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<東京怪談ノベル(シングル)>


【HS】自己改造する金閣寺

 キュラソー島基地。そのミーティングルームでは、三島・玲奈(みしま・れいな)を始めとした面々が重い表情を突き合わせ、作戦会議を行っていた。
 作戦会議――そうは言っても、何か建設的な意見が出てきているわけではない。ただ、延々と暗い顔を突き合せてはため息を吐き、敵情報を見てはまた重いため息を吐く――その、繰り返し。
 玲奈はモニターに映し出され、また手元の資料にも印字されたその情報を見て、幾度繰り返したかわからない問いをまた、心の中で繰り返した。

(何か武器は無いの?)

 ハイチ島に集まった、数多のゾンビ達。物理的にほぼ無限といっても過言ではないそれらを、一体一体倒していたのでは埒があかないことは、先の作戦で嫌と言うほど身に染みている。
 だが、ならばあのゾンビ達に一体、どんな手段を持って対抗すれば良いのか。すでに死んでいるゾンビには痛覚もないのだから、倒すならば肉体の物理的な破壊しか存在しないのだが――
 重苦しい雰囲気で始まった作戦会議は、けれども何ら建設的な意見が出てこないまま、休憩時間に突入した。より正確に言えば、これ以上顔を突き合わせて唸っていても埒が明かないと、気分転換に休憩を挟む事にしたのだ。
 少し町に出ようかと、自室に戻った玲奈は堅苦しい制服から着替えるべく、クローゼットを開けた。僅かにつんと鼻につくのは、衣類防虫剤の匂いだ。
 その独特の匂いを嗅ぎながら、ぼんやりと考えるのはやはり、先ほどまでの会議の内容。どうしたら良いんだろう、何か方法はないんだろうか、何か有効な武器は――そう、まるで壊れたレコードのように何度も何度も、同じ言葉ばかりを脳裏でくるくる、繰り返し。
 どうしよう、どうしたら、どうすれば。
 つんと鼻につく、衣類防虫剤の樟脳の匂い。私服に袖を通したら、その匂いが鼻腔から肺へと入り込み――ふと、閃いた。

「‥‥樟脳? これよ! ゾンビを消毒だ」

 霊的処理した樟脳で爆弾を仕立て、あの大量のゾンビどもに空爆して、樟脳をぶちまければ、一網打尽に出来るのではないか。本来ならば樟脳には防虫効果や、防腐効果はあるものの、ゾンビに対して効くかは不明だが、霊的処理を施せばその限りではない。
 そうとなればさっそく、実行の可否を審議しなければ。玲奈は町に出るのを取りやめて、休憩時間中に樟脳爆弾による空爆作戦のプロットを作り上げ、資料を用意した。
 そうして休憩時間が終わり、改めてミーティングルームに集まった面々を相手に、新たな作戦を説明・提案し始めたのだった。





 キューバ首都、虚無の神殿。静謐が満ちるその場所で、司祭たる巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)は、上機嫌な薄い笑みを浮かべていた。
 霧絵の前に控え、膝を突くのは神官の姿をした女性。彼女に霧絵は「そう」と頷き、笑った。

「それは面白そうね」

 女神官から告げられた提案。召喚術を用いて、過去からとあるアイテムを回収し、あのIO2どもの先手を打つというそのアイデアは、ひどく、霧絵の意に染むものだった。
 くすり、笑って霧絵が言う。

「もしあの小娘が、お前譲りの召喚術が悪用されたと知れば――」
「娘は悶絶しますわ」

 打てば響くように、女神官は霧絵の言葉にそう返した。くすくすと笑うその横顔――それは恐るべきことに、何と、かつて癌で亡くなったはずの『あの小娘』玲奈の実母ではないか。
 一体何故、どうして霧絵の神官として、彼女がここに居るのか。もしも玲奈がこの光景を見ていたとしたら、当然抱いたはずの疑問を口にするものは、この場にはいない。
 霧絵はくすくすと笑いながら、妖力を駆使して召喚術を試みる。引き寄せるものは遥かな過去、昭和時代の金閣寺、その最上階。彼女と神官が求めているのは、その天井に張られている楠の板だ。
 板、と言ってもただの板ではない。金閣寺の最上階を飾るその、5メートル四方もある楠製の天井板は、一枚板――1本の楠から切り出された板なのだと、古来から伝説のように語り継がれてきたのだ。
 実際には何枚もの板を組み合わせたものだった、という見解が幾つも出されているとはいえ、すでにその物は現代では焼失してしまっているのだから、確かめる術もない。そうしてその『伝説』が信じられているのであれば、それが現実には違ったとしても、霊的な意味では構わないのだ。
 霧絵は召喚術で、焼失前の金閣寺を引き寄せた。そこにある天井板を、妖力で奪い取る。

