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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route3・幻なんかじゃない! / 工藤・勇太

 煌々と点いた玄関灯のような明かり。
 それを見上げた後、工藤・勇太は目の前の扉を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ♪」
 笑顔で出迎えたメイドの愛想の良い声。それを聞きながら何とも言えない表情で頷きを返す。
 相変わらずの独特な雰囲気だ。
 店内のゴシック調の作りもそうだが、雰囲気が若干怖い。
 勇太は心の中で被りを振ると、店内を見回した。
「今日はお休みなのかな」
 ここは執事&メイド喫茶「りあ☆こい」。
 文字通り、執事やメイドが客をご主人様として迎え入れる喫茶店だ。
 この店には、1人だけ知り合いがいる。
 蝶野・葎子という女の子。
 見た目は勇太より年下なのに、実は年上の彼女は、何と言うか重みの無い体をしている。
 いや、実際には重さもあるし、厚みだって――って、そんな事は誰も聞いてない!
 そうではなく。
 何と言うんだろう。
 背負った感じが軽すぎるとでも言うのだろうか。本当なら彼女くらいの年の子は、もう少し重さがあって良い気がする。
「仕方ない。いないなら何か飲んで帰るかな」
 足を踏み入れた手前、何も注文しないで帰るのも申し訳ない。
 そんな気持ちでメイドの後をついて歩く。そうして店内の一席に案内されたところで、水色の長い髪が見えた。
「あ」
 間違いない。
 ツインテールに結んだ髪を揺らして、軽やかな足取りで店内を歩いているのは葎子だ。
 見た感じ、元気そうな様子に安堵の息が漏れる。
「ご主人様、何をお持ちいたしましょう?」
「あ、えっと……コーラがあれば、それで」
 あるかな?
 そんな思いでメイドを見上げると、彼女は極上の笑顔で頷いて見せた。
「勿論です♪ 少々お待ち下さいねぇ♪」
 なんとも無駄に愛想の良いメイドだ。
 勇太は去るメイドから目を動かすと、店内で接客の為に動く葎子を見た。
 ハキハキと元気に動く姿はいつもと何ら変わりがない。
 笑顔でご主人様をお見送りして、そして笑顔で踵を返――さない?
「りっちゃん……どうしたんだ?」
 いつもなら、踵を返した後も笑顔の葎子だったが、今日はその顔に憂いが見える。
 憂いと言っても大きなものではない。
 踵を返した瞬間に、他のメイドから声を掛けられて笑顔に戻った彼女は、いつもと変わらない表情でそこにいる。
 でも、何かが引っ掛かった。
 そんなに葎子と深い面識があるわけじゃない。けれど、何かが引っ掛かったのだ。
「もしかして、どこか具合でも――」
 そう零して立ち上がろうとした時だ。
「ご主人様、お飲み物をお持ちいたしましたぁ♪」
「え……」
 上げかけた腰に、飛び込んで来たメイドの笑顔。
 差し出されたアンティークグラスには、氷で良く冷えたコーラが入っている。
 勇太はそのグラスを見て、小さくため息を零した。
 黒い液体が入っている所為だろうか。
 グラスには心配そうな表情の自分が映っている。その顔を見て思った。
「こんな顔、見せれないな」
 もし葎子に元気がないのなら、自分は元気でいる必要がある。
 彼女に無駄な心配を掛けないように。気を遣わせないように。そうした心遣いも必要なはずだ。
 勇太は元々葎子の体調を心配してここに来た。
 もしかしたら、先日倒れた影響で元気がないのかもしれないのだ。
「飲んで落ち着こう。話はそれからだ」
 勇太は大きく息を吸い込むと、気持ちを静めるかのようにストローを咥えた。

