コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ 暑中見舞いに不思議な蜜を〜草間興信所編〜 +



「暑中見舞いにアンティークショップの店主、碧摩 蓮(へきまれん)からこれが届いた」


 草間 武彦(くさま たけひこ)はテーブルの上に子供の頭ほどの瓶をどんっと置く。
 妹の草間 零(くさま れい)は兄の手元にあるそれを不思議そうに眺める。武彦は瓶の頭に手を置きながらはぁあと深いため息を吐いた。


「これは蓮からの『暑中見舞い』という名の依頼だ」
「どんな依頼ですか?」
「一緒に届けられたメモによるとこれはカキ氷の蜜らしい。だが蜜を氷に掛けた者の感情に反応して味や色を変える特殊な『蜜』だということだ」
「楽しそうな蜜じゃないですか。それが何か問題でもあるんですか?」
「メモによるとこの蜜は大抵は鮮やかな色に変わるし味も普通に甘いらしい。だがちょっとでも心に何かしこりを抱えていると凄く不味くなる……ということだ。色も黒だったりヘドロ色だったり……うえ、見るからに不味そうだな」


 武彦は想像した色と味に一瞬にして表情を不快なものに変える。そんな兄の様子に零もまた眉間に皺を寄せ苦笑した。


「今回の依頼はその変化に関することですか?」
「そう。本来は鮮やかな色に変わるだけのものだったらしい。だがいつの間にかとんでもない変化もし始めた……と言うことだ。そんなもの店じゃ使えないってんで蓮のところに回ってきたらしい」
「じゃあ何か憑いてしまったか、この蜜自体が何か嫌なことがあったのかもしれませんね」
「ちなみに変化する蜜はこれだけだそうだ。つまり、謎が解けなかった場合はこの蜜を全部消化しろと」
「? 排水溝に流しちゃ駄目ですか?」
「ご丁寧に『PS.ゴミ捨て禁止。捨てた場合は』となっている」
「あら、捨てた場合何が起こるか書いてませんね……と、いうことは……」


 二人で蓮の怪しげな微笑みを思い浮かべる。
 捨てた場合何が起こるかは分からないが、とにかく何か起こる……かもしれない。蜜によるものでなくとも、蓮から何かが……。
 零はぽんと兄の肩を叩く。


「蜜の量も結構多いことですし、もういっそ皆に声かけて食べちゃいましょうよ。ね? ね?」



■■■■■



「改めて自己紹介から始めるか。こっちの男子高校生が工藤 勇太(くどう ゆうた)。そっちの女の子がアリア・ジェラーティだ」
「よろしくな!」
「勇太ちゃんね。よろしくお願いします」
「もっと詳しい話は他の連中が集まった時にするから今は雑談でもして待ってろ」


 武彦に促され蜜を運んできた二人は顔を見合わせ挨拶をする。そう言えば後で聞けばいいかと考えていたため二人は互いの名前も知らなかったのである。後は自分達で紹介しあってろと二人を捨て置き、武彦は携帯の登録から今回の一件で協力してくれそうな人間を幾つかピックアップし、電話を掛ける。何人かには「面白そうだから行く」と言われ、何人かには「また変な話だろ」と危険察知されるが結局数人「カキ氷を奢る」という名目の元集まってくれる事になった。
 さて、一方零から貰った麦茶を飲んでいるアリアと勇太はというと。


「勇太ちゃん。何か悩みとかあるの?」
「え」
「だってここに配達する時に試したあのカキ氷の絵の具味……」
「ぐさ。そ、そりゃあ、この暑さだもん! 蓮さんからの依頼だったんだもん! 考えるところは幾らだってあるってっ。蓮さんの依頼でろくな目にあったことなかったんだよ、俺!」
「……暑い? じゃあ冷やす?」
「冷やす、って――」
「ちょっと待ったー! アリア、それはストップだ!!」


 勇太の言葉を聞き、素直に暑いから冷やそうと思った氷の女王を先祖に持つといわれている娘、アリア。その能力は冷気を操り思い描いた氷雪を作り出したり、手で直接触れたものを氷に変えたりすること。そんな彼女は文字通り勇太の頭を「冷やそう」とおでこに指先をとんっと小突いて……。
 カッキーン!
 此処に見事な高校生男子の氷像が出来上がり。


