コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


sinfonia.1 ■ 再会







 ――東京。
 相変わらずの錆びれた階段を駆け上がる、学校のブレザーに身を包んだ黒髪の少年。髪は揺れ、緑色の独特な色を纏った瞳で見据えた先、半透明のスモークガラスには“草間興信所”と書かれたシールが貼ってある。どう考えてもこの古い雑居ビルに、初めて来る人間は足踏みしてしまうだろう。なんせ胡散臭い。少年はそんな事を思いながら扉のドアノブに手を触れる。
「…何だ、また留守かな…」



――。



 ―一ヶ月程前の事だ。
「夏休みかぁ。学生は羨ましいな」
 相変わらず紫煙を天井へと上らせながら眼鏡をかけた“草間 武彦”が少年に向かって溜息混じりに呟いた。
「だからさ、草間さんの仕事手伝えるって事ー」
「ま、お前の気持ちは有難いが、生憎お前の超能力が全部を解決出来るって訳じゃない。お前の苦手な部類の仕事だって、たくさんあるからな」そう言いながらも武彦は壁に貼られた、効力もなく剥がれかけている張り紙を見つめた。
「まぁとりあえず、そういう事だからさ! また寄るよ!」
「あぁ」少年を見送ろうと見つめていた武彦が、少年がドアノブに手をかけた瞬間に声をかけた。「“勇太”」
「ん?」ドアを半開きにした所で勇太が振り返った。
「…憶えているよな。今年が“五年後”だって事」武彦の声に鋭さが増す。
「うん、解ってる」
「なら良いんだ」



――。




 ―そんなやり取りをしたのは梅雨に入る時期の話だった。夏休みを直前にした“工藤 勇太”はこの一週間、ずっと夏休み中の事や、“五年後”となった今年の事について話しをしようと足しげく“草間興信所”に通っているが、そこに武彦の姿はなかった。
「…(草間さんの所にはいろんな依頼来るしな…。俺の力が合わない依頼とかもあるみたいだし…、今回は俺はお呼びじゃないって事か)」
 雑居ビルを抜け出し、勇太はそんな事を思いながら帰路についていた。
 何かが武彦の身に起きた、とも脳裏を過ったが、それは要らぬ心配だった。武彦の実力は、この数年間一緒にいた勇太が一番よく解っている。とは言え、それも勇太が知る内での話しだが、武彦はトラブルに巻き込まれてくたばる様なタイプではない。どちらかと言えば、トラブルを引き寄せて解決させてしまう。そんな妙な信頼感が、勇太の中にはあった。
「(草間さんと“アイツ”だけは、絶対死んだりしない気がする)」勇太はそんな事を思いながら歩いていた。
 サングラスをかけた明らかに危険な殺気を放つ男。独特の白い鞘に納まった刀を一度抜けば、それだけで死すら感じさせられてしまう。そんな男…―。
「―そうそう…、あんな感じで…」向かいから歩いて来る男を見つめて勇太はうんうんと頷き、再びその男を見る。「…って、本物…?」
「久しぶりだな、小僧」
「こ、こんちは…」真正面に立つ男に向かって思わず苦笑いを浮かべて勇太は続けた。「あ…はは…、仕事ッスか…?」
 正面に男と、四人組みの男達。仕事以外の取り合わせであんな面子を見る事はまず無い。解りきった事を聞く様に勇太はそう尋ねた。
「ああ、仕事だ」男がスっと白い鞘に納まる柄に手をかける。「工藤 勇太。お前を捕獲する」
「――っ!?」
 男の言葉と同時に四人組みの男が勇太に向かって突進する。その尋常じゃないスピードは常人ならば抵抗する事は出来ぬであろう。だが、勇太は襲ってきた四人組みと、更には刀に手をかけた男の更に奥へとテレポートした。
「な、何すんだよ、バカ“鬼鮫”! 俺何も悪い事もしてないよ!」
「…チッ、バスターズ程度じゃ捕らえられねぇか」鬼鮫が勇太に向かって鞘から抜いた刀の切っ先を向ける。「小僧、抵抗すればタダじゃおかねぇ。大人しく言う事聞け」
「やだよーっだ! 捕まる理由なんてないじゃんか!」
「上等だ…」
「何なんだよ!」
「数年ぶりに見せてもらうぞ!」
 瞬間、地面を蹴った一歩で鬼鮫が勇太へと間合いを一気に詰め、刀を振る。夕陽に染まったオレンジ色の一閃。勇太はそれを受け止める事もせずにテレポートで鬼鮫の背後に回る。姿を現した勇太が両手に掌ぐらいの大きさの真っ黒な球体を握り締める。
「喰ら――! って!」咄嗟に勇太が身体を逸らす。避けた刀の切っ先が一瞬で勇太の眼へと真っ直ぐ襲い掛かって来た。一瞬の判断で攻撃を避けた勇太が再び鬼鮫から距離を取った場所へとテレポートで姿を現した。
「良い反応してやがる。猿だな」刀を一振りし、勇太へと振り向いた鬼鮫が呟く。
「うっきー! いきなり襲い掛かってくる獰猛なアンタに猿とか言われたくないやい!」
「小僧、“虚無の境界”が動き出した。お前が再び奴らの手に堕ちる前に、IO2でお前を隔離する」
「―なん…だって…?」動揺で勇太の判断が鈍る。その瞬間、鬼鮫が再び勇太へと襲い掛かる。薙ぎ払われた逆刃での当身が勇太の身体を石垣で出来たフェンスへと吹き飛ばす。
「バスターズ、捕獲しろ!」
 鬼鮫の合図と共にバスターズがキャプチャービームを構える。が、崩れたフェンスの中に勇太の姿はなかった。
「…(チッ、得意のテレポートか…? だが、当身は確実に入っていた。気を失わせた筈だが…)」鬼鮫が思考を巡らせる。「探せ」




