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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route2・倒すべき存在 / 藤郷・弓月

 今日は良いお天気で、欲しいパンもすんなり変えちゃうくらい、運の良い日だった。
 だから帰りに、少しだけ良いことがあるかも。
 そんなことを考えてた、のに……。
「な、なんで……こんな……」
 地を這うような低い声を出す獣。
 金色の毛並みに、まるでライオンのような姿をした生き物が、住宅街のど真ん中にいる。
 この現象自体不思議なのに、なんでその生き物が鹿ノ戸さんと対峙してるの!?
「わけがわからないよ……なんなの、あれ……なんで鹿ノ戸さんがっ」
 あれは物体Xの仲間?
 鹿ノ戸さんも刀を持ってるし、どう見ても普通じゃないのは明らか。
 もうこうなったら、鹿ノ戸さん本人に聞くしか
「あの、鹿ノ戸さ――」
「邪魔だ、どっか行け」
「!?」
 言葉を完全に遮られました。って、そうだよね、だよね!!
 どう見ても考えても、今の言葉が妥当で当然だよね!
 しかたない。ここは自分で現状を把握するしかないよね。
 キョロキョロと見回して現状を確認してみる。
 ここは住宅街で、鹿ノ戸さんとおかしな獣はいる。そして私はそこに偶然居合わせてしまった。
 つまり、私は完全な足手纏いってこと?
「……でも……私、だって」
 怖くて震える足を叱咤する。
 鹿ノ戸さんは闘ってるんだ。
 あの人は危険に晒されて、怪我をするかも知れない場所にいる。
 私は護られてるだけの人間で良いの?
 彼だけを危険に晒していて良いの?
 現場に居合わせているのに、見て見ぬふりをして良いの?
 ううん、そんなの嫌。
 怒られても良い。
 少しでも、この人の役にたちたい!
 そうと決まれば――

