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<東京怪談ノベル(シングル)>


●海賊(コルセア)の歌
 メコン川三角州――川から水柱が上がり、水の粒が弾ける。
「歌なんてァ、船に乗れば勝手に口が動くもんさ」
 日に焼け、快活そうな老人はタイ空軍の攻撃を受けながらも、陽気に口にした。
 海賊旗は、痛ましい事になっているが彼等の誇りは傷つきはしない。
 彼等の歌は、陽気で勇ましいものだった。
「うん、と――よし、覚えたぞ!」
 SHIZUKU(NPCA004)はメロディを口の中で反芻しながら、やがて大きな声で歌い出した。

 和蘭国戦略創造軍准将……少女に与えられるには重すぎる階級。
 そして余所者である三島・玲奈(7134)に向けられる目は、冷たいものだった。
 カリブの風が吹く、キュラソー島のカフェ。
 海賊映画を鑑賞する玲奈の目の下には、うっすらと青白いクマが出来ていた。

 彼女は准将待遇を有している、だが、それは形式だけのものでしかない……日本を追い出され、亡命した先。
 人々の視線は冷たい……カフェの店主は難しい顔で、苦い珈琲を彼女のテーブルに置いた。
 決して受け入れている訳ではない、だが、彼等なりに受け入れようとしている。
 日本にある懐かしい場所を思いだし、うっすらと目に涙の膜が張る――だが、泣く訳にはいかなかった。



 一方、虚無の境界配下のキューバでは鋼鐵神テスカトリポカが、スペイン人の怨念を濃縮した幽霊艦隊を建造していた。
 和蘭への憎悪、そして全てを我がものにしたいと言う欲望が艦隊を彩る。
 圧倒的な武力、和蘭、キュラソー島を破壊し、蹂躙するには過剰な力を持っている。
 無敵、その幽霊艦隊を示すに相応しいものだろう。
 美しい青を湛えたキュラソー島を囲む海が、突如現れた艦隊によって汚染され、鉛のような不気味な色に染まる。

 和蘭が日本から亡命した少女を受け入れていないのは、情報として入ってきているのだ。
 どんなに強大な武力を以ってしても、それを覆すのが団結力、ならば――今が攻め時。

 キュラソーの沿岸に強引に泊められた幽霊艦隊から、ワラワラと溢れ出てくる鋼鐵の骸骨兵達。
 不気味な赤い光をその眼窩に宿し、金切り声をあげて肉厚の刃を奮う。

 ガッ、ガガッ!

 分厚い刃と金属の擦れ合う音、肉がへしゃげ、骨が叩き割られ海を赤く染める。
 ギリッ、と歯を噛みしめて守備兵が声を上げた。

「ええい、和蘭本土からの援軍はまだか!」

 ドゥーーン、ドゥーーン!

 いとも容易く砲撃に弾け飛ぶ兵士達、金属の武器が舞い、鮮血が散る。

「何?『暫し持久せよ……?』ざけんな!」

 無線機を叩きつけて、一人の兵が叫んだ……新しく派遣された『小娘』へ視線を向ける。
 三島准将、何が出来る――?
 激しく歯ギシリをしながら、兵は肉厚の刃を手にした……よそ者に任せる訳にはいかない、自分達が守るのだ……!

 ドゥーーン、ドゥーーン!

 響き渡る轟音、ピリリ、と痛みが走って玲奈の唇が裂け、血に染まる。
 背後で弾け飛んだ部下達の、慟哭を、その耳に、胸に、焼き付ける……ボキリ、と重い音を立てて筆が折れた。
 白くなる程に握りしめた玲奈の手が、怒りともどかしさに震えている。

「コルセアの歌は、忍耐よ」

 その声は妙に透き通り、戦場に響いた。

「コルセアの歌は、じっと我慢」

 切なさを通り越し、悲愴ささえ感じさせる表情で玲奈は周りの兵達一人一人へ、視線を向ける。
 耐え忍ぶことは、敵の蹂躙を一時的にでも受け入れることだ。
 侵略する者、される者、その痛みを知らないではない――だが、コルセア達は耐え、そして機を見て旗を上げたのだ。

「耐えて忍んで……気合いを溜めます!」

 細身の少女から、信じられないほどの気合いと、そして切ないまでの真っ直ぐさ。
 それを感じて、兵達はたじろぎ、何かを言おうとして――やめた。

「了解」

 了解、三島准将!

