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<東京怪談ノベル(シングル)>


Sweet Sweet Panic!

 それは装丁を見るからに、ひどく特別な本のように感じられた。全体に重厚な皮で覆われ、縁には金の飾り模様が箔してあって、背表紙と表表紙に綴られた飾り文字は魔法の気配を感じさせる。
 ゆっくりと、何度もファルス・ティレイラはその本を表から、裏から、上から、下から眺め回した。中は一体どうなっているのか、めくってみたい衝動に駆られて、けれども寸での所ではっと思い止まる。
 ふるふると、つい誘惑に負けそうになる自分自身を叱りつけるように、ティレは何度も首を振った。そうして、名残惜しそうにその本をもう一度眺めてから、枕の下にえいッと思い切って差し込んでしまう。
 ――この本は、くれた人の話によれば、一晩だけ本の中の世界に潜り込める魔法の本、なのだという。枕の下に差し込んで眠れば、この本に綴られた物語の登場人物になった夢を見ることができるらしい。
 となればどんな物語なのか、どうしても気になってしまうのは仕方ない。だが、先に物語を読んじゃったらせっかく夢で見る面白味が半減するだろう? と言われれば、そうかもしれないとも思う。
 とはいえさすがに、何も知らないまま見た夢が怖かったり、おぞましかったりしては堪らない。そう訴えると、それもそうだなぁ、とその本をくれたお客さんは――そう、この本はいつもの配達のお仕事のお代と一緒に、お礼として貰ったのだ――笑って、お菓子の国の話だよ、と教えてくれた。
 細かいことは解らなかったけれども、それならばどうやら怖い話にはならなさそうだと、その話を聞いてやっと胸を撫で下ろしたティレである。そうして持って帰ってきた今となっては、一体どんな夢を見るのかどうにも楽しみで仕方なく、さっきから早く寝る時間にならないか、そわそわしていたのだった。
 もう寝るわよ、と敬愛するお姉さまが言ったのに、ハイと頷いたティレは早速、待ちかねたとばかりにベッドの中に潜り込んだ。まぁ、と軽く目を見開いたお姉さまが、お休みなさい、とそんなティレに小さく微笑む。
 お休みなさいと、ちゃんと返せたかどうかは解らなかった。何しろティレはベッドに潜り込んだ瞬間、急速に眠りの中に滑り込んでいったのだから。





 なるほど、そこはお菓子の国だった。もっと正確に言うならば、そこは何もかもがお菓子で出来た、お菓子の世界なのだった。
 空に浮かぶ太陽は、金色も眩しいパインキャンディー。空の青はぶちまけたハワイアンシロップで、浮かぶ白い雲はふかふかの綿飴なのだ。
 その世界の空を、ティレは翼を生やし、自由気ままに飛び回った。一体この先にはどんな光景が広がっていて、それはどんなお菓子で出来ているのだろうと、探検せずにはいられない。
 雪山はぎゅっと固めた山盛りのかき氷。砂漠は金平糖で出来ていて、ごつごつ岩山はロッククッキー。ゼリーの湖がぷるんと揺れれば、中で泳ぐ型抜きクッキーのお魚たちが飛び出してくる。
 ティレはそれら1つ1つを見ては、歓声を上げたり、ぱくりとかじりついてみたり、はたまた菓子パンの動物達と追いかけっこをして遊び回った。こんなに楽しい夢ならば、今日だけと言わずもっと見たいな、と思う。
 そうしてあちらこちら、西に東に、南に北にと、自由気ままに飛び回っていた時のことだった。

「‥‥? あれ?」

 ふとティレは、自分を追いかけてくるお菓子がいることに気がついてきょとん、と目を瞬かせた。振り返ってみてみるとそれは、鋭く尖った飴細工の槍を持ち、チョコレートの尻尾と角、羽を持つ、チョコチップクッキーで出来たモンスターだ。
 何だろう、とティレは小首を傾げてそれらのモンスターがやってくるのを、空中でじっと見つめていた。そうしている間にも見る見るうちに彼らは近付いてきて、飴細工の槍をびしりとティレに突きつける。