「遅かったか。零! お湯!」
「は、はい、兄さん。熱い方がいいですか? それともぬるい方がいいですか!?」
「もう熱湯で!」
「わかりましたぁ〜!!」
「さてさて、邪魔すんでー。って、なんやこの部屋意外と涼しいなぁ。……ってこれなんや」
「セレシュ。それ生き物だから好奇心から突きすぎて壊すなよ」
「ようわからへんけど、かちこちやなぁ。あはは!」
「だから突くなって!」


 興信所を訪れたのはセレシュ・ウィーラー。
 以前興信所にて個人的な依頼をし、その件以降武彦と縁のある金髪ウェーブの女性である。見た目は十五歳程度と幼めだが、実年齢は二十一歳。本人は微妙にそこら辺がたまーにネックだったりするが基本的に好奇心旺盛で人懐っこい女性だ。今も凍った勇太が面白く、まだ溶けていない彼を指先でつんつん突いて遊んでいる。
 ふと彼女は零やアリアの姿を見て「ふむ」と頷く。零やアリアもまた「あれ?」という顔をするがそこはそこ、「人外の存在」である彼女達は無言で分かり合う。この世界では聞かれない限りは……能力を見せ付けない限りは「人間のふりをしている事」が一番だと皆知っているからだ。
 ちなみにセレシュの場合は異世界から来たゴルゴーンで、本来の姿は蛇状の髪と黄金の翼を持っている。


「こんにちは、武彦さん。キミの連絡を受けて夫婦でお邪魔する予定だったんだけど、旦那の方は仕事が急に入っちゃって来れなくなっちゃった」
「相変わらず忙しいな」
「でも彼も招待を受けた事に関しては喜んでいたから御礼を言っておいて欲しいって」
「今度また機会があればカキ氷じゃなく、もう少し大人の付き合いをしたいもんだ」
「……私のなんだからあげないわよ?」
「いるか! そういう意味じゃないって分かってて言ってるだろう。弥生」
「あはは、まあね。ところで、これは一体どういう状況なのかしら? 私の目の前には凍った男の子がいるわけだけど」
「――もう触れてやるな……」


 やってきたのは長い黒髪の美しい人妻、弥生 ハスロ(やよい はすろ)。
 武彦は夫婦で誘いを掛けたのだが、仕事の忙しい旦那は本日は不参加らしい。てっきり落ち込んでいるかと思えば、旦那の仕事に理解のある弥生は元気そうでなによりだと武彦は思った。彼女もまた勇太の方へと近付き、不思議な目でそれを観察している。
 さて当の原因であるアリアが純粋な目で皆を見る。
 勇太が「暑い」と言ったし、ちょっとぐだぐだ悩んでいたから「頭を冷やそう」とした結果がこれだ。間違ったかな? と心の中で思うが、否定的な意見が彼女に成されないため今は麦茶を啜っているのみである。
 一部の魔力を辿れる者達――主にセレシュと弥生は既に原因がこの少女であると分かっているだけあって、二人顔を見合わせて苦笑した。


「すみませーん。面白そうな気配を感じて参上しました」
「ついでに家庭菜園でいつも通り作りすぎた野菜をお裾分けに来た」
「帰ってくれ! あ、野菜は貰う!」
「え、ちょっとちょっと、一応依頼に来たんですけど」
「その依頼の為の賄賂……ごほん、野菜もあるんだが」
「それで?」
「いえ、何か面白そうな事になっているのでもう依頼は良いかなーって」
「いや、私は別に気になってないぞ、そこの奥の何かなんて、何も、うん。今日は朱里の依頼の為に来たんだから」
「ちなみにその依頼とは?」
「「噂に名高い怪奇探……」」
「今日は身内でカキ氷大会に付き休業中だ! 帰ってくれ! そしてそういう怪奇系依頼はお断りだ!」
「えー、そんな。休業中なんて外に札とか出てなかったのに」
「休みの日を調べてきたんだが、可笑しいな」
「零、今すぐ張り紙!」
「は、はい。兄さん、手書きでいいですよね!」


 ひょいっと扉を開いて現れたのは褐色肌の何か癒し系オーラたっぷりな十代後半ほどの少年。アジア系の民族系の衣装を纏い、顔にはペイント風のメイクをしている。
 そしてもう一人、金髪の髪の毛を三つ編みにし、目の下には雫マークが入ったペイントをしているゴスロリ少女というなんとも不思議な組み合わせが登場した。しかもその手には野菜。そう、彼女が口にした通り店で売っているものではなく明らかに自作であろう野菜が袋に詰められ抱きかかえられている。
 ふとセレシュと弥生がじっと少年の方を見る。彼はにっこりと笑顔を返した。


