コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


決断の時
 石牢に囚われた少女は、手元に舞い降りた鳩が、ほどけて一枚の紙へと姿を変えたことに驚きつつも、そこに書かれていた言葉を読む。
「何か私に出来る事があるならば、その紙に同封した鉛筆で用件を書いて送り返して欲しい。何なら私もその地へと向かおう」
 その一言に海原・みなも (うなばら・みなも)は大きく安堵のため息を吐き、そしてどう答えたらいいものかと暫し悩んだ。
 手紙の主は、彼女と付き合い深い古書店店主仁科・雪久からのものだ。
 彼から届けられた手紙は、みなもの身を案じるものだった。
 同時に、みなもの手助けを申し出る内容でもある。
 みなもは今「竜に囚われた姫」という本に描かれていた世界へと来ている。
 その作中に登場した白竜の力を継いだみなもは今、その力を振るう覚悟があるかを試されているのだ。
 白竜の力を使えるよう練習をしたいという彼女に、雪久は一冊の本を取り出した。
「覚悟を試される本」と呼ばれるものを。
 彼は「この本の中では力を持つ者、そして、振るう者としての覚悟を試される」とみなもに告げた。
 実際みなもはこの本の世界へと入り込み、そして覚悟を試される事となった。
「竜に囚われた姫」の物語は、様々な嘘に満ちていた。本来姫君と仲の良かった、そして国を守護していた白竜は姫殺しの罪を被せられて、追われる立場となったのだ。
 姫殺しの罪を被せたのは、そもそもがかの国を併呑した強国。強国は継承権を持つ姫君と、彼女と仲の良い白竜を厄介に思っていたのだろう。
 何せ白竜は恐ろしい程の力を持つ。まともに戦おうとすれば人では鱗一枚貫く事すらできない。そして彼女の吐く息はどれだけ沢山の兵がいようとも、一瞬にして凍り付かせる力を持つ。
 白竜は温厚な生き物ではあった。だがもし刺激をしてその力を振るわれるような事があったなら、いかなかの強国といえどただでは済むまい。
 その為両方を片付けようとまずは姫君を狙い、そして彼女を逃した白竜へと全ての罪を重ねる事で、国全体の不信を煽り、そして白竜への敵意へと変じさせる。
 こうして白竜に手出しが出来ない状態を作り、同時にかの国から戦う力を根こそぎ奪い取る……という手段だったのだ。
 そして問題が一つ。
 この国の「現在の」継承者であろう妹姫が、強国の言葉を信じ込んでしまったのだ。
(「きっとあの人は……余程姉姫さんを慕ってたんだろうな……」)
 ふう、とみなもは再びため息を吐く。
 姉姫を強く慕うが故に、彼女は姉姫を奪った(と、いう事にされている)白竜を強く憎んだ。白竜を倒す為に彼女は腕を磨き、騎士団長のようなマネをして、そしてこの世界に再び姿を表した白竜――もともとこの世界にいた白竜から力を継承したみなも――を倒そうとしたわけだ。
 正直な所、白竜と化したみなもが本気で戦えば妹姫達を薙ぎ払う事など容易かっただろう。
 それでもみなもにはその選択肢は無かった。
 誰かを傷つける、そして誰かを苦しめるという事は、彼女にとって論外だったのだろう。
 そしてみなもは囚われ、今こうして石牢へと閉じ込められている。
 白竜の力を封じる術を、魔術師達が四六時中はりつづけていると言う、この場所に。
 ブラックドッグの力等を使えば、恐らくこの石牢からも脱出出来る。だがみなもはそれをしなかった。何故なら――。
(「……あたしだけじゃなく、みんなを助けるにはどうしたらいいんだろう……?」)
 みなもは白竜への誤解を解きたいと思っていたのだ。
 白竜と、姫君の名誉の為にも。
 同時に、憎しみに囚われたままの妹姫を解放したいと思ったのだ。
 問題は彼女が恐ろしく頑なだった事だ。
 どれだけみなもが言葉を重ねようとも、妹姫はがんとして聞き入れない。
 そして、みなもを、元々この国に居た白竜本人だと思い込んでいるらしい。
 つまり、妹姫からしてみるとみなもは「姉姫の仇」という事にされているわけだ。
 握った赤の色鉛筆が紙片の上を迷い、何を書こうかと躊躇う。
(「とりあえず『ハッピーエンド』を考えてみようかな……」)
 まずは考えを整理しないと、とみなもは色々と考えを巡らす。
 恐らく物語として王道なのは……。
(「姫が反乱軍を引き連れて帰ってきて、強国から母国を解放するため、王家正統である妹姫と、象徴である白竜と共に戦う……かなぁ」)
 問題はその姉姫をどうやってこの場に連れてくるか、だが。
 今彼女がどこに居るのかははっきりとは分からない。何せ以前の「竜に囚われた姫」では暗殺されそうになった彼女を白竜が救い、そして他の国へと逃した……という事に「なっている」のだ。
 なぜ「なっている」なのか?
