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<東京怪談ノベル(シングル)>


とある余暇の過ごし方。

 水嶋・琴美(みずしま・ことみ)の、任務が終わった後の過ごし方はそれぞれだ。そのまま『表』の仕事に戻る時もあれば、司令に今日はもう休めと命じられ、別の出張が入ったことになったり、或いはやむを得ない事情で早退をしたことになったりする。
 今日の場合は、後者。ここしばらく、任務が立て続けに入っていた琴美を労わってのことだろう、完了報告を行った琴美に司令は、休むのも仕事のうちだと休養を命じたのだ。
 正直な所を言えば、琴美にとって日頃の任務は準備運動程度のものであり、決して手を抜いているということはないけれども、全力で死力を尽くして遂行する、といった種類のものでもない。だから幾ら任務が続こうとも、ミスをするなど琴美に限ってはありえない話だ。
 だが、尊敬し、全幅の信頼を置く司令にそうと命じられれば、否と言うわけにはいかない。何より司令に命じられる事であれば、それは琴美が考えるよりもずっと確かで、間違いのないことなのだと思っている。
 だから「解りましたわ」と頷いて、琴美はそのままロッカールームへと向かい、私服のミニのプリーツスカートへと着替えた。戦闘用のそれではなく、私物のロングブーツに足を通して、颯爽と職場を後にする。
 まだ、昼を幾らか過ぎた所だった。とはいえオフィス街のランチタイムのピークは過ぎたらしく、ちらほらと見かけるのはそれぞれの職場に戻ろうとする、OLやサラリーマンの姿が圧倒的に多い。
 そういえば琴美もまだランチは食べていなかったのだと、その光景を見て思い出した。任務が終わったのがちょうど午前中で、司令への報告の後、『表』に戻る前にどこかで手早く済ませる予定だったのだ。
 せっかくだから食べて行きましょうかと、琴美は目に付いた手近なレストランへと足を踏み入れた。さっそく、昼にも拘らずきちんとタイを締めた店員が音もなくやってきて、お1人様ですか? と尋ねる。

「ええ、1人ですわ」
「畏まりました。それではお席にご案内致します」

 そう言って、メニューを片手に歩き出した店員の後ろからついて歩き、案内された席へと座った。椅子を引いて恭しくエスコートした店員が、抱えていたメニューを広げて説明を始める。
 ランチコースとはいえ、なかなかなお値段のする子羊のワイン煮とサラダ、焼き立てパンのコースが今日のお奨めメニューらしい。他には、こちらは多少手ごろな値段のパスタランチセットや、レディースランチも揃っている。
 しばらく考えて、せっかくだからと琴美はお奨めのランチコースを注文した。少しすると、焼きたてパンを一通り揃えたかごを持った別の店員がやってきて、それぞれがどんなパンなのか説明してくれる。
 小ぶりのパンを幾つか頼み、待つまでの間にバターをつけて少し味わってみたら、自慢をするだけあって確かになかなか美味しかった。そうしているうちに、サラダとメインメニューが運ばれて来る。
 心行くまでシェフの味を堪能し、食後のコーヒーでくつろいで、店を出たらすっかりランチタイムも過ぎていた。カツン、とロングブーツを鳴らしながら、次はどうしようかしら? と考える。
 このまままっすぐ帰っても良かったけれども、たまにはショッピングを楽しんだりして、気持ちをリラックスさせるのも立派な『休養』だ。無目的に街を歩き回るのも、それはそれで楽しくはあるけれども、今日はそういう気分じゃない。
 どこかお店にでも入ってと、考えていたらCDショップの呼び込みの声が耳に入った。最近人気急上昇中のアーティストの、新譜が入荷したらしい。

「明後日には発売記念の握手会もありますよ! CDをお買い上げ頂きましたら、整理券をお渡し致しますが」
「そうですの? 考えてみますわ」

 売込みに必死なのだろうか、それとも琴美自身にも興味があるのだろうか、呼び込みの若い男性スタッフはひどく熱心に声をかけ、何なら案内するとまで申し出たが、それはすげなく断った。琴美は別に、その人気急上昇中のアーティストに興味があって、ショップを訪れたわけではない。
 名残惜しそうな眼差しを背中に感じながら、だから琴美はプリーツスカートの短い裾を揺らし、店内をゆっくりと歩く。どうやらこの店は音源の視聴も出来るらしく、あちらこちらに視聴ブースが設けられ、ヘッドフォンをつけた人々がその前で立ち尽くしていた。
 ブースの上には、音源のCDのジャケット。適当に、名前やジャケットに惹かれたブースの前で立ち止まり、ヘッドフォンを当ててみる。
 洋楽、J-POP、クラシックにヒーリングミュージック。視聴というにはなかなか幅広いジャンルを取り揃えていて、色々と聞き比べてみるだけでも十分に楽しめそうだ。