「キミ、どこかで見たことあるような気がするんだけど」
「そうですね、よく言われます」
「ああ、なんやったかな。どっかのアイドルグループの一人に似てんや」
「『Mist』よ。雑誌とかでも出てるグループよね。そこの……アッシュかしら。その彼に似てるんだわ」
「はは、よく言われますけど他人のそら似ですよ」
「世の中には似た顔が三つはあるって言うしね」
「なんや、本人ちゃうんかいな。本人やったらサイン書いてもらって知り合いに自慢したろと思たのに」
「それは別人ですから諦めて下さいね。私の名は鬼田 朱里(きだ しゅり)と申します。以後お見知りおきを」
「ちなみに私は人形屋 英里(ひとかたや えいり)と言う。朱里はよく人違いされてな、私も困っているんだ」
「ははは、すみません」


 ――と、少年は軽く頭を下げて言うものの、実は彼こそが『Mist』のメンバー、「アッシュ」である。
 舞台メイクとは違って今はペイントメイクをしているため印象がまるで違う。彼の言葉に皆「他人の空似」であると納得すると、朱里はすいっと人差し指を持ち上げ氷像もとい勇太を指差した。そして今までの経緯を全く知らない彼は爆弾を投下する。


「ところでカキ氷大会って――その男の子の氷を削って食べるんですか?」
「他に氷も見当たらんし、そうだろう。そうに決まっている」
「「え」」


 まさか。
 いやいや、そんな。
 確かにここまで招待した人数を満足させるだけの氷なんて普通の冷蔵庫じゃ中々作れないけど。
 むしろ武彦がカキ氷用の氷を用意しているなんて思えない。そうなるとセレシュと弥生の視線は零へと無意識に向く。やや遅れて朱里と英里もまたつられるように彼女へと視線を向けた。ふぅっと額の汗を拭いながら零は外の扉に紙を貼り終え、再びキッチンへと戻りお湯の状態を確かめに入る。
 そしてセレシュと弥生はギギギギギ、と錆びた人形のように首を動かし、視線は武彦へ。朱里も英里も面白そう! とばかりに彼に目を向ける。
 そして皆の注目を集めた武彦はこめかみに青筋を浮かせ、今にも怒りの感情のまま皆に怒号を放とうとしたが。


「私、氷なら、いくらでも作れるの……」


 ほら、とアリアが机の上に氷を作ってみせる。その見事な氷結能力に皆ほうっと胸を撫で下ろした。特に自分が人外であることを隠す気のない彼女はその後兎型、熊型など様々な氷像を作って皆の目を楽しませ、遊ぶ。
 しかし忘れてはいけない、『彼』の存在を。


―― れれれれれ、零さん、早くお湯ー!!


「工藤さん! お湯です! はやく戻ってきて下さいー!!」


 零に熱湯を浴びせられ、彼が無事自分を取り戻したのは割とすぐの事だったとか。



■■■■■



「――――と、言うわけで蜜の調査依頼が本来の目的だ。だが別に食べて消化しても依頼達成と言う事らしいんでな。それで皆を呼んだんだ」
「ふうん、そうなんだ……アリアびっくり」
「なんやねんな。騙しかいな!」
「騙してない。氷にかけて食べても問題ないんだからな。俺は嘘は言っていない」
「危うく変なものを食べさせられるところやったわ。危ない危ない」


 セレシュは命拾いをしたと言う事でやれやれと肩まで手を上げ首を振る。
 そしてその後の彼女の対応はとても早かった。まず武彦に経緯をしっかり聞き、彼が殆ど何も知らないと知ると、零に頼み蜜の一部を分けてもらうように頼んだ。慎重派な彼女は幾ら面白そうな蜜と言えど、原因が分からないうちは口にしたくないというのが本音である。
 そして携帯を取り出すとアンティークショップ・レンの店主、碧摩 蓮(へきま れん)へと連絡を取り始める。蜜の来歴や材料、それに途中で何かしら特殊能力を持つ人物に渡っていないかなど調べるためだ。
 だが中々相手が応答してくれない。皆に気を使い、玄関先で携帯を掛け続ける彼女の姿に皆「頑張れ!」と心の中で応援したとか。


 アリアは皆が氷を作る度に嬉しそうにするので、自分もまた嬉しくなり、零が用意してくれた皿の上にどんどん氷を作っていく。冷房を掛けなくても冷えていく室内に皆心和ませながら少女の氷作りを見守った。


