走る痛み。
 それは現実のもので俺は病院服を捲り、そこに巻かれていた包帯を確認する。痛みの発信源を見つけるとはぁぁぁっと深い溜息が零れ、俺は改めて身体をベッドへと深く沈みこませた。額に手を当てながら見上げる天井の色は少しだけくすんだ白。カーテンも白。清潔感溢れる白に囲まれたそこは確かに病室のようだった。
 とりあえずスガタとカガミは俺が起きた事を医師に報告すると、一人の初老の医師が看護士を一人連れてやってきた。身体検査と幾つかの質問を受け答え終えると彼らは一言「安静にするように」と言って去っていく。


「実はですね、あのお医者様の記憶を少しだけ記憶を操作させてもらいました」
「ミラーの『貫手』はかまいたちみたいにすぱっと切れるもんだからな。現実的に見てそれは事件性が高いもんに見えるし、警察と関わると面倒だからさ。ミラーが医師の記憶を操ってきちんと『事故』として処理してくれた」
「ミラーの操眼(そうがん)はそういう点では本当に強いですからね」
「便利アイテム、便利アイテムってな」


 スガタとカガミが楽しそうに病院での記憶操作に関して説明してくれる。
 なるほど、だから医師は特に深く怪我に付いて突っ込んでこなかったのかと納得した。だけど俺が今気にかかっているのはそこじゃない。なんとか上半身を起こそうと腕に力を込めてみると場所が腹部なだけあって起き上がることが困難。折れた体勢はつらいと判断し、結局ベッドに寝転がる形に留まってしまう。


「なあ……あの後、『男』はどうなった?」
「それについては工藤さんには知る権利があるから僕達からお話を致しましょう」
「それについてはお前が誰よりも知るべき権利を有しているから話してやるよ」
「じゃあ、さっさと話してくれ。う……傷に響く」
「あの後、集落で男は工藤さんより先に目を覚ましました。そして能力の事をすっかり忘れていましたが、一応精神状態は『正常』にまで戻りましたので少し安静させた後、莚さんが案内人の務めとして集落の外へと案内されました」
「能力自体を封じたわけじゃないから何かのきっかけであの『男』もまた能力が戻るかもしれないけど、記憶してない以上今は使えない状況にあるわけだな。一応男が住んでいる場所を見に行った時は一般人らしく暮らしてたぜ」
「そして工藤さんは怪我の事がありましたので、僕らが保護者となりこの病院へと運び込み」
「そしてお前は怪我のせいで三日三晩熱と戦って、先程目を覚ましましたとさ」


 めでたしめでたし、と続きそうなフレーズで彼らは経緯を語る。
 俺は三日も眠っていたのかと呆然としてしまう。個人的には一晩くらいのつもりだったのに、睡眠って怖い。ああ、でも本当に終わったんだなという実感がやっと湧いてくる。
 殺そうと俺を襲ってきた男。けれど、俺と同じように研究所に対して恐怖を抱いて泣いていた男。完全に怨めたら良かったけど、同環境で育った俺にはあの男がどれほど怯えていたか痛い程に分かってしまう。
 スガタとカガミが「一般人らしく暮らしていた」という報告をしてくれた瞬間、思わず笑みが零れた。


「そっか……あいつもこれからは普通に暮らせるといいな」


 どうか幸せに。
 何にも怯えず、能力者であっても受け入れてくれる人を見つけて幸せになれますように。
 それがオリジナルからイミテーションへの……俺から男への最後の願い。
 もし怪我が治ったら自分の目でも男の様子を見に行こう。俺を見た瞬間、思い出しちゃまずいからこっそりこそこそと遠くから男を見守りたい。


「しかし筵にはいっぱい迷惑かけちまったなー。でも最後はちゃんと俺がケジメ付けたからな」


 えっへんと胸を張って俺は偉ぶる。
 強がって見せる俺を見て、カガミは俺の額を指先で弾いた。


「って! 何すんだよ!」
「お前は無茶しすぎなんだよ。男の精神に潜ってなにかあったらどうすんだよ」
「そ、そん時はそん時でー」
「馬鹿か! んのやろ、くすぐってやるっ」
「ごめんって! 感謝してるって! だから……傷触るなって!」


 ぎゃー! と俺は笑いと共に悲鳴をあげる。
 だってカガミってば怪我人の脇をくすぐってくるんだもん。傷が開いちゃう、止めてー! きゃー! などと騒ぎながら俺はカガミに元気を貰う。まるで傍目的にはカガミが俺を襲っている格好。その姿を見ているのはスガタ一人で、彼は腕を組み、右手を口元に当てながらくすくす笑っているだけで止める気はないらしい。


 ああ、でも。
 俺は確かにあの時男の中で力尽きた。
 つまり、今自分の身体に精神を戻しているってことは誰かに引き上げてもらったんだよな。それはスガタかカガミかフィギュアかミラーか……大穴の大穴で莚か。
 うーん、誰もが出来そうなところが恐ろしい。下手したら男の中で同化し、『俺』という存在が消え去ってしまっていた事を思うと、本当にあの時は無茶をしたと思う。カガミが怒る……っていうかくすぐってくるのもまあ、分からなくもない。


