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<東京怪談ノベル(シングル)>


その出会い、戦いにつき。

 うーん、と唸りながら瀬名・雫(せな・しずく)は、幾度も検索条件を変更しては、あらゆる出会い系サイトでこれはと思う男性を探すべく、キーボードをタカタカ叩いていた。ざっと簡単なプロフィールと写真を見比べて、これはと思った相手はクリックしてみる。
 タカタカ、カチカチ。
 熱心に検索をする雫が、出会いを求めているわけではもちろん、ない。というか、もし万が一にも雫本人が出会いを求めているのだったら、こんなネット喫茶なんかじゃなくて、さすがに自宅でこっそりとやった方が良い気がする。
 だから今、雫が相手を探しているのは、級友の三島・玲奈(みしま・れいな)の為だった。勿論、真剣に彼女の事を心配しているというよりは、純粋に興味本位、格好のネタに過ぎないのだが。
 なにしろ玲奈はこう見えて、一見すれば一応ただのどこにでも居る女子高生に見えるけれども、その実は人間ですらない。だから出会い系サイトの年齢制限だって、さくっと無視しても問題ない――多分。
 ゆえに楽しそうに、鼻歌など歌いながら検索を続ける雫の傍らで、当の玲奈はと言えばさすがにほんの少しばかり居心地悪そうに、椅子の上でもじもじと落ち着かない様子でモニターを覗き込んでいる。ちらちらと、誰かに見られていたりしないか周りを見回してみたり。
 けれども、それで居て尚この場にとどまり続けようと思うくらいには、玲奈にとって『出会いがない』という事実はとても、切実な問題なのだった。何しろ人外だからなのか、他にも何か原因があるからなのか、それはもう見事なまでに出会いがない。
 とはいえこれでも玲奈はごく普通の女子高生であるのだから、やはり、出会いは重要なわけで。出会いというか、彼氏。ボーイフレンド。欲しいか欲しくないかって言われれば、そりゃあ、雫にまで相談して、こうして出会い系サイトを検索しているのを大人しく横で眺めている程度には、欲しい。
 とはいえさすがに、恥ずかしくもある、わけで――うぐぐと己と葛藤しながら、画面を覗き込んだり、辺りを見回したりと落ち着かないのは、それ故で。
 そんな玲奈の様子も面白いと、雫は心の中のメモ帳にしっかりと書きとめた。けれどもそれを面には出すことなく、玲奈ちゃん、と柔らかな口調で声をかける。

「‥‥? 何?」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ、玲奈ちゃん。何処かにきっと素敵な‥‥」
「うん」
「人外がいるよ〜♪」
「ちょっとッ!?」

 だが続けられた言葉に、玲奈は椅子の上で派手に仰け反った。のみならず、勢い余って椅子から滑り落ちそうになった。
 そんな玲奈に楽しそうに「ぁ、ほら、この人とかどうかな〜?」と雫が指差した写真を見れば、どこからどう見ても河童。あちらの世界も出会い不足は深刻なのだろうか――というかまず、どうやって登録したし。
 何かが、玲奈の中でぷちっと切れた。「ちょっと貸して」と雫からマウスを奪い、カチカチとものすごい勢いでページを開き、閉じ、開き、閉じ。

「この人がいい! 惚れた」
「って‥‥スペースシャトル?」

 ついに動きの止まった玲奈が、びしっ、と指差した画面を覗き込んだ雫はこくりと首をかしげた。それは出会い系サイトですらない、とある筋から出されている依頼の詳細画面だ。
 場所は、ニューヨーク郊外にある空港。そこに映っているのは、巨大な輸送機の背中にまさにおんぶするような格好で、一機のスペースシャトルが結合され、旅立ちを待っている様子だ。
 引退間際のこのスーペースシャトルは、これを機に博物館に収容され、余生を過ごすことになるらしい。依頼は、そのスペースシャトルの移送護衛を行って欲しいという、一見すれば目を瞑っていても終わりそうな簡単な任務だ。

「とはいえこのご時勢だからね。どっかのテロ組織や、『年季の入った機体』をお迎えに来る死神(?)やらが暴れそうじゃん」
「ふぅん」
「そこで大活躍すれば、貫禄ある彼氏に頼れる妻像を見せられて、一石二鳥だしね!」
「ふぅ、ん‥‥?」

