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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.10 ■ 無音の暗殺者








 殺気とは示威か脅迫の為のただの“道具”に過ぎない。殺す対象に殺意を見せた所で、それは抵抗され余計な時間と労力を要するだけの無駄を生む。ならば、殺気を抑え、気付かれる前に殺すのが当然であり常套。
「…(そう思っていたんだが、な…)」
 冥月が百合に背を向け、歩き出す。
「…(…あの時も今も、やはり訓練しても感情の制御は難しいものだ…。だが、皮肉にも冷静な怒りは身体能力を高めるのも確かだな)」
 歩みを止めた冥月が空を仰ぐ様に見つめながら、深く息を吸い、地面へと視線を移してそれを吐き出し、ファングへと視線を向けた。
「武彦、代われ」
「…あ、あぁ…」武彦が横へと退く。
「黒 冥月。こうして貴様と対峙するのはあの日以来だな」
「安心しろ、ファング」冥月が静かに口を開いた。「昔のお前の仲間の様に、問答無用でお前を殺す事などする気はない」
「…ほう、見逃してくれるのかな?」
「勘違いするな」冥月がファングの言葉を一蹴する。「自慢のその肉体を叩きのめし、再起不能にして、約束を破った事を後悔させてから殺してやる」
 武彦は思わず息を呑んだ。冥月から放たれる殺気は、決して荒々しい恐ろしさを放っていない。それどころか、耳が痛くなる程の静けさを感じさせる。だと言うのに、今この場で下手に動こうものなら、その瞬間に鋭利な刃で身体を八つ裂きにされてしまいそうな、そんな感覚が身体を縛る。
「……」
 武彦の視線がファングへと移る。やはりファングもこの殺気には容易には動けずにいるらしい。
 瞬間、壁や柱から生まれていた影が一斉にその姿を広げ、鋭利や刃が無数も生まれる。その数は数万、数十万にも上るのではないだろうか。武彦は周囲を見つめながらそんな事を考えていた。歪な光景が広がっている。
「―油断か?」冥月の言葉と共に、影が突如ファングの足元から両膝へと巻き付き、地面へと身体を固定させる。
「しまった、布石か――ッ!」ファングが影を引き離そうともがくが、影はビクともしない。
 冥月が歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、周囲に生まれていた影が元の姿へと戻る。が、それと同時に両腕の拳を真っ黒な影が覆う。
「フ…ッ!」
 冥月が突如姿を消すかの様に加速する。と、同時に強烈な殴打がファングの顔を弾く。足を縛られたファングはその威力を軽減する事も出来ず、防御をしようと翳した腕すらあっさりと冥月の攻撃は避ける様に顔を捕らえた。その一撃が、冥月による攻撃の合図となっていた。
 ただの殴打とは思えない程の鈍く強烈な音が響き渡る。その度にファングの身体は吹き飛ばされそうになりながらも、身体を捕まれて動けずにいる。ファング自身が屈強な肉体を持っている事を知る武彦にとって、ファングの身体に次々に撃ち込まれる攻撃の威力は見て取れる。
「常人なら一撃で拳が砕ける威力を連続で…」武彦の頬に思わず冷や汗が流れる。「影によってコーティングしているおかげ、か」
 数発、数十発と撃ち込んだ所で冥月がファングの正面に姿を現す。ファングの身体は既にボロボロになりつつある。
「…卑怯だとでも言いたいか?」それでも冥月を睨みつけるファングへと、冥月が声をかける。「昔言ったな。『お前とはもう戦わない』と」
「…フン…、そうだったな…!」ファングが腕を振り上げ、真空刃を冥月へと放つ。が、冥月の目の前に現われた影による壁が真空刃をあっさりと粉砕する。
「ファング、聞かせてもらおうか。どうして百合達と手を組んだ?」
「…答える気はない」
「笑わせるな」冥月が再び姿を消してファングの顔を強打する。口から血を吐きながら、ファングは倒れる事も出来ずにその場に立ち尽くす。「会話のやり取りをするつもりはない。素直に答える事以外は認めない」
「ぐっ…!」
 圧倒的、としか言えない光景だ。武彦はただ見つめる事しか出来ずにいた。
「質問を変えよう。百合に能力を与えたのはお前達だな」
「…あぁ、そうだ」
「どうやってそんな事を可能にした?」
「…特殊な方法でな。異能を覚醒させる術を我々は開発した」
「何だと…?」冥月の表情が更に険しくなる。「覚醒させられた者はどうなる?」
「愚問、だな…。それ相応の代償が身体を襲うだけだ」
「…やはり副作用を伴うか…」冥月が歯を食い縛る。「百合にそれを行ったのはお前か?」
「違うな」
「ならば誰の差し金だ?」
「柴村自身の希望だ…。貴様と対等になる為に、とな」
「…バカだな…」解っていたかの様に冥月が呟く。「能力の獲得の代償となる副作用を消す方法は?」
「――そんな事、彼は知らないわ」
 不意に何処からともなく声が響き渡る。周りを見渡す冥月の前に、金色の髪を一本に束ねた赤眼の少女がファングの隣りに現われた。
「…何故ここにいる?」
「盟主様からの命令よ」少女が手を空へと翳すと、突如大鎌が現われ、少女がファングを縛っていた影を斬り裂いた。
「…私の影を斬り裂くだと…」
「この大鎌は悪霊達の怨念が込められているわ。いくら物理的な攻撃が通用しなくても、関係ないわ」
「怨霊の具現化にその風貌…。エヴァ・ペルマネントか」武彦が口を開く。