「これは――映画のサウンドトラックですの? こんなものまで視聴出来ますのね」

 ジャケットに描かれたタイトルは、琴美も知っている有名な海外映画のものだった。確か恋愛と冒険を兼ね備えた、中世ヨーロッパをモチーフにしたアクション映画だったか。
 そのストーリーを思い出そうとしながら、琴美はヘッドフォンを耳に当てる。ロングブーツのつま先でリズムを取ると、つられて全身が揺れて周囲から好奇の眼差しが向けられた。
 それを気にも留めず、琴美は気の向くままに店内を歩き回っては、気の向くままにヘッドフォンを当てる。どれか、特に気に入ったものがあったら、買って帰っても良いかもしれない。





 夕方、結局アルバムCDを購入して帰宅した琴美は、まずは食事の支度に取り掛かった。帰路の途中にある食料品店で購入してきた野菜や肉、魚などを冷蔵庫に収め、ほんの少し中身とにらめっこをして、ありあわせのパスタにしようと決める。
 パスタ鍋にたっぷりとお湯を沸かす間に、材料をセレクトして一口大にざくざく切った。沸いたお湯にパスタを1人分放り込み、くっつかないようにかき混ぜてから隣のコンロにフライパンをかける。
 オリーブオイルを入れて、切った材料を炒め、塩コショウで味を調えた。茹でたパスタが後から入るので、ほんの少し濃い目を意識して、そこでいったん火を止める。
 パスタが茹で上がったら、茹で汁をほんの少しフライパンに移し、再び火を点けて。肝心のパスタはお湯を切って、程よく温まったところでフライパンに放り込み、手早く合わせる。
 最後にパスタ皿に移したそれに、半分に切ったミニトマトを散らせば完成だ。リビングテーブルにそれを置き、冷蔵庫から良く冷えたミネラルウォーターをグラスに注いで、添える。
 そうしてテーブルに座り、ぽちり、テレビのリモコンを操作した。幾つかのバラエティ番組を通り過ぎて、チャンネルを止めたのはとあるニュース番組だ。
 綺麗にメイクをし、すっきりとした格好のニュースキャスターが、今日のトップニュースを伝えている。それを琴美は、くるくるとフォークでパスタを巻き取りながら聞き、時折は画面もじっくり注視する。
 世の中で起きている、どの事件が後日に琴美の任務に関わることになるか、一見しただけでは解らない。この世界に関わるものとしての、いうなれば直感というか嗅覚というか、そういったもので嗅ぎわけ、データとして蓄積していくしかないのだ。
 かぷ、とミニトマトを咀嚼しながら、とある行楽地での楽しげな親子の後ろに映った、サラリーマン風の男に注視する。どこぞの海水浴場では、謎の水温上昇で原因を調査中だそうだ。あちらの博物館では、今日から某画家の遺作を集めた展覧会が開始されるらしい――
 ニュースが終われば次のチャンネルへと映り、同じようにチェックする。それは琴美にとって、当たり前に行うべき仕事であり、同時に日々の日課でもあった。
 CMに入ったところで、食べ終えたパスタ皿とグラスをキッチンへと運び、食器洗浄機に入れてスイッチを押した。それから、セットしておいたコーヒーメーカーのポットからコーヒーを注ぎ、再びテレビの前へと戻る。

「この中の、どの事件が――次の任務になるのかしら?」

 ふと、琴美はテレビを見ながら呟いた。こくり、コーヒーを飲む。
 司令は間違いなく、琴美にとってもっとも相応しい事件をセレクトし、任務として与えてくるだろう。その時のことを思うだけで、待ち遠しくて仕方なかった。
 どんな事件であろうとも、どんなに危険で困難な任務だったとしても、琴美の前ではあっさりと解決する。それは自慢ではない、ただの事実だ。
 そうしてそのたびに、司令から与えられる「良くやった、水嶋」という言葉は琴美にとって、この上ない報酬である。完璧である自分を誰よりも理解してくれている人から与えられるからこそ、今回も完璧だった自分を誇りに思い、次も完璧にこなして見せると思えるのだ。
 だから――ほんのり、熱を帯びたまなざしで、まるで焦がれるようにニュースで流れる事件を、見つめた。もうそろそろ夜も更ける。このニュースが終わったら、熱いシャワーを浴びて汗を流し、まだ見ぬ明日の任務に備えて眠りに就こう。
 そう、思いながらニュースを見つめる琴美の夜は、ゆっくりと更けていくのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /     職業     】
 8036   / 水嶋・琴美 / 女  / 19  / 自衛隊 特務統合機動課


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

お嬢様のとある仕事上がりの余暇の物語、如何でしたでしょうか。
似たようなお話を、別々のお嬢様で書かせて頂きましたが、それぞれにやはりイメージが違うものですね。
お気に召す内容になっていれば良いのですけれども。

お嬢様のイメージ通りの、のんびりと余暇を楽しむ日常のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と