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<東京怪談ノベル(シングル)>


 ――虚無の境界。そこで、巫浄霧絵は腕を組み、口元に妖しい笑みをたたえていた。たった今、面白い報告を受けたからだ。なんでも、オランダ王族のものが、非公式にカリブ海のキュラソー島へ訪れているらしい。キュラソー島といえば現在、ちょうどいいことに、あの女が滞在しているところなのだ。しかも、王族のもの、どうやら玲奈号に密航をしているらしい。
「その王族を抹殺したら、きっとあの女の信用はガタ落ちになるわね……」
 ぽつりと呟き、霧絵はさらに笑みを深めた。


「ふぇ!? 王子様!?」
 一方、現在、キュラソー島の港に停泊中の、玲奈号の貨物室。そこで、依代の三島玲奈は、短パン姿の少年を問い詰めていた。いつの間にか密航していたらしく、正体を改めようとしたところ、こうして驚くことになった始末である。
「な、ななな、なんで王子様がこんなところに!」
「だってぇ、退屈だったんだもん。だから、国際宇宙基地を見に行こうと思ってさ」
「この船は基地には行きませんよ!?」
「そうなんだ……、つまんないの」
「つまんないの、って……もう! あああ、どうしよう!」
 密航者が王子。これは大問題だ。もし変なことでも起こったりして、王子の身に何かあったりしたら、首が飛んでしまうどころの話では済まされない。はやいところ、王族の元へと丁重に送り返さねば……。
「ねえ、行ってよぉ、国際宇宙基地」
「行きません! 今すぐご家族の元へ送り届けます!」
「えー」
 つまんないの、と王子が頬をふくらませた刹那、エマージェンシーアラートが、艦内に激しく響き渡った。
「な、なになに、なにごとっ!?」
『エマージェンシー、エマージェンシー、敵機砲撃、急速接近中。緊急自動回避モードへ移行します』
 とたんに、激しく揺れ始める艦内。
「面白くなってきたぁ!」
 と、はしゃぎだす王子。
「面白くありません! はやくどこかに掴まって……」
『警告! 警告! 回避不可能! 直撃弾接近! 直撃弾接近!』
「え?」
 声を合わせる王子と玲奈。続いて、衝撃。爆音。貨物室の壁に亀裂が入った。揺れる。揺れる。揺れる。ふらついた王子が、思いがけずその亀裂へと身を傾かせてしまう。
「あ、そっちは!」
 手をのばす玲奈。しかし、間に合わない。立て続けに着弾した二発の砲撃が、玲奈号の腹、貨物室の壁に見事な風穴を開けてしまった。しかもその際の衝撃により、王子が艦外へ弾き飛ばされるという、最悪のおまけ付きで。
 王子の華奢な体が、激しく波打つ水面へ、真っ逆さまに落ちてゆく。迷っている暇など、玲奈にはなかった。
「王子!」
 服に手をかけ、一気に引き裂きながら、玲奈もまた、王子を外へ吸いだした風穴から、艦外へと身を躍らせた。
 軽量化のための脱衣。それは、彼女の飛翔を意味した。
 あっけに取られたような顔をして、ただ落ちてゆく王子を、玲奈が引っ掴む。水着姿の彼女の背には、美しき純白の、天使の翼があった。
 羽ばたく。王子をお姫様抱っこの状態で抱きかかえながら、二人はカリブ海の空を翔んだ。王子の無事を確認しながら、玲奈は周囲に視線を走らせる。敵影らしきものが、ものすごい速さで近づいてくるのが分かった。
 戦闘ロボットを相手に、この依代姿では、王子は守れない。
「重メイドサーバント、射出!」
 彼女の叫びに、玲奈号が反応した。
 たちまち射出された重メイドサーバント、すなわち巨大武装メイド型ロボットが、海面スレスレを飛行しつつ、操縦士とその連れを自らのコクピットへと受け入れる。
「王子、あたしにしっかり掴まっていてください!」
 彼がそのとおりにするのを確認しながら、操縦桿を握った。エマージェンシー。敵機、多数接近。警戒せよ、警戒せよ。モニターに表示される警告。玲奈はひとつ、息を吸い込んで覚悟を決めた。索敵モード起動。たちまち、敵機情報がはいる。接近してくる俊敏型ロボ多数と、距離を置いて砲撃型ロボ少数。
 警報。警報。多数ミサイル接近。弾幕だ。回避行動へ移行。俊敏型のバルカン連射とミサイルの雨が、玲奈機を襲う。
 見事な連携だ。回避からの反撃も、狙いを外してしまった。このままでは分が悪い。
「連携を崩さなきゃ……!」
 街中のビルを利用して、敵を撹乱させることに決める。あまり気は進まないが、この際背に腹はかえられない。玲奈機が、敵を引き付けつつ街中へ誘導する。
 ビル影に紛れられては、砲撃型はまず狙いをつけることができないし、俊敏型も潰してゆくことができる。案の定、砲撃型ロボが、やけくそになったようにミサイルを連発してきた。爆炎、爆炎。それに紛れ、跳躍した玲奈機が、迫っていた俊敏型ロボの頭を踏み砕きつつ、さらに高く上空へと飛翔した。そうして、敵機全てを、攻撃範囲内に捉える。
 武装選択、フルバーストミサイル。オールレンジ攻撃だ。
 ロックオンシステム起動。トリガーに指を掛ける。モニター内で、次々と標的が定められてゆく。全機、捕捉。
 小さく息を吐いて、玲奈はトリガーを引いた。
 ミサイルの雨が、ビルの合間をぬう複雑な軌道を描きながら、敵機に着弾してゆく。
 敵機、“完全消滅(ロスト)”。
 鮮やかに着地を決めた玲奈機を、ぺこりと一礼させて、玲奈はぽつりと呟いた。
「お粗末さまでした……」