「ご名答よ、ディテクター」エヴァが答える。
「…ッ!」
 冥月が構えようとした瞬間、エヴァが冥月へと視線を移す。
「誤解しないで欲しいわね。わたしは戦いに来た訳じゃないわ。ファング、計画は延期よ。一度退きなさい」
「…解った」
「ユー達も、ここは見逃してもらえるかしら?」エヴァがそう言って百合を指差す。「じゃないと、あの子を喰わせるわ」
「―っ、百合!」冥月が振り返ると、百合の近くに禍々しい風貌をした怨霊が数体、百合を囲む様に立っている。
「下手な真似はお勧めしないわ。これは取引よ」
 エヴァの作戦は見事だと言わざるを得なかった。譲歩するだけの交換条件を見分け、それを取引の材料にする。そして、その隙を生む為に大鎌を敢えて目にさせ、注目を一身に浴びる。武彦も冥月も、その事を理解していた。
「エヴァ、と言ったな?」冥月がエヴァへと声をかける。「計画とは何の事だ?」
「今教える必要はないわね」エヴァがクスっと小さく笑う。「ただ、ユー達も無関係ではいられない…。特に、ディテクターは、ね」
「どういう意味だ?」武彦が尋ねる。
「一ヶ月後、再びわたし達とユーは会う事になる…」エヴァが小さく呟く。「その時には、全てが解るわ」
「…もう一つだけ答えてもらおうか」エヴァの言葉の後で、冥月が再び口を開く。「副作用を消す方法をファングは知らないと言ったな? なら、お前は解っているのか?」
「えぇ。解っているわ。でも、教えてあげる義理もないわね」クスっとエヴァが笑いながら冥月へと視線を移す。
「何だと…?」
「心配しなくても、すぐに死ぬ様な副作用じゃないわ。それ以上は、教えてもしょうがない事ね」
「くっ…」
 エヴァは冥月がまだ百合の周りにいる怨霊のせいで下手に動く事は出来ない事を悟っていた。
「さて、そろそろ失礼させてもらうわ。バイバイ」
 エヴァがシュっと音を立ててその場から消え去る。ファングもまた、何も言わずに追う様に姿を消した。
「…怨霊も消えた、か」武彦が呟く。
「あと一歩だったが、思わぬ邪魔が入ったな…」冥月が呟く。
「しょうがないな。お前の不出来な弟子を人質に取られてたんだ」武彦が溜息混じりに呟く。「だが、“虚無の境界”はそいつを捨てたって事になる。行き場を失くす事になるだろうな」
「……武彦―」
「―解ってる」冥月が口を開きかけた所で、武彦が答える。「連れて行くんだろ? 好きにすれば良い」
「…うん、ありがとう…」
「それにしても、一ヵ月後に再び会う、とか言ってたが…。“計画”ってのを調べる必要がありそうだな…」
「…奴らとぶつかるつもりか?」冥月が武彦を見つめて尋ねる。
「俺が拒んだって、あいつらは絶対に来るだろうからな」武彦が煙草に火を点ける。「冥月、これは俺の――」
「――だめだ。私もお前の傍にいる」
「…冥月…」
「…え…っと…、勘違いするなよ? 心配だからなっ! あんな危険な連中と、一人で渡り合うのはリスクが高い! そういう意味で言ったんだ!」
「な、何を急に言い出してんだ?」
「けっ、けけけけ決して私がその、お前とずっと一緒にいたいとか…そういう気持ちがないと言えば…あれなんだが…」とてつもない早口で捲し立てる様に冥月が喋り続ける。「つ、つっまりだなっ! 一人で無茶をさせる訳にはいかないからだっ!」
「…ぶっ」
「なっ、何が可笑しい!」
「あっはっはっは。いや、安心してな」武彦が笑いながら冥月を見る。「さっきまでのファングとの戦いの最中のお前から、普段のお前に戻れたからな」
「…っ!」冥月は顔を赤くしながら声なき声で叫びあがりそうな気分だった。「そ…その…、怖い…か…?」
「は?」
「わ、私の事、怖くなったんじゃないのか…? やはり私は人殺しで、そんな私を見て、お前は…――っ!」
「―そうだな」
「え…?」冥月の胸がザワつく。
「お前は、自分の弟子を守る為に本気だった。その姿を見て、やっぱりお前はお前だと思ったよ」武彦が答える。「なんだかんだ優しい。お前はそういう女だ」
「………」
「さぁ、とにかくここにはもう用はないんだ。さっさとそこの眠り姫を連れて、帰ろうぜ」 
「…うん…」
 ガラにもない返事をして、冥月は歩き出した。




――。





 ――ファングとの戦いは、謎を残したまま収束を迎える事になった。


 ――エヴァの言い残した、“計画”が一体何なのか、二人は待つ事しか出来ないが、それでも一度帰路につく。




                                              to be countinued,,,




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ご依頼有難う御座いました、白神 怜司です。

今回はシチュノベも頂いていたのですが、
順番が逆になってしまって申し訳ありません;
納期の期限が違う為、優先順位が変わってしまい、
ご迷惑をおかけしました;

なんだか前回のシチュノベから、
ちょっとイチャラブを強化しようかとも思い、
今回の作中の“一ヶ月後”という期間までの間を
少しそういう要素の話も織り込める様にしてみましたw

勿論、ここでイチャイチャ度を上げずに一ヵ月後に
突っ走っても構いませんが…w

イチャラブ具合を極限状態にするも良し、です!←

という訳で、今後とも宜しくお願い致しますー。

白神 怜司