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<常夏のドリームノベル>


だって夏だし!

1.
 カチッカチッと小さな時計の秒針がもう少しで一回りする。
 そうすると時計は午後5時を指す。時計に狂いはない。
 ヴィルヘルム・ハスロは顔にこそ出さなかったが、少しだけ焦った。
 今日は妻である弥生(やよい)・ハスロと夏祭りに行く約束をしていた。
 もちろん、今日仕事であることはわかっていたことだったし、この仕事が時間通りに進まないことも考慮には入っていた。
 だから、仕事から直接向かうことが出来るように外での待ち合わせにした。
 …それでも、妻を待たせるのには抵抗がある。早く終わらせてしまわなければ。
 慎重に、かつ迅速に。

 …………

 ふーっと息を吐くと、ようやく仕事が終わったことがわかった。
 時間は5時5分を回ろうとしていた。
 携帯を取り出し、番号を押す。
『もしもし?』
 1回目のコールが鳴りおわらない内に、弥生の嬉しそうな声が聞こえた。
「弥生か? 後10分ほどでそちらに着くから、どこかで座って待っていてくれ。祭りを楽しむ前に疲れてはいけないからね」
 ここから急げば5分で待ち合わせの神社に着くだろう。だが、その前にどうしてもやることがあった。
『わかったわ。お疲れ様。慌てずに来てね。…待ってる』
 弥生の労う声がヴィルを安心させる。
 夏祭りに行くのを決めたのは数日前だったが、その後にすぐに浴衣を新調した。
 そして着付け教室に通い自分で着られるようにもなった。
 弥生が楽しみにしている夏祭りに、少しでもふさわしい姿でありたいと思ってのことだった…。


2.
「おまたせ」
 駅の中で着替えを済ませて、なんとか10分程度で神社前で待つ弥生に声をかけた。
「ヴィ…ル…?」
 振り返った弥生は目を丸くしてヴィルヘルムを見た。
「貴方…浴衣なんていつの間に…」
「日本の夏祭りというのは浴衣を着るのが普通なのだろう? 急いで用意してきたんだ。おかしいかい?」
 少し照れたように自分の浴衣姿を眺めるヴィルに弥生は首を振った。
「似合ってるわ。すごく素敵よ」
「ありがとう。…弥生こそ、浴衣姿がとても似合っている。綺麗だよ」
 そう言われて、弥生はハッと顔を赤らめた。
 モノトーンの生地の中に赤い小さな梅の花がところどころに咲いた、弥生によく似合う浴衣だった。
 赤いかんざしや、浴衣とおそろいの巾着もとても似合っていた。
「私たち、似たもの夫婦ね。お互いに浴衣で驚かそうだなんて思って…」
 ふふっと弥生が笑ったので、ヴィルヘルムも微笑んだ。
「それだけ相手のことを想っているということだよ。悪いことではないし、私はむしろ弥生がこうして喜ばせてくれようとしたことがとても嬉しいよ」
「そうね。私も…ヴィルがそう想っててくれるのが嬉しいわ」
 2人はどちらからともなく手を繋いだ。
「行こうか」
「えぇ」

 鳥居をくぐると、参道いっぱいに溢れる人。
 そして両脇には屋台がずらりと軒を並べている。
 楽しそうな家族連れに、浴衣の少女達のグループ、肩を寄せ合う恋人たち。
 誰も彼もが暑い夏を謳歌するように、夏祭りの暑さに身を任せている。
 しかし、どの顔も笑顔だった。
「お腹空いたでしょ? なにか食べましょ」
 仕事が終わったばかりのヴィルヘルムに配慮してか、弥生は屋台を指差した。
「リンゴ飴とチョコバナナと綿飴とフランクフルトと…」
「たくさんありすぎて迷うな…。弥生のオススメはないのかい?」
 ずら〜っとならぶ屋台の屋号を見て、ヴィルヘルムはふむと考え込んだ。
「そうね…私ならやっぱりリンゴ飴とチョコバナナをオススメするわ。だって屋台でしか食べられないし」
「じゃあ、それを食べよう」
 ヴィルが買いに行こうとするのを止めて、弥生は「私が買ってくるわ」と屋台に並んだ。
 その時、ヴィルヘルムは弥生に少しだけ違和感を感じた。それが何なのかまではわからなかったが。
「はい、貴方はリンゴ飴。私はチョコバナナね」
「…? どうして2つずつじゃないんだい?」
 ごく当然の質問をヴィルヘルムは弥生にした。すると…

