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<東京怪談ノベル(シングル)>


【HS】キューバ全領域封印作戦

 何故なのだろう、と巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)は苛立ちを込めて、その光景を睨みつけた。平穏な、平和な光景――のんびりとのどかな様子は、見ているこちらにも伝わってくる。
 ぎり、と唇を噛み締め、霧絵はもう何度繰り返したか解らない問いを、もう一度繰り返した。何故――ひっきりなしの虚無の進行にも拘らず、何故、彼らはああも平穏で居られるのだ?
 とは言えその答えは、それ程難しくはなかった。かの場所、キューバ沿岸に位置するグアンタナモ米軍基地には、先日、IO2から送られた増援の軍隊が到着し、霧絵の送り込む虚無の勢力を余裕で阻んでいるのだ。
 それは、霧絵とて解っている。解って居て尚、何故、と問いかけずには居られない――何故彼らを、虚無の力で犯し、取り去ることが出来ないのだろう。
 まったくもって、霧絵には気に入らない事だらけだと、キューバの首都に位置する虚無の神殿の中で、彼女は思う。彼女の指揮する虚無の霊団は、それ程無力な存在ではないはずだった。それなのに未だに現世を支配する事も出来ず、あまつさえIO2に阻まれてあちらに辛酸を舐めさせる事も出来ない。
 苛立たしい事態だった。そうして、由々しき事態だった。
 カツ、カツ、カツ、カツ――
 虚無の神殿の中に、歩き回る霧絵の足音が響く。ゆっくりと、だが絶え間なく。静かに、そうして聞くものに恐怖すら感じさせる雰囲気で。
 一体次はどの霊団を送り込めば、やつらを虚無に取り込むことが出来るのだろう。やつらを下し、現世を支配して虚無を満ち満ちさせることが出来るのだろう。
 一体、どうすれば――そう、考えてながらいらいらと歩き回っていた霧絵の足が、ふと止まった。愕然とした面持ちでもう一度グアンタナモ基地の光景を、そこに居る人々を見つめる。

「そう‥‥そういう事? 私としたことが、愚かだ事‥‥!」

 くすくすと、霧絵の笑い声がゆっくりと神殿の中に響き渡り、やがて渦を巻くように大きくなった。それは周りに居たものが思わず後じさり、霧絵はどうかしてしまったのではないかといぶかしむほどだ。
 けれどももちろん霧絵は、何か理性が飛んでしまったとか、そういう事はない。ただただ、ひどく当たり前の事実に気付いてしまっただけだ。

(そうね‥‥人間は、物質的な存在だったわね‥‥?)

 そんな、ごくごく当たり前の。子供だって知っているような――知りすぎていて普段、意識もしないようなその事実。だからこそ霧絵は誤ったのだと、ようやく彼女は気付いたのだ。
 物質的存在である人間に、幾ら霊的存在である霊団を差し向けたとて、圧倒的に数の差がある今となってはもはや、何の意味も持たない。ならばこちらも同じ、物理的手段で対抗すれば良いだけの話、なのだ。
 それに何故気付かなかったのだろうと、霧絵はくすくす笑いながらグアンタナモの平和な光景を見つめた。それがただ一時のことであり、そうしてこれから崩れ去る事を彼女は知っている。

「せいぜい、今のうちに楽しんでいらっしゃいね?」

 だから霧絵は、歌うように呟いた。次の策はもう、頭の中にある。





 キューバ沿岸に位置するグアンタナモ基地では、増援でやってきた軍人達と、それから基地で働く人々で今日も賑わっていた。

「ん〜‥‥つべたい♪」

 その片隅、まるでどこかのリゾート地にでもやってきたかのようにパラソルを広げ、目の前にどーんと置かれた、トロピカルフルーツがふんだんに盛り込まれた氷菓子を、三島・玲奈(みしま・れいな)はひとさじすくって口に入れ、ほっこり頬をほころばせる。口いっぱいに広がるフルーティーな甘みと、脳の天辺まで駆け抜ける冷たさが絶妙だ。
 もうひとさじ口に入れてまた、ん〜♪ と目を細める。暑い夏に冷たい氷菓子、やっぱりこれでしょう。
 基地内には玲奈と同じように、それぞれにパラソルなり、日陰なり、或いは日向で気にすることなく、色とりどりの氷菓子やフルーツジュースを味わう人々が行き交っていた。それはここのところ、虚無の進行を余裕で阻めている、という安堵から来るものだ。
 これが刹那の平和に過ぎないと、一部の人間にはわかっている。それでもやはり、こうも圧倒的な実力差を見せ付けることが出来ればつい、油断も表れようというものだ。
 まして今日は基地の一部を開放して、民間人も招いた交流祭。現に子供の姿もちらほらと見られ、余計に牧歌的な雰囲気を醸し出している。
 これでフェンスの向こうに軍用機が見えなかったら、完璧夏フェスっぽいなぁ、とか考えながらしゃく、しゃく、しゃくとトロピカルフルーツ盛り氷菓子を味わっていた玲奈の元に、すみません、と小走りに駆け寄ってくる男の姿があった。ちなみに、ラフとは言え半袖の制服姿だ。