「……味が悪いのは賞味期限の問題……という冗談はおいといて。……多分人の心の問題じゃないですかね? 昨今では心の清い人が少なくなったとか……うんうん」
「でもそれじゃあ、理由にならないわ。それだと他の蜜も同じように変化しないと可笑しいでしょう? 他の何かが原因かもしれないわね」
「私は面白そうなんで、その蜜食べてみたいですねぇ。調査にはあんまり興味はないです。だって食べたらいいんでしょ。食べて減らしてOKなら楽じゃないですか」
「わ、私はただの一般ピーポーだからな! そ、そんな調査とかは……むしろカキ氷の方を食べる方が気になる」
「英里はともかく朱里、だったか。お前何故居ついた」
「依頼をしたら追い出されそうですけど、カキ氷大会なら追い出されずに済むし、むしろ面白そうなので!」
「野菜も受け取っただろ」
「――……勝手にしろ」
「あ、草間さんが諦めた」
「こいつが作る野菜は本当に美味いんだ。何より家計が助かる」
「草間さん……俺、なんか情けないっす」


 アリアの作る氷に癒しを頂きながら勇太、弥生、朱里、英里は蜜を見つめながら軽く論議する。……とは言っても朱里の場合はもはや調査よりカキ氷を食べる事の方に心をわくわくさせているよう。英里も興味がないふりをしつつも、明らかにちらっちらっと視線を向けているところから隠し切れない好奇心が垣間見えていた。


「まぁ、マジな話、人の感情に反応して変化する蜜って事なら、テレパシーで何か探れるかも? ……なんならやってみます?」
「そう言えば昔何かの本で≪食べ物にも妖精が宿る≫と書いて有ったわね。日本で言う付喪神的なものなら魔力に反応するかしら」
「勇太、弥生。調査するなら勝手にしろ。どっちにしてもどんどん氷は出来ていくからついでに食べていけ」
「アリア、頑張ってるの」
「わあ、凄いですね。こんなにも山盛りの氷、削る方も大変そうです」
「冷房がいらんな。これは素晴らしい、機械を壊さずに済む」
「いっそ、朱里。英里。お前達が削ってくれ」
「えー……自分で食べる分だけ削っていいですか?」
「女にさせるか、普通」
「いいから削れ! 人数が人数なんだ。溶けるだろ!」
「まあ、こうして無事仲間に入れてもらっているわけですし、頑張りますか」
「アリアもっと氷作った方がいい? 沢山? いっぱい?」
「今はもう良い。あと次つくる時はこれくらいの大きさで作ってくれると私は嬉しい」
「うん、英里ちゃん分かった。これくらい、ね」


 残念ながら興信所に存在するカキ氷機は家庭用のもので手動である。
 朱里と英里はアリアが作ってくれた氷を適度にアイスピックなどで細かくしつつ、それを機械に放り込みじゃりじゃりと削っていく。削れた氷を器に溜めるとアリアはまず武彦へと差し出した。


「武彦ちゃん、一番に食べるといいと思うの」
「俺がか?」
「そうしたら皆納得すると思う。私と勇太ちゃん、蜜の変化知ってるけど他の皆知らないし」
「そうですねぇ。俺もその時にテレパシー能力使ってみますよ。ただし……こちらもタダって訳には行きませんねぇ」
「ああ? 何を要求してくる気だ、お前」
「良くぞ聞いてくれました!」


 ばばんっと無駄な効果音が付きそうなほど胸を張りながら先程まで氷付けだった勇太は今はタオルに包まれながら言う。大胆不敵に笑いながら、自分が蜜を試した時に絵の具のような味だった事を棚に上げ、それからびしっと武彦に向かって指先を突きつけた。


「俺への依頼の報酬、それは! 俺の夏休みの宿題を代筆――いだぁっ!!」
「お前はどこぞの小学生か」
「冗談通じないなぁ、もう!」


 武彦に拳骨を落され、勇太は渋々と行動を移す事にした。
 そんな二人のやり取りをおかしそうに見ていたほかの皆は武彦の前に置かれたまだシロップの掛かっていない素のカキ氷を見つめる。こうなっては仕方が無い。他の皆が納得しないというなら言い出し人の自分が食べるべきだろう、と武彦は諦めた。零も武彦の隣に座り、アリアは素早く二つ目のカキ氷を差し出す。
 きらきらとした目で見つめるのはアリアだけではなく、朱里と英里も一緒だった。そして玄関先で未だ蓮の応答と戦っていたセレシュも一旦、電話発信を止め、二人が食べるのを見る事にする。
 武彦が蜜の瓶から適当な量掬い取り、氷にかける。その瞬間変わった色は――。


