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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜踊る戦乙女〜


 同僚との束の間の休息を楽しんだ後、白鳥瑞科(しらとり・みずか)は自室に荷物を置いてすぐに、新しい戦闘服が完成したとの報告を受けた。
 さっそく試着と実技訓練をしてみようと思い立ち、彼女ははやる心を抑えられずに早足で現地に向かう。
 新しい戦闘服は、当然のことながら瑞科の身体にぴったり合うように縫製されている。
 素材は最先端の着心地と防御力を持ち、羽毛のように軽い。
 身につけると、彼女の美しいボディラインがあらわになる。
 それは、華奢で上品な印象を持つ彼女に、魔性の色を添える豊かな胸を際立たせるコルセット、処女雪のごとく真っ白なケープとヴェールを備え、細くしなやかな長い足を強調するように、腰下まで深いスリットの入った彼女専用にあつらえられた戦闘用のシスター服である。
 足を覆うのは太ももに食い込むニーソックスと膝まである編上げのロングブーツだ。
 繊細な装飾をほどこした革製の手首まで包み込むグローブと、その下に二の腕までの白いしなやかな絹布製の、レースや小さな宝石で見えないところにひかえめに飾りを付けたロンググローブは、彼女のお気に入りでもある。
 きゅっと音をたててグローブを腕にはめ、彼女は静かにうなずいた。
 デザインは今までとほとんど変わらないが、肌に吸い付くような装着感と、特殊な金属糸を繊維と共に編み込んで高まった防御力が特徴だ。
 軽く、腕や肩を回してみて、特に違和感がないことを確認する。
「素晴らしいですわ」
 気品があり、高潔な印象を持ちながらも、どこか妖艶で魅惑的な雰囲気を醸し出す新しい戦闘服に、瑞科は感嘆の言葉をつぶやいた。
 戦いは彼女の本分だ。
 勝つことは当然として、被害を最小限に食い止めつついかに迅速に事を終焉に導くか――この教会でも随一の実力の持ち主は、戦闘服にもかなりのこだわりを持っている。
 しゅっと空を切る音がして、彼女の右手が閃いた。
 速い。今までの数倍の速度だ。
 天井に向かって足を跳ね上げ、スカートが風にはためく前にくるりと宙で回転して着地する。
 優雅な鳥が大きな翼をはばたかせるに似た所作が、彼女の笑顔を輝かせた。
 ふわりと跳躍、向こう側に着くや否や反転し、革に守られた小さな、けれど威力のある拳をたたき込む。
 逆立ちのように両手を地につけ、数メートル先へと軽やかに降り立ち、遠心力をきかせた蹴りを見えない敵に見舞う。
 どれもこれも、以前とは比べものにならないほど、力もスピードも格段に上がっていた。
 また動きもさらに軽快に、そして優美に、血なまぐさい戦場でさえまるで舞踏会の広間と見紛うような、洗練されたステップを踏ませ、卓越した跳躍はあたかもけがれを知らない白鳥の舞いのようだった。
 ふわりと足を覆ったスカートを落ち着かせ、瑞科は壁に据えられた姿見の前に歩み寄る。
 全身、隙もなくバランスもいい。
 望んだとおりの、優秀な仕上がりだ。
「次の任務がどのようなものでも、この服がわたくしに勝利を…いえ、勝利は当たり前のこと。そう、『完璧』な勝利をもたらしてくれますわ」
 張りのあるほっそりとした両手をその高鳴る胸に当てて、瑞科はサファイアに似た瞳をうっとりと閉じた。
 勝利はいつでも、自分と共にある。
 今着ている服も十分にそれに貢献して余りあった。
 失敗など微塵も感じさせない自信が全身からほとばしり、彼女を高貴な戦乙女の風貌に仕立て上げている。
「もう少し、踊りましょうか」
 戦うとは言わず、瑞科はつま先をそろえてまっすぐに立つ。
 一歩踏み出した足はロングブーツの鎧に包まれながらも、華麗に床をトンッと蹴った。
 たったひとり、いくさ前の儀式がごとく、彼女の舞踊は厳かに続く。

〜END〜