「准将殿‥‥お話が」
「はに?」

 ちょうどさじを口に放り込んだところだったのもあって、些か間抜けな声を上げた玲奈にはあえて触れず、男はちら、と辺りを憚るように見回した。恐らく仕事に関することなのだろう、と辺りをつけて玲奈は氷菓子の器を持ち、男を促して場所を変える。
 やってきたのは一般開放区域の片隅、殆ど人が寄り付かないエリア。そこで、他に聞いている者が居ない事を確かめてから、それで? と玲奈はしゃくしゃく氷菓子を突きながら促した。

「話って?」
「実は、先日の海賊の歌作戦ですが‥‥」

 そうして、表情を変えることなく、時々氷菓子を見ながら部下が語ったところによれば、先日鹵獲した残骸から敵の工業力が判明したのだ、という。それはかなりの高水準を保っていて、玲奈号にも匹敵するとか。
 ふぅん、と時間と共に溶けていく氷菓子を口にせっせと運びながら、玲奈はその言葉を吟味する。玲奈号はそんじょそこらの船ではない。敵の技術力が、それにすら匹敵するとなると。

「難敵ね‥‥」
「はい」
「‥‥なら奇襲をかけるわ! 依頼を出して、能力者達を集めるのよ! タグは【HS】」
「はッ!」

 玲奈の言葉に力強く頷いて、ばたばたと部下が走り去っていく。その背中を見送りながら、果たしてどこに依頼を出すのが相応しいか、玲奈は脳内でシミュレーションを繰り返した。
 能力者の中には、多岐にわたるスキルを持つ者が居る。そうして彼らは独自のネットワークを持ち、どこにでもやって来る。
 ならば――玲奈は容器に残った、もはや氷水となった氷菓子をぐいと飲み干して器を返すと、ひそやかにキュラソー島へと向かった。目的地はそこにある、ハト国際空港だ。
 ここにはIO2の基地が設営されていて、兵士達が買い物をしたり、休憩所で談笑している姿が見られる。それらの様子を横目で見ながら、玲奈は空港の片隅に依頼を出した。
 求めるのは、封印専門の能力者。敵の島を丸ごと結界で封印するのが、その狙いだった。





 ゆっくりと、能力者達が動き始めていた。ハイチ。そこが依頼で指定された場所だ。
 彼らの中には、その筋では名を知られている者も数多く居た。それが依頼人たる玲奈の指定でもあったし、この依頼に参加することで己自身の名もまた上がると考えたからでも、あって。
 だからその日、ハイチ沖には世界中から選りすぐった封印専門の能力者達が、一堂に会してその時をじっと待っていた。その時――軍から合図が上がる、その時を。
 それを確かめて、玲奈はさて、と敵の島を睨み据えた。あそこにはすでに、虚無のゾンビ使い達が集まって戦力を整えていると、情報が入っている。
 だがそれを素直に待っててあげる義理は、もちろん、こちらにはないわけで。むしろ背後を突かれる前に、こちらから一気に奇襲をかけて叩き潰す――というのが今回の作戦である。
 ちらり、能力者たちと、それから整然と装備を整えて号令を待っている兵士たちを見た。今回の作戦も、この圧倒的戦力であれば成功するに違いないと、誰もが信じきっている眼差し。
 ふぅ、と細く、息を吐いた。

「――行くよッ!」

 そうして玲奈は声を上げ、愛刀・天狼を片手に敵陣へと踊りこんだ。現れた玲奈の姿に、けれども予測していたような表情を見せるゾンビ使いを、勢いのまま一気に薙ぎ払う。
 その後に続いて、IO2の兵士達がゾンビ使い達に、そうしてゾンビ達にと攻撃を開始した。波の音だけが満ちていたハイチ沖に、俄かに銃声と剣戟が鳴り響き、静寂が怒号へと取って代わられる。
 くるり、能力者達を振り返った。