 拳を握り締めて熱く語る玲奈の言葉を、聞き流しながら雫はじっと、モニターに映し出された写真を見た。雫にはちょっとその良さ(主にお付き合いする男性という意味での)が良く解らないが、そう言われてみればこう、宇宙に漂う塵や、それから大気圏突入の際に高熱に寄ってついた傷などが、歴戦の戦士(?)っぽくてかっこいい‥‥のかも、知れない?
 とはいえ、級友のお眼鏡に適う男性(?)が現れたのは、喜ぶべき自体だった。ましてその相手がスペースシャトルだなんて、これはもう、どう転んでもネタにしかならない予感がひしひしする。
 だから、にこっ、と雫は満面の笑顔で玲奈の手を握った。

「頑張ってね、玲奈ちゃん〜」
「もちろん! うっとおしい連中はさっさと片付けて、婿ゲット!!」

 ぐぐっ、と両の拳を握り、力強くそう言った玲奈に、雫は思う。あれ、いきなり結婚前提のお付き合いなんだ?





 一張羅の制服を着込んで、玲奈は張り切って輸送機の中を闊歩していた。何しろこの日の為に制服をしっかりクリーニングに出し、さらにホコリが付いていたりしないよう、念入りにブラシをかけてきたくらい、気合が入りまくっている。
 シャトルを載せた輸送機は、定刻通りにニューヨーク郊外の空港を出立し、今はニューヨーク市外の上空に差し掛かったところだ。空港に到着した時点から蟻の子一匹漏らさぬよう、厳重な警戒態勢を取って望んだフライトは、今のところ順調で。
 機内を警戒して歩きながら、玲奈は合間を見ては『護衛対象』であるスペースシャトルに会いに行く。そうして熱心な口調で、自分が如何に勇敢で、そうして可愛いかを切々と訴え、何とか『彼』を口説き落とそうとしていた。
 そんな玲奈の様子は、実のところ、フライト直後から機内スタッフの間ではちょっとした話題になっていたりしたのだが。笑わば笑え、こちらは惚れた相手を口説くのに必死なのだ。
 玲奈がそこに通りかかったのも、だから実のところ、もう何度目になるか判らないアプローチの為に、シャトルの元を訪れようとしていたからだった。出立してまだそれ程も経ってないのに、すでに乗員にも覚えられるくらいに足繁く通ってるとかはまぁ、置いておいて。
 整備士の姿をしていた女性の作業員が、腰のポケットから何かを取り出した。あれは――ナイフのように鋭いが、プラスチック片だろうか?
 一体何をするのかと思っていたら、突如、女性は後ろで束ねた自らの髪を惜しげもなく、そのプラスチック片でざくりと切り取ったではないか。一体何を、と思った次の瞬間には、作業員はその髪に手のひらでも納まる何かの器具を近づける。
 次の瞬間、ぽっ、と切り取られた髪に火が点いた。ぎょッ、と玲奈は慌てて駆け寄って、女性作業員の手からその器具を取り上げた。

「これは、ニクロム線の発火装置?」

 装置、と呼ぶにもあまりにお粗末な、小学校の工作ででも使いそうな電池ケースの端に、ニクロム線を括りつけただけの道具。だがニクロム線といえば非常に発熱量が多いことで知られていて、電池と組み合わせた発火装置も実の所、ホームセンターレベルで手に入るアイテムで十分に作成が可能なのだ。
 とはいえそれぞれは決して、そこにあって不自然なものではない。そんな方法が、と愕然とする玲奈を見て、女性作業員は高らかな笑い声を上げた。

「もう遅いわ! これで輸送機は落ちる。シャトルも木っ端微塵よ!」
「あぁ、これ?」

 木っ端微塵は嫌だなぁ、と思いながら玲奈は、どちらかと言えばのんびりと女性作業員の言葉に、シャトルを振り返った。流石にこの程度の熱で、大気圏突入の摩擦熱にも耐えるスペースシャトルがどうにかなると、思わないだけでも賢いけれども。
 実の所、彼女のテロ計画にはそもそもの、致命的な『欠点』がある。げしげしと髪に点いた火を踏み消し、熱と煙を感知して機内に鳴り響く非常ベルに「異常がないか確認して!」と叫びながら、玲奈はぽん、とスペースシャトルに手を置いた。
 途端、そこにあったはずのスペースシャトルが跡形もなく、消える。え? と目を瞬かせた女性作業員に、にやりと笑った。

