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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜まるで真夏の涼風のように〜


 任務はいつも、基本的にひとりだ。
 だから、こんなふうに同僚と何気ない一日を過ごせるのは、白鳥瑞科(しらとり・みずか)にとって、だいぶ、いや、かなりの息抜きになっていた。
 今は真夏、日差しは強く、とても白い。
 まぶしげに空を見上げて目を細める瑞科の長いまつげが、ゆるやかに頬に影を落とす。
 昨日のこの時間まで、瑞科は泥と血とかびくさい空気をまきちらす山奥にいた。
 それは、教会の他のメンバーが不覚にも任務遂行に失敗し、幹部たちもその後始末をさせる人選に四苦八苦した事件だった。
 瑞科は普段どおり次の任務が与えられるのを自分の部屋で待っていたのだが、降って来たのはめずらしく新規ではなく、途中から最後までを担当する難易度の高い任務で、その割には無表情にうなずいてすぐに現地に向かったのだった。
 瑞科を推薦した幹部のひとりは、瑞科が半日ほどでその任務を片付けて来るだろうと予想していた。
 しかし実際には、彼女は1時間足らずのうちに全部をあっさりと終わらせ、涼しい顔で戻って来たのである。
 そのおかげで、彼女は今日一日、褒美という名の休暇をもらったのだった。
「瑞科ちゃん、あの服、あなたに似合いそう!」
 さんさんと降り注ぐ太陽の光の下、不意に同僚が道の向こう側にある小さな店を指差した。
 ショーウィンドウに飾られている白を基調とした夏らしいワンピースは、確かに瑞科の白い肌に合っていそうだった。
「ほら、早く行きましょ!」
 腕を取られ、瑞科は笑顔の同僚に引っぱられながら横断歩道を渡る。
 彼女の細い足を覆うロングブーツが、アスファルトに軽快な音楽を刻んだ。
 店に入り、いろいろな服を手に取る。
 その中で、瑞科はやはり、一番目立つところに飾られていた先ほどのワンピースを選んだ。
 試着室はわかりやすいところにあり、わざわざ店員に声をかけなくても済んだ。
「試着してきますわ」
 同僚に一言かけ、瑞科は小さなボックスの中に消えた。
 戦闘服に着替えるときのように、ほんの少しの躊躇もなく、瑞科の身体から服が床にすべり落ちる。
 彼女の抜けるように白く、すばらしく艶めいた肌に、清楚なデザインの下着だけが残った。
 私服のときはあまりわからないその豊満な肢体は、下着の清楚さとは反比例して、いっそ妖艶なほどだった。
 腰のくびれとはち切れそうな胸元からにおい立つ色香が、試着室の中に垂れ込めるが、それを拝めるような立場の者はこの世に存在しない。
 世の女性の誰もがうらやむほどの肢体を、真っ白な綿のワンピースが覆い尽くす。
 途端、彼女は聖女のような清らかさを全身から漂わせ、にっこりと満足げに微笑んだのだった。



 先ほどの白いワンピースの他、淡い青のレースのカーディガン、夏だからと店員に薦められた白い華奢な作りのサンダルなど、ひととおりの買い物を済ませて、瑞科はその街でも有名なカフェに同僚と連れ立って入った。
 瞬間、周囲の視線が申し合せたかのようにすべて瑞科に吸い寄せられたが、彼女自身はどこ吹く風、長く豊かな髪からさわやかな香りだけを周囲に残して、奥の方の座席に腰を下ろした。
 外は暑くても、店内はとても涼しい。
 同僚とともに、この店でおいしいと評判のエクレールフレーズをオーダーする。
 香しい芳香を振りまきながら、彼女の目の前に置かれたのはダージリンだ。
 年頃の女の子らしく、通りすがりに見たかわいらしい雑貨や、色目のきれいな靴、おいしそうなケーキやパンについて、ふたりは延々と話の花を咲かせている。
 瑞科が鈴を転がすような笑い声をたてるたびに、周囲の視線が何度も彼女の元に集まって来る。
 そして、彼女の紅い唇にエクレールフレーズが消えて行くたびに、男性たちの口からため息が漏れた。
 無論、だからと言って彼女に声をかけられるような強者はおらず、高嶺の花として遠巻きに見るだけだった。
 その店のあらゆるスイーツよりも甘美な雰囲気を男性たちの心に焼きつけ、やがて瑞科はまた、同僚と連れ立って、真夏の都会へ颯爽とくり出して行った。

〜END〜