「今!」
「了解した!」

 玲奈の合図に、集まった能力者達が結界を展開する。それはあっという間に島全体を覆い尽くすほどに、広がり、ものの数分のうちに包囲封印は完了した。
 あっけなく、そしていつもと変わらない圧倒的な展開。けれどもこれまでと違うことには、虚無の祭司たる霧絵の顔に浮かぶのは、焦燥ではなく余裕の笑みだという事だ。
 何か、隠し玉がまだあるというのか。それとも霧絵にはまだ、これが彼女にとっての圧倒的不利だということが、理解出来ていないだけなのか。
 その答えは、やがて、すぐに出た。幾ら切っても、行動不能に陥らせても、ゾンビ使いに操られて玲奈達へと向かってくるゾンビの数は、一向に減る様子を見せなかったのだ。

「何、これ――斃しても倒してもキリがない」
「クローン人間のゾンビ。まだまだ、在庫は豊富よ?」

 もう幾体目になるか解らないゾンビを切り、さすがに疲労の浮かんだ表情で舌打ちしながら呟いた玲奈に、くすり、霧絵が笑う。くすくす、くすくすと、楽しそうに。圧倒的な数で圧されてきたIO2の軍勢に、圧倒的な数で圧し返すこの構図を楽しんでいるかのように。
 霧絵は、考えたのだ。物理的存在である彼らに、物理的存在をぶつけるという、その考えは正しい。けれども物理的戦力の最大の欠点は、物理的であるがゆえに戦力が底を尽きればそれでおしまい、という点である。
 ゾンビとてその例外ではない。戦場となれば倒した敵、倒れた味方、のべつまなくゾンビー化する事は出来るが、死体が尽きれば底までの話であるし、それ以前にそれだけの死体を用意するのもなかなか手間だ。
 だが、クローン人間ならば。今のところ、人間の完全なクローン化は実用に至ってはいないが、霧絵にとって必要なのはクローン人間そのものではなく、人間の形にクローニングされた死体、なのである。
 そこに生命が宿っている必要がないのならば、形だけならば現在の技術でも幾らでも作れるのだ。そうして――生まれたのがこの、クローン人間のゾンビ軍団。

「さぁ、どれだけもつかしらね? こちらはまだまだ余裕よ」
「く‥‥ッ!」

 まさかの苦境だった。理論上、確かにその方法ならば霧絵のゾンビ軍団はほぼ無限だ。そうしてこちらの戦力は、増援がいるとはいえ有限で――何より、疲れを知らないゾンビどもと違い、こちらは生きている人間なのだから疲労する。
 真っ先に倒れたのは、この計画の肝心要でもある、封印専門の能力者たちだった。長時間の結界維持、それに加えて襲い来るゾンビ達からの防衛が重なれば、否が応にも疲労するというものだ。
 1人、また1人。疲れ果て、膝を突いたところをゾンビたちが容赦なく襲い掛かり、圧倒的な力で引き裂き、齧り、命を奪う。
 もはやその戦場は、IO2の有利どころか、一方的な虐殺と敗走し、逃げ惑う人々の阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。愛刀・天狼を握る玲奈とて、身体の底から這い上がってくる疲労は誤魔化しきれない所まで来ている。
 決断が、必要だった。

「く‥‥ッ、依頼は大失敗よ! 撤退するわ」
「ふ、ふふふ‥‥おーほほほほほ‥‥ッ! 尻尾を巻いて逃げ帰ると言うの?」

 全軍に号令を出した玲奈の言葉に、霧絵の哄笑が弾けた。その屈辱に、怒りと悔しさのあまり涙が込み上げてくる。
 だが今は何よりも、部下達をこれ以上無駄死にさせない事が先決だった。ゆえに、涙目になりながらも必死で唇を噛み締め、全軍撤退の号令を繰り返す。
 そうして去っていく玲奈とIO2の軍隊を、霧絵の哄笑がいつまでも追いかけて来たのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /         職業         】
 7134   / 三島・玲奈 / 女  / 16  / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

お嬢様の、有利から不利へと転落する物語、如何でしたでしょうか。
大規模作戦が始まる直前の雰囲気、ということでしたが――こんな感じで、イメージに合っていれば良いのですけれども。
ちなみに個人的には、トロピカルフルーツカキ氷が非常に心惹かれました(ぇ

お嬢様のイメージ通りの、敗走の中から次へと繋ぐノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と