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君と海で
0.
依頼人からの報酬は金がないという理由から、某会員制高級リゾートホテルの宿泊券だった。
2枚。期日指定。譲渡不可。
それでも無報酬よりはと受け取った。
「…ってことで、行くか? 一緒に」
そんな言い訳をしながら、草間武彦(くさま・たけひこ)は黒冥月(ヘイ・ミンユェ)を海デートへと誘ったのであった。
1.
会員制高級リゾートホテルには、プライベートビーチが存在した。
海水浴場のごみごみとした人ごみではなく、ほどほどの賑わいを見せるビーチにはホテルの泊り客が海を満喫している。
草間は適当に空いていた場所にビーチパラソルを開き突き立てた後、ホテルから借りた白いビーチチェアを2つとテーブルを1つ、パラソルの下に並べた。
「こりゃいいなぁ。さすが高級ホテル」
しばらく海岸を見渡した後、草間は冥月を振り返った。
「…あぁ、やっぱりいいな。うん、いいよ」
満足げに頷きながら足元からじっくりと観察する草間に、冥月は顔を赤くした。
「もう、そんなに見ないでよ」
すらりとした足から形のよいお尻、くびれた腰と隠しきれないはちきれんばかりの胸。
長い髪は軽く上に結われて、ほつれた髪が白いうなじに張り付いて底知れぬ色気を感じる。
「来てよかった…」
改めて草間は冥月のスタイルのよさに惚れ惚れした。
草間が選んだ水着を完璧に着こなして、なお余りある魅力。
「おー、美人がいる」
「お近づきになりてー!」
…余りある魅力があふれ出すぎてて、夏のナンパ野郎ホイホイになってしまいそうだ。
草間はおもむろに荷物の中から買っておいたパーカーとパレオを冥月に渡した。
「着とけ。いらん虫が寄ってこないように」
急に手渡されて冥月はびっくりしたような顔をした。
どことなく草間の顔が厳しい顔つきに見える。
その視線を辿ると…こちらを見ている2人の若い男。
冥月と目が合うと「いえー!」「彼女きれーだね!」などと軽い調子でヒューヒューともてはやされた。
「…いいから早く着ろ」
あぁ、そういうことか。
冥月はおかしくなってふふっと思わず笑った。
「な、何で笑うんだよ?」
そう問った草間に冥月は笑って答えた。
「馬鹿ね、貴方だから見られて恥かしいの。好きなのは貴方だけって知ってる癖に何でそんな事でヤキモチ焼くのよ」
そういいながら、冥月は苦笑いしつつパーカーに腕を通した。
すると草間はちょっと拗ねた様な、照れたようなそんな居心地の悪そうな顔でそっぽを向いた。
「おまえが恥ずかしいかどうかじゃないんだよ。俺がおまえを見せたくないの。…他のヤツに見せるのはもったいないんだよ」
2.
2人は夏のプライベートビーチを楽しむことにした。
浜辺を少し散策する。
ホテル直属の屋台も出ており、ちとお値段は張ったがリゾート気分満載のトロピカルドリンクやかき氷、高級和牛の串焼きなんかも売られていた。
「昼飯はここに買いに来るか」
冥月と腕を組んだ草間がそう言ったので、冥月はコクリと頷いた。
夏用のパーカーとはいえやはり暑かったので脱いでしまった冥月に草間は少し不服そうだった。
パレオは身に纏っていたが、冥月はそれでも男達の目を惹き付けるのに充分だった。
「…海入るか」
草間はすごく不愉快そうにその視線をキッと一睨みして、冥月と共に一旦パラソルの下に戻った。
冥月はパレオを脱ぎ捨て、草間と共に海へと入った。
少し水はぬるかったが、猛暑日のせいもあって心地よい感触だった。
「どっちが早くあの岩まで泳げるか競争ね?」
「おっし! その挑戦受けてやる!」
「武彦が負けたら…そうね、私の言うこと聞いてくれる?」
「じゃあ俺が勝ったら、冥月が俺の言うこと聞いてくれるだな?」
そんな会話を交わしながら競争をしたりもした。
結果は…
「僅差だろ!? おまえちょっとは男に花を持たそうって気にならないのか?」
「勝負の世界は非情よ。少しの差が命取りになるんだから。…私の勝ち♪」
ふふっと笑った冥月の笑顔は、草間には太陽より眩しかった。
「じゃあ、武彦。約束だから私の言うこと聞いてね?」
そう言った冥月に、草間は「はいはい」と気のない返事をした。
「…なによ、約束を破るつもり? それは男としてどうなの?」
「…不肖、草間武彦! 黒冥月様の言うことを聞かせていただきます!」
びしっと敬礼した草間に冥月は思わず目を丸くしたが、草間とともにすぐに吹き出した。
「もう! …じゃあお願い。さっき見たお店でお昼を見繕ってきて。お腹すいちゃった」
「わかったよ。その代わりしっかり体、休めておけよ?」
草間はそう言うと屋台のほうへと走っていった。
ビーチチェアに体を横たえると、意外と自分が疲れていたことを知る。
夏の日差しと海は、知らぬ間に体力を削っていくのだ。
でも、こんな心地よい疲れは初めてだ。
海がこんなに綺麗で、キラキラしていて、太陽の似合うものだなんて思っていなかった。
私の知っている海は…いや、こんなときに思い出すのはやめよう。
せっかくのデートが台無しになってしまう。
武彦は…何を買ってきてくれるだろう?
美味しそうなものがいっぱいあったから…全部買ってくるなんてことはないわよね?
1人で待つと時間が長く感じる。
早く帰ってこないかな…。
「へい! 彼女暇してるの?」
3.
