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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another One
 奈義・紘一郎 (なぎ・こういちろう)の目前、少年は紅の瞳で彼を睨み付ける。
 あまりに険悪な視線に紘一郎は声をかけようと口を開く。
「おまえは……」
 丁度その時のことだった。
「……と、お待たせしてしまいましたね」
 竹筒に詰められた水ようかんを二人分、盆に乗せて仁科・雪久がやってくる。
 一瞬だけ、紘一郎は雪久へと気をとられた。そして彼が再び少年の方へと目をやった時には既にその姿は無く。
「なあ、少し訊ねたいんだが……俺以外に誰か客は来ていただろうか?」
「いえ?」
 不思議そうに雪久は答える。
「バイトは?」
「……以前女の子は出入りしていましたが、今はバイトは雇っていませんよ。私一人で切り盛りしています」
「そうか……」
 紘一郎の様子に雪久もただならぬものを感じたらしい。
「誰か居ましたか?」
 問われ、紘一郎は答えて良いものかと僅かに躊躇う。果たして目前の古書店店主にこのような話をして信じるものだろうか? と。
 だが――。
「もう一人、俺が居た」
 口をついて出た言葉は意外な程素直なものだった。
 そもそもが、紘一郎は先ほど遭遇した少年を、直感とはいえ「自分だ」と、自身が判断した事に驚いていた。裏付けが取れなければ、直感もただヤマをはっているだけとも言える。
 次に、彼は紘一郎の前から即座に姿を消した。その直感を事実と確かめる術は無かった。
 にも関わらず、紘一郎は少年を「自分自身」と判断した。
 論理の中で生きる彼にとっては、その「直感」に頼った発言は自身でも意外過ぎるものだったのだ。
 そして、雪久は彼の発言を一通り聞き、そしてこう答えた。
「それは恐らく、アナザーワンと呼ばれる存在ですね」

 久々に紘一郎が訪れたその場所は、日本家屋の屋敷だった。
 建物を構築する木材が、色あいを濃く変えているあたり、その建物が持つ歴史の古さを物語っている。
 踏み入れた庭は広く、そして綺麗に刈り込まれた木々がみずみずしい緑色を見せていた。
 岩を組みあげ作り上げた池には、澄んだ水が湛えられ、中では大きな鯉が悠々と泳いでいる。
 小脇に一冊の本を抱え、紘一郎は庭へと踏み出す。
(「しかし……久しぶりだな」)
 長い事研究所に籠もっていた事もあり、この場所を訪れるのはあまりに久しぶりだった。
 この場所は、紘一郎の生家。
 先ほどの古書店での会話で、雪久は紘一郎へとこう告げた。
「アナザーワンは、あなたと縁深い場所にやってきます」と。
 そして紘一郎が即座に縁深いと言われ思いついたのがこの生家だったのだ。
 しかし紘一郎自身としても不思議だったのは、縁深い場所と言われて研究所ではなく、生家を選んだ事だろうか。
 最早彼は研究所に住み込んでいるようなものだ。自室すらそこにある。
(「……だが、研究所ならセキュリティもある。いくら俺自身とはいえ、研究所に入り込む事は叶わないはずだ」)
 直感へと理由をつけ、紘一郎はゆっくりと歩みを進め――そして突如爆ぜた殺意に場から飛び退く。
 ばちん、と鋭い音がし、敷石が吹き飛ぶ。更に続けて繰り出された「何か」を紘一郎はひたすらに避け、転がるようにして近場の大きな岩へと身を隠す。
「外したか」
 聞こえた声は先ほどの少年のもの。
「何故、おまえは俺を付け狙う?」
 紘一郎は少年へと問いかける。
「俺を捜し求め、その結果おまえは何を得るつもりだ?」
 傍にあった植木が爆ぜ、声が響く。
「俺はおまえのやっている事が気にくわない、それだけだ」
「それだけ、だと?」
 即座に切り返した紘一郎に少年は続ける。
「おまえはどれだけ生命を弄べば気が済む?」
 研究の事を言っているのだと気づくにはさほど時間はかからなかった。
「生物を兵器として使う……それが許される事だと思うのか?」
「つまり俺の研究が非道なものだと?」
 即座に紘一郎は言い返す。
「価値観の違いだな。創り出した命を定義するのは俺自身だ。そしてそれに金を出す奴がいる。おまえに指図される筋合いは無い」
 告げた途端、少年の声に嘲りの色が含まれる。
「はっ! 金! 金!! 金!!! 貴様らはすぐにそう言うな!」
 少年の声の方向は頭上。
(「上だと!?」)
 突如の事に焦りながらも紘一郎は飛び退く。ドン、と衝撃と共に一瞬前まで彼の居た場所に少年が落下してきた。地が抉れ、そして周囲に敷き詰められた石が吹き飛ぶ。
「ならばその金でおまえ自身の命を買うか? もっとも、俺はそんな事許しはしない!」
「おまえのそれは……奈義の一族の持つ特殊能力か」
 親族筋は特殊能力を持って生まれる事が多い。それを紘一郎はしっかりと覚えていた。
 そして。
「……そして、代償としておまえは短命……成る程、そういう事か」
 即座に、少年の行動理由が読めた。
 紘一郎は眼鏡を指で押し上げもう一人の自分――アナザーワンへと続ける。
「おまえの命はあと僅か……という事か。その分、生命を生み出し操る俺に嫉妬した、と」
「黙れ!」
「醜いな」
 怒りの形相の少年へと容赦の無い言葉が零れた。
「黙れ!!」
 狙いを付けずに放たれた「それ」が紘一郎を掠める。衝撃波とは若干違う「それ」に引きずられそうになりつつも、紘一郎は耐えた。
「おまえのそれは、重力操作か。先ほどから投げつけてきているのは小石だな」
 小石に重力をかける事で衝撃波のようなものすら放つ勢いで飛ばしてきている、というわけだ。
 だが同時に紘一郎には一つの謎が浮かぶ。
「……何故、その能力で直接俺を殺しに来ない?」
 黙した少年へと更に彼は続ける。
「おまえの能力ならば、直接俺を肉塊にする事すら可能なはずだが?」
 間違い無く、紘一郎の身体にかかる重力を操作すれば、一瞬にして彼は潰される事だろう。
 だが少年は意外な事を言いだした。
「……黙れ。命を弄んだおまえが、命乞いしている所を、俺はこの手で直接『消滅』させてやるんだ!」
「やれやれ、随分と甘い事だ」
 これも若さか、と紘一郎の口元に苦笑が浮かぶ。
 本気で相手を殺しにゆくならば、紘一郎ならば手段は選ばない事だろう。
 こうしていちいち手段を選び、何が綺麗で何が汚いかを自分の中で勝手により分け、正論の如く並べ立てる。
 ――ある程度歳をとれば、こんな青い考えはできはしないのだ。
 生きていく為にはある程度は清濁を併せのまねばならない事もある。
 それをこの少年が知るには一体どれだけの時間がかかるだろう?
