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<常夏のドリームノベル>


だって夏だし!

1.
 お囃子の音が風に乗って聞こえてきた。どうやら祭りが始まったようだ。
 あたりは茜色に染まり、少し生ぬるい風が明るい神社の参道へと流れていく。
 弥生(やよい)・ハスロは鳥居の前でそわそわと道をこちらに来る人影を探した。
 探すのは夫のヴィルヘルム・ハスロの姿である。
 近所の神社で夏祭りがあると知ったのはつい先日で、弥生はどうしても2人で行きたいと思い切ってヴィルヘルムを誘った。
「…仕事が少し押すかもしれないが、君が行きたいのなら是非行こうか」
 優しく了承してくれたヴィルに思わず抱きついてしまうほど嬉しかった。
 仕事が押した場合のことを考えて、神社で待ち合わせをすることにした。
 なんだかデートみたいで、心躍った。
 こんなこともあろうかと用意しておいた浴衣に草履に巾着にかんざし。
 これをつけた私を見たら、ヴィルはなんと言うかしら?
 …だが…時間を見れば約束の時間を少し過ぎている。
 やっぱり仕事が押しているのかもしれない。
 携帯に連絡をと巾着から携帯を取り出して思い直した。
 …仕事の邪魔になるかもしれないからやめよう。
 と、そんなことを思った瞬間、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『弥生か? 後10分ほどでそちらに着くから、どこかで座って待っていてくれ。祭りを楽しむ前に疲れてはいけないからね』
 優しい気遣いと共に、ヴィルの声が弥生の心に響く。
「わかったわ。お疲れ様。慌てずに来てね。…待ってる」
 電話を切ると、弥生はウキウキとする自分に気がついた。
 もうすぐヴィルが来る。
 それだけでなんだかとても心が温かくて、くすぐったいような気分になった。


2.
「おまたせ」
 段々と星が見えるようになってきた空を眺めていたら、聞き馴染んだ声がした。
「ヴィ…ル…?」
 振り返った弥生は目を丸くした。
 そこには黒地に薄い紫の縦縞模様とところどころに雪のような模様がはいった紳士浴衣を着たヴィルヘルムが立っていた。
「貴方…浴衣なんていつの間に…」
「日本の夏祭りというのは浴衣を着るのが普通なのだろう? 急いで用意してきたんだ。おかしいかい?」
 少し照れたように自分の浴衣姿を眺めるヴィルに弥生は首を振った。
「似合ってるわ。すごく素敵よ」
「ありがとう。…弥生こそ、浴衣姿がとても似合っている。綺麗だよ」
 そう言われて、弥生はハッと顔を赤らめた。
 そうだった。私もナイショで浴衣を着てきたのだった。
 穏やかなヴィルの視線が、恥ずかしくもあり嬉しくもある。
「私たち、似たもの夫婦ね。お互いに浴衣で驚かそうだなんて思って…」
 ふふっと弥生が笑うと、ヴィルも微笑んだ。
「それだけ相手のことを想っているということだよ。悪いことではないし、私はむしろ弥生がこうして喜ばせてくれようとしたことがとても嬉しいよ」
「そうね。私も…ヴィルがそう想っててくれるのが嬉しいわ」
 2人はどちらからともなく手を繋いだ。
「行こうか」
「えぇ」

 鳥居をくぐると、参道いっぱいに溢れる人。
 そして両脇には屋台がずらりと軒を並べている。
 楽しそうな家族連れに、浴衣の少女達のグループ、肩を寄せ合う恋人たち。
 誰も彼もが暑い夏を謳歌するように、夏祭りの暑さに身を任せている。
 しかし、どの顔も笑顔だった。
「お腹空いたでしょ? なにか食べましょ」
 仕事が終わったばかりのヴィルにそう提案して、弥生は屋台を指差した。
「リンゴ飴とチョコバナナと綿飴とフランクフルトと…」
「たくさんありすぎて迷うな…。弥生のオススメはないのかい?」
 ずら〜っとならぶ屋台の屋号を見て、ヴィルはふむと考え込んだ。
「そうね…私ならやっぱりリンゴ飴とチョコバナナをオススメするわ。だって屋台でしか食べられないし」
「じゃあ、それを食べよう」
 ヴィルが買いに行こうとするのを止めて、弥生は「私が買ってくるわ」と屋台に並んだ。
 途中、右の親指の付け根辺りに痛みを感じたが、気のせいだろうと思った。
「はい、貴方はリンゴ飴。私はチョコバナナね」
「…? どうして2つずつじゃないんだい?」
 ごく当然の質問をヴィルは弥生にした。すると…