   ***

 夏も半ばに差し掛かると虫の音が多くなる。
 勇太はそんな虫たちの声を聞きながら、落ちて行く喫茶店の灯りを見詰めていた。
「りっちゃん、出て来るかな……」
 本当はこんな風に出待ちなんてしたらいけないのかもしれない。それでも、店で見た彼女の表情が気になったのだ。
 気のせいならそれで良いし、そうでないのなら、どうにか励ます事は出来ないだろうか。とか……。
「……迷惑かな。でもなぁ……」
 あれこれと色々な考えが頭を過る。
 こんな風にしてどれだけの時間が過ぎただろう。
 店の裏口へ向かう小さな道から、ツインテールの影が飛び出してきた。
 いや、飛び出してきたと言うのはちょっと違う。
 ふらりと出て来た。そんな感じだ。
「りっちゃん!」
「?」
 声を掛けた相手。
 彼女は不思議そうにこちらを見ると、勇太の姿に驚いた様に目を見開いた。
 その表情に、いつものような笑顔はない。
――やっぱり。
 そんな想いが浮かぶ。
「一緒に帰ろ、りっちゃん」
「勇太ちゃん……なんで?」
「俺の事ちゃんづけで呼ぶだろ? だからも俺もお返し」
 きっと彼女の問いたい事は違う。
 それでもニカッと笑って近付くと、葎子は一歩、足を下げた。
 これに勇太の足も反射的に止まる。
「りっちゃん?」
「あ、ごめんね。葎子、ちょっと驚いちゃった♪」
 えへっと舌を出して笑う彼女の顔に、先程までの驚きや戸惑いはない。
 下げられた足も前に戻り、いつしか彼女は勇太の前に立っていた。
「勇太ちゃん。お店に来てたの? だったら葎子に声かけてくれれば良かったのに!」
 にっこり笑顔で小首を傾げる彼女。
 顔は笑顔なのに、何故か違和感が付きまとう。
 それは葎子の表情の変化が原因かもしれない。
 先程までの陰りや戸惑いは一切見せず、まるで何事も無かったかのように笑顔を返す。
 その笑顔は不自然さの欠片もない綺麗なもの。
 普通なら、その笑顔を見て笑顔を返す筈。けれど、今は素直に笑顔を返せなかった。
「りっちゃん。無理、してない?」
「え」
 問いかけに、彼女の笑顔が強張る。
――図星。
 そんな所だろう。
「さっきお店で元気が無いように見えたから」
 大丈夫? そう問いかけながら、やんわりと笑顔を向ける。
 この表情に、葎子の視線が落ちた。
 顔にはまだ少しだけ笑みが残っている。
 それにもまた、違和感を覚える。
「葎子、笑ってるよ?」
「え」
 今度は勇太が驚く番だった。
 慌てた様に顔をあげて、笑顔を返すその顔に、ズキリと胸が痛む。
 確かに葎子に元気になって欲しいと思った。
 彼女に笑って欲しいと思った。
 だから笑って見せた。
 でも、この笑顔は『違う』。
「りっちゃんは笑ってたよ。でも、その笑顔は……」
 彼女の笑顔と言葉。そこから覚える違和感。
 それらを問いかけようとした時、葎子の目が上がった。
「鳥鬼ちゃん」
「鳥鬼?」
 声に振り返った先。
 そこに居たのは、月を背に大きな翼を広げる鳥。
 明らかに普通の鳥ではないその存在は、巨大な嘴を開くと、甲高い声をあげて飛び掛かってきた。
「危ない!」
 咄嗟に彼女の腕を取った。
 その勢いでアスファルトに転がる体。勇太は彼女を腕に抱きながら、改めてその軽さに眉を寄せた。
「勇太ちゃん。離れてて」
「りっちゃん?」
「鳥鬼ちゃんは黒鬼ちゃんの一種。すごく素早くて大変な相手なの」
 そう言いながら勇太の体を押し返して立ち上がる。
 その上で彼女が取り出したのは、鱗粉の入った布袋だ。
 舞うように腕を広げ、鳥鬼に視線を集中する。
 毅然とした雰囲気で、優雅に舞うように鳥鬼の攻撃を回避してゆく。
 けれど、その表情に余裕はない。
「……」
 勇太は自らの唇を引き締めると、眉根を寄せて鱗粉を振るう彼女と、彼女に飛び掛かろうとする鳥鬼との間に飛び込んだ。
「ッ!」
 腕を掠めた鋭い嘴。
 若干血が滲んでいるが、この位は許容範囲だ。
「勇太ちゃん! 何で入って来るの? ここは葎子が――」
「りっちゃんは下がってた方が良い! ここは俺が!」
 前に出ようとする葎子を制して鳥鬼の前に立った。
 戦闘を邪魔された鳥鬼は、怒りも露わに翼を広げて高度を上げている。
 一気に決着を付ける。そんな所だろうか。
「勇太ちゃん、危ないからっ!」
「りっちゃんはこの間倒れちまっただろ? それに……」
 勇太は夜空に意識を集中しながら呟く。
 先程から感じる葎子の波動。
 勿論、葎子自身そんなものを発している自覚はない。
 これは勇太のテレパシー能力が教えてくれる、彼だけが知る事の出来る波動。それも、彼女の心の波動。
「……何があったか分からないけど、そんな乱れた心じゃ上手く力を操れないんじゃないのか?」
「!」
――乱れた心。
 この言葉に息を呑む音が聞こえた。
 そしてそれと同時に鳥鬼が闇に紛れて隠れると、勇太は意識をそちらに集中する。
 空を舞う奇妙な鳥。
 黒鬼とか鳥鬼とか、そんな専門的な言葉はわからない。
 けれど、何処かに隠れた敵の存在を察知するくらいは出来る。
「――そこだっ!」
 テレパシー能力の一種で捕捉した敵の存在。
 そこに照準を合わせて腕を掲げた。
 その手に握るのは、初めて葎子と会った時に見せた、光の槍。
「くらえぇぇぇぇぇ!!!」
 渾身の力を篭めて放った矢が、闇を裂く光となって月を貫く。
――ギャアアアアアア!!
 空を裂くような、近所迷惑な叫び。
 それを耳に息を零すと、勇太は呆然と立ち竦む葎子を振り返った。