 晴れ渡る部下達の顔、意図を察し、そしてその奥に滲んだ玲奈の努力を垣間見、彼等は、決断した。
 耐える、忍ぶ……その時が来るまで。
 その時には、反撃の時が来た時は、大きく旗を掲げるのだ。

 一方、毅然とした態度で臨んだ玲奈にも、動揺がないと言えば嘘になる。
 メコン川の三角州で民謡を採取している筈の、SHIZUKUの事。
 彼女の協力がなければ、今、玲奈の作りあげている祝詞は完成しない――侵略者が蹂躙し尽くすのが先か、SHIZUKUからの連絡が先か。


「出来たよ!」

 戦場に似つかわしくない声は、正に、玲奈が求めていたものだった。
 離れていても尚、その声が聞こえたのは奇跡と言うのか、或いはシンパシーと言うものかもしれない。
 ヒラリヒラリ、SHIZUKUの手が蝶が舞うように動くのが見えた。
 ボロボロの海賊旗が、海賊船が、近づいてくる。
 たまらず、駆けよった玲奈はその民謡を聞き、そして完成させる――新しい呪文を、新しい歴史の為の呪文を。

 ――コルセアの、歌を。

「何故、反撃しない……!?」
「もう、十分耐えた!」

 耐えきれない部下達から、責める声が聞こえてくる。
 同胞達は物言わぬ亡骸となっている、その一つ一つに視線を移し、そして、その姿を心に刻み込む玲奈。
 代償は大きい、部下はまた増えるだろう……だが、彼等の明日は無いのだ、永久に。
 だが、その悲愴さを玲奈は見せる事を拒んだ、彼女は一言、言った。

「出来たわ」

 誰よりも反撃を望んだのは、玲奈かもしれない。
 彼女が編み出した新作呪文『コルセアの歌』は、海賊の忍耐力を反撃のバネにする。
 時間も惜しいとSHIZUKUをA7コルセアの後席に乗せ、玲奈は先陣きって出撃する――目標、それは幽霊艦隊。

「貴方を護る可愛いお艦♪小さいけど大きな力♪さぁ戦船♪百戦錬磨の強者で♪主砲で狙えば大当たり♪」

 透き通ったSHIZUKUの声が、空間を支配する。
 歌姫に扇動された兵達が、歓声をあげて骸骨兵達をなぎ倒していく。
 崩れ落ちる、鋼鉄の硬さを持った骸骨兵達――歌は込められた力を増幅させ、忍耐に忍耐を重ねた兵達の力を何倍にもはねあげる。

「僅かの油断で大逆転♪勝利の花を咲かせましょ♪貴方の隊のチャンスチャンスチャンス」

 玲奈の艦隊が大砲を向け、火を放った。

 ドゥーーン、ドゥーーン

「覚悟して……」

 衝突する玲奈の艦隊と幽霊艦隊、真っ先に玲奈は敵の艦隊へ降り立つと刃を奮い、一気に距離を詰めた。

 キィーーン

 響き渡る金属音、玲奈、と親友の声が聞こえる……痺れる腕も構わず、玲奈は刃を奮った。
 肉厚の刃を叩きつけ、それと同時に砕ける骨片、鬨の声をあげて攻め込む兵達。
 破竹の快進撃、直ぐに物言わぬ物体となった骸骨兵が積み上がる。

「三島准将万歳!コルセアの歌万歳!」

 凱歌を聞きながら、玲奈とSHIZUKUは満たされた思いで微笑み合うのだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16 / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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三島・玲奈様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

不安と育まれる絆、如何でしたでしょうか?
指揮するが故の葛藤、そして祖国を離れた不安。
生真面目な、玲奈様と言う人格。
それが描写出来ていれば幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。