「だって、2人で分け合って食べたほうが美味しい気がするもの」

 弥生はそういうと「あーん」とヴィルに差し出した。


3.
「ねぇ、金魚すくいがあるわ! やってみない?」
「金魚…すくい?」
 ヴィルの手を引っ張って、小さな子供が今まさに一生懸命赤い金魚に狙いをつけている屋台へと顔を出した。
「ああやって、薄い紙をはったわっかで金魚をすくうの」
 弥生が指を指すと、子供はえいっと勢いよく水にわっかをつけた。
 しかし、赤い金魚はするりとそのわっかの紙を破って、悠々と逃げた。
 泣き出しそうな子供の横にヴィルはスッと座り込んだ。
「…やってみましょう」
 ヴィルが代金を店員に渡すと、水槽を前にわっかを構える。
 凄腕の傭兵が見せる金魚すくいとは…!?
 鋭い視線が赤い金魚に突き刺さる。その視線に怯えたのか動きを止めた。

 いまだ!

 バシャッと音がして、次に穴の開いたわっか。
「…失敗したようですね」
 弥生は無言でヴィルの様子を窺う。ヴィルはもう一度挑戦する気のようだ。
 隣の小さな子供も固唾を飲んでヴィルを見守っている。
「………」
 ヴィルが再びわっかを構える。今度は構えからして違う。
 今度は…本気だ!
 ヴィルが水槽の赤い金魚を目にも留まらぬ速さで3匹ほどすくった。
「すごーい!」
 隣で見ていた子供がぱちぱちと手を叩いた。
「君も頑張るのを忘れなければ、きっとできるようになりますよ」
 袋に入れてもらった3匹の金魚をヴィルは子供に渡した。
「私よりも君の方が大切にしてくれる気がします。貰ってくれますか?」
「いっいいの!?」
 子供はキラキラとして瞳で金魚を受け取ると「ありがとう!」と言って人ごみに消えていった。
「ヴィルは優しいのね…1回目、あの子の為にわざと失敗したでしょ?」
「…弥生はなんでもお見通しだね。その通りだよ。大人だって失敗することがあるということ。やればできるということを教えてあげられただろうか?」
 ヴィルが見えなくなってしまった子供の背中を追いかけて、視線を人ごみにさ迷わせる。
「大丈夫よ。貴方の優しさはいつだって人を強くするわ。私、知ってる」
 立ち上がって再び歩き出したヴィルの腕に、弥生は自分の腕を絡ませた。

 足が段々と痛みを増してきた気がしたが、まだ、我慢できると思った…。


4.
「へい、そこのおにーさん! 大人の射的どっすかぁ!?」
 呼び止められたのは、怪しげな中身の見えない袋が紙紐で吊り下げられた射的屋だった。
「射的…」
「うちは『大人の』射的屋だからね。景品は見てのお楽しみだけど、けっこー豪華だよ? あ、でもその代わり難易度高めだけどね。そっちの彼女にいいとこ見せちゃわない?」
 茶髪の店員はそういうと弥生に向かってパチンとウィンクをした。
 弥生はそれを手のひらでヒラヒラとかき消した。
「…その挑戦、受けて立ちましょうか」
 微妙に怒気をはらんだ声で、ヴィルが射的の銃を手にした。
「お、おにーさんヤル気だねぇ! 持ち玉は5発。落ちなかったら景品は手に入らないからそのつもりでね」
 ヴィルが代金を支払い、銃を構える。
 目が…目が完全に本気モードだ!
 弥生は先ほどの店員のウィンクがヴィルの気に触ったのだと悟った。
 ハラハラと見守るしかない弥生。

