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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 神よ、迷える子羊を救いたまえ【2】 +



 死に瀕し掛けている後輩を人質に取られ、瑞科は奥歯を噛み締める。
 瑞科同様艶めかしく美しいボディラインを持った後輩も副頭領の攻撃によって今はボロボロの状態となり、血に塗れていた。その姿すら美しく映るのは彼女達の清らかな魂のおかげだろう。


「武器を全て捨てろ」
「……」
「早く!」
「くっ……この屈辱……絶対に忘れません事よ」


 苦渋の表情で瑞科は頭領側へと全ての武器を投げ捨てる。
 その瞬間見た頭領の笑みはきっと殺しても暫くは忘れられない程下卑たものだった。武器を失った瑞科は逆転された状況をどう打開するか考え始める。後輩を助け、自分の武器を取り戻し、どうやって目の前の二人を倒すか……。
 どんな状況に立たされても任務遂行だけは諦めない。そんな風に正気を失わない瑞科の態度に頭領が舌なめずりをした。副頭領は知っている、自分達を纏めるこの男の秘めたる残虐性を。だからこそほんの少しだけ口端を持ち上げ、そして自分の下で呻き続ける女をもう一度踏んだ。


「何をしますの!?」
「お前に拘束魔法をかける。これ以上此処で暴れられちゃ困るからな」
「くっ……その前に世間で沢山暴れてきた人の言葉とは思えませんわね」
「何とでも言うがいい。我らが崇拝する悪魔こそ、最強の力を望む者! その能力を己のものにすれば人智を超えた力も知識も手に入るのだからな!」
「本当に哀れな子羊ですこと――っ、きゃぁああ!!」
「はっはっは、拘束魔法はお前に感謝を込めて最大の強さでお前を締め付けるよう設定した。動けば動くたびにその美しい肌に魔法の茨が食い込むぞ、ん?」


 頭領が魔法を掛けた途端、瑞科の身体には無数の棘が刺さる痛みが襲う。
 男の言う通り、今瑞科の肉体には魔法の茨が巻き付き、彼女が身体を捩じらせる度に更に高速度を強め肌を傷付けていく。戦闘用のシスター服は確かに攻撃吸収には強い。しかしこんな風にじわじわと肉体ごと締め付けてくる『圧迫』、そして『絡み』、『細かな食い込み』には弱かった。
 コルセットで強調されていた胸は一層張り出、逆に腰は括れる。脚や手に絡む茨は妖艶な雰囲気を醸し出し頭領の気分を高揚させていた。
 一時は瑞科に殺されかけていた頭領だがこれから彼女の事を好きに出来る事を思うと、その怒りも沈下し別の感情がむくむくと持ち上がってくる。瑞科本人は自覚は無いだろうが、苦痛に歪む表情や抗う姿は扇情的に誘っているかのようにも見え、頭領の心を高揚させた。


 さあ、一方的な惨劇の始まりだ!!
 頭領は高笑いをあげ、そして次の瞬間瑞科の鳩尾目掛けて膝蹴りを放った。


 顔を殴れば美しい顔が苦痛に歪む。
 腹を蹴れば苦しさに吐血し、息が荒れた。
 女である事を利用し、別方向から攻め立ててやろうかとも思ったが、頭領はそれを選ばない。ただ肉弾戦で瑞科を傷つけ、彼女の肉体が揺れる様を楽しみ、己の拳や脚に食い込む身体の柔らかさを堪能する。


「ぁ……っぐ」
「随分と好き勝手にやってくれたお礼はどうだ? 気持ち良いか?」
「気持ち悪い……ですわね……。悪趣味です、わ」
「お褒めの言葉を有難う、よっ!」
「きゃぁああ!!」


 それは瑞科が組織員を一方的に殺した事よりも酷い。
 彼女はあくまで組織員に苦しみを与えぬよう一発で神の元へと送り続けたが、今彼女が受けているのはただの暴力に過ぎない。いっそ殺してくれたら楽になれるものを、と内心自嘲する。しかし負けを認めた瞬間戦闘は終わってしまう。それはすなわち瑞科だけでなく、後輩シスターの死をも意味するのだ。
 何度も攻撃を受けながらも彼女は立ち、そしてその度にサンドバッグか何かのように殴られ蹴られ、次第に意識が朦朧としてきた。じわじわと精神が可笑しくなっていくような感覚が瑞科の中に芽生える。
 苦しい。
 つらい。
 ……止めて欲しい。
 だけど攻撃の手は止まず、むしろ興奮を高めた頭領によって一層強く嬲られるのみ。


「負けません、わ……よ」
「そう簡単に壊れられちゃ困る」
「殺し、……て、やります……わっ」
「その目が俺を興奮させるんだよ!」


 そう言ってまたしても拳を腹部に叩き付け、瑞科は血混じりの唾液を吐いた。
 一体いつまで続くのだろう。
 茨の痛みはもう麻痺し始めた。拘束された身体は戦闘服を破り、ところどころ傷が露出している。小さな痛みも重なれば大きな攻撃となり、疲労を生む。
 やがて立てなくなるほど疲労を溜め込むと瑞科はその場に崩れ去る。頭領は荒ぶった息を吐き出しながら垂れる汗を手の甲で拭った。


「まだ終わりじゃないぜ」
「…………」
「随分と組織員を減らしてくれたからな。そのお礼をしないとな」
「……神よ……」
「ははっ、今更神に祈っても無駄だ、無駄!」
「神よ……どうか、この迷える子羊をどうか……お救い下さいませ……」
「健気なシスターさんだこと。でもまあ――」


 瑞科は祈る。
 どうかこの頭領にも救いの手が差し伸べられる事を。
 悪魔崇拝ではなく、神という貴方の救いを得られるであろう事を。
 だがそれを祈られた方は嫌悪しか表情に表さない。救いなどとうの昔に神以外によって与えられた狂信者。悪魔だけを信じて求めてきた結果が――これだ。
 狂ってしまった子羊達。
 暴力でしか解決出来ないその哀れさを瑞科は悲しく思う。
 もっと早く終わらせれば良かった。
 そうすれば。


「おらっ! まだまだその可愛い唇から悲鳴を上げてもらわないと満足出来ないんだからな!」
「ぅ、ぐえ……っ!」


 そうすれば、こんな暴力と言う力だけに傾倒する悲しい人間など見なくて済んだのに。




―― to be continued...