   ***

 頭上に在った月が、斜めになる頃、勇太は葎子が落ち着くのを待ちながら、公園のベンチに腰を下していた。
 さっき勇太が言った「乱れた心」と言う言葉。
 これが葎子を黙らせた。
 今、彼女の顔に笑顔はない。
「……勇太ちゃん」
 ポツリ。
 零された声に、勇太の目が向かう。
「葎子の笑顔は、おかしかった?」
「え?」
 思わぬ問いに言葉を失う。
 葎子の笑顔は「かわいい」部類に入ると思うし、いつもなら全然気にならない。
 むしろ、彼女の笑顔を見ていると自然と笑顔になるくらい楽しそうだ。
 そう、彼女の笑顔はいつも楽しそうなのだ。
 そして今日の笑顔は、
「楽しそうじゃなかった、かも」
「……楽しそうじゃ、ない?」
 傾げられた首に、頷きを返す。
「何かがあったんだろうけど、いつもは楽しそうに笑ってるのに、今日は楽しそうに見えなかった。心から笑ってる感じがしねえっての?」
 そんな感じ。
 そう言って少しだけ笑う。
 すると、葎子は目を自分の手に落して、それから困ったように笑みを零した。
「葎子ね。お姉ちゃんがいるの。病院で眠ったままの、葎子の双子のお姉ちゃん」
 葎子の話によると、彼女の姉「光子」は、生まれた時からずっと病院にいるらしい。
 一度も目を覚まさず、ただ眠り続ける姉。
 それでも葎子は姉が大好きで、いつか目を覚ましてくれると信じている。
 そして、その姉を目覚めさせることが出来る蝶がいて、葎子はその蝶をずっと探しているのだと言う。
「……お母さんが、言ったの。幻の蝶なんて、いないって……そんなのを探している暇があったら、稽古をしろって」
 けれど、葎子には諦めきれなかった。
 姉への想い、幻の蝶を探すこと。
 それらが、いつも彼女が笑顔でいることにどうつながるのか。それはわからない。
 それでも、葎子は葎子なりに頑張っている。
 それだけはわかった。
「りっちゃん、頑張ってるんだな。偉いじゃん」
 そう言って、笑顔を作った。
 今は笑えない彼女の代わりに、自分が笑顔を作る。
 彼女には謎が多い。けれどそんなことは重要じゃない気がした。
 今重要なのは、彼女に本当の笑顔を取り戻させること。
 だから笑って見せる。
 彼女が笑う、その時まで……。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1122 / 工藤・勇太 / 男 / 17歳 / 超能力高校生 】

登場NPC
【 蝶野・葎子 / 女 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蝶野・葎子ルート3への参加ありがとうございました。
今回のお話は如何でしたでしょうか?
葎子の呼び方を教えて下さってありがとうございます。まったく違和感ないです!
そしてドシリアスな展開となっておりますが、如何でしたでしょうか。
今回のお話がPL様のお気に召していただけることを祈りつつ、感謝の気持ちをお伝えします。
このたびは本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。