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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− 男と男の熱き友情の約束 −

1.
「2時か…意外と手っ取り早く終わったな」
 草間武彦(くさま・たけひこ)がそう言うと、今回の依頼の相棒であるヴィルヘルム・ハスロは「そうですね」と満足げに頷いた。
 秋葉原の路上アイドルのストーカーを何とかして欲しいとの依頼に出向いたのだが、これがあっさりと捕まえられ、またあっさりと改心・ストーカー行為の謝罪と2度と近づかないとの証文も取ることができた。
 …まぁ、見た目柄の悪い探偵草間と傭兵のヴィルヘルムの2人でひょろっとした青白い男を1人囲めば観念もするというものである。
「さっさと帰るか。こんな夏日のアキバにゃいられたもんじゃない。それに嫁さん興信所に待たせてるだろ? 早く帰ってデートでもしたらどうだ?」
 季節は夏。連日30度越えは当たり前の日が続き、外にいるのが億劫だ。
 …そんな草間の本心が見え隠れする発言をヴィルヘルムはこれまたあっさりとスルーした。

 いや、実はスルーではないのである。
 ヴィルヘルムはこの秋葉原に興味があった。
 それすなわち『サブカルチャーとは何ぞや?』という純然たる興味である。
「草間さん。時間もあることですし、秋葉原を案内してはもらえませんか?」
 少しの間の後、草間は首をかしげた。
「は?」
「ですから、秋葉原を知りたいのです。ここは外国でも有名な場所です。それだけの魅力がここにはあるのだと私は思います。だから、日本に住む者として知っておきたいのです。その魅力を」
 至極全うな理由を熱く語られ、草間には断る理由を見つけることができなかった。
「わかった。わかったから冷静にアキバを語るのをやめてくれ。人が見てる…」
 通行人の痛い視線を感じながら草間はヴィルヘルムの熱意に負けた。
 あるいは、夏の暑さがそうさせたのかもしれない。

 こうして、2人のアキバ探索は始まったのである…。


2.
 秋葉原といえばまず、かの地を有名にさせたのが電気街である。
 秋葉原駅の電気街改札口を抜ければ、その有名な電気街へと誘われる。
「あぁ、そうだ。ここから反対出口へ行って南東に行くとあの有名なクラウドゲート本社がある」
「くらうどげーと?」
「そうそう。WTRPGの生みの親で…おまえも知らぬ間にお世話になっている会社だ」
「…??」
 歩きながらそんな会話をしていると、中央通に出る。
 右手方向に進むとたくさんの電気店が軒を連ねている。
 その1軒に草間とヴィルヘルムは入った。
 むわっと熱い空気が店舗の中から立ち上る。これは空気の暑さではない。
 これは…ヲタクの熱気!?
「をぉ!? これは幻のアイドル・朱音☆のPV!?」
「こっちは懐かしのミサミサのDVDだ!」
 熱狂的に熱くDVDを漁る2人の人物。
「ここは…電気街ではなかったのですか?」
「それは昔の話だな。今はこう…萌えの街だ、萌えの」
 草間はハッとなりふらふら〜と、とあるコーナーへと足を向ける。
 上を見れば『アニメ・キャラクター』と書いてある。
「をぉ! 限定1000個のエヴォルゲイザーフィギュアじゃないか! まさか本物に会えるとは!?」
 草間がとある人形を感慨深げに手に持ちウキウキとしている。
 上にかざしたり横から眺めたり、グルグルとまわしてみたり…。
「…草間さん?」
「!? いや、これは…その…こいつは限定物なんだ。た、多分買っておけば高くなるなーっと思って…」
 しどろもどろに言い訳をしながら、エヴォルゲイザーフィギュアを元に戻した。
 そもそも限定物以前にその人形がなんのドラマ(もしくは何なのか?)がわからないヴィルヘルムには草間の言い訳は暖簾に腕押しもいいところである。
「をおおおお! これは! 幻のアイドル・みふぃてぃ♪のお宝DVD!」
「こっちは往年のアイドル平井イオリのLD!!」
 まだやっている2人組を背に「つ、次にいこう」と草間とヴィルヘルムは店を出た。
 だが、ヴィルヘルムは知らなかった。
 まだこの時、それがアキバの一端であることを…!


3.
 少し歩くと「あっ」と小さく草間が声を上げた。
「どうかしたんですか?」
 ヴィルヘルムが振り向くと草間が立ち止まり、とあるビルを見上げてなにやら睨んでいる。
 よく見れば1階は雑貨屋のようだがその上はまた違うテナントが入っているようだ。
「あの上に何かあるのですか?」
「あそこはなぁ…電脳アイドルの劇場が入ってんだよ」
「…電脳アイドル?」
 草間はぶつぶつと、しかし怒気をはらんだ口調で激しく呟く。
「1日に大体1〜2回の公演、しかし席数は200席しかなくその内ファンクラブ用の予約席が100席を占め、しかも本人購入しか認めず購入時には身分証明書(顔入り)を必要とする! そのチケットをとるのにどれだけの苦労をしているのか…! どれだけの男を泣かせているのかわかっているのか…!?」
 本能が危ないと感じた。
 草間から危険なオーラが出ている。これは負のオーラだ。
 近寄ってはいけないとヴィルヘルムは思った。
 しかし、それでも彼はビジネスパートナーであり、よき友人である。
 それはこれからも変わらない。
「く、草間さん。どこかで休みましょう。ここから離れたほうがよいでしょう。えぇ、どこか遠いところへ」
 務めて冷静に、ヴィルヘルムの頭脳は最善策を導き出す。
 この場所が悪いのである。
 電脳アイドルとやらがどんなものかはわからないが、とにかく、草間をここまで豹変させる威力のあるすごいものだということはわかった。
 そう。何か冷たいものを飲んで冷たい空気に当たればいつもの彼に戻るかもしれない。
 ヴィルヘルムは実に冷静で最良の策を選び出した。
 しかし、ここはアキバ。

 彼はさらにこの街の恐ろしさを知るのである…!