「ほら、やっぱりイカ墨みたいな黒だ!」
「あらあら、真っ黒」
「……でも下に行くほど薄まっていくの」
「これは思った以上に見た目が良くないですね」
「……何も言えない色だな」
「心病んどるんちゃう?」
「お前らなぁ……」


 がくりと頭を垂れさせた彼に妹、零ははわはわと兄を慰めにかかる。
 そして零は拳を作り、「私も掛けます。えい!」とシロップを掛けた。その色は――。


「紫だ!」
「でも綺麗な紫ねぇ。ラベンダー色みたい」
「零ちゃんのイメージに、あうの」
「これはいい感じでは?」
「なんだ、清々しい色じゃないか」
「なんや、やっぱり武彦さんより零さんの方が心清らかなんやね」
「ち、違いますよ! きっと味の方が問題なんですよ!」
「で、お前ら。シロップを掛けたのはいいが何か読み取れたのか?」


 自分には散々文句を、妹には賞賛の言葉を掛ける皆に武彦は尋ねる。しかし、勇太と弥生は首を振った。


「一応テレパシーで探ってみたんですけど、シロップを掛けただけじゃ何にも分からなかったですね」
「こっちも同じよ。気を巡らせてみたけど、色の変化はまるで化学変化みたいに自然なもので、魔力染みたものじゃないみたい」
「……ということは味、かな?」
「じゃあ、はよ食べぇな。うちも安全を確認して普通にカキ氷食べたいっつーねん」
「見た目は悪くても味がいい時もあるんですよね。僕も頂こうかな」
「朱里、お前勇気あるな」
「えへ」
「私も、食べる。気になるもん」
「……わ、私だって食べてやってもいいぞ。不味くても一口分くらいは減るだろう?」
「英里、気になるなら気になると言ってくれていいんだからね」


 と言うわけで、武彦の黒カキ氷に武彦、朱里、英里、アリアが挑戦する。
 ぱくり、と四人が同時に氷を口に入れる。それを他の皆がごくりと唾を飲み込みながら見守った。すると。


「抹茶だ」
「抹茶ですね」
「抹茶味じゃないか」
「……美味しい」
「うそやろー!? なんでそないな色やのに、味はふっつーなん!? ちょいうちにも食わせてな」
「ほれ、新しいスプーン」
「――う、……マジで抹茶や。なんでこないな黒やのに抹茶やねん!」
「草間さん俺も俺もー!」
「ほい」
「…………ぐ……ぐぐ。確かに抹茶。俺の絵の具味は一体なんで起こったんだ……」
「他にやっぱり何か考えてる事があったんじゃないかしら。――あら?」
「どうした弥生」
「今ちょっと魔力の波長が見えたような気がして。そっちの紫色の方食べてみてくれる?」
「は、はい! 分かりました!」


 武彦の結果は見た目悪し、味は良し。
 アリアは「煙草味じゃなくて良かった」とやっぱり内心思いながら安堵の息をついた。
 さて弥生に促され、零も恐る恐る自分の紫色のカキ氷をスプーンに突き刺し口へを運ぶ。その際、朱里と英里、アリアも好奇心いっぱいのまま彼女のカキ氷を拝借した。
 弥生は今度こそしっかりと見ようと集中する。勇太もまたカキ氷周辺に異変がないか気を張り詰めた。さて、お味はというと――。


「……どうしましょう。私、この味を言葉で表現出来ないんですけど」
「なんでしょうね、この味は」
「不味くはないんだが……不味くはない……、というだけで」
「私、これ苦手。分からないけど、怖い味。食べると心が不安になるの」
「あちゃー、零さんの方は見た目はええのに、味は変っつーオチかいな。一体何が作用してんやろうね? ああもう! 早く蓮さん電話に出てくれへんかなぁ!?」
「落ち着いて、セレシュさん。今、丁度波が見え始めたから」
「あ、今俺も見えたかも。なんかカキ氷付近が揺らいだんだよな。食べる瞬間に皆にこう、器のカキ氷から線みたいなのが伸びて口の中に入る様な……そんな感じ」


 零の結果は見た目良し、味悪し。
 アリア曰く「不安になる味」との事で、零のカキ氷は一旦食べるのを止めた。掛けた本人は困ったように笑うが、調査をしてくれている二人の言葉を静かに待つ。すると弥生と勇太はほぼ同時にカキ氷機に手を伸ばす。その行動のシンクロさにお互いが一番驚いた。