「すっげええ! 玲奈、すっげえカッコ良かったよ!」
 重メイドサーバントを降りた後、王子は興奮冷めやらぬ様子で、そうまくし立てた。ほめられると悪い気はせず、玲奈は照れくさそうに頬を掻く。
 ――と、不意に、王子が身を乗り出してきた。なんだろう、と思った時には、玲奈の唇は王子の唇によって塞がれていた。熱いキスだった。
「おれ、決めた! 絶対、玲奈を后にするよ!」
「き、后に!?」
 玲奈の顔が真っ赤に染まった。
 ――ああ、そんな。まさか王子様に見初められるなんて。でも、嬉しい! これでやっとあたしにも春が来るんだわ! 素敵!
 熱くなった頬を押さえ、そんな風に一人で盛り上がっていたその時、
「姫!」
 後ろの方から、誰かの声が聞こえたので、王子と玲奈はそちらのほうへ顔を向けた。護衛のものらしかった。
「……姫?」
 姫、とはなんのことだろう。ここにはあたしと彼しかいない。姫、なんて呼ばれる人はどこにも……。なんて思っていると、
「あちゃあ、ばれちまったか……」
 王子が、ばつが悪そうな顔をして、護衛の声に手をあげてこたえるのだった。
「え、姫って、もしかして貴方、女の子……?」
 えへへ、と王子――いや、姫は照れくさそうに笑って、もう一度キスをしてきた。
「だましてて悪かったな。でも大丈夫! おれが女王になったら、法律を変えて、絶対玲奈をおれの后にしてやるからな! それまで、いいこで待ってろよ!」
 そう言い残して、姫は護衛のものと共に、騒がしくその場を去っていった。
 残された玲奈は、ぽかん、と口を開け放っていた。
 ……そんな、まさか女の子だったなんて。また女の子にもててしまった。やっとあたしにも男運が舞い込んできたと思ったのに!
「うえぇぇん! あたしの春はいつ来るのぉ!?」
 玲奈の泣き声は、カリブ海の空に、高く響き渡った。


 了