 それはみなもが彼女が逃された事を「直接は」確認出来なかったからだ。
 みなもが過去にその物語を体験した時は、逃される直前の部分で終わっていた。
 その後の話は確認しようにも、続刊も、そして他の異本と呼ばれるようなものも見つからなかったのだ。
 とはいえ他にそういった本や、そして更なる習作が存在しないとも限らない。
 そこまで考えて、みなもは改めて赤い色鉛筆を握りなおす。
(「……なら、これなら……」)
 そして手元の紙へと色鉛筆を走らせた。
 書き終わると同時にみなもの手の中で紙は再びその姿を鳩へと変える。
「……お願い」
 彼女の言葉に応じるように、鳩は小さく鳴くと小窓から空へと飛び立つ。
 空へと消えていく白い姿を眺めながら、みなもはただ雪久からの答えを待ち、そしてどうしたら事実を伝えられるかを考え続けるのだった。

 ――そして。
 その日はやってきた。
 数日ぶりにみなもは日の光を浴びる事となった。
 石牢から出され、そして彼女は処刑場へと歩まされる。
 ある意味でこういった国では処刑はちょっとしたイベントのようなものなのかも知れない、とみなもは少しだけ思う。と、同時に彼女は気がついた。
 処刑場に上げられる間にも、民衆の中にはみなもを気遣うような視線を送るモノが居た事を。
 それは主に老人や子供達。
「ああ、お労しや……」
「まさか、まさか聖竜様を……」
「……こんな事が許されるはずは」
 ざわざわと、囁きあうのは老人達。
「ねえ、お姫様はなんであんな所にいるの?」
「あれは姫様じゃないのよ、あの大きな白い竜が姫様の姿を写し取っただけ」
「……聖竜様はみんなを守ってくれてたんだよね? なんで聖竜様をあそこに連れていくの?」
 子に問われ、言葉に詰まる母親もいる。
 今も、彼らの心には白龍の姿は残っているのだ。
 過去には彼らを守ってくれた、心優しき存在として。
 それを見てみなもは少しだけ頬が綻んだ。
 今から死へと向かいあわなければならないにも関わらず、彼女は優しく微笑む。
 彼女――白竜は、決してただ憎まれたわけではないのだと。
 白竜を、そして姫君を今も慕い、信じるものも居るのだと。
 刑場の中央で待ち受けていたのはもはや見慣れた妹姫の姿。
 みなもと良く似た顔をした、しかし黒髪の、可憐な少女。騎士装束を纏った彼女は剣を手にみなもへと不敵に笑いかける。
「覚悟はいいか?」
「おやめくだされ!!」
 彼女が剣の先をみなもに向けた瞬間、民衆の中から叫び声が響いた。
 声の方には一人の老婆が居た。彼女は枯れた身体のどこからそんな声を出しているのかと言いたくなるくらいの声量で続ける。
「この方が聖竜様であるならば、かような事はいかな姫様といえど許されますまい!」
 枯れ木のような足で前に進もうとする老婆を、兵士達が押さえ込もうとする。それでも老婆は懸命に訴え続ける。
「聖竜様は今までこの国を救ってくだすった。継承者であった姫様を害するなど何かの間違いじゃ……!」
「うるさい黙れ! 黙らないならこうだ!」
 兵士が声を荒げ、老婆へと手を振り上げる。
「止めないか!」
 それを即座に妹姫が止めた。
 老婆の言葉は他の民衆へと更に伝わっていく。あちこちから起るどよめきとざわめき。
「わしのような老いぼれの命一つで聖竜様をお救い出来るならば、喜んで差し出しましょう。じゃから、姫様、どうか聖竜様を……」
 みなもにも、民衆の心には今も白竜の存在があることがはっきりと分かった。
(「みんな、白竜のことを……信じてくれてるんだ……」)
 だが同時に。
「お婆さん、あたしはあたしで何とかしますから、命を捧げるなんていうのはやめてくださいっ!」
 即座にみなもは叫んでいた。
 その声に、言葉に民衆は更にどよめく。
 ――まるで姉姫さまそのもののような心優しい言葉だ、いや、民を尊んだ聖竜様そのものだ、と。更にそれらはみなもの処刑を取りやめるよう願う言葉へとかわってゆく。
「……くっ……」
 彼らの様子にさしもの妹姫も苦い表情へと変わる。
 今まで自分が信じていたものは何だったのか?
 何の為に剣を持ち、何の為に戦おうと決意を決めたのか?
 そして民意に従うならば、彼女の信念はどうなるのか?