 1発目。吊るされた景品の紐に命中。半分紙は千切れたがしかし、落ちる気配は無い。
 2発目。最初に狙った紐と同じ紐に命中。最初に当てた部分とは反対に当たったため景品落下。
「1つ目獲得〜! おにーさん、なかなかやるなぁ」
 からんからんと鐘を鳴らして、太鼓持ちをする店員。
 それによって野次馬が少し増えてきた。
 3発目。違う景品の紐に命中。後1発当てたら確実に落ちるだろう。
 4発目。3発目の景品の紐にまた命中。景品はあっけなく落ちた。
「…ふ、2つ目獲得〜! ぐ、偶然って怖いなあ…」
 カランカランと鐘を鳴らす店員の顔が微妙に引きつっている。
 ラスト5発目。
 真ん中より少し左よりに紐に命中。ブランブランと数回揺れた景品は…そのまま落下した。
「み…三つ…目…ちっくしょーーー! もってけぇ!!」
 半泣きでカランカランと鐘を鳴らした店員は銃を置いたヴィルに「おにーさん…もしかして警察か何か? 射的上手すぎね?」と訴えた。
 だが、ヴィルはそれに答えずただ「ありがとう。貰っていきますよ」と景品を袋に入れてもらった。
「少し大人げないわ」
「弥生に色目を使った罰だよ。それに…」
 ヴィルが振り返ったので弥生も振り返って射的屋を見た。
 すると、射的屋は先ほどとは打って変わった賑わいを見せていた。
「私が景品を簡単に獲得したことで、他の客が『ここは簡単に落とせる店だ』と思って店は繁盛した。『損して得とれ』という日本の諺にぴったりの状況だよ」
 ヴィルが悪戯っぽく笑ったので、弥生もつられて笑ってしまった。
「じゃあ次いきましょう。まだまだお祭りは終わってないもの」
 歩き出した弥生だったが、ヴィルがその手を掴んでとめた。

「弥生。君は私に何か隠しているね?」


5.
 手をつかまれた弥生は観念した。
 やっぱり、隠し事は出来ないようになっているのね。
「足の…右の親指の付け根がとても痛いの」
 ヴィルが急いで弥生の足元を確認する。弥生自身は自分の足がどうなっているのかよく見えない。
「こんなになるまで我慢していたのか…どこか休めるところを探そう」
 ヴィルは弥生を抱き上げて、休める場所を探した。
 野次馬がヒューヒューと口笛を吹いたりもしたが、ヴィルは照れることもなくただ必死に弥生のために人ごみを掻き分けた。
 やがて見えてきたのは『救護所』の文字。
「すいません、怪我人なのですが休ませていただけますか?」
 ヴィルが駆け込むと、中にいた女性が慌てて立ち上がった。
「あら〜、鼻緒ずれね。履きなれないとなる人多いけど…よくここまで我慢できたわね」
 てきぱきと救急箱を出しながら、弥生の傷を消毒し、薬を塗ってガーゼを貼ってくれた。
 弥生の傷は思ったよりも酷く、皮膚がめくれ上がって真っ赤になってしまっていた。
「ごめんなさい」
 ヴィルにとっては初めての日本の夏祭りにこんな形で水をさしてしまった。
 それがとても申し訳なく、弥生は俯いた。
「…謝らないでくれ。君が悪いわけじゃない。それに、とても楽しかった」
 ヴィルは弥生の手をとってまっすぐに弥生の瞳を見た。
「弥生が誘って一緒にいてくれたから、私はとても楽しかった」
「ヴィル…」

 ドーン ドーン

「あ、花火…」
 夜空を見上げれば、色とりどりの大輪の花が咲く。
 消えては咲き、咲いては消え…それは一瞬でも強く心に残る夏の花。
「綺麗ね」
「あぁ」
 言葉も要らぬほどに、惹きつけられる2人。
 この夏の思い出。初めての夏祭りの思い出。
 花火はそれらの思い出を綺麗に飾って、心に刻み付ける。

「…そういえば、射的屋さん。何をくれたのかしら?」
 そういえば…とヴィルはガサゴソと袋から3つの袋を取り出した。
 1つ目を開ける。
「これは…猫耳のカチューシャかしら?」
 弥生は首を傾げる。
 2つ目は…
「ウサギ耳のカチューシャ??」
 ヴィルも一緒に首を傾げる。
 この中身なら別に『大人の』を強調する必要はないし、むしろ子供のほうが似合うのではないだろうか?
 そんな疑問を持ちながら3つ目の袋を開けた時、2人の時は止まった。

『萌え萌えメイド服(ミニ丈)』

 そう書かれた袋の中に黒い服が収まっている。
 口を押さえて思わず見たヴィルの顔は…なにやら赤く絶句していた。
 もしかして…こういうの、好き…だったりするのかしら…?
「き、着てみようかな…」
 ポツリと弥生がそう言うと「え!?」とヴィルが青い顔して弥生を見た。

 花火はまだまだ勢いよく花開き続ける。
 この夏の暑さはまだまだ衰えそうになかった…。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8556 / 弥生・ハスロ / 女性 / 26歳 / 請負業

 8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男性 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 弥生・ハスロ 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 夏祭り、浴衣デート! 夏ですね! ラブですね!
 夫婦でもデートとか、素敵です♪
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。