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とある日常風景
− 胸に抱く愛しき… −
１．
闇の中から●×ホテルの最上階を見つめ、黒・冥月（ヘイ・ミンユェ）躊躇っていた。
草間武彦（くさま・たけひこ）があの最上階にいる。
その情報だけを頼りにここまで来た。
草間が連れ去られた場所の荒れ具合から、相手の力量を察する。
殺害も救助も一瞬。均衡した力の差はどちらに采配が下りるかわからない。
だがそれよりも問題は、冥月達の情報がどこまで伝わっているか確証がない事。
組織のどこまでが自分を追っているのか…。
どこまでが草間の存在と自分とのつながりを知っているのか。
組織の１人を捕まえて、強引に聞き出すか？
…いや、そんなことで口を割るヤツラではない。
手詰まりだ。つまりヤツラを安易には殺せない…。
ああ、未練がましいな私は。
もう武彦には合わないと決めたんだ。
冥月は闇の中からするりと舞い降りた。
もう、残る手段は１つしかなかった。
それはつまり、私と武彦の命を天秤にかけ、土壇場で武彦だけを救い出せばいいのだ。
その後のことは…どうでもいいことなのだ。
自分を彼の身の安全と引換えにできればそれで十分。
他に生きる理由もない。むしろ、私の命はそのためにここまであったのかもしれない。
…殺されるのは日本を出た後か。
どちらにしろ、武彦を知っているヤツラを道連れにする。
そうすれば運がよければ全てのつながりが消えるかもしれない。
私もろともすべてを闇に葬り去る。
武彦に死んだ醜い姿を見られないで済むのが幸い。
でも…あの世であの人に怒られるのが唯一の心残り、かな。
哀愁の笑みを浮かべ、冥月は一歩一歩近づいていく。
草間の下へと…。
２．
「やぁ、ようこそ。黒冥月。あなたが来るのを待っていましたよ」
出迎えたのは、にこやかに笑う黒い服の男。
冥月は正直、何がどうなっているのかわからなかった。
柔和な笑顔からは殺気の一筋も感じられず、どこからも冥月を狙う存在は感じられなかった。
ただ、やけに明るい部屋だと冥月は思った。
「意外と早い到着でした。こちらが思っていた以上にあなたも腕を上げている…ということでしょうか」
満足げな笑みを浮かべ、男は冥月を奥へと入るように指示した。
「どういうつもりだ？」
「どういう…ふむ。何か誤解をしているようですね。黒冥月」
男はそう言うと再び奥へと冥月を促した。
「………」
草間がヤツラの手のうちにあるのは確実だった。
逆らっても何も得るものはない。むしろ、草間を傷つけるかもしれない。
冥月はその誘いに乗り、奥の応接セットへと座った。
「さて、黒冥月。我々西方白虎がわざわざ日本に赴いたのは、あなたを迎えに来たのです。我々の仲間として」
「なか…ま…？」
「そう。君のいない間に我々三垣四象も色々変わったのですよ。そして、今あなたが必要になったというわけです」
何が変わったというのか？
屍の上にさらに屍を積むような所業など、何も変わってはいない。
だけど…それでも…
「草間武彦は無事？ それをおまえたちは私への切り札にしたいんじゃないのか？」
「！ あぁ、丁重にお預かりしていますよ。会いますか？」
男は悪びれた顔も、冥月の返事も待たず机の上にあったベルをチリリリッと鳴らした。
そして隣の部屋へと続く扉が開き、両腕をがたいのいい男に捕まれた草間が現れた。
思ったよりも怪我もなく、足取りもしっかりとしていた。
表情には出さず、冥月は心底ホッとした。
「冥月！」
草間の声が冥月を呼んだが、冥月は草間を見なかった。
「私が行けば、草間はどうするつもりだ？」
「我々もそこまで野暮ではありませんよ。我々の件から手を引いてくださるのであれば、草間探偵への制裁はなし。及び身の安全も保証しましょう。もちろん妹君も」
「その話に嘘、偽りがあれば、おまえら全員闇に沈めるぞ」
「あなたの実力は充分知っていますよ。こちらも多くの手札をあなたによって消された。これ以上は敵対したくないのですよ」
その言葉が本当なのかどうか、わからない。
しかし、冥月に選択肢などないのだ…。
「わかった。おまえたちとともに行こう」
３．
「馬鹿か、冥月！ そんなヤツラの口車に乗せられるな！」
草間の叱責が冥月の心に突き刺さる。
何も語るまい。何も望むまい。何も残すまい。
だけど、そう思えば思うほど、冥月の心に草間の存在は重くのしかかる。
「し…かた…ないじゃない…。仕方ないじゃない！」
口から出た言葉は真実だけを語りだす。冥月の痛いほどの真実。
「私はたった数日で何十人も殺した、そんな女よ！ 武彦とは…住む世界が違うのよ」
「おまえはそれでも、俺の女だろ！ 住む世界が違うなんていうな！」
両腕の巨漢を振り払おうとした草間だったが、力の差は歴然で押さえつけられ黒服の男に顔を一発殴られた。
「やめて！ …それ以上は私を敵に回すと思え」
思わず叫んだ冥月は男をにらみつけたが、男はただニヤニヤと笑うだけだった。
すると、草間のジャケットから黒のノートが落ちた。
「おや。なにかの捜査資料ですか？」