   ***

――時は、少しだけ前に戻る。
「うーん、この前の感じを少しでも物に出来れば良いんだけど」
 この前の感じ。とは、考えたことが本当になる力のこと。
 そんな都合のいいものがある訳ないって?
 そりゃ、簡単には手に入らないし、実行することなんて出来ないけど、この前少しだけ奇跡が起きたんだもん。
――鹿ノ戸さんに会いたい。
 そう願った時、偶然にも彼に会う事が出来た。
 それも、自分の思う場所で!
 これがただの偶然なのか、それとも願った結果なのかはわからないけど、それでも、これが自分の力として確かなものになったら、私も少しは役に立てるんじゃないかな。
 だから、掴みかけた感覚を放したくないと思うのは、ある意味自然なことだと思う。
「生半可な願い方じゃダメなのよね。もっとこう、気合を入れるって言うか。念じると言うか……」
 端から見たら、少しおかしな人かもだけど、それでも願いは真剣なの。
「うー……難しいなあ」
 ぶつぶつぶつ。
 何度考えても、イメージが掴み辛い。
 思わず首をひねった時、聞き慣れない音が耳を突いた。
――キン……ッ、……ン……。
「?」
 普通に生活してたら耳にすることのないような音。
 金属同士が激しくぶつかり合う、そんな音がしたの。
「何の音だろう。もう聞こえないみたいだけど」
 気のせいだったのかな。
 そう思って歩き出そうとした時、
――キンッ!
 また聞こえた。
「気のせいじゃない!」
 音はたぶん、こっち!
 急いで音がした方に駆け込んで行く。と、すぐに有り得ない光景に出くわした。
「うそっ!」
 住宅街の塀を飛び越えて降り立った大きな獣。
 金色の鬣と、金色の瞳を持つライオンのような生き物は、太陽の光を浴びてキラキラと毛皮を輝かせている。
 見た目は綺麗だけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「な、な、なんで、こんな所にライオンが? 動物園の動物が逃げてきた……とかじゃ、ないよ…ね?」
 そんな平和な話じゃないはず。
 だって、このライオン、牙の大きさとか爪の大きさとかオカシイもの。
「急いで誰かに――」
 そう言って踵を返そうとした時、ライオンが飛び出してきたのと同じ塀から人影が飛び出してきた。
 それを見た瞬間、目が大きく見開かれる。
「か、鹿ノ戸さん!?」
 間違いない。
 日本刀を手に舞い降りたのは、鹿ノ戸・千里さんだ。
 よく見たら、ライオンは鹿ノ戸さんだけを見ている様だった。
 それは、アスファルトを蹴って鹿ノ戸さんに襲い掛かる様子からもわかる。
 素早い動きで喰い掛かる牙を、鹿ノ戸さんは寸前の所で交わして、攻撃に転じている。
 でもライオンも簡単には斬らせてくれないみたい。
――キンッ!
 ライオンの爪と刃がぶつかり合う音。
 ぶつかった反動で、金色の毛並みが後方に飛んでゆく。
 それに合わせて鹿ノ戸さんが間合いを詰めると、ライオンは頭を振って再び反撃に移った。
 人と獣の攻防。
 こんなもの、見ることなんてまずない。
 でも、鹿ノ戸さんは闘い慣れた様子で刀を反してゆく。
「な、なんで……こんな…わけがわからないよ……なんなの、あれ……なんで鹿ノ戸さんがっ」
 呟いて、思わず両手を握り締めた。
 なんだろう、この感じ。
 歯がゆいような、何とも言えない感覚。
 胸の奥が疼いて、どうしようもなく焦れて、気持ちが急いてゆく。
 だからかな。
 現状を把握したくて、咄嗟に口が動いてた。
「あの、鹿ノ戸さ――」
「邪魔だ、どっか行け」
 言葉を遮る様に被せられた声。
 当然の言葉だった。
 邪魔されたくないよね。でも、私だって、邪魔をするだけの存在でいたくない!
「……でも……私、だって」
 知らぬ間に震えていた足を叱咤する。
「今は私が襲われている訳じゃないでしょ。襲われているのは鹿ノ戸さん。前と、逆じゃない!」
 そう、前とは違う。
 現状は鹿ノ戸さんとライオンの攻防戦。どちらも一進一退と言ったところ。
 少しだけ鹿ノ戸さんが有利、かな?
 徐々に冷静になって行く頭が、状況を把握してゆく。
 でも、冷静にならない部分もあって……
「……私に、できること」
 自分が邪魔なのは十分すぎるくらい承知してるし、鹿ノ戸さんもそう言ってた。
 でも、死なない程度に一回くらいなら堪えられるかもしれないし、その隙に鹿ノ戸さんがどうにかしてくれるかもしれないし、
「って、無茶苦茶すぎるでしょ!」
 思わず自分でツッコんじゃった。
 冷静にならないと、人間って怖い思考に行くのね。
 そうは思いつつも、頭の中ではさっきの考えが巡ってる。
 もしかしたら、隙を作れたら、鹿ノ戸さんは無事に戦い終えるんじゃないかって。そう、思えてくる。
「……うん、自分の勘を信じよう!」
 呟いて、ぐっと拳を握り締めた。
 敵は鹿ノ戸さんに付きっきり。なら、こっちに意識が向けば隙が出来るはず。
「――獣はこっちを見る。こっちを見る」
 ぶつぶつ呟いて、深く念じる。
 どうか、私の方を見ますように。
 見て、くれますように。
 あの日のように、願いが届き、少しでも思いが現実になるなら。
「お願い!」
 そう声に出して念じた時だ。
「藤郷ッ!」
「え――……っ、ぅ」
 初めて鹿ノ戸さんが名前を呼んだ。
 その事に気を取られちゃったのかもしれない。
 腕に鋭い痛みが走り、そこに金色の光が飛び込んできた。
 そう、ライオンが腕に噛み付いたんだ。
「――ッ、痛っ」
 グルグルと唸るライオンに、奥歯をギュッと噛み締める。
 痛くて、泣きたくて、逃げたくて。
 でも、聞こえた声にハッと我に返る。
「藤郷、目を瞑ってろ!」
「ぅ、はぃ……!」
――キンッ!
 目を瞑った瞬間、腕が軽くなった。
 次いで風が攫うように体が浮いて、額に息が掛かる。
 そっと目を開けると、鹿ノ戸さんの顔が直ぐ傍にあった。
「……鹿ノ戸、さん?」
 近くで見ると、やっぱりカッコイイ。
