|
一番星にはまだ遠い
もうそろそろ後夜祭が始まる。
気付けば随分と暗くなっていた。まだくべられてはいないが、組み木に火を付けられるのももうすぐだろう。
工藤勇太は「ふう……」と溜息を吐きつつ、ふと中庭の端に目をやると、聖栞がのんびりと歩いている事に気が付いた。理事長館は中庭にあるのだから、ここを彼女が歩いていても違和感はないのだが、少しだけ気になった。
「あっ、あの! こんば……いや、こんにちは、でしょうか?」
「あら、工藤君」
栞はすぐ勇太を見つけて、微笑んで会釈した。
「聖祭、楽しんだかしら?」
「そりゃもう。色々見られて面白かったですし。あの……」
「はい?」
空は夕焼けの名残を残して、濃紺の雲が見える。やがて、完全に日が沈めば見えなくなるだろう。
「ありがとうございます。これ……」
そう言いながら、勇太はルーペを取り出した。以前お茶会の時に栞に渡されたものだったが、もし「椿姫」の会場の思念に当てられていたかもしれない。
栞はこの事を見越して渡していたのだろうか。
「これのおかげで、思念に当てられずに済みました」
そう言ってお礼を言う。
栞はくすりと笑う。
「いいのよ、あなたのおかげで、あの子楽しそうだから」
「……彼から聞きました、その、家系の事とか……」
「あら、意外ねえ」
栞はよっぽど嬉しいのか、いつも笑みをたやさない人ではあるけれど、ころころと笑い続ける。
勇太はそれに呆気に取られて見ていた。
「あの子、自分から自分の事を他人に語る事なんて滅多にないから。せいぜい幼馴染位しか、同い年の友達もいなかったしねえ」
「はあ……」
自分は観に行けなかった「眠れる森の美女」に出ている彼女を思い起こす。そうか、彼女も知ってたんだな……。
「でも、弟さんはどうにかなったとも聞きました。だから、今回は純粋に最後の秘宝さえ回収できれば終わるとも」
「そうね。あなたみたいな人がいてくれたから」
栞は嬉しそうに目を細めた。
自分みたいってどう言う意味だろう……と勇太は首を傾げる。
栞はにこにこ笑ったまま続けた。
「本当は、魔法や奇跡、事件って言うものはささいな事からだから。そのささいな事にさえ気を付けていれば、誰だって使えるし、誰だって助けられるものなのよ?」
「えーっと……俺が彼を助けたいって思ったのと同じように、誰かが弟さんを助けたいって願った結果だったって事ですか?」
「そういう事」
その話を聞きながら、勇太は少しだけ思いを馳せる。
本当にたまたま。本当にささいな思い付きで出会ったけど、もし踏み込もうって思わなかったら、友達になる事もなかったのかな。
理事長の言うように、彼も俺の事友達だって思ってくれていたらいいけど。
「……本当にありがとう、工藤君」
勇太の思考は、栞の一言で打ち切られた。
それで思わずぶんぶんと手を振った。
「いやいや、俺特に何もしてないですよ! 俺が色々突っ込んだ事言っても、優しかったんで」
「ふふ……そこがあなたのいい所かもしれないわね。
でも本当に、あなたが友達になってくれてよかった」
栞はくすくす笑いながらそう言う。
勇太は、頬が熱くなるのを軽く首を振って覚ますと、ずっと考えていた事を口にする。
「俺……、彼の手助けがしたいんです。彼を助ける事が怪盗の事や、のばらさんを助ける事に繋がるんじゃないかと思うんです。……全てうまく行くかは分らないけど… でも笑ってくれたんです。彼のその笑顔、もう失くしたくはないから俺、やれる事はやります」
「……そうね」
栞はにこにこ笑ったまま、勇太の頭に手を伸ばした。
そのまま、軽く勇太の頭を撫でる。
「え……? 理事長?」
「その優しさ、忘れないでね? できればそれを誰かに分けてあげればいい。いい? 想いは力。想いは形。想いは魂。 問題をややこしくしているのは、人の想い。でも問題を解決できるのも人の想いだから」
「……それってつまり」
「私のヒントは終わり。もうそろそろ一番星が出るわね」
「えっ?」
その言葉に、思わず勇太は空を仰ぐ。
雲が多くて、星が出ているのかどうかよく分からなかった。
理事長の言った事って、つまり……。
「副会長がどうして思念に当てられたかを考えろって事、だよね……」
気付けば栞はひっそりとその場からいなくなっていた。
<了>
|
|
|