「ジャ〜ン。実はこれ玲奈号特製のハリボテです」
「なん‥‥ですって‥‥! あの、シャトルを口説くなんて馬鹿げた行動も、カモフラージュだったと言うの‥‥!?」
「ば、馬鹿げた行動‥‥!?」

 あれはあれで真剣だったのに、と流石にちょっとショックを受ける玲奈である。いや、言いたい事は解るけど。
 しかしこれも未来の旦那様(になってもらう予定。は未定。あくまで玲奈個人の一方的な決定)の為。可愛く頼れる妻をアピールする為、女性作業員を拘束した玲奈の耳に、緊急の応援要請が届いた。
 ――ここにあるのが玲奈号の作り出したハリボテならば、もちろん本物のスペースシャトル、玲奈の未来の旦那様は別の場所にある。そうして、囮であるこの輸送機が出立したと同時にひそやかに、同じくニューヨークを旅立ち目的の博物館へと向かっていたのだ。
 それは、ニューヨークの地下鉄。さすがにあんな大きなもの、地下鉄の構内にだって入りはしないから、分解をした上で専用貨物車に積み込まれ、地下を密やかに移動中だった、のだけれども。

『現在、悪鬼の集団に襲撃されています‥‥ッ! そちらのシャトルは囮だと、気付かれたみたいで‥‥至急応援を!』
「な‥‥ッ、あんた、仲間に通報したわね!」

 ギリッ、と拘束した女性作業員を睨みつけたが、彼女は乾いた笑い声を上げるばかりだ。そもそも、先にハリボテなどでこちらの目を惑わせたのはそちらだろうと、言わんばかりの態度である。
 ああ、もう! と盛大に舌打ちした。偽装完遂の為、こちらの輸送機には玲奈のみならず派手派手しい警備をこれでもかとつけているけれども、本命の地下鉄側は周りの目を引かないよう、警備はわざと手薄だ。多少の妨害ならばともかく、悪鬼の集団となると到底、太刀打ちは出来まい。
 ピンチだった。この上なくピンチで――しかも、急を要する事態。
 輸送機内を、緊張が駆け抜けた。本部への無線がひっきりなしに飛び交い、こちらから増援を出すならばどこの空港に緊急着陸するのがもっとも適切か、管制塔と交渉している声が聞こえる。
 その中で、玲奈はえぇい、と覚悟を決めた。つかつかと向かったのは非常脱出口――ただし、こんな上空で使用する目的には、本来、作られていないわけだが。
 気付いた乗員の1人が、おい、と玲奈に声をかける。

「どうするつもりだ? まさか――」
「そのまさかよ。あたしが行く!」

 そうして玲奈は、力いっぱい非常脱出口のハッチを開け放ち、飛行速度と気圧差で突風吹き荒れる空へ、軽やかにダイブした。





 悪鬼の集団は、圧倒的な数を戦力に専用貨物車に取り付き、中に収容されたスペースシャトルに狙いを定めていた。その光景はまさに、どこからともなく湧き出してくると表現するに相応しい。
 護衛側が不利なのは、圧倒的に明らかな光景。それでも何とか任務を完遂しようと、必死の形相で剣を握り、銃を構える護衛たちの間にもまた、敗色は濃く現れていて。
 地下鉄はすでに、悪鬼の大群に阻まれその動きを止めている。もはやこれまでかと諦めかけた頃、突如、頭上のコンクリートがドゴッ! と大きな音を立てた。
 は? と護衛と悪鬼が揃って天井を見上げる。と、同時にまたドゴッ! と今度はトンネル全体に響き渡るような、大きな鈍い音が聞こえ。

「そこまでよ!」

 次の瞬間、土煙と共に轟音を立て、見上げた天井が見事に崩れ落ちた。そうしてその中から現れたのは、霊剣を構え、悪鬼もかくやという形相で専用貨物車に取り付く連中を睨みつける、玲奈だ。
 地下鉄の天井を――つまりはニューヨーク市街地の道路をぶち破ったせいか、上空から急降下をした影響か、今の玲奈はせっかくの一張羅の制服もぼろぼろに破れ、あちこちについた傷から血が流れている状態だった。けれどもまったく痛みを感じていないように、仁王立ちでギンッ! と悪鬼どもを見据える。
 さささ、とその視線上に居た護衛たちが、思わず身を避けて避難した。うっかりすると、こちらまで巻き込まれそうな気がしたのだ。
 そんな動きには目もくれず、玲奈は地を這うような声で、憤りの言葉を吐き出した。