明らかに草間の声ではない若い男の声。
冥月の顔がスッと無表情になる。
「こんな可愛い人が1人でバカンスなんて…俺でよければお相手するよ? マドモアゼル」
「暇じゃない。消えろ」
冷たい声に驚いて逃げるナンパ男。どうやら様子を窺って男がいないのを遠巻きに観察していたようだ。
…全く。普通の男ってのは見境がない。
女なら誰でもいいというのか?
よくよく気配を感じてみれば、こちらの様子を窺っている気配を何人も感じる。
その気配に向かって鋭い視線を投げかけると、勘の鋭い男はそそくさと逃げていった。
しかし、その視線に鈍感なものがいた。
「おねーさん。今、俺たちのこと見た?」
「俺らと遊びたいのかな〜?」
頭の軽そうなガキ3人組だ。茶髪に眼鏡に口ピアス。
「おねーさんスタイルいいねー。もしかしてナンパ待ちだった?」
「…うるさい。黙って消えろ」
冷たい声でそっけなく言う冥月。しかし、その言葉の端々に殺気がこもっている。
普通の男ならこれで引くのだが、修羅場を知らぬガキは殺気など感じる感覚を持ち合わせてはいないようだ。
「冷たいな〜おねえさん。あ、もしかして誰も来なくてご機嫌斜めなのかな〜?」
「俺らでよければ一緒に遊ぼうよ。俺らジモピーだし、遊べる場所知ってるよ?」
「海より楽しい場所、一緒にいこーぜ?」
馴れ馴れしい。図々しい。忌々しい。
少し本気で殴ったら退散するだろうか?
そう思って身を起こしかけたとき。
「ほう、それは頼もしいな。なら俺も連れて行ってもらおうか」
「武彦!」
ようやく草間が帰ってきた。
「な、なんだよ、おっさん」
「いい所行くんだろ? 俺も連れて行けよ。ただし…」
草間は手に持っていた食べ物をテーブルにおいてズイっとガキどもの首根っこを掴んで耳元で囁いた。
「俺の女ナンパしたからには、おまえら地獄に行ってもらうけどな?」
サーっと顔色を変えて、ガキどもは慌てて草間たちから離れていった。
冥月は「武彦!」と言いかけて、くるりとこちらを見た草間の一言で固まった。
「温泉の時もそうだし…案外隙多いぞ、おまえ」
隙が…多い? 思いもかけない言葉に冥月は困惑した。
「何よ、武彦の帰りが遅いから…」
口を尖らせて拗ねた冥月に、草間はドキッとした。
か…可愛い…。
「あ、さっきはありがと〜お兄さん!」
「助かっちゃった♪」
女の子2人が通りすがりに草間に手を振っていく。
さっき屋台で困っていたところを助けてあげたのだ。…それが原因で遅くなったのだが。
草間も思わず女の子たちに手を振り返した。
「へー…隙が何だって?」
冷たい視線が草間に突き刺さる。
見れば顔を赤くして冥月が頬を膨らませて怒っている。
…うん、これは怒ってるな。
と、次の瞬間草間は耳をぎゅーっと冥月に引っ張られた。
「いってっててて!!!?」
「さぁて、ナンパされてこようかしら〜」
そう言うと冥月がふんっとそっぽを向いた。
「悪かったよ! 悪かった! ほら、おまえの為にちゃんと昼飯買ってきたんだから一緒に食おうぜ」
草間の必死の形相に、冥月はちらっとテーブルの上を見た。
美味しそうな牛肉の串焼きやバーベキュー串、色が綺麗なトロピカルドリンク。
ぐぅっと小さくお腹が鳴った。
「しょ、しょうがないわね。ご飯だけ一緒に食べてあげるわ」
そう言うと冥月はビーチチェアに座り直した。
4.
トロピカルドリンクに2本のストローをさして、草間は「一度やってみたかったんだよな」とニヤリと笑った。
「なんで?」
「いや、なんか恋人の海辺のシチュエーションって感じしないか?」
「…? 特には」
首を傾げる冥月にトレンディドラマ世代の草間はちょっと涙した。
しかし、冥月はストローに口を近づけて「ほら、やってみたいんでしょ?」と頬を染めた。
草間は喜び勇んでストローに口を付ける。
顔が…近い。
「…なんだか恥ずかしい…」
冥月がそう言うと、草間は「それがいいんじゃないか!」と喜んだ。
日本人の感覚、よくわからない…。でも、この恥ずかしい感じが恋人なのかしら?
でも、武彦が喜ぶのなら…いいのかな。
昼食を食べて、また少し海に入る。
今度は海に浸かって、とりとめもない話をする。
話題は尽きることなく、2人は楽しい時間を過ごした。
夏の日差しは少しずつ傾き、次第に浜から人影が消えていく。
「ねぇ、散歩しよう」
草間の手をとると、冥月は草間と浜辺を歩き出した。
赤い夕日が海に沈んでいこうとしている。
「楽しかった」
冥月が微笑むと草間は冥月の腰に手を回して、引き寄せた。
「俺も、楽しかった」
「…駄目ね、私。何回も武彦とはデートしたのに慣れないの。純粋に楽しみたいのにドキドキしっ放しで……」
草間は冥月の唇に優しく唇を重ねた。
「おまえが俺にドキドキしてくれるように、俺もおまえにドキドキしてる。ずっと夢の中にいる気分だ。だけど…」
そう言って草間は冥月をしっかりと抱きしめた。
「冥月の体が俺に夢じゃないって教えてくれる」
そうして今度は心まで解けそうなキスを交わした…。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒冥月 様
こんにちは、三咲都李です。
ご依頼いただきましてありがとうございました。
真夏の恋人たち、海です! リゾートです! きゃっきゃ☆うふふ♪です!
ラブラブ度が少しでも高くなれば光栄です。
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