4.
「ここ、ここに入りましょう」
 怨霊のような草間を引きずりながら、炎天下の秋葉原をさ迷う。
 右も左もわからぬ場所で、ようやく『カフェ』の文字を見つけたヴィルヘルムは草間を強制的に連れ入店した。
 2階への階段を上り、ようやく扉を開けると…

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 …おかえりなさい? 私の家はここじゃない。
「メイドカフェ!」
 草間がぴょんと水を得た魚のように正気に戻った。
「初めてのご主人様ですね? 当店のシステムご案内します♪」
 受け付けてなにやらフムフムと女の子と話し込む草間。鼻の下がだらしなく伸びている。
 先ほどとは打って変わった草間にヴィルヘルムはやや混乱した。
「では、お席にご案内します♪」
 草間と女の子の話が終わると、ふわふわのミニスカートにオーバーニーソックスを履いた可愛い眼鏡の娘が席へと案内してくれた。
 そのスカートとオーバーニーソックスの間のことを『絶対領域』ということなんてヴィルヘルムは知らない。
「ではご主人様。本日のオススメメニューをご案内します♪ 本日は『ふんわり卵のクマさんオムライス☆』がオススメです♪」
「じゃあ俺はそれとホットコーヒーで♪」
 なんか草間の語尾に♪がついている…のをヴィルヘルムは聞かなかったことにした。
 きっと彼も疲れているのだと、そう思ったのだ。
「私はアイスコーヒーを貰います」
「………」
 眼鏡の娘がにこやかな笑顔を凍りつかせている。
「おい! メイドカフェにきたらオススメ頼むんだよ!」
「え! そ、そうなのですか? …わかりました。ではオムライスを…」
「はい、ご主人様♪ 少々お待ちください♪」
 眼鏡の娘はにこやかに奥へと戻っていった。
「…草間さん、ここは一体なんなんですか? 普通の喫茶店とは違うのですか?」
「ここはアキバ発祥の『メイドカフェ』だ。メイドさんと戯れることが出来る楽しいところだ」
 コソコソと男同士でそんな会話を交わす。
 しかし、ヴィルヘルムには理解できない。
 本来メイドとはあのような短いスカートは履かないし、そもそも『オススメ』などと主人に出すぎた発言をしたりはしない。
 これが…秋葉原なのか!?
「お待たせいたしました♪ ふんわり卵のクマさんオムライス☆おふたつです♪」
 先ほどの眼鏡の娘がオムライスを持ってきた。
 まっさらな卵のオムライスだ。
 …ただ、ケチャップもデミグラスソースもついていない。
「では、お絵かきさせていただきまーす♪」
 眼鏡の娘がおもむろにケチャップを取り出した。すると…

 ケチャップでオムライスにクマの絵を描きだしたではないか!!

「おぉ! さすがに上手いなぁ」
「お褒めに預かり光栄です♪」
 衝撃を受けるヴィルヘルムをよそに、草間と眼鏡の娘は談笑する。
 そして2つのオムライスにクマさんを描き終った眼鏡の娘はふぅっと大きな深呼吸をした。
 そして…

「ハートキュンキュン☆おいしくなぁれ♪」

 オムライスにおまじないをかけると「どうぞごゆっくりっ♪」と去っていった。


5.
 そこからの記憶は曖昧だ。
 眼鏡の娘と踊ったり歌ったり写真を撮ったりした気がするが、どうも脳が勝手に記憶を消そうとしているように思えた。
 草間に言われるまま会計を済ませ、2人は再び秋葉原の街中に出た。
「今日はいい1日だった!」
 草間はすっきりとした顔でそう言ったが、ヴィルヘルムは務めて冷静に言葉を紡いだ。
「…言わないでください」
「は?」
「このことは、彼女には言わないでください」
 彼女とはもちろんヴィルヘルムの妻のことである。
「…ふっ。男には女に言えない世界が1つや2つあるもんさ。…ってことで、俺がここでやったことも誰にも言うなよ? それが交換条件だ」
 どうやら草間もこの件については隠しておきたいらしい。
「いいでしょう。私も誰にも言いません。男に二言はありません」
「よし、俺たちは今同盟者になった。約束をたがえた場合は…」
 真顔で迫る草間に、ヴィルヘルムは「たがえませんよ」と強調した。
「よし、じゃあ帰るか! そろそろ興信所の連中も待ってるだろうからな」
「…もうそんな時間ですか」
 みれば西の空がうっすらと赤く染まっている。
 興信所の妻が心配しているかもしれないな、とヴィルヘルムは思った。
「…また今度改めてくるか?」

 ニヤリと笑った草間にヴィルヘルムは凍りついた。
 妻への隠し事はこれ以上増えないほうがいい…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8555 / ヴィルヘルム・ハスロ (びるへるむ・はすろ) / 男性 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 

■□         ライター通信          □■
 ヴィルヘルム・ハスロ 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼くださいましてありがとうございます。
 今回はコメディということで、草間のダンディさはどこにもありません。
 そんな草間との、秋葉原めぐりはいかがだったでしょうか?
 少しでもお気に召すと幸いです。