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<東京怪談ノベル(シングル)>


決戦!洋裁都市〜ああ、栄光なるタンバリンは汝に輝く

シャーシャー、シャシャ、シャカシャカッ シャーシャーシャー、シャカシャカ
妙に聞き覚えのあるリズム感で鳴り響くタンバリン。
神聖都学園音楽部の部室では音楽を楽しむというには思い切り外れた―鬼の形相で部員たちはタンバリンを打ち鳴らしまくっていた。
いや、彼らの手にするタンバリンはごくフツ―に、世間一般的に貼られている革……ではなく塗炭。
大型ホームセンターなんかでお手頃・安価なお値段で提供されております塗炭。
ちょっとした屋根の修理や物置小屋の屋根におとくどすえ〜な塗炭なのだっ。
はっきり言おう、あえて言おう。そんなタンバリンはタンバリンじゃねぇぇぇぇぇ!!と。
ちょっぴし青春の暴走モードが入った心の叫びなんて理解しない―つか、わかっていない顧問は座っていた椅子から立ち上がると大げさに天を仰いで、殺気丸出しの部員たちを見下ろした。
「やれやれ、さっきからずっっっと思っていたが……もっとこう、シャカっとタンバリンを」
妙に悦に入った様子で延々とのたまう顧問に部員たちの殺気が盛り上がる。
訳のわからんタンバリンならぬ塗炭バリン使わされ、演奏家にとって命ともいうべき指先が腫れ上がり、血豆ができます五秒前な状態にされれば切れて当たり前だ。
「そんな扱いしかできないなら……お前らの出場なんか真夏の世の夢だ」
超空気読めてない顧問は大げさに点を仰いで言いたい放題にのたまり、びしりと空気が凍りつく瞬間。
その背後に素早く回り込んだあやこの華麗かつ鮮やかなハリセンの一撃が炸裂し、顧問は三回転半して着地する。
見事なる大道芸に部員たちの間からどよめきをあげ、張り飛ばしたあやこに熱き尊敬のまなざしが送られた。
「な、なにをするっ!聴講生の藤田君」
「何じゃないわっ!!あのタンバリンはなに?!いえ、あれはタンバリンじゃないわ。呼ぶのすらおこがましいっ!」
「はぁ?タンバリンが何か?」
あやこの怒りを1兆光ミクロンも分かっていない顧問は胡乱気なまなざしで見やる。
「わからないの?!塗炭でタンバリンを作り、それを塗炭バリンと呼ぶことがどれほど恐ろしいことか!!」
微妙に怒りの点がずれてることに部員たちはどこぞのコントのごとく、思いっきりずっこける。
「それがどうかしたんですか?たかが塗炭製のタンバリンに何か問題でもあるんですか?そんなに恐ろしいとは思えませんけど」
いや、ツッコミどころ満載です!という部員たちの心の叫びは届くわけなく、顧問はやや憐れんだ視線をあやこに投げる。
その姿に背に陽炎を背負ったあやこは大きく肩を落とし、鋭く睨みつけた。
「貴女…それエルフの森でも言えるの?塗炭バリンは名の如く塗炭すら穿ち森を貪る猛蟲!見縊ると即死。今まで郷が幾つ滅んだか」
「なっ!!」
放たれた言葉の重みに気づいた部員たちは血相を変え、まだ事態を飲み込んでいない顧問を吹っ飛ばしてあやこに取りすがる。
「ふっっっっじぃぃぃぃたぁぁぁさぁぁぁあぁん!!」
「まずいですぅっ!!それヤバいですっ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!滅びたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「どうしてここにいるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「いいねぇぇえ、滅びはすべての始まりだよ」
「顧問、それわかってないでコールしてましたぁぁぁぁぁぁぁっ」
「……ぬわぁぁぁぁぁんでぇぇぇぇすぅぅぅぅぅってえぇぇぇぇぇぇ!!」
約数名のいっちゃった発言に汗を頬に伝うあやこだったが、必死の形相で訴える部員に絶叫したのだった。


モスカジ社。ここは今、人類存亡(?)をかけた前線基地であり最高司令部。
数十台のジープ・トラックによって運び込まれた必要物資が次々とおろされ、戦闘服に身を固めた社員らが台車に乗せて社屋を縦横無尽に駆け回る。
「どいたどいたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
鬼気迫る迫力で台車を押して廊下を駆け抜ける補給部隊の社員たちを横目に防衛部隊の社員らが部長の号令のもと、社屋中の窓を戸板や鉄板を打ち付けていく。
「防衛強化急げっ!窓を固めろ」
「了解っ!!」
「敵はいつ襲来するか分からん、警戒を怠るなっ」
「ハイっ!!」
怒声が飛び交い、四升釜から炊き上がる湯気が立つ社内の一角・大会議室でにあやこは精鋭部隊である塗炭部を前に毅然とした表情で立つ。
「社活・塗炭バリン、塗炭部の精鋭女子たち!総力戦だよ」
その声とともにあやこの背後に地区と部隊配置などの地図がスクリーンに映し出される。
同時に力強いドラム音が響き、流れ出す勇壮なるオーケストラ曲。
手にした銀色に輝く支持棒であやこは有能なる参謀部が作り上げた絶対勝利の法則を含んだ作戦を演説し始めた。
「現在、目標・塗炭バリンは現在地より西200キロに侵攻を確認。進路はまっすぐこちらへ突き進んでくると思われる」
ざわっとどよめく塗炭部を一睨みで黙らせると、あやこは赤の四角でマーカーしたモスカジ社と黒丸でマーカーした塗炭バリンの間を指し示す。
「この大阪、天神橋筋六丁目に迎撃洋裁都市を用意した。この大阪名物…貸倒れ人形だか踏み倒し人形だかを模った巨人・ヨニゲリオンを諸君らは操って虫を陽動。その隙に私が毒針を撃つ」
スクリーンの半分に映し出された巨人・ヨニゲリオンを背にあやこは厳しく、固い声で高らかに告げた。
「負けることはできない。ここは人類最後の砦よっ!!」
「了解っ!!」