「だって、2人で分け合って食べたほうが美味しい気がするもの」

 弥生はそういうと「あーん」とヴィルヘルムに差し出した。
 屈託のない笑顔でそうされて、ヴィルヘルムはその流れに乗ってチョコバナナを1口かじった。


3.
「ねぇ、金魚すくいがあるわ! やってみない?」
「金魚…すくい?」
 金魚に救いは必要なのだろうか?
 日本という国はよくわからない…。
 そんなことを考えていたヴィルヘルムの手を弥生は引っ張って、小さな子供が今まさに一生懸命赤い金魚に狙いをつけている屋台へと顔を出した。
「ああやって、薄い紙をはったわっかで金魚をすくうの」
 弥生が指を指すと、子供はえいっと勢いよく水にわっかをつけた。
 しかし、赤い金魚はするりとそのわっかの紙を破って、悠々と逃げた。
 あぁ。『救う』のではなく『掬う』のか。
 泣き出しそうな子供の横にヴィルヘルムはスッと座り込んだ。
「…やってみましょう」
 ヴィルヘルムが代金を店員に渡すと、水槽を前にわっかを構える。
 鋭い視線が赤い金魚に突き刺さる。その視線に怯えたのか動きを止めた。
 いまだ!
 バシャッと音がして、次に穴の開いたわっか。
「…失敗したようですね」
 ヴィルヘルムはもう一度代金を店員に渡すとわっかをもう1つ手に入れた。
 隣の小さな子供も固唾を飲んでヴィルヘルムを見守っている。
「………」
 ヴィルヘルムは再びわっかを構える。今度は本気で金魚をすくうことにする。
 ヴィルヘルムが水槽の赤い金魚を目にも留まらぬ速さで3匹ほどすくった。
「すごーい!」
 隣で見ていた子供がぱちぱちと手を叩いた。
「君も頑張るのを忘れなければ、きっとできるようになりますよ」
 袋に入れてもらった3匹の金魚をヴィルヘルムは子供に渡した。
「私よりも君の方が大切にしてくれる気がします。貰ってくれますか?」
「いっいいの!?」
 子供はキラキラとして瞳で金魚を受け取ると「ありがとう!」と言って人ごみに消えていった。
「ヴィルは優しいのね…1回目、あの子の為にわざと失敗したでしょ?」
「…弥生はなんでもお見通しだね。その通りだよ。大人だって失敗することがあるということ。やればできるということを教えてあげられただろうか?」
 ヴィルヘルムは先ほどの子供の影を追った。小さくても努力すればできることを彼は教えたかった。
「大丈夫よ。貴方の優しさはいつだって人を強くするわ。私、知ってる」
 立ち上がって再び歩き出したヴィルヘルムの腕に、弥生は腕を絡ませた。

 なんだか右足を庇っているような気がする…。
 ヴィルヘルムは笑顔の弥生にそんな違和感を感じていた。


4.
「へい、そこのおにーさん! 大人の射的どっすかぁ!?」
 呼び止められたのは、怪しげな中身の見えない袋が紙紐で吊り下げられた射的屋だった。
「射的…」
「うちは『大人の』射的屋だからね。景品は見てのお楽しみだけど、けっこー豪華だよ? あ、でもその代わり難易度高めだけどね。そっちの彼女にいいとこ見せちゃわない?」
 茶髪の店員はそういうと弥生に向かってパチンとウィンクをした。
 私の妻に向かってなんてことを…。
「…その挑戦、受けて立ちましょうか」
 微妙に怒気をはらんだ声で、ヴィルヘルムは射的の銃を手にした。
「お、おにーさんヤル気だねぇ! 持ち玉は5発。落ちなかったら景品は手に入らないからそのつもりでね」
 ヴィルヘルムは代金を支払い、銃を構える。
 本気モードで照準を合わせる。

