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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route9・――新たな力 / 宵守・桜華

 歪んだ時の狭間。
 色々な色が混ざり合い、グロテスクと表現して良い程の色合いが作り出した空間に、菜々美と窮奇は居た。
「目的に物は手に入れましたし、此れで終わりです」
 窮奇の手に納まる古く汚い本。それが凄まじい勢いでページを捲って行く。
 全ての元凶にして、目指すべき終わりの欠片。それを視界に、菜々美は自らの体を立て直す。
 膝を着き、今にも肩さえも付きそうな体。
 結局、窮奇との大きな力の差は埋める事が出来なかった。それでも1人で来た事に後悔はない。
「アイツを連れて来なくて、正解だったな」
 ふんっと、思わず鼻で笑う。
 そうして握る銃に目を落とすと、彼女はゆっくりと立ち上がった。
 割れかけた眼鏡の縁を整え、銃口を銃気に向ける。
 例え自分が消えようとも、窮奇を滅する事が使命。それが『師』として意識のあった窮奇の望み。
「消えなさい」
 穏やかな声と共に現れた三叉戟を手にした武将は、神々しい光を纏い菜々美に突き進んでくる。
「……毘沙門天、か」
 窮奇は神を自分の手足として操る。
 普通の人間なら不可能であり、人間でないからこそ出来る所業。
 そう、此処に居るのは人間ではない。
 元は人間だった者の欲の果て。
「――白拍子!」
 銃口を引くと同時に現れた光の獅子が、迫る毘沙門天に飛び掛かって行く。

 ドオオオオオンッ!

 衝突と同時に激しい衝撃波が生じる。
 そして衝撃波が消える前に、菜々美の視界に三つ又の武器が飛び込んできた。
「ッ、――!」
 吹き飛ぶ体。
 辛うじて放った銃弾が、体を貫こうとする武器を引き留める。
 これでこの銃に助けられたのは何度目だろう。正直、癪だが仕方がない。
 思わず手にした銃に目を向けると、窮奇の声がしてきた。
「貴方にその銃を渡したのは宵守君ですね?」
 ピクリと菜々美の目が動いた。
 貴様に答える義理はない。そう言いたげに見据える視線に窮奇は口角を引き上げる。
「彼は実に愚かだ。菜々美なんかの為に、自らの目を犠牲にするとは」
「何?」
 今、窮奇は桜華が目を犠牲にしたと言ったか?
「おや、気付いていませんでしたか。それはそれは」
 嫌な笑いだ。
 人を見下し、卑下するだけの厭らしい笑い。
「宵守君はその銃に自分の目を使ったようですね。代償とでも言うのでしょうか。その銃は呪具としては恐るべき代物。実に興味深い」
 そう言って、窮奇の手が伸びてきた。
 目的はこの銃だろう。
「――退け!」
 パンッと光が弾けた。
 先程消えた獅子が、菜々美と窮奇の間に立ち塞がる。
「まだ、そんな紛い物を」
「ふん。私の術など紛い物で結構だ。だがこの銃は紛い物ではない。簡単に愚弄するな」
「彼の犠牲も知らずに使っていたのに、良くそのような事が言えますね」
 面白い言葉を聞いた。
 そう言わんばかりに詰め寄る窮奇に、菜々美は渾身の力を振り絞って立ち上がる。
「あの馬鹿がこの銃に何かしたことぐらいは分かっている。まあ、想像以上に馬鹿で大馬鹿でどうしようもない阿呆な所業だったがな!」
 言葉や声に棘が在る物の、顔に怒りは見えなかった。
 何処か清々しい、そんな印象を与える顔だ。
 その表情に窮奇が本を構え直す。
「益々宵守君が欲しくなりました。貴女との決着を早々に付け、彼と接触を果たす事にしましょう」
 窮奇は本気だ。
 彼の背後に現れた無数の神。
 これを相手に生き延びる事が出来たなら、それは奇跡以外の何物でもないだろう。
 それでも菜々美は媚び1つ売らなかった。
「寝言は寝てから言え」
 毅然と言い放ち、銃を構える。
 放つ弾が何を残すか。そんな事は分からない。
 それでも『彼』の一部が託された銃がここにあるなら、まだ何かできる気がした。