 やがて攻撃も止み、ぜぇはぁと荒い息を付きながら俺は仰向けになる。
 じわりと汗がにじみ出て少しだけ気持ち悪かった。


「今回はフィギュアにもいっぱい助けて貰ったなー……」
「彼女は基本的に優しい人ですから」
「ミラーと違って裏表ないし」
「え? ミラー? ……あいつは……」


 思わず俺は腹部の包帯を押さえ、ミラーと対峙した時の事を朧気ながら思い出す。
 誰よりも現実的で、俺の中に居た『男』へ向けていた憎悪。肉体的にも精神的にもダメージを与えられたあの戦闘を記憶の中で巻き戻すと正直もう二度と相手にしたくない。
 彼は案内人たちの中で一番しっかりとした意志を持って、攻撃を繰り出す。敵と見なしたものには容赦なく攻撃の手を放ち、絶体絶命の場面でも起死回生してくるのだ。


 あの時彼が現れなかったら俺はカガミをどうしていただろう。
 守護一辺だったカガミをもしかしたら殺し――――。


「あいつ……俺の事嫌ってないよな?」


 それにはスガタはにっこりと、カガミはにやりと笑う――それが答え。
 医師には記憶操作をし、俺のフォローまで入れてくれたミラー。彼が大事なものはフィギュアという少女。その少女に害さえ及ぼさなければ彼もまた<迷い子(まよいご)>の味方のはずで。


「……はぁ、今度何か菓子折りでも持っていくかな……」
「あ、僕みたらし団子希望」
「俺はいちご大福」
「お前らの希望を聞いてんじゃねーよ!! あの二人にはむしろクッキーとか洋菓子だろ!」


 その時、病室には三人の笑い声が木霊した。



■■■■■



「なあ、ミラー」
「なんだい、カガミ」
「取引に出したアイツの<切り札/カード>。あれを持っているのは今、お前だろ」
「……なんだ。そんな当たり前の事を聞きに来たのかい。そうだよ、彼の記憶。『大事な母親との思い出』という名前のカードは今僕の手の中にある」


 そう言ってミラーは鏡張りの部屋の中、その手先から一枚のカードを取り出した。
 口元にトランプのようなカードを当てながら黒と緑の瞳を持つ少年は小さく笑う。


「カガミ、これが欲しいのかい?」
「アイツが其れを出したなら俺は別に貰う必要はないね」
「じゃあどうしたんだい?」
「取引材料にそのカードを出したあいつは<切り札/カード>を失った。だけどフィギュアはともかく、お前はそれに見合った情報を渡していない」
「――正論だね。確かに戦闘には参加したけどあれは結局僕本人の意思によるものだ。ならばあの戦闘はカウントされない。記憶操作も同じくね」
「そして付け加えるなら、あの時勇太に渡した情報の三分の二は俺達が既にアイツに渡していた」
「それも正しく」
「だから、あえて言おう。<切り札/カード>に見合った情報をお前達は勇太に渡していないと――」


 青年の姿でカガミはミラーへ真実を突きつける。
 取引は等価交換で行われるもの。今回の一件ではそれを成されていないと彼は言う。ミラーは<切り札/カード>を人差し指と中指とで挟み込み、そしてそれをまっすぐカガミの前へと突き出した。その表情はとても柔らかく、でもどこか寂しげで。


「彼はそう時間が経たぬうちに『失った現実』と対峙しなければいけない時が来る。だからね、カガミ。それまでどうかこの<切り札/カード>の存在を忘れぬように」
「勿論だ」
「その時が来たなら、僕は今度こそこれに見合った代価を支払うよ」


 <切り札/カード>に描かれた絵は聖母。
 そこに描かれているのはとても工藤 勇太に似た女性の寝姿。ミラーの傍で二人のやり取りをイスに座って見ていたフィギュアがくいっと手を持ち上げ『惹手』を使い、カードを手元へと引き寄せる。
 そして彼女は両手でカードをそっと包み込み、やんわりと微笑んだ。


「ねえ、ミラー。この綺麗な<切り札/カード>は一体誰のものかしら」


 ―――― 彼女はもう全てを忘れている。






―― Fin...










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、最終話です。
 お疲れ様でした!! 結構長いお話となりまして、でも綺麗に終わったので幸せです。
 工藤様には色々苦労が重なったりと苦難たっぷりのお話となりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

 さて最後の会話の通り、ミラーとフィギュアは今回正しい取引を成しておりません。
 それがスガタとカガミが引っかかった点です。それゆえに、フィギュアは忘れていますが、ミラーは今後最低一回は取引無しで何かを手伝うなり、情報を渡すなりしてくれます。

 次なるお話……どんな旅路になるか楽しみにしつつ今回は失礼致します。では!