 1発目。吊るされた景品の紐に命中。半分紙は千切れたがしかし、落ちる気配は無い。
 2発目。最初に狙った紐と同じ紐に命中。最初に当てた部分とは反対に当たったため景品落下。
「1つ目獲得〜! おにーさん、なかなかやるなぁ」
 からんからんと鐘を鳴らして、太鼓持ちをする店員。
 それによって野次馬が少し増えてきた。
 3発目。違う景品の紐に命中。後1発当てたら確実に落ちるだろう。
 4発目。3発目の景品の紐にまた命中。景品はあっけなく落ちた。
「…ふ、2つ目獲得〜! ぐ、偶然って怖いなあ…」
 カランカランと鐘を鳴らす店員の顔が微妙に引きつっている。
 ラスト5発目。
 真ん中より少し左よりに紐に命中。ブランブランと数回揺れた景品は…そのまま落下した。
「み…三つ…目…ちっくしょーーー! もってけぇ!!」
 半泣きでカランカランと鐘を鳴らした店員は銃を置いたヴィルヘルムに「おにーさん…もしかして警察か何か? 射的上手すぎね?」と訴えた。
 だが、ヴィルヘルムはただ笑うだけでその問いに答えず「ありがとう。貰っていきますよ」と景品を袋に入れてもらった。
「少し大人げないわ」
「弥生に色目を使った罰だよ。それに…」
 ヴィルヘルムが振り返った先では、射的屋は先ほどとは打って変わった賑わいを見せていた。
「私が景品を簡単に獲得したことで、他の客が『ここは簡単に落とせる店だ』と思って店は繁盛した。『損して得とれ』という日本の諺にぴったりの状況だよ」
 ヴィルヘルムが笑うと弥生もつられて笑った。
「じゃあ次いきましょう。まだまだお祭りは終わってないもの」
 そう言って歩き出した弥生を、ヴィルヘルムはその手を掴んでとめた。

「弥生。君は私に何か隠しているね?」


5.
 最初誤魔化そうとした弥生の唇が、観念したように小さく呟いた。
「足の…右の親指の付け根がとても痛いの」
 ヴィルヘルムは急いで弥生の足元を確認する。右の親指の付け根が鼻緒にすれて皮がめくれて血が滲んでいる。
「こんなになるまで我慢していたのか…どこか休めるところを探そう」
 ヴィルヘルムは弥生を抱き上げて、休める場所を探した。
 野次馬がヒューヒューと口笛を吹いたりもしたが、ヴィルヘルムはそんなことにかまわず弥生のために人ごみを掻き分けた。
 やがて見えてきたのは『救護所』の文字。
「すいません、怪我人なのですが休ませていただけますか?」
 ヴィルヘルムが駆け込むと、中にいた女性が慌てて立ち上がった。
「あら〜、鼻緒ずれね。履きなれないとなる人多いけど…よくここまで我慢できたわね」
 てきぱきと救急箱を出しながら、弥生の傷を消毒し、薬を塗ってガーゼを貼ってくれた。
「ごめんなさい」
 申し訳なさそうに、弥生はうなだれた。
 ヴィルヘルムは弥生が自分のために我慢していたことを痛感した。
「…謝らないでくれ。君が悪いわけじゃない。それに、とても楽しかった」
 ヴィルヘルムは弥生の手をとってまっすぐに弥生の瞳を見た。
「弥生が誘って一緒にいてくれたから、私はとても楽しかった」
「ヴィル…」

 ドーン ドーン

「あ、花火…」
 夜空を見上げれば、色とりどりの大輪の花が咲く。
 消えては咲き、咲いては消え…それは一瞬でも強く心に残る夏の花。
「綺麗ね」
「あぁ」
 言葉も要らぬほどに、惹きつけられる2人。
 この夏の思い出。初めての夏祭りの思い出。
 花火はそれらの思い出を綺麗に飾って、心に刻み付ける。

「…そういえば、射的屋さん。何をくれたのかしら?」
 そういえば…とヴィルヘルムはガサゴソと袋から3つの袋を取り出した。
 1つ目を開ける。
「これは…猫耳のカチューシャかしら?」
 ヴィルヘルムは「?」と考える。
 2つ目は…
「ウサギ耳のカチューシャ??」
 さらにヴィルヘルムは弥生と共に考え込む。
 どこがどう『大人の』射的だったのか? 全くわからない。
 そんな疑問を持ちながら3つ目の袋を開けた時、2人の時は止まった。

『萌え萌えメイド服(ミニ丈)』

 そう書かれた袋の中に黒い服が収まっている。
 ヴィルヘルムは秋葉原の悪夢を思い出した。
 何故これが…何故これが大人の…!?
「き、着てみようかな…」
 ポツリと弥生がそう言うと「え!?」とヴィルヘルムは青ざめて弥生を見た。
 それは…出来ればやめてほしい…とは口に出来なかった。

 花火はまだまだ勢いよく花開き続ける。
 この夏の暑さはまだまだ衰えそうになかった…。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8556 / 弥生・ハスロ / 女性 / 26歳 / 請負業

 8555 / ヴィルヘルム・ハスロ / 男性 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ヴィルヘルム・ハスロ 様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼いただきましてありがとうございます。
 前回の口調より少し優しい感じで書かせていただきました。
 最後クラクラしてますけど…きっと大丈夫だと信じてます!(ぇ
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。