――――

―――

――。





「――ん…(…何だろう、良い匂いがする…し、柔らかい…)」
 勇太が寝惚けながら目を開ける。
「…気が付いたみたいね」
「え…、デジャヴ!?」勇太が急いでテレポートでそこにいた少女から離れる。「ひ、膝枕されてたのか…? ってかアンタ誰!? ここ何処!?」
「久しぶりね」
 茶色くウェーブがかった髪が肩まで伸びる。端整な顔立ち、何処か勇太を見下す様な高圧的な態度。
「…え…、どちら様?」
 整った顔立ちやスタイル、こんな美人が知り合いでいたとは思えず、勇太が尋ねる。
「これなら―」少女が一瞬で姿を消す。「―解るかしらね?」
「―っ!?」勇太の背後から突如声をかけた少女。勇太は飛び退いて少女へと振り返る。「まさかお前、“柴村 百合”…!?」
「ご名答。五年も経つのに相変わらずのガキね、工藤 勇太…」クスっと笑いながら百合が口を開く。
「そういうお前こそアホ毛のガキだったクセに…」勇太の視線が顔から身体全体へ移り、そして百合の胸元で止まる。「変わったな、胸以外は…―」
「なっ…! 変なトコ見ないでよ、バカ!」百合の顔が紅く紅潮して胸を隠す。「…まったく、ちょっと大人っぽくなってると思ったら…」
「な、なんだよ! だいたい何で俺こんな所に! しかも…その…膝枕されて…」勇太がみるみる顔を赤くしながら語尾を濁らせる。
「あ、アンタが気を失ってたから介抱してあげただけでしょ!」
「だ、だって鬼鮫が…!」勇太がふと我に帰る。「…お前が俺のトコに来たってのは“虚無の境界”の差し金か…?」
「…はぁ、違うわよ」少し悲しそうな顔をした後で百合が口を開く。
「お前、“虚無の境界”抜けたのか…?」
「バカ言わないで」百合の顔がキッと勇太を見つめる。「命令がないから戦わないだけ。助けてあげたのもただの気まぐれよ」
「助けてくれたのか?」
「〜〜っ、勘違いしないでよ、ただの気まぐれ!」百合が再び顔を赤く染める。「ディテクターと一緒じゃなかったのね」
「…あぁ。忙しいみたいだからな」
「じゃあ知らないのね」百合がクスっと小さく笑う。
「…何が?」
「良いわ。ついて来なさい」百合が空間を開く。「見せてあげる…」
「…そう言っておきながら、俺を捕まえて利用するつもりだろ」勇太が百合へと釘を刺す様に告げる。
「…そう思われても仕方ないわね」
「…っ」
 寂しそうに笑った百合の姿を見て、勇太は言葉を失った。そんな勇太に、百合は一枚のメモを渡した。
「それは私の番号。その下に書かれている所に行けば、ディテクターと会えるわよ」
「…何で番号まで渡すんだ?」
「いちいち質問ばっかりしないでよねっ」百合がフンと背を向ける。「また会いましょう、工藤 勇太」
 百合はそう告げると、その場から姿を消した。勇太は暫く百合のいた位置を見つめ、自分の頬に触れた。
「…っ! いやいやいや! アイツだぞ!? 何で俺こんなにドキドキしちゃう訳!?」一人で大騒ぎしながら勇太は頭を掻き毟った。「…とにかく、行かなきゃ…!」






――。





 ―時間は数日前へと遡る。
 最近事務所を空けていた武彦は、今一度、数年前に訪れた“凰翼島”へと訪れていた。
「…天使がいなくなった…!?」神主から話しを聞いた武彦は思わず声を荒げた。
「そうですじゃ。エスト様はここ最近頻発する悪霊や魑魅魍魎による怪事件を解決させる為に、数日程ここを離れると仰ったきり…」
「…くっ、ここもか…!」武彦が苦々しげに呟く。「あっちこっちで一斉に何かが起きてやがる…」
「こんな時、凛がいてくれれば心強いのですが…」
「あの娘もいないので?」
「えぇ。凛は今頃…――」





―――。




 ――約束の刻。今再び、“虚無の境界”が動き出そうとしていた。





                                               sinfonia.1 FIN