「キミも?」
「あんたも?」
「やっぱり自分で食べてみるのが一番よね」
「俺も再挑戦です」
「なんやねん、二人とも。結局原因分からへんまま食べるんかい。ほんまに大丈夫か?」
「多分ね。毒じゃないのは確かだから大丈夫よ」
「俺既に一回食ってるけどぴんぴんしてるし、その点は平気だと思うぜ」
「他に食べる人ー!」
「「「はーい」」」
「じゃあ、全員分作ってしまいましょう」
「あれ、今うちも入れられたん!?」
「だって面倒だもの」


 と、言うわけで、手を上げたのはセレシュ以外のメンバー。
 セレシュはうーん、と多少まだ納得のいかない顔ではあるものの拒否はせず、再び携帯と格闘する事となった。そして残りのメンバーは大きめの氷を砕きながら交代で氷を削っていく。アリアは英里に言われた通り、足りなくなったら小さめの氷を沢山作りながらそわそわしつつ、機械に入れていく。
 ふと朱里は零に近付き、何事かお願いする。すると零は笑って、キッチンへと入っていった。


「朱里、何を話した?」
「ちょっと実験かな。何、気になるの? 英里」
「変なことをするなよ。あまりはっちゃけ過ぎると私が怒る」
「変な事じゃないですよ。本当に試してみたい事ですから」


 ふふっと悪戯っ子の笑みを浮かべながら朱里は削るのに疲れたというアリアと交代し、そして自分の分を削り始める。やがて出来上がった全員分のカキ氷。テーブルの上に並んだ沢山の器を見ると壮観である。そして蜜を小さな器に分け、いつでも全員同時に掛けられる準備まで怠らない。


「じゃあ、いくわよ」
「「「「「「 せーの! 」」」」」」


 その瞬間、全員のカキ氷にシロップが乗る。
 既に掛けていた武彦と零も蜜を減らす名目で再挑戦だ。
 さて結果はと言うと。


「はいはいはい、俺のは緑色でーす!」
「うちのは青やな。ブルーハワイより濃いめの色や」
「私は綺麗なピンク色よ。サンゴみたいで綺麗」
「私のは一色じゃなくてレインボーなんですけど!」
「朱里、お前のはわかりやすいな。私なんて無色なんだが。……なんだ、色変化を起こさなかったぞ」
「私、黄色。武彦ちゃんは?」
「灰色……」
「兄さんってば。あ、ちなみに私は肌色? オレンジ? そんな感じの色ですね」


 色に関してはこの通り。
 配達の時と同じ色だった勇太を除き、武彦、零、アリアは一回目とは違う色へと変化した。この変化に皆「どういう構造をしているんだ?」と首を捻るばかり。


「さて、私から食べるわ。多分、外れだと思うから」
「弥生、もう理屈が分かったのか?」
「大体ね。じゃあ、いただきま――って、アリアちゃん? スプーンを持ってどうしたの」
「私も、食べる」
「美味しくないかもよ?」
「でも、気になるもの。あと、減った方がいいでしょ?」
「じゃあ、私も頂きたいなっと」
「外れでもすぐに口直しに何か飲めばいいだけの話だろ。問題ない。私も挑戦しよう」
「じゃあ、食べたい人は食べてもいいけど口に合わなかったらすぐに麦茶とかで口を濯いでね」
「「「 はーい 」」」
「うーん。俺も気になるんだけどなぁ。自分の分をまず食べてみるか」
「うちも気になるって言ったら気になんねんけど、外れ宣言されてるもんはよう食わへんわ」


 そして弥生の珊瑚色のカキ氷に皆スプーンを立て、一斉に口に運ぶ。
 次の瞬間、弥生は「やっぱり……」という表情をしつつ、静かに麦茶を口に運びカキ氷を半ば飲み込む。他に食べた面々もまた各々「うっ」「うえ」「……ごめんなさい、なの」と言いつつティッシュに吐き出したり、飲み物で誤魔化しに掛かった。


「私ね、チョコが好きなのよ。だからチョコ味に成れば良いなと思ってたんだけど……やっぱり駄目ね。一緒に来るはずだった旦那が居なくて寂しさの感情が強いみたい。その感情を蜜が汲み取っちゃったみたいだわ」
「ど、どんな味やったん?」
「甘さが全く無く、カカオ100%と言える程苦い、です……」
「しかも酸味も強いので余計に後味が悪い……という……。すまない。これ以上は無理だ」
「アリア、も、無理」
「見た目が綺麗なのは私が頑張って寂しさを紛らわそうとした結果かしらね」