「――統治者殿」
 彼女に低い声がかかった。それをみなもも耳にする。あわてて声の方へと目をやると、あきらかにこの国の民とは雰囲気の違う衣装を纏った壮年男性が居た。
「あなたは……宰相殿」
 宰相と呼ばれた人物は、妹姫に続ける。
「民の言葉に耳を貸す必要は無い。彼らの言葉など一時の迷い。今この場で見のがしてしまえば竜の脅威は消える事は無いのだ」
「しかし……しかしもし、彼女が本当の聖竜だとしたら……」
 躊躇いを見せる妹姫に、男はきっぱりと言い切った。
「安心したまえ、諸君らは我らの庇護下にある。さあ」
 促され、妹姫は剣をみなもに再び向けるも、今までのような覇気は無い。
「あまりに姿が姉姫に似ている為、心が痛むのも分かる。だが、この決断は今後の為に――ひいてはこの国と我が国の未来の為にも必要なのだ」
 男がフォローを入れつつ更に背を押す。だがそのフォローが逆に彼女の心を刺した。
「私が姉姫様に似ているというだけで剣を振るえないような、弱者だと!?」
「失礼、そんなつもりは無かったのだが」
「……そうやって、この国を操ろうとしていたんですね」
 鼻で笑った男へと次の言葉を切り出したのはみなもだった。
「白竜に、姉姫殺しの罪を着せて、この国の守護であった白竜を公の場で殺し、国から力を奪おうとしていたのは、あなただったんですね?」
「……何の話やら。白竜が姉姫を浚っていったのは沢山の民が見ているという。この後彼女が帰らないということは……白竜に殺されたと考えるのが妥当だろう?」
「そんなこと、彼女は決してしない!」
 きり、と睨んだみなもを男は笑う。
「そもそもが当事者である白竜が『私が姫を殺しました』等と素直に告げるわけがないだろう? 命惜しさに嘘など幾らでもつけるだろうからな」
「そんなことは……!」
 しかし、どうやって彼らを論破したものか。
 恐らくこの男に正直すぎるみなもでは太刀打ち出来まい。
 その時、漸くそれは現れた。
 空を旋回する白く大きな影。
 広場に人々の歓声のようなものが響いた。だが誰一人として逃げようとはしない。
 何故なら、この国の人々にとってはそれは見慣れた存在だったからだ。
 現れたそれは、真っ白なドラゴンだった。
「聖竜様だ! 聖竜様が帰ってきた!!」
「……まさか、2匹目だと!?」
 広場の民衆が叫び、一方宰相と、彼を守護する一部の兵士が驚きの声を上げる。
 妹姫はただ口をあけたまま白竜の姿を呆然と見ている。
 そして白竜がゆっくりと刑場に降りる。その背から現れたのはみなもも見慣れた一人の男。
「仁科さん!」
「遅くなってごめん。何とか『竜に囚われた姫』の彼女の力を借りることが出来たよ」
 みなもを縛っていた縄を持ち込んだカッターで斬りながら雪久が答える。
「それで、原稿は……?」
 しかし彼女の問いかけには雪久は首を振った。
「みなもさん、この作品に習作やその他、続きの作品は無い」
 みなもが伝書鳩へと書いた依頼は、この物語へと連なる原稿を探して欲しいというものだったのだ。
「そんな……それじゃ、妹姫さんたちを納得させられない……?」
 恐らく、連なる話があれば、作者が希望を捨てていなければ、この物語にハッピーエンドをもたらすことも出来る。そうみなもは考えていたのだ。
 だが、原稿が無いならば、何を根拠に示せばいい?
「いや、みなもさん、彼らは『こういう物語が決められていました』と言っても納得しないだろう。みなもさんだって、仮に自分の生き方が全て他の人間の書いた物語の中で決められていた事だった、と言われても納得できないだろう?」
「それは……」
 みなもは妹姫へと目を向ける。
 今は、剣を構えてはいるものの、覇気を失った妹姫。恐らく彼女は全てを自身の意志により選んだと思っている事だろう。
 ただ、姉を慕い、仇を討つ為だけに腕を磨いてきた彼女。
 強国の言葉を信じたのも、ただそれだけの為だったというのはみなもにもはっきりと分かる。それだけ彼女は強く姉を思っていた。
 だからこそ今の彼女は簡単な言葉一つで壊してしまう事もできそうなくらい揺らいでいるのが分かる。逆を言えば、今の彼女ならば説得はしやすいかも知れない。
 そして彼女の傍に居る宰相と呼ばれた男。強国からやってきた、この国を、妹姫を操っていたと思しき人物。
 いったいどうするべきなのか?
「これは、定められる事ないきみの物語だ! きみの決意を確かめる為に、きみの心から『覚悟を試される本』が作りだした世界。だから、きみが望むように動けばいい。きみの信念を貫け!」
 みなもは雪久と白竜をみやる。そして小さく頷き彼女は決断する。
 この国を守り、人々を守り、そして妹姫を救う。
 その為の決断を。