「あたしの婿をよくも〜〜〜ッ!」

 ――その後、地下鉄構内で繰り広げられた惨状を、見ていた護衛の一人は『あれはまさにクレイジーだった』と怯えた表情で語ったと、いう。護衛とて素人ではない、それなりに修羅場も経験しているし、戦闘もこなしてきては居るが――その彼らをもってして尚、クレイジーと言わしめる、それは地獄の光景だったのだ。
 構えた霊剣で、有象無象に溢れる悪鬼どもを斬り捨てる。怒りの眼差しで眼光を放ち、ひどく無造作に、そうして残酷に悪鬼の群れを焼尽する。
 その場に血臭と、悪鬼の焼け焦げる胸の悪くなる匂いが立ち込めた。それでも尚、玲奈の勢いはとどまるところを知らず、まさに地獄のごとき光景は続き。
 動くものがなくなった頃、そこに立っていたのは身の危険を感じて避難していた護衛たちと、それから大きく肩で息をする玲奈だけだった。しかもその玲奈と来たら、戦いの中でただでさえぼろぼろだった制服は跡形もなく破れてなくなり、頭につけた鬘もどこかへ飛んでしまったらしく、丸坊主の水着姿という始末。
 ふぅ、と動かなくなった悪鬼どもを満足そうに見下ろしてから、はっと己の姿に気付いた玲奈は、色んな意味で赤面した。スペースシャトルの手前、せっかくおめかし(?)していたのにこれじゃ台無しだ。おまけに頼れる妻、にしては些か張り切りすぎたこの状況を、果たしてあちらはどう思っているだろう。
 恐る恐る、赤面しながらシャトルへと向き直った玲奈は、どこにでも居る恥らう女子高生に見えた。その事実に逆にぎょっとする護衛たちを尻目に、あの、と恥ずかしそうに問いかける。

「あの、その‥‥こんなあたしでも‥‥?」
『有り難う勇敢な娘さん。助かったよ』

 その問いかけに、返って来た言葉は非常に好意的で。けれどもほっとしたのもつかの間、にゅっと機体から現れた姿を見て、玲奈は愕然とした。
 そんな玲奈の手を暖かく握り、握手をしてきた機体に憑く精霊――それはどこからどう見ても、老婆のそれで。良い茶飲み友達が出来たし、楽しい余生を過ごせそうだねぇ、と嬉しそうに何度も手をぶんぶんした後、すぅ、とまた消えていく。
 ――ぇ? あの、ちょっと、ぇ?

「ガ〜ン‥‥」
「お幸せに〜‥‥うぷぷ」

 恋破れて(?)呆然と立ち尽くす、玲奈の姿にどこからともなく現れた雫が、ニヤニヤ笑いながらそう言った。だが堪えきれず噴出す辺りで、完全に彼女がこの状況を面白がっているのが、わかる。
 ぎり、と奥歯を噛み締めた。きっと冷静にちゃんと出会い系サイトの情報を読んでいれば、相手のシャトルが老婆だということは解ったはずである。それを見落としていたのは完全に玲奈の手落ちで――けれどもきっと、この級友は把握していたに違いなく。
 えぇい、と笑う雫に、ついに玲奈は拳を振り上げた。

「こら〜ッ! 雫〜ッ!!」
「あははッ! 良かったじゃない玲奈ちゃん、良い茶飲み友達が出来て! これ、記事にするよ〜?」
「するな〜ッ!!!」

 殺伐としたニューヨークの一角に、実に平和な声がこだましたのだった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /         職業         】
 7134   / 三島・玲奈 / 女  / 16  / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

お嬢様のとある出会いを求める物語、如何でしたでしょうか。
こう言った別場所同時進行のお話は、WTで依頼に出すのはなかなか技術が要りそうですね(笑
お気に召す内容になっていれば良いのですけれども。

お嬢様のイメージ通りの、どこかコミカルでほのぼのとしたノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と