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願よ、とどけっ!
どこまでも続く青い空。
まるで青の絵の具をキャンパスに塗り込んだような、そんな空が印象的だった今日の天気。
本当だったら授業なんて飛び出して、どこかでのんびり……って言うのも、良かったのかも。
でもでも、学生の本分は勉強って言うじゃない?
だから今日は我慢をして授業を最期まで受けたの。でもその結果がこれ……
「雲が出てきて、空が隠れちゃってる」
こんなことなら午後の授業をサボるべきだった。
そんなことを思ってため息を零す。
そもそも、今日も、その前の日も、授業を受ける気分じゃなかったのに。それでも受けなければいけないのは、学生の辛い所よね。
「いや、社会人さんに聞かれたら、怒られちゃいそうな本音だけど」
思わず零して肩を竦めるけど、仕方がないの。
どうしても頭を離れないことがあるんだから。
「私って、本当に駄目な子だなぁ……」
思い出すと、こんな言葉しか出て来ない。
ここに誰かが居たなら、絶対に振り返りそうなほど大きな息を零して、なぜだかもう1度零れるため息。
これぞ、ため息連鎖……なんて、馬鹿なこと考えてる余裕も微妙なのよね。
「まあ、普通の女子高生なんだし、戦えないのは仕方ないんだろうけど……それでも、なんか……」
私の悩みの原因は、先日会った不思議な人――鹿ノ戸・千里さんについてなの。
この世の生き物じゃない物体Xと、刀を使って闘った鹿ノ戸さん。彼の力は圧巻で、私の心配なんて必要ないくらい強かった。
でも対照的に私は超が付くほど無力。
今まで平穏に過ごしてきたのだから仕方がないとは思うの。でも、それでも、少しでも力になりたいって思っちゃう。
「今更護身術って言うのも無理だろうし……そもそも、今から習ったところで、きっと途方もない時間が掛かっちゃうよね」
普通の女の子ならそれが当然。
それに私は戦いたいと云う訳でもない。
ほんの少しでも、ほんの僅かなことでも、
「――力になれるものがあれば、な……」
彼には無用のことなのかもしれない。
それでも願望は尽きなくて、今日何度目かのため息が零れた。
こうして考えていても、一向に良い案なんて出て来ないんだけどね。
そもそも私の出来ることってなんだろう。
考えて首を捻る。
「んー……例えば、あの道を曲がれば猫に会える! とか?」
言って、思わず笑ってしまった。
曲がり角を過ぎた先に、トラ柄の猫が居るかもしれない。もしいたら、それは第6感以上の別の感――力だ。
でも、本当に会いたいのは猫じゃなくて……
「……強く願えば叶ったりするのかな?」
元々、第6感的な力はあるけど、そこまで強い力ではない。
それでもそれが強くなって、願った通りのことが起きたら、それは大きな力になるのではないか。
だからもし、「あの道を曲がればあの人に会える!」とか。そういったことを願って叶ったら、
「って……ちょっと、恥ずかしいわね」
猫がいつの間にか現実の人になっちゃった。
いや、良いんだけど、そうなんだけど!
こう、乙女的な物に憧れても、実際にそれをやろうとすると、妙な照れが入っちゃうっていうか、ですね?
それでも……
「役に、立ちたいな」
ポツリと零したその脳裏には、鹿ノ戸さんの戦う姿が蘇ってる。
闘ってる鹿ノ戸さんはどこか孤独で、刀を振るう事しか興味が無いような、そんな印象を受けた。
そんな彼の役に少しでも立てたなら。
少しでも一緒に居られる、共有できる何かがあったなら。
そしたら、鹿ノ戸さんは1人で闘わないで、すむのかな。
「動機は不純だけど、少しでも前に進みたい……彼の、役に立ちたいな」
そのためには、やっぱり何か力が必要なんだよ。
ダメだって諦めちゃダメ。
やってみなきゃわからないじゃない!
「よしっ」
願えば叶う!
そうと決まれば実行あるのみだよ!