決戦の地と定められた大阪、天神橋筋六丁目に展開された迎撃洋裁都市は混乱に見舞われていた。
黒々とした平べったい円形の蟲―塗炭バリンの群れが天神橋筋に立つ雑居ビルが無残にも食いつぶされ、ぐゎらぐゎらと音を立てて凹み、崩れ落ちかけていく。
その合間を縫うように梯子やら櫓やらせり上がり、ド派手な紅白幕が掲げられる。
ポンポンと軽快な音を立てて花火が上がり、瀟洒なご婦人たちが頭に捻り鉢巻、襷をかけて手には箒、蠅叩きに布団叩きという勇ましい姿で駆け回っていく。
中には―どこで手に入れたのかわからないが、本気で物騒な―機関銃といった代物まで持ち出す者がいるものだから洒落にならない
だが、もっと洒落にならないのはそういった殺伐さを横目に大阪名物のB級グルメを筆頭にした屋台が立ち並び、のんきにお祭り騒ぎを決め込む見物客がいた。
恐るべし大阪人―などというおふざけは右から左へきれいさっぱり流し、巨人・ヨニゲリオンを駆使して闘う塗炭部女子―別名、OLたちは群れを成す塗炭バリンに苦しめられていた。
「破損率60を超えます」
「くっ!!このままだと危険よ。何か手を」
悲鳴をあげながらもOLたちは足元で勇ましいご婦人方が布団叩きや蠅叩きを駆使して、やや小ぶりな塗炭バリンを叩き落としていく姿に励まされ、向かってくる塗炭バリンに必死に応戦する。
だが腹立たしいまでにシャーンシャンシャーンシャシャンと音を立てて上空を飛び回る塗炭バリンの群れの動きに次第に追い込まれ始める。
「っ、重い―手が痺れる」
「破損率75、危険域に達しますっ」
「ヨニゲリオン、活動限界まで二分っ!!」
絶望的な声とともにレッドシグナルが明滅を始めるが、OLたちは必死に操縦桿を操り、塗炭バリンを追い込む。
OLたちの悲壮さとは対照的にシャーンシャーンシャカシャカシャーンという何とも気の抜けた音を立てて飛び回る塗炭バリンの群れが大阪の上空を黒く塗りつぶしていく。
その動きを探っていたオペレーターのOLが表情を明るくし、待機していたあやこに通信をつないだ。
「わかりましたっ!目標の行動データを送ります」
通信機に送られてきたデータを素早く読み込むと、あやこはヨニゲリオンに追われ、大阪上空に雲霞のごとく群れをなした二枚羽を広げた塗炭バリンを睨む。
シャーンシャーン、シャカシャカというタンバリンの音に神経を研ぎらせ―あるリズムが重なった瞬間、あやこは優雅に翼を羽ばたかせ、塗炭バリン群にその身を躍らせた。
「シンクロ率十割…今よっ!!」
シャーンという高い音とともにあやこは蟲たちに同期すると同時に活動を停止したヨニゲリオンから細長いライフル―対塗炭バリン専用兵器・毒針機銃が射出される。
それに気づいたらしき塗炭バリンがあやこに殺到したーが、無数の銀色に輝く針が正確に蟲たちの身体を射抜いていく。
一瞬早く毒針機銃を手にしたあやこが襲い掛かる蟲たちに恐れることなく、冷静にトリガーを引いたのだ。
力なく落下していく仲間に怒りを爆発させた塗炭バリンが音を立ててあやこに襲い狂う。
「ふっ……甘いわっ!!」
翼をはためかせ、あやこは塗炭バリンの攻撃を時に身体をダブルアクセルさせ、時に膝抱え込み空中回転させ、さらには伸身の月面宙返りを決めて華麗にかわし、勝利の架け橋を駆け上がりながら毒針機銃を斉射した。

灰色の雪―にはものすごーくかけ離れた蟲がドシャンドシャンと落下し姿にヨニゲリオンを操り戦っていたOLたちは涙を流し、勝利の歓喜に酔いしれる。
上空からゆっくりと降りてきたあやこはヨニゲリオンで抱き合うOLたちの前に立つとくるりと優雅に回れ右を決めた。
「見なさい、これがウチらの天六大阪よ」
いつの間にか東の空からゆっくりとさわやかな朝日が戦いの終わった洋裁都市を包み込むのを見つめながら、あやことOLたちは勝利に酔いしれた―ぶっちゃけドヤ顔で天を悠々と指さすのだった。

FIN