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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 神よ、迷える子羊を救いたまえ【1】 +



「あら、こんどのお仕事は悪魔崇拝組織の殲滅ですの?」
「そうだ。お前には簡単な仕事だろう」
「そうですわね……ここに載っている資料を見る限りは問題はなさそうに見えますわ。ただ己の力に驕った可哀想な子羊さん達というところですわね」
「他の拠点殲滅は別方向から頼んでいる。お前にはメインの拠点殲滅をお願いしたい」
「心得ましたわ」


 上司からの言葉に武装審問官――戦闘シスターと呼ばれる美女、白鳥 瑞科(しらとり みずか)は深々と頭を下げ、任務を受ける。
 手にした資料によると悪魔崇拝組織の拠点は複数。
 今回瑞科が依頼されたのはもっとも幹部達が集合しているいわゆる中枢と呼ばれる場所の殲滅だった。資料には今まで組織が行ってきた数々の悪事が箇条書きでなされ、その残虐さに瑞科はほう……と淡い息を吐き出す。
 強盗、殺人、暴行、殺戮……どれもこれも確かに『悪魔』の仕業と言っても良い所業ばかり。しかも瑞科が所属している「教会」だからこそ入手出来たデータであり、一般警察の方は恐らくこれらが一連の関係を持っているとは思ってもみないだろう。


 瑞科は与えられた部屋に戻ると戦闘服へと早速着替え始める。
 今まで着ていた服を惜しげもなく脱ぎ下着姿になると、戦闘用シスター服をクローゼットから取り出す。豊満な身体を再度包み込むその戦闘服は最先端の素材で、肉体及び魔法攻撃の吸収に秀でていた。デザインは瑞科の魅惑的なボディラインを強調するようなもので、まず美脚を大きく晒す腰下まで深いスリットが入っている。そこに太股に食い込むほど密着したニーソックスを履き、更にその上には肘まである編み上げのロングブーツを履き、靴紐をしっかりを結わえた。次に胸を大きく強調させるようなコルセットを身につけ、彼女の淫靡さを強める。
 最後に彼女は全身鏡の前に立つと純白のケープとヴェールを付け、続いて二の腕まである白い布製の神秘的な装飾の成されたロンググローブを装着し、その上から皮製の装飾グローブを嵌めた。
 鏡を見て、自分の姿を確認する。
 先程までのただのシスターだった自分はそこにはもういない。
 そこにいるのは戦闘用に訓練された『特別な自分』。
 清らかだけではなく、そこに足された瑞科特有の妖艶さ。
 彼女は舌をちろっと出し、唇を舐める。


「さあ、参りますわよ――迷える哀れな子羊を救いに」



■■■■■



 彼女は退屈していた。
 圧倒的な能力の差に。
 自分に指一本触れてくれない敵の情けなさに。
 それでも頑張ろうと向かってきてくれる敵という名の子羊は良い。
 彼女はその度に「さようなら」と聖母の微笑を浮かべながら、己の得意とする電撃と重力弾を打ち出しつつも彼らを神の御許へと案内するのだから。
 彼女は退屈していた。
 もっと頑張ってもらえると信じていたのに、この低落さ。
 敵の組織員の弱さと頭領の指示の不適切さに相手を完全に見下し、優勢で圧倒していく。剣を振るい、召喚された悪魔を薙ぎ払い、組織員達が逃げようとするならばその前にお別れの攻撃を与え続ける。


「これじゃ暇つぶしにもなりませんことよ」


 悲鳴が上がる本拠で彼女は不満げに呟く。
 指先は唇にあて、小首をゆったりと傾げる様はまるで純粋な少女のようにも見える。しかし彼女によって死滅した組織員は最早数知れず。頭領に近付かせまいと懸命な努力をする『駒』達が哀れにさえ思えてきた。早く終わらせて「教会」に戻ってしまおう――彼女はそう考え始める。
 つまらない戦闘。
 遊戯にもならない圧倒的な追い詰めは敵にどれだけの恐怖を与えているのか、彼女は知らない。何故ならそれは当然だと思っているからだ。
 彼女はいつも完璧主義だ。仕事をそつ無くこなし、上司に報告するのが当たり前。だからこそもう良いとすら思えた。遊びはおしまい。さっさと任務を終わらせて帰ってシャワーでも浴びよう――そう思い、もはや組織員という『盾』の居なくなった頭領の下へとカツンっとブーツを鳴らしながら近付く。


「さようなら、子羊達のリーダーさん。神の御許でどうか許しを得られん事を」


 剣を構え、瑞科は頭領にトドメを刺すためその躍動感溢れる肉体を突き出す。その戦闘態勢に肉体が歓喜に震えるのが分かる。胸が上下に揺れ、垣間見えた足の肌は扇情的だ。
 だがそこに異変が現れた。


「待て! そこの女よっ、これを見ろ!」


 突如現れた一人の青年。
 資料によると別の拠点で活動している組織の副頭領だった。そんな彼の腕の中にはぐったりとした美女が一人。それは瑞科同様、戦闘シスターとして別拠点を襲撃していた後輩で、瑞科と火適するほどの能力を持っている人物。
 まさか彼女が捕まったですって――!?
 瑞科は内心驚愕しつつ、青年の方を睨み付ける。頭領のすぐ傍に飛んできた彼は笑いながら瑞科を見た。


「さあ、この娘の命が惜しくば大人しく投降しろ」
「そんな脅しに屈すると思いますの?」
「戦闘シスターとはいえ人間には違いあるまい。仲間の命が惜しくないのか」
「見縊って貰ってはいけませんわ。戦闘シスターとして訓練を受けた時からわたくし達は神の僕(しもべ)。例えどんな状況になろうとも――任務こそが優先ですのよっ!!」


 あくまで冷静に彼女は戦闘シスターとしての自分を奮い立たせる。
 そして再度剣を構えると頭領に向かって改めて攻撃を開始した。だが――。


「任務優先ならこの娘の命は脅しの材料にならんという事か。ならば邪魔になるだけ……可哀想に、あの女はお前を見捨てたぞ」
「お待ちなさい!!」


 頭領にあと一歩近付けば終われる……その瞬間響いたのは後輩のシスターの悲鳴。
 彼女は副頭領に攻撃され、口から多大な血反吐を吐きながら床に転がっていた。彼女の目には涙が溜まり、瑞科を見つめている。
 そう、例え任務が優先であろうとも自分達は感情ある人間。ぎりっと奥歯を噛み締めながら瑞科は剣をそっと下ろした。


「武器を全て捨てろ」
「……」
「早く!」
「くっ……この屈辱……絶対に忘れません事よ」


 頭領に言われるがままに瑞科は持ってきていた全ての武器を頭領達の方の床に投げ捨て、そのまま抵抗を止める。
 その瞬間逆転したのは優勢。
 だが青年の下で苦しんでいた後輩シスターの表情が少しだけ和らいだ事だけが唯一の救いだった。






―― to be continued...