 この言葉に皆大体の理屈を察した。
 色は今皆が振舞っている行動、味は秘められた感情そのものなのだと。しかしまだそれだけでは説明が付かないことがある。


「あ、今回のは俺の見た目通りメロン味だ! やったー!!」
「アリアも自分の食べる。――今度はバニラ味なの。ちょっと幸せになれる味」
「ちっ、灰色でも不味くはないだろう。…………何故、ウイスキー。ああ、こら。アリアはこれはアウトだ、アウト!」
「……武彦ちゃんのけち」
「私の方は、……あ、少し甘みがあります。いちご味に近いかな。今度は怖い味じゃないですよ」
「ほう、やっぱ変化しとんやね。さてっとうちは――う!?」
「セレシュ!?」
「セレシュさん!?」
「な、……なんかし、痺れてきよ、った……」


 残念ながらセレシュは外れ。
 彼女の場合、自分の正体――つまりゴルゴーンである事を隠して生きている事に重点を置いているためその気持ちが蜜に現れたと考えられる。しかしそれを知る者は残念ながらここには居ない。次第に身体が動きにくくなってきたセレシュに流石の皆も慌てふためき、ソファーに座っていた勇太は立ち上がり彼女に席を譲り、セレシュは「あんがとさん」と言いつつソファーにぐったりと凭れ掛かった。


「わー、私のはなんでしょう。さっぱりした甘さかと思えば次に食べる時にはまた違った味に変化するんですけど」
「朱里、私も食べたい」
「その前に英里は何味だったの?」


 朱里の味の変化は「多種多様」。
 それは彼が自分の存在を多方面から変えている事を示している。彼の正体は実は「鬼」。そして皆に隠しているが「Mist」のアッシュ。最後に今目の前にいる朱里。鬼と言っても悪を齎す存在ではなく、むしろ福を引き寄せる能力があり、普段はメンバーやファンにさり気無く与えている。
 英里はと言うと僅かに口をもごらせる。言いにくい言葉だが、言わなければ朱里はカキ氷を分けてくれない。朱里はちゃっかり寄って来ていたアリアと一緒にカキ氷を食べ進めていく。その様子を見て、はぁあっと英里は嘆息した。


「味がないんだ。でもぱちって弾ける。炭酸水みたいな感じだ」
「え? なんで?」
「分からん。食べてみろ。味自体は氷の味しかしない」
「じゃあ交換しますね」


 朱里と英里の器を交換すると、色の変化が起こらなかった英里のカキ氷にスプーンを差し入れ彼はそれを口に運ぶ。そして次の瞬間眉根を寄せた。


「本当に味がないですね」
「それって外れなの? 当たりなの? 俺も一口! わ、本当に弾けた!」
「アリアも食べる! ……味、しないね。う、ぱちぱちするっ」
「……何故だろうな。私もよくわからん」
「私にもちょっとちょうだいね。――あら、本当。味のない炭酸水」


 彼女の効果は記憶喪失に起因する。
 彼女自身もあまり意識していないが、本来の姿は金毛の九尾狐。それを忘れているということで色が無色、そして彼女自身妖力を制御出来ず、バチッとよく電化製品を壊してしまうことから「弾ける」ようになったのだ。


「朱里さんー、これで良いですかー?」
「あ、零さん有難う」
「何? 朱里何を頼んだのさ」
「これ? これは炭酸水。さっき言ってた実験をしようと思ってね」
「?」
「蜜を此処に入れてみるんだよ。氷にかけなくても美味しいのか実験してみたいんだ」
「ほう、それは面白そうだな」
「でしょ?」


 炭酸水の二リットルのペットボトルを受け取ると朱里は氷を入れたガラスコップにその炭酸水を入れ、それから期待たっぷりな気持ちを込めて蜜を大量に注ぎジュースを作り上げる。
 色は透明の青。蛍光灯に透かすとキラキラと輝き、彼はそれを一口飲んだ。


「美味しいー! 美味しいですよ、これ」
「味は、味は何!?」
「パイナップルみたいですね。さっぱりしてて酸味もあるし、飲みやすいです」
「じゃあ、その方法だったら蜜を大量に消費出来るんじゃないか?」
「出来ると思いますよ。……不味くなければ」
「よし、じゃあさっさとやってくれ。俺はもう飽きた」
「あれ、草間さんはもうギブアップ?」
「武彦ちゃん黒と灰色だったもの。飲み物にしたらどんな色か、私見たい」
「勘弁してくれ」