「これがあれば、膨大なカンフル剤が作れるわね」
「御意」

 くすくすと、笑った霧絵に女神官が頷いた。楠から取り出した樟脳は、カンフル剤の材料となる。一枚板と信じられるこの楠の天井を、霊力で生前の姿に戻せば、その大きさたるや想像するに余りあった。
 楠の巨木へと戻せば、そこからは必定、膨大のカンフル剤が製造されることになり。それに霊的処理を施したものを、霊鬼兵に与えればまさしくカンフル剤の名の通り、莫大な力を発揮することになるだろう。
 笑いながら霧絵は虚無の神殿へと天井を取り込み、そうして霊力で金閣寺へと火を放った。まだ、この金閣寺には使い道がある。女神官を振り返ると、心得てますわ、と艶やかに頷き。
 めらめらと、燃え上がる畳や障子、ふすまを見てまた霧絵は笑った。





 作戦決行の日は、カリビアン・ブルーの名に相応しい晴天だった。キュラソー基地の滑走路、その先にある格納庫では、霊的爆弾を積み込んだ爆撃機がずらりと並び、玲奈の指示が出るのを今は遅しと待っている。
 ちらり、計器を見て玲奈はそのタイミングを計った。咄嗟の思い付きから立案したこの作戦は、さしたる妨害もなく順調に作戦会議で承認され、こうして空爆の日を迎えたのだ。
 これで、一気に流れを変える。あの厄介なゾンビどもを一蹴し、ハイチ島を制圧するのだ。
 そう――唇を噛み締め、決意した玲奈の耳にふと、人々が騒いでいる声が聞こえた。滑走路の方からだ、と計器から目を上げてそちらへまなざしを向けた玲奈は、けれども次の瞬間、絶句する。

「何、あれ‥‥!?」
「ジャパニーズ・テンプルと思われます、准将殿!」
「そんなの見れば解るよ! っていうか、そんな事を聞いてるんじゃないの!」

 生真面目に返してきた部下の頭をべしりとはたき、玲奈はじっとソレを注視する。目を凝らさなくても、その大きさは滑走路から離れた場所に居る玲奈にすら、嫌というほど良く解った。
 ジャパニーズ・テンプル。日本人ならば、多くの人間が一度はその姿を写真などで見たことがあるはずの――今や世界的にも有名なその建物。

「なんで滑走路に金閣寺がいきなり現れたわけ‥‥!?」

 玲奈の叫びに、答えられるものなど居るはずもない。多くがぽかんと口を開け、現れたソレを唖然と見つめているだけなのだから、先ほど玲奈に答えを返した部下は比較的、冷静なほうだったとも言える。
 だが、何故。一体、どうして。
 混乱する思考で、務めて冷静に状況を判断しようとしながら、玲奈はその金閣寺(?)を観察する。現れたソレが、本物ではなく霊的な存在であることは、すぐにわかった。
 生霊――むしろ死霊? 建物にこんな表現を使うのもおかしな気がするが、あの金閣寺(?)はどちらかと言えば、すでに失われたものの再現、という感じがする。
 何より異様なのは、屋根に生えた巨大な楠。青々と葉を茂らせた枝には、良く見れば幾つも、幾つも奇怪な瘤が付いているように見える。
 あれは一体――そう、考えようとした前に、答えは現れた。瘤が不意にパーン! と弾け、中から奇怪な巨蟲がわらわらと現れたのだ。
 巨蟲はまるで蜘蛛のように身軽に楠の枝から滑走路へと飛び降りると、一路、カサカサと格納庫へ向けて動き始める。それが巨大なダニに似ていると、気付いたのは良かったのか、悪かったのか。
 あっという間に巨大なダニで滑走路が埋め尽くされ、格納庫の頑丈な扉はあっさりと打ち破られた。中で準備をしていた整備員や、パイロット達が現れた巨大ダニのおぞましさに悲鳴を上げる。
 それらの人間をも攻撃しながら、巨大ダニは一路、爆撃機へと襲い掛かった。決して狭くはない格納庫に、溢れんばかりに満ちる巨大ダニ――ちょっと想像したくない光景が、現実の悪夢として、目の前に広がっている。
 冗談じゃない、と玲奈は顔を顰めながら司令室を飛び出し、そちらへと走り出した。この作戦は、何としても成功させなければならない。邪魔をさせるわけにはいかないのだ。
 滑走路に降り立ち、霊刀を抜いて金閣寺の亡霊と、巨大ダニへまっすぐに走る。だが――そこに現れた、神官姿をした女性を見て玲奈はギクリ、足を止めた。
 まさか、と思う。けれども理屈じゃないどこかが、間違いないと告げている。