 ライオンから攫って、そのまま地面に着地。そして抱えた状態で刀を構え直す。
 まるで映画のワンシーンのような流れに、ぽうっとしてしまう。
 そしてそんな私の耳元で声がした。
「てめぇ、何しやがった」
「え」
 何? 私、何もしてないよ?
 呆然とする私に舌打ちを零して、鹿ノ戸さんはライオンを見た。
 ライオンは私に噛み付いた直後、牙を折られたみたいで、その痛みでアスファルトに倒れている。
 彼はそこに刃を突き入れた。
 黒い煙のようなものが立ち昇り、あっと言う間にライオンのような生き物が姿を消す。
 これで、この闘いは終わり。
 とても呆気ないけど、鹿ノ戸さんが無事ならそれで良い気がする。
 そう思って鹿ノ戸さんを見たのだけど、待って。
「あの……鹿ノ戸さん……」
「あ?」
「近い、です」
 うん、すごく近いよね!
 鹿ノ戸さんの息遣いとかすごく伝わって来るし、体温だって!
「って、きゃっ!」
 ドシンッ☆
 え、この扱い、ちょっと酷くないですか?
 確かに近いとは言ったけど、いきなり手を放すこともないでしょう。
 おかげで勢いよく尻餅着いちゃったじゃない。
「うぅ、痛い……ん?」
 顔を顰めて腰を摩って。
 そしたら大きな手が腕を攫って、何かを巻き始めた。
 これって、ハンカチ?
「あの、これは……」
「血を垂れ流しにして何言ってんだ。アホか?」
 いえ、アホと言うか……。
 あ、そうか!
 鹿ノ戸さん、ハンカチを取るために手を放したんだ!
「まあ、これで大丈夫だろ。ってか、馬鹿だろ。俺は、邪魔だって言ったよな?」
 声が怒ってる。
 そりゃ、そうだよね。
 邪魔だって言われて、退けって言われて。
 それでも残って、怪我をして。
「何で言うこと聞かなかった? 聞けば怪我なんざするはずなかっただろ!」
 頭上から怒鳴られて思わず首を竦める。
「ごめんなさい! でも、鹿ノ戸さんが無事である事の方が大事だったんです! 本当に、ごめんなさい!!」
「!」
 勢いよく頭を下げて謝る。
 ダメなことをしたのは自分。心配させたのも、怪我をしたのも自分。
 全部自分がいけない。
 だから、全てのことへの謝罪はしないと。
 何度も深く頭を下げて謝る。と、そこに聞き慣れない声が響いてきた。
「鹿ノ戸の血を引く者が女を執拗に謝らせる、か……滑稽な姿だな」
 底冷えするような声。
 思わず視線をあげると、それを遮る様に鹿ノ戸さんが私の前に立った。
 その手には、抜身の刀がある。
「檮兀、お前……!」
 燃えるような赤い髪に、金色の瞳を持つ、厳つい体躯の男の人は、刃を向ける鹿ノ戸さんを見て目を細めた。
 そしてその目を私に向けると、何故か一歩、足を下げた。
「鹿ノ戸さん、あの人は……」
「黙ってろ!」
 鹿ノ戸さんの声は怒ってた。
 冷静な判断なんて出来ない。そう言っているような声。そして、その考えは正しかったと、すぐに知る。
「倒れろッ!」
 一気に縮めた間合い。渾身の力を振り絞り振り払った刃。でも、それらは難なく避けられてしまう。
 体格からは想像できないほど身軽に飛び上がった体が、柔らかく屋根の上に飛び乗った。
 大きな体の人は、高みから鹿ノ戸さんを見下ろすと、彼を挑発するように言い放った。
「その程度か……――弱いな」
「なっ!」
 鹿ノ戸さんは、声に飛び掛かろうとした。
 でも、その人は鹿ノ戸さんがアスファルトを蹴るよりも早く、この場から消えてしまった。
 圧倒的な力を持つ男の人。
 その人を前に、私は一歩も動くことが出来なかった。
 私は、何も出来なかった。
「おい、大丈夫――っ、おい!?」
「……え」
 驚く鹿ノ戸さんの顔が近付いている。
 伸ばされた手が頬に触れ、流れる雫を拭ったところで、初めて自分が泣いていることに気付いた。
「悪い。怪我人だってのに、放って突っ込んで……痛むか?」
 さっきとは打って変わった優しい声。
 それに無言で首を横に振る。
 そんなに優しくしてもらう理由は何もない。
 足手纏いでしかない自分が悔しくて、役に立てない不甲斐なさに泣けてくる。
 次々と溢れ出る涙に、鹿ノ戸さんの手が優しく私の頭に触れた。
「病院に行くぞ。傷が残ったら大変だからな」
 そう言って向けられた背に、目を瞬いた。
「乗れ」
 ぶっきらぼうに言われて、思わず笑ってしまう。
 怪我をしたのは腕。
 足を怪我した訳ではないのに、背負っていくつもりだろうか。
「ふ、ふふ……おかしい……」
 泣き笑いってこういうことだよね。
 泣きながら笑って、溢れる涙を拭って。
 困惑する鹿ノ戸さんの顔を見て、それから、大きく息を吸った。
「大丈夫。自分で行けます」
 にこっと笑って頭を下げる。
 けれど、鹿ノ戸さんは納得してくれなくて、
「良いから乗れ」
「あ、ちょっと!?」
 これってお姫様抱っこ!?
 顔を赤らめて目を見開いた私に、鹿ノ戸さんは気にした風もなく歩き出す。
 もう彼の顔に怒りの色はない。
「……さっきのは、なんだったんだろう」
 思わず零した声に、一瞬だけ鹿ノ戸さんの目が向いた。
 そして、
「……アイツは檮兀。俺が倒すべき相手だ」
 そう言って鹿ノ戸さんは歩き続けた。
 さっきの男の人を鹿ノ戸さんは倒すと言った。
 それはつまり、これからも闘いは続くと言うことだろうか。
 だとするなら、

――彼の役に立つ力が欲しい。

 まだ確かな力を持たない手。それを握り締め、私はぎゅっと目を閉じた。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート2への参加ありがとうございました。
前回に引き続きご指名頂いた、千里とのお話をお届けします。
心情書きすぎてますので、ココは違う! という部分がありましたら遠慮なく仰って下さい。
少しでも今回のお話がPC・PL様共に喜んでいただけたなら幸いです。

また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。