「！？」
草間が何かを叫ぼうとしたが、もう一発顔を殴られた。
「なになに…？ 『それでも、俺はあいつのいる世界があいつにふさわしいとは思わない』？ 『彼女に存在意義と居場所を与えてやれるのは俺だけなんだからな』？ 『俺は、お前を犠牲にして生きるつもりはない。だけど、俺はお前と共に生きる覚悟ならある』！？」
最後のほうは笑いを堪えんばかりに大声で男はそれを読み上げた。
いつか…いつか見たあの調査日記？
でも、最後の言葉は知らない。でも、きっと草間が書いた言葉なのだ。
私のために、武彦が書いた言葉。
「その気持ちだけで私は十分幸せ。武彦、ずっと愛してる」
心の底からそう思えて、自然と笑顔を見せることが出来た。
流れるのは嬉し涙。別れが辛いわけじゃない。武彦が私を愛してくれていると信じられる。
私は、武彦に会えたことが何より幸せなのだと。
「…これは驚きました。どうやら恋に狂った人間は１人だけではなかったようだ」
冷笑とともに、男の声が告げる。
「愛だの恋だのと訳のわからない感情に振り回される殺し屋など、必要ありません。ですが、敵に回られるのも非常に厄介だ。…あなたにはここで消えていただこう。愛する草間探偵とともに…」
殺気が突然あたりを満たし、目の前の男は完全に敵に回った。
「武彦！」
まずは草間を助けるのが先決。冥月の直感が体を動かした。
巨漢２人の急所に一撃ずつ入れると、草間を背に叫ぶ。
「早く逃げて！ ここは私が何とかするから！」
「馬鹿か！ 自分の女見捨てて逃げる男がどこにいる！？ 大体、この部屋はおまえには最初から不利なように仕組まれてたんだよ。足元を見ろ」
草間の言葉に冥月が足元を見ると…影がない。
ハッと上を見上げると照明があちこちを照らして、まるで無影灯のように影を消し去っていた。
すべての可能性は潰しておく。それが暗殺の掟。
「さぁ、どうしますか？」
男は余裕の笑みで草間と冥月を見下した。
４．
「影がないのなら作ればいい」
その声はどこからしたのかわからない。
ただ、前にも聞いた覚えのある声。草間がここだと教えた同業者と名乗った人物の声。
照明が次々と砕け散り、ガラスの破片が雨のように降りかかる。
「な、何事です！？」
訳がわからないといった声の中、次第に光は弱くなる。
その代わりに影が足元に段々濃くなっていく。
「何がどうなってるのかわからんが…やるぞ、冥月！」
草間が動き出し、指揮の乱れた暗殺者たちを昏倒させていく。
冥月も訳がわからないまま、ただこの状況がこちらに有利であることを悟った。
首筋に一撃必殺の刃を次々と入れ、冥月も暗殺者たちを次々と葬っていく。
「くっ！？ 私を他のヤツラと一緒にするなよ」
残ったのはただ１人。黒服の男。
この男さえ消してしまえば…鋭い影の一撃が男の急所を狙い空を裂く。
「！？」
だが、冥月の渾身の一撃は男の身に纏う風によってかき消された。
その風の中にキラキラと光るガラスの破片が舞い踊る。このガラスの破片が男の周りに光の壁を作っているようだ。
「光ある限り、あなたの闇は私には通用しない…ということです」
勝ち誇ったように笑う男に、冥月はグッと唇をかんだ。
光さえ…この光さえ消えれば…！
パァン！！
破裂音とともに、全ての明かりが消えた。
闇が全てを支配する。
「やれ！ 冥月！」
草間の声に冥月は再び渾身の一撃を繰り出す！
全ての闇が男になだれ込む。光は、どこにもない。
「…ひゅっ！」
喉笛から空気の漏れる音がして、殺気が急速に消えていく。
「冥月、亜次元の影を！」
言われるままに冥月が影を開くと、草間は息絶えようとしている男に体当たりをして影に男を突き落とした。
男はなす術もなく、影の中に吸い込まれていった。
「痛っ…」
草間の顔にいくつもの切り傷が出来ていた。
男の周りを回っていたガラスの破片が顔を傷つけたのだ。
「大丈夫！？ 他に怪我はない！？」
冥月が伸ばした腕を、草間はグッと掴むと思い切り引き寄せた。
途端、闇が赤く見えるほど強く草間の手のひらが冥月の頬を叩いた。
そして、強く息が出来ないほど冥月を抱きしめた。
「やっと、会えた…」
■□ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） □■
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
2778 ／ 黒・冥月（ヘイ・ミンユェ） ／ 女性 ／ 20歳 ／ 元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
NPC ／ 草間・武彦（くさま・たけひこ）／ 男性 ／ 30歳 ／ 草間興信所所長、探偵
■□ ライター通信 □■
黒・冥月様
こんにちは、三咲都李です。
ご依頼いただきましてありがとうございます。
やっと再会ですね！ よかったです。よかったです！
少しでもお楽しみいただければ幸いです♪
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