「え? え? 急に何!?」
『オ方様ガ貴様ヲ捕ラエロト仰セダ』
「え〜〜〜ッ?」

 そうしていきなり告げられた言葉に、ティレは大きな声を上げる。さっきまで楽しく遊んでいたというのに、何、いきなりのこの展開。
 パタパタと翼を動かし、両手をぎゅっと握りしめて、ティレはクッキーのモンスター達に訴えた。

「何で急に!? お方様って誰よ!」
「――あらぁ、ごめんなさいねぇ。きちんと説明した方が良かったかしらぁ?」

 そんなティレにほんわりとした、そうしてどこか間延びした女性の声が、そう告げる。おや? と眼差しを動かすと、いつの間にかクッキーのモンスター達の背後に、すらりとした肢体の女性が1人、ふよふよと浮かんでいた。
 上品さと傲岸さを兼ね備えた物腰と美貌に、絶対的な自信に満ち溢れた眼差し。お方様、と呼ばれるのも彼女ならば納得できると、つい思ってしまったくらいで。そうして何より彼女からは、強い魔力を感じる。
 この世界の魔族だろうか、そう思っていたら女性の方から、自分はこの世界に君臨している魔族の1人だと自己紹介があった。さすが物語の世界と言うべきか、何ともご丁寧なことだ。

「あのねぇ? この世界にはぁ、私みたいな魔族がいっぱいいるのぉ。そんでぇ、もうすぐぅ、魔法菓子の展覧会があるのねぇ?」
「こんなにお菓子だらけなのにまだお菓子!?」
「あらぁ、より可愛くておいしお菓子を作るのがぁ、私達の楽しみなのよぅ? だからぁ、あなたをトッピングにしようと思うのぉ」
「‥‥はい?」

 何か最後、おかしかった、気がする。ティレをお菓子のトッピングにする、と――この魔族の女性は、そう言いはしなかったか?
 だがそんな、無茶苦茶な。そんな事が出来るわけはないのだからきっと、ティレが何かを聞き間違えたのに違いないと、半ばはすがるような眼差しで女性を見つめると、うふ、と彼女は笑った。

「その目が良いわぁ‥‥♪ そうねぇ、こんなに可愛いのにぃ、トッピングなんてもったいないわよねぇ。せっかくだからぁ、あなた自身をお菓子にしちゃいましょうかぁ?」
「〜〜〜〜〜ッ!?」

 気のせいじゃなかったどころか、なぜか思い切りメインの素材に格上げされていた。魔法菓子がどういうものかは解らないけれども、お菓子とつく位なのだから、このままではティレはこの世界の魔族に美味しく頂かれてしまうのでは‥‥?
 もはやこれが夢だということも忘れて、ティレは瞬間、全力で翼を動かし、女性とクッキーのモンスターたちから距離を取った。うふ? と艶やかに微笑んだ女性が、仔猫が鼠をいたぶるような残忍な無邪気さで、モンスターたちに合図する。

「さあぁ、あの子を捕まえてぇ、私のところに連れていらっしゃいぃ?」
『ハイ、オ方様』

 ざっ、と一斉にモンスターたちが、飴細工の槍を構えてティレへと飛び掛ってきた。それを翼を動かし素早く避けると、モンスター達はチョコチップの弾を口から吹き出し、狙いをつけてくる。
 えぇい、とティレは空中で慌しく避けながら、得意の炎魔法を放った。

「お菓子になるなんてイヤ〜〜〜ッ!!」
『オ方様ガ仰セダ』
「知らない〜〜〜ッ!!」

 ティレの放った魔法で、チョコチップの弾はどろりと溶けて、飴細工の槍もぐにゃりと曲がった。それでもなお果敢に向かってくるモンスター達から、必死で逃げながら幾度も、幾度も魔法を放つ。
 綿雨の雲の中、金平糖の砂漠の上。カキ氷の山の上にさらさらと降る粉砂糖の雪をかいくぐり、ティレは翼をはためかせ。
 ふと、疲れを覚えて辺りを見回すと、姿を隠すのに良さそうな森があった。木の幹や枝はかりんとうで出来ていて、木々の葉っぱはミントキャンディー。
 ばさり、翼をはためかせてティレは、モンスター達の姿が辺りにない事を確かめてからその森へと舞い降りた。チョコレートケーキの地面を踏み締め、ほぅ、とようやく一息をついた、その瞬間。