「お、母さ、ん‥‥?」
「久し振りねぇ、バカ娘」

 震える声で呼んだら、女神官は玲奈にそう、唇の端を吊り上げて笑った。それでもう、何も否定をすることが出来なく、なった。
 どうしてか解らない。解らない、けれども――解るのはこの女神官が、姿だけではなく、中身までも確かに死んだはずの玲奈の母であるという、こと。
 ちらり、霊刀を見て女神官は笑った。歌うように呟く。

「玲奈ちゃん、遊びましょ?」
「やめてお母さん」

 子供の頃、友達の家に行っては玄関先でそう叫んだように、遊びましょと邪悪な笑顔で無邪気に歌う母に、玲奈は思わず涙を流す。母に再会できた事が嬉しく、そうして、母が未だに玲奈の敵であることが悲しかった。
 『あちら側』へと堕ちた母。死してなおその魂は、『あちら側』へと結び付けられているのか。それほどに、母の闇は深かったのか。
 笑う霧絵の声が聞こえる気がした。だが、涙を流して立ちすくむ玲奈の耳に、届いた悲鳴がはっと意識を呼び戻す。
 母がこの作戦を邪魔する機なのは明白だった。けれども玲奈は、この作戦を何としても守り抜き、実行しなければならないのだ。
 ギリリッ、唇を噛み締めて母を避け、巨大ダニへと向かう。生前はあれほどに玲奈を攻撃し、常人ならぬ動きで阻害した母は、けれどもそれをただ笑って見送っただけだった。
 かのゾンビ共ほどではないが、それでも、この巨大ダニたちも終わりが見えない。今なお、楠の瘤からは新たな巨大ダニが生まれ続けている。

「どけ〜〜〜ッ!!!!」

 気合裂ぱく、玲奈は霊刀を思い切り振りかぶり、巨大ダニたちを薙ぎ払った。その勢いに、執拗に格納庫の中を攻撃していた巨大ダニたちの意識が、玲奈へと集中する。
 こちらの方が倒すべき敵だと、脅威であると認識されたのか。ソレならば幸いだ、と玲奈は霊刀を握り直す。
 笑う母の声がした。

「まさか、一匹ずつ倒すの? ヤツラに油をぶち撒いて火を放てばあっさり終了するよ?」
「お母さん煽らないで!! あんた達、あたしの指示があるまで動いちゃダメ!」

 半ば悲鳴のように玲奈はその言葉を拒絶した。この状況でそんな事をすれば、せっかく用意した作戦がすべて水の泡だ。
 恐慌状態で差し伸べられた、甘い罠に動こうとする部下達を一括して、玲奈はさらに霊刀を一閃、二閃させ、巨大ダニの意識を惹き付ける。ザワリ、金閣寺の亡霊に立つ楠の枝が、まるで生き物のようにざわめき、玲奈の上に圧し掛かろうとした。
 素早くそれを避け、玲奈は自らを囮にしながらじりじり、港へと向かう。巨大ダニ達がまさに、波のような勢いでその後を追い始める。
 母の哄笑が弾けた。