 それ以上に――彼はその年齢まで生きられるのだろうか?
 どこか感傷じみた思いが浮かぶものの、同情する気はさらさらない。
 紘一郎としてはアナザーワンが、生まれ持った特殊能力に頼り切りなのも気にくわなかった。
「一つ教えてやる」
 彼は小脇に抱えた本をぱらりと捲る。
 古書店店主から預かった、時空の歪みを開くと言われる本。
「俺の技術は生まれながらに持った特殊能力に頼ったものじゃない。俺の力で一つ一つ切り開いてきたものだ」
「それが何だ」
 即座に反発してきたのは反抗期のようだと思わずに居られない。
 機嫌の悪い猫が全身の毛を逆立てているようなものだと思えば腹も立たない。
「おまえのように、偶然生まれ持った力をただ無闇矢鱈に乱用し、悦に入っているのとは違う、という事だ」
「……ッ!!」
 冷静に告げた紘一郎の前、少年の中の何かが間違い無くキレた。
 その様子は彼の表情から目に見えてわかる。今までも怒りに満ちた表情をしてはいたが、今は最早怒りというレベルを通り越し、一種異様な様相と化している。
「……もういい、おまえとはわかり合えないようだな」
 少年は宙に浮くと、紘一郎の頭上を狙う。
「命乞いなどと甘い事は言わずに、今度こそ止めを刺してやる!」
 ごう、と空気が鳴った。落下してくる少年を見上げ、紘一郎は僅かに苦笑を浮かべた。
 これでも手段を選ばなくなっただけ、ある意味僅かに大人になったのか。それともやはり子供なままなのだろうか? と。
 そして改め彼は声を張り上げる。
「俺に文句をつけるのが、そもそも逃げだ! 命運を嘆いてなんになる。時間が残り少ないなら、自分から眼をそらすんじゃない!」
 彼の周囲に光が走り、円弧や直線をえがきはじめる。
 雪久から渡された魔道書が、効果を顕わしたのだ。
 落下してくる少年は、いくら重力を操れるとはいえ、アナザーワン本人の反応力は早められはしない。
 魔方陣が展開されるという「異常事態」に遭遇しても、少年の反応速度では自身の落下を止めるに至らなかったのだ。
「俺に構わず自分の世界でやるべきことをやれ!!」
 着地より一瞬早く、紘一郎が魔方陣の中央から退く。途端、魔方陣の光が眩いものとなり、少年はそのままそこに落下し、光に飲まれていく。
 そして光は収束し、空にむけて一条の線を描く。次第にそれは薄れ、空の青に溶けるように消えていく。
「……応用が利かないのもまだまだ子供な証拠だな」
 紘一郎は魔方陣があった場所へと背を向け、庭園から歩み出す。
 そして、家の門をくぐって外に出た所で再び彼は家の方へと向き直る。
 この家を出てからどれだけたっただろう?
 当時のような熱意を自分は持っているだろうか?
 アナザーワンは確かに子供だった。甘すぎる考えと、少年ならではの潔癖さを持ち合わせていた。それは紘一郎にしてみれは微笑ましいとしか言いようが無い。
 だが、一方で彼としては少しだけ羨ましい部分もあった。
 それは、熱意。
 若いが故の無駄な程に溢れる思いと、それを実現しようとする行動力。
 自分も熱意は持っているとは思って居る。だが、多少なりとも惰性に流されてはいないだろうか――?
 僅かに過ぎった考えを頭から追い出すように、紘一郎は首を振る。
「……全く、変に休日など取ったから調子が狂ってしまったな」
 苦笑を浮かべつつ、彼は手元の本を古書店店主へと返すべく、市街地へと戻る事にする。
 明日からはまた普段通り、研究漬けの日々が始まるはずだ。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
8409 / 奈義・紘一郎 (なぎ・こういちろう)/ 男性 / 41歳 / 研究員

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 アナザーワンは、少年の姿という事で、若人の考えvs大人の考えみたいな感じになりました。
 若いが故の甘さとか、逆に熱意とかって独特のものがあるような気がします。それらを大人になっても保ち続けるのってきっと大変だろうなぁと思ったり。
 ですが、大人は大人で色々と、少年の視野では見えないものが見えたり、出来ない事が出来たりするようになる……と私は思っています。
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。