「きゃ‥‥ッ!?」

 突如、足元にあるスポンジの地面の隙間からガム状のスライムが湧き出して来て、あっという間もなく弾力性のある膜でティレの全身をすっぽりと覆い尽くしてしまったではないか。何しろガムなので、それはもうよく伸びる。
 なんで!? と混乱するティレの耳に、うふ♪ と魔族の女性の楽しげな笑い声が、聞こえた。

「思ったよりも上手く行ったわぁ♪ お前達もご苦労だったわねぇ?」
『オ方様ノ仰セノママニ』
「ま、まさか、罠‥‥!?」
「魔族はぁ、狡猾な手段を幾らでも用意してるのよぅ?」

 ティレの言葉を、彼女は遠回しに、そして嬉しそうに肯定する。そうして品定めをするように、じろじろと全身を眺め回し、あまつさえひょいと色々なところを触り始めたのだ。
 冗談ではない。早く逃げないと、このままお菓子にされてしまって、美味しく頂かれてしまう。
 必死に手足や尻尾や翼を目一杯動かそうと、スライムの中でもがいて抜け出そうとするティレに、ダメよぅ? と猫か犬にでも言い聞かせるような口調で、女性が言う。言いながら、さわりとティレの腰の辺りを触る。

「そんなに暴れたらぁ、傷がついちゃうじゃないぃ? 良い子にしてなさいねぇ‥‥うふ、見れば見るほどキュートだわぁ」
「触らないで‥‥ッ!」
「触らなくちゃぁ、素材の良し悪しが解らないでしょぉ? これでも私はぁ、展覧会で何度も入賞してるぅ、優秀なパティシエールでもあるのよぅ? あなたもとぉぉっても可愛くぅ、美味しくしてあげるわぁ」

 だから安心してねぇ、と上機嫌に言われた所で、どこにも安心出来る要素はない。だが幾ら頑張ってもティレを包み込むスライムの膜は、破れるどころかますますしっかりとティレに絡みつく始末。
 うぅぅ、と涙が込み上げて来そうになった。そんなティレをまたうっとりと女性は見つめる。

「それじゃぁ、あなたはとぉっても可愛くてぇ、とぉってもあまぁい砂糖菓子にしてあげるわぁ」

 うふ、と笑って女性がそう言った瞬間、ティレの体がつま先からぴしぴしと固まりだした。女性の全身から、今までになく強い魔力の波動が出ているのを感じる――魔法菓子という位だから、お菓子を作るのも魔法で作るのだろう。
 だが、それが解ったとしても、もはや、ティレに何をする術もなかった。スライムの膜はいまやティレの全身を拘束し、容易には動けないまでになっている。
 ピシピシ、パキパキ。
 ――やがて魔法の気配がお菓子の森から消えた頃、そこには色とりどりの砂糖でコーティングされた、見事な砂糖菓子の人形が出来上がっていた。髪の一筋一筋までも再現されたその繊細さは、目を見張るより他はない。

「うふ、うふふ‥‥♪ 素敵よぉ‥‥♪ 思った通りのぉ、ううん、それ以上の出来栄えだわぁ‥‥♪」
『オ見事デス、オ方様』
「当たり前でしょぉ? 私はぁ、天才パティシエールなのよぅ」

 渾身の魔力を込めた魔法菓子は、彼女が想像していた以上に愛らしく、そうして美しい。これならばきっと、次の展覧会も優勝は間違いないだろう。
 そう、満足げに笑う魔族の女性と、誉めそやすクッキーのモンスター達の会話を聞きながら――当のティレはといえば、撫でさすられたり、大切にモンスター達の手によってどこかへと運ばれようとするのを、ただなすがままにされながら、泣くに泣けない悲しみを噛み締めていたの、だった‥‥





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /         職業         】
 3733   / ファルス・ティレイラ / 女  / 15  / 配達屋さん(なんでも屋さん)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

お嬢様の、とある物語の中での冒険(?)物語、如何でしたでしょうか。
お菓子の世界、というとなにやら色々、夢と想像が膨らみますね(笑
迷った末に、お嬢様はカラフルコーティングの砂糖細工のお人形がお似合いかなぁ、と思いましたが‥‥如何でしたでしょうか。

お嬢様のイメージ通りの、メルヘンな世界でのトンでもパニックなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と