   ***

――間に合え!
 幾度となく菜々美と会話を繰り広げた神社。その境内で、宵守・桜華は必死に菜々美と窮奇の姿を探していた。
 空間を捻じ曲げ、何処か次元の違う場所で闘っているであろう2人。
 菜々美は来るなと言った。
 だがそんな事は出来るはずもない。
「男は何時だって好きな娘に良い格好したいもんなんだよっ」
 零して表情を引き締める。
 傷付き、それでも前に進む事を選んだ菜々美。
 そんな彼女を簡単に失う訳にはいかない。
 そう、失う訳にはいかないのだ。
「――此処かっ!」
 捻じ曲げられた空間に存在する異様なまでの力。明らかに尋常ではない力に、桜華はギリッと奥歯を噛み締める。
 窮奇は危険だ。
 元は人。けれど今は人ではないモノ。
 人で無くなったモノの恐怖や理不尽さは嫌って程知っている。だからこそ、急がなければならない。
 菜々美が姿を消したのは10分か20分前。時間からすればそんなに経っていないが、相手が窮奇であるならそんな常識は通用しない。
「今行く!」
 外界から遮断された空間。
 それ自体を外から捻じ曲げる事は容易ではない。けれど、それを為して向かう。
 桜華は触れるものを侵し、破壊する蝕術により生まれた瘴気の如き霊気の幻影を纏うと、菜々美の元へ急いだ。
 だがこの姿は彼にとって禁忌。
 込み上げる狂気と禍々しい気に、自らの意識が呑み込まれそうになる。自分が自分でなくなるかもしれない恐怖を伴う術。
 それでも堪えて空間に辿り着いた。
 菜々美と窮奇がいる其処へ。
 しかし――
「おや、君は……宵守君かな?」
 クツリ。
 嫌な笑いがした。
 色彩豊かな空間の中央。そこに佇む窮奇と、倒れた菜々美の姿にサアッと血の気が引いてゆく。
「て、めぇッ!!!!!」
 ブチッと自分の内側で何かが弾けた。
 次の瞬間、桜華は窮奇の目の前に立ち、彼を渾身の力で吹き飛ばしていた。
 折れそうなほど華奢な体の窮奇は、桜華の暴挙に本から神を召喚して対処した。だが攻撃を防ぐには至らず、空間の大地に叩き付けられる。
 彼は大地に叩き付けられた衝撃で声を失った。
 だがそんな事は如何でも良い。
 桜華は窮奇など視界に飛び込まない。そんな勢いで菜々美に駆け寄り、彼女を抱き起す。
「おい! 目を開けろ!」
 ガクガクと揺れる首。
 力無く落ちた手と、そこに握られたままの銃に、自分のものか、それとも他のものか分からない程の狂気が込み上げてくる。
 このまま全てを壊してしまおうか。
 そんな感情まで湧き上がり、必死の思いで引き止める。
「っ、窮奇を倒すんだろ! 倒して笑うんだろ!!」
 頼む、起きてくれ。目を覚ましてくれ。
 ガラでもないが必死に神に祈っていた。
 揺する体は小さくて、この体でよくここまで来たと褒めたくなる。だが、褒めるのは目的を達した後だろ。
「おい、菜々美ッ!!!」
――起きろ!
 そう願いを込めて抱きしめた時、だ。
「……、る、さぃ……」
「っ!?」
 額に添えられた冷たい感触に目を見開いた。
 そして腕の中を恐る恐る見下ろす。
「勝手に、人を殺すな……しかも、何だ、その姿は……っ」
「お、俺のことなんて如何でも良いだろ! 何、死にそうになってんだ! 勝つんじゃなかったのか?!」
 生きていた事に安堵して、思わず心配とは別の言葉が口を吐く。
 それを耳にして、菜々美の腕が桜華の体を押し返した。
 そして自力で立とうと足を動かす。
「お、おい!」
 よろけた体に手を伸ばすと、それは案の定弾かれた。
 自分で立つから邪魔するな。
 そう言外に言われて、何処か安心した。
 先程まで渦巻いていた狂気や憎悪は消えていない。それでも先程までとは何かが違う。
 菜々美が生きている。
 その事実だけで押し寄せる狂気の波を抑え切れる気がした。
「手伝うか?」
「……術を構築する…その、時間を稼げ。無理なら、私を護っていろ……」
 言って、菜々美は握り手を差し出した。
 それに桜華の手が差し出され、目が落ちる。