両手を組み合わせて、目を閉じて――
「あの道を曲がったら鹿ノ戸さんに会えますように!」
意志を固めて、願いを固めて、念じて、それから目を開けて歩き出す。
1歩、2歩、3歩……
もう少し、あと少しで、角を曲がる。
曲がった先には絶対に「彼」がいる。
だから、大丈夫!
「〜〜、えいっ!」
勢いを付けて、飛び込むように角をダーイブ!
「きゃぁ!」
曲がった瞬間に、勢いよく弾き返された。
それも凄い勢いで。
いや、曲がった勢いに比例したんだろうから、ある意味正常だけど、それでもちょっと痛い。
「うぅ……ごめんなさ、い?」
尻餅をついちゃったから、腰を摩りながら見上げる形でごめんなさい。
そうしようと思ったんだけど、見えた顔に言葉が止まっちゃった。
「……鹿ノ戸、さん?」
えっと、間違い……じゃ、ない。
曲がったら鹿ノ戸さんが居た!
なんだかとっても不機嫌顔だけど、間違いない。この人は鹿ノ戸千里さんだ!
「凄い! 鹿ノ戸さんがいる!!」
思わず上げた声に、彼の眉間に凄い皺が寄った。
「……その分じゃ大丈夫だな……」
じゃあな。
そう踵を返した彼に、思わず手を伸ばす。
「待って!」
「!?」
ゴンッ。
「あ……」
どうも、掴んだ場所が悪かったみたい。
位置的に、ズボンの裾しかつかめなかったのよ。だから、本当にごめんなさい。
あ、状況を説明しますと、鹿ノ戸さんのズボンの裾を掴んだ私が居ります。
そして裾を掴まれた鹿ノ戸さんは足がもつれて、電柱に激突。
現在、もの凄い不機嫌顔でこっちを見ております。
「っっっ、こんの、馬鹿女っ!!!」
「ひゃっ!?」
流石に頭上から怒鳴られるのは堪えるかも。
思わず頭を抱えて首を竦めちゃう。
その様子に、盛大なため息が聞こえて、恐る恐る顔をあげると……
「ったく……まあ、放置して逃げようとした俺も拙かったが……本当に、馬鹿だな」
やれやれと差し出された手。
こんなこと仕出かしてもこの態度!
鹿ノ戸さん、実はすごく優しい人なんじゃ。
「こっちこそ、ごめんなさい。先に謝罪するべきだったのに……あと、その……ありがとう、ございます」
差し出された手を取って立ち上がる。
その上で頭を下げると、鹿ノ戸さんの呆れた目が私を見た。
それから、下の方を見て、顔に目が戻って来る。
「あの……?」
「……制服、汚れてるか」
そう言われてみれば、確かにさっき転んだ勢いで汚れてしまった気がするかも。
でもこれは鹿ノ戸さんのせいではないし。
そう、言おうとしたんだけど、
「店もすぐそこだし、そこまで来い。店員の誰かがタオルくらい貸してくれるだろ」
面倒くせぇ。
そう零して歩き出す彼に、思わず目が点になった。
なんだかんだ言っても、面倒見のいい人。
「面倒なら放っておけばいいのに」
でもそれが出来ないのがこの人なんだ。
そう思うと、思わず笑みが零れた。
「鹿ノ戸さん、待ってください!」
「やなこった」
やっぱり返って来たね、この言葉。
この前も、そう言いながら歩調を緩めて歩いてくれた。
今日もやっぱり、歩く速度は私寄りになってる。
「こういう気遣い、良いな♪」
クスリと笑って、ふと空を見上げた。
雲はまだ掛かっていて、少しだけど濃くなった気がする。
これはもしかすると降って来るかな?
でも――
「お店に付くまでは降っちゃダメだからね!」
せめてそこまで雨が降りませんように。
そう願って駆け出す。
そんな弓月の背では、徐々に雲が開きはじめ、夕日が顔を覗かせ始めていた。
――END
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