 武彦はぐったりとソファーに凭れ掛かりながら額に手を当て、呆れた息を吐き出す。
 カキ氷と冷たい飲料水とで作り分けられる事が判明した瞬間、皆がわいわい騒ぎ出した事はよい事なのか悪いことなのか。
 それでもアリアは一生懸命氷を作り続ける。きっとこの蜜にも意思があって、自分達の事を楽しませてくれているんだろうなと思い、わざと冷静、明るい等、色々なキャラを作った上でシロップをかけて色と味を楽しみ始めた。ひたすら一人でシャリシャリとカキ氷を作り続ける姿は玩具に嵌った子供のよう。もう殆どの人間はシロップを混ぜたジュースで蜜を消化しようとしていると言うのに。


「アリアちゃん、頭痛くならないの?」
「なんで? 弥生ちゃん」
「アイスクリーム頭痛っていうの知らない? 頭がキーンって痛くなって身体が寒くなったりするんだけど」
「アイスクリーム頭痛? キーンってなるアレ? 寒くなる? アリアそんなの知らない」
「流石はアリアだ」
「ありがとう、武彦ちゃん」
「……褒めたんじゃないんだが」


 不意に携帯が鳴り出し、今まで痺れていたセレシュが起き上がり自分の携帯を取り出す。そこには「碧摩 蓮」の文字があり、彼女はやっと連絡が付いたと応答ボタンを押した。


『やあ、セレシュ。随分と鳴らしてくれたねぇ』
「蓮さん、全然出ぇへんねんもん。うち、今草間興信所におんねんけどね。蜜の件で」
『ああ、あれかい。面白いだろう?』
「それの調査依頼をしたの蓮さんやないの。それについて詳しい事情を聞こうと思うてんけど……」
『けど、どうしたんだい?』
「なんやもう、わからん内に解決したっぽいからもうええわ。あれほんまに毒やないんよね? うちもアレをかけたカキ氷食べてんけど身体が痺れて動けへんようになってもうたわ」
『そりゃあね、あんたは』
「ストーップや。それ以上は言ったらあかんで、あかんったらあかん」
『はいはい。それで蜜は順調に減りそうかい?』
「もう殆ど終わりや、安心せい」


 セレシュは楽しそうに「カクテル風ー!」とか言って遊ぶ朱里の姿や変わらずカキ氷を作り続けてはその時掛ける蜜の感情をわざと変えて楽しむアリアの姿を見て、ふっと口元を綻ばせた。



■■■■■



「おや、これは一体どういうことかねぇ」


 後日。
 アンティークショップ・レンには「ごちそうさまでした」というメッセージを添えられつつ、暑中見舞いが届いた。
 差出人の名前は「鬼田 朱里」と「人形屋 英里」の連名。
 大きなダンボールに詰められたそれは大量の夏野菜。もちろん彼女達特製の野菜である。


「ふふ、この野菜をどう料理するか考えるのも――また一興ってね」


 蓮は可笑しげに煙管を口にし、ふぅっと白い息を吐き出す。


 暑中お見舞い申し上げます。
 ――夏はまだまだ続く。






□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8537 / アリア・ジェラーティ / 女 / 13歳 / アイス屋さん】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】

【登場NPC】
 草間武彦(くさまたけひこ)
 草間零(くさまれい)
 碧摩蓮(へきまれん)
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、参加有難うございました!
 今回は不思議なカキ氷の蜜のお話ということで、あっという間の集合で自分が一番びっくりしております。
 さてさて全員のプレイングを読むと調査より蜜で遊ぶプレイングが多かったため今回はこのような形にさせて頂きました。

 蜜は色は表向き、味は内面を現します。
 表向き元気であろうと、内面で不安があったり疑いを盛っていたり、何か隠し事をしていればまずい味になるわけです。
 逆に色が変でも、内面で特に何も悩みがなかったりすると美味しい味になるわけです。草間さんはヘビースモーカーなので黒と灰色にしてみました(笑)
 零ちゃんは人外の存在なのでそこの点で最初と二回目が味が違うわけです。


■工藤様
 アンティークから続いての発注有難うございました。
 無事メロン味に辿り着きました、拍手ー!(ぱちぱち) そして美味しいところ(氷漬け)を持っていってもらったのですが、どうでしょうかね? 削られなくて良かったです^^