「あっはははは‥‥ッ! 下手な時間稼ぎね‥‥!」

 それを意図して聞かない様に務めながら、さらに玲奈は巨大ダニを陽動しながら港へと向かった。とにかくこいつらを、ここから引き離さなければならない。
 だがその後、どうすれば良い? 時折霊刀を降って意識をひきつけながら、玲奈は頭の片隅で必死に考える。
 この大きさにこの数、上手く陽動して港に沈めた所で、倒すことは出来ないだろう。全部が海に飛び込んでくれるとも考え難い。
 まさに母の言うとおり、下手な時間稼ぎ。だが今はこれより、方法がない。
 必死で考えを巡らせながら、ようやく港へと到着した玲奈は、そこにあった物にはっと眼差しを向けた。ごついパラボラアンテナを背負った戦車が、今まさに陸揚げされている所だ。
 作業員達は、巨大ダニたちに追われながらやってきた玲奈と、巨大ダニを見比べて口々に何かを叫んだ。だが玲奈はそれをろくに聞かず、答えもしないまま、手近にあった戦車の一台に素早くよじ登り、蓋をこじ開ける。

「何をする!?」
「ちょっと借りるだけよ! 一大事なの、あんた達も他の戦車でビームをあいつら目掛けて撃って!」

 言いながら玲奈はタンク内に滑り込み、素早くビームの発射ボタンを押した。戦車の巨大なパラボナアンテナから、ねっとりとした濃緑色のビームが巨大ダニ目掛けて放たれる。
 それは、照射された生物の突然変異を促す光線を放つ、特殊車両であった。咄嗟にそれを思い出した玲奈は、これに賭けるしかないと、巨大ダニに突然変異と進化を促したのだ。
 ビシュッ!
 状況は解らないものの、あちこちから玲奈の指示に従った戦車が、次々に巨大ダニに向けてビームを放つ。そのビームに侵された巨大ダニ達が、びくりと大きく跳ねたかと思うと、ぴたりと動きを止めた。
 何度も何度もビームを放ち、やがてすべての戦車のエネルギーがなくなった頃には、巨大ダニ達はすべて、動きを止めている。静まり返った光景を、玲奈はタンクの中から顔を出しながら、固唾を呑み見守った。
 どうだ、上手く行ったか。何かが、変わったか。
 そう、見つめる玲奈の目の前で巨大ダニたちは、くるり、方向を変えて金閣寺の亡霊へと向かって走り出した。進化して善悪を知ったダニたちは、真に彼らが倒すべき敵を悟ったのだ。
 金閣寺の亡霊へ――そしてその傍らに立つ女神官へ。はっと玲奈は目を見開き、そうしてギリッと血が滲むほどに唇を噛み締める。解っていたことで、解りたくなかったことだった。
 母の哄笑が、聞こえる。まるでこの結末を予想していたように――これで終わりじゃないよと言い聞かせるように。

「じゃ。元気でね、玲奈」
「お母さん‥‥ッ!!」

 玲奈の叫びを、爆発音がかき消した。巨大ダニに襲われた金閣寺の亡霊が、爆発炎上したのだ。
 メラメラと、亡霊であるというのが俄かに信じられないようなリアルさで、金閣寺のシルエットが、その屋根に茂る楠の葉が炎の中で揺らめく。そうして炎と煙がすべて消え去ったとき、そこには最初から何もなかったかのように、すべてが消えていた。
 巨大なダニたちも。楠をはやした金閣寺も。――玲奈の母も、すべて。
 また、涙が込み上げた。そんな玲奈を気遣うように、部下が駆け寄ってきて准将殿、と声をかける。

「爆撃機、すべて再整備完了であります。――大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫‥‥ック。ご、ご苦労様‥‥じゃあ、ヒッ、あたしも出るよ」

 ぼろぼろと、両目から涙を流して号泣し、しゃくり上げながらでは大丈夫も何もあったものではない。だが部下はそこには触れず、踵を鳴らして「はッ!」と敬礼した。
 カリビアン・ブルーの空に、キュラソー基地の滑走路から飛び立った爆撃機が舞う。操縦桿を握る玲奈の目からは、今なおとめどなく涙が流れ続けていたけれども。
 そうして定刻。ハイチ島に、霊的爆弾が投下されたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /         職業         】
 7134   / 三島・玲奈 / 女  / 16  / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。

お嬢様の、涙の再会と別れを巡る物語、如何でしたでしょうか。
まだまだ戦いは続くのですね‥‥世界各地、日本各地を巡る戦い、何やら、観光ツアーっぽい感じも(ぇ
ダークサイドに堕ちてしまった因縁の人との再会、ましてあれほどに仲の良かった母子であれば尚更かなぁ、と思います。

お嬢様のイメージ通りの、涙を乗り越えて次へと繋がるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と