 ジャラリ。

 手に落されたのは2つに割れた銀の銃弾。
 これには見覚えがあった。
 いつだったか菜々美にお守りとしてプレゼントして断られた品。だが、なぜそれがここに。
「……貴様、初めて窮奇と会った時も持っていただろ……落ちてたぞ」
 そう言って口角をあげた彼女に、疑問が残る。
 だがそんなことは些細なことだった。
「護ったのか」
「そうだ。お前が護った。だから……次も、護れ」
 変な理屈だが、言われなくてもそうする。
 桜華は限界ギリギリまで自身の力を引き上げると、菜々美と窮奇の間に立った。
 窮奇は桜華に吹き飛ばされた衝撃から起き上がろうとしているところ。このまま寝ていてくれれば容易に倒せたものを面倒なことだ。
 そう、思ったところで、ふと桜華の目が窮奇の本に向かった。
 古くあちこちが擦り切れた書は、禍々しい気を放っている。
「そいつは、黒書か? 人を狂気に貶め狂わせる書。それが、窮奇が人で無くなった理由……?」
 力を求めるが故に出来上がってしまった魔道の書。力を与える代わりに心を喰らい、破壊すると言われる書物だ。
 その存在自体、何処かへ滅せられたと聞いていたが、まさかここでお目にかかるとは思っていなかった。
「何であんなもんが窮奇の奴に……前は持ってなかったよな?」
「……私が渡した」
「何?」
「窮奇を本当の意味で滅するには必要だと判断したんだ。窮奇は……師は、あの本で狂ったからな」
 過去、師が本を手に豹変した時、菜々美はその本を持って逃げた。
 結果、窮奇は菜々美を追う事になり、今に至る。
 全ての切っ掛けにして、全ての終わり。
「生憎と、単体では壊せなくてな。最終結論が共に滅するという物になった。お蔭で、死に掛けたが……まあ、問題ないだろ」
「ありだろ!」
 思わずツッコんだが、確かに単体で壊せないのであれば、合せて壊す他ないだろう。
 とは言え、あまりな無茶な行動に怒りを通り越して呆れてしまう。
 しかし、これも菜々美らしい。
「さっさとケリを付けるぞ。わかったら行け!」
 顎で示されて思わず笑う。
 菜々美がいれば狂気に呑まれる事はない。そう確信してしまう。
 ならば出来る力を持って彼女を護る。
 本の影響だろうか。
 人外の姿へと変貌して行く窮奇に、桜華が拳を掲げて迫る。
 その窮奇は、肌が赤黒く変色し、体のあちこちに血管が浮き上がっていて、まるで鬼のようだ。
 形相もすでに鬼そのもの。
「人間で無くなったか」
 窮奇は意識を捨て、全てを狂気に任せて咆哮をあげている。
 ぶつかり合った拳が、異様なまでに重い。
 人間ならこの一撃で滅する事も出来る程の力。やはり、窮奇はもう……
「同情はしないぜ。あんたは俺であり、俺ではなかった。あんたと俺では決定的に得たものが違うからな!」
 窮奇も昔は菜々美の傍にいただろう。
 なのに何故、こう道を踏み外したのか。
 もし彼が菜々美の『何か』に気付いていたら、もっと変わった未来があったのだろうか。
「って言っても、渡さないけどなぁ!」
 轟音と共に振り下ろされた腕。
 激しい衝突音と共に駆け抜ける風を頬に、菜々美は大事な銃を構えた。
「準備が出来た。退けっ!」
 合図と共に引かれた引き金。
 今まで見たこともない色の光が窮奇に向けて放たれる。
 呆気ない幕引きだった。
 螺旋状の光が窮奇を包み、次いで凄まじいまでの雷撃が彼を襲う。
 その上で舞い降りた不動明王の幻影が宝剣を突き下ろすと、窮奇はその姿を空間から消した。
「やった……か?」
 想像以上にあっさりと決めた菜々美に感嘆の息が漏れる。
 だが、振り返った瞬間、その思いは消えた。
「お、おい!?」
 思わず駆け寄って膝を折る。
 崩れ落ちるように倒れた菜々美の顔を覗き込むと、彼女は自らの腕で己の顔を覆った。
「……終わったな」
 聞こえたのは、擦れた声だった。
「泣きたいなら泣いた方がいいぜ……」
 窮奇は菜々美にとって滅するべき相手であり、大事な師だった。
 だからこそ、彼女は窮奇を滅する道を選んだのだろう。
 それこそ、彼を助ける為に。
「菜々美。頑張ったな」
 桜華は彼女の頭を優しく撫でると、静かに色を変えて行く空間を見詰めた。
 窮奇を滅した事は菜々美に安息を与えたに違いない。けれどそれは同時に痛みを与える事にも繋がったはずだ。
 桜華は菜々美が顔を見せるまで、彼女の頭を撫で続けた。
 それこそ、いつまでも……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオ9へご参加頂き有難うございました。
ここで窮奇との闘いは終了と成ります。
まさかここまでお付き合いいただけるとは思っておらず、本当にありがとうございます。
残り1話ですが、機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
御発注、有難うございました!