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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ 害のない神隠し +



■■【scene0:始まり】■■



「お、例のテーマパークの依頼人から手紙が届いたぞ。零」
「ああ、先日の依頼の方ですね。無事依頼をこなせたそうで良かったじゃないですか」
「そうだな。お礼状か?」


 馬鹿丁寧な依頼人だったしな、と言いつつ草間興信所所長である草間 武彦(くさま たけひこ)は封筒を指先で破り中身を取り出す。そこには白い便箋とそれからまた封筒が入っていた。まず武彦は便箋の方を開き、内容を読む。


「『先日は当方の依頼を引き受けて頂き真に有難うございました。つきましてはお礼と致しまして、当テーマパークの入場券とフリーパスのチケットを同封させて頂きましたので、良ければご都合の良い日にご来園頂ければ嬉しく思います』」
「お兄さん、ではそっちの封筒がその入場券とフリーパスなんですね」
「そうみたいだな。……いや、待て。まだ何枚か便箋が……なになに。『依頼状』……零、ゴミ箱!」
「せ、せめてその内容を読んでから捨てましょう、ね?」
「くそ、一枚目で丁寧な印象だと思いきやこの不意打ち……」


 武彦は今にも便箋を握りつぶし、破いてしまいそうな勢いである。
 それを押さえるかのように零は優しく言葉をかけ、武彦は続きを読むことにした。


「『依頼状。実は先日より異常なほど迷子が増えております。子供から目を離すうっかりものの保護者の方が増えたのかと思えば、子供曰く「気がついたらここに居た。お母さん達の方がはぐれたんだよ」と言う始末でございます。実際保護者の方も「そもそも手を繋いでいた」と、明らかに迷子になる要素が可笑しい状態です。最初は誘拐の件も考えましたが、行方不明者は一人も出ておりません』……だとさ。どう思う、零」
「うーん、良く分からないですね。他に何が書かれてるんですか?」
「『迷子は子供に留まらず、大人の方も「気付いたら友人とはぐれた」と言う方が何人かいらっしゃり、お相手の方も「気付いたら居なくなっていて困った」という話がちらほら。ネットの掲示板の方でも面白がって変な噂を流され始めて少々困っております。ちなみに変な噂と言うのは「害のない神隠し」という名で検索すれば直に出てきますが、こちらで纏め、プリントアウトしたものを同封しておきます』」

 ――――――――――

 【害のない神隠し】
(※の部分は当テーマパーク内のみでの情報です)

 某テーマパークにて今『迷子』が流行っている。
 だが迷子にしては可笑しく、保護者や恋人達が手を繋いでいても相手がいつの間にか消え、ある場所に移動しているというものだ。
 小さな子供達はスタッフにより迷子センターに案内されてアナウンスが流され、親は慌てて迎えに行き再会する。
 それなりに判断力のある子供(中学生くらい)や大人達は携帯で連絡を取り合い、この不思議な現象に付いて首を捻るばかり。悪戯だと喧嘩に発展しているケースも多々ある。
 結果的には「害のない神隠し」的なものであるが、何故このような事象が起こっているのかわからない。

 現在分かっている共通点は以下である。

・手を繋いでいてもふとした瞬間、相手がいなくなっている。
・相手もまたしっかり手を繋いでいてもいつの間にか別の場所に移動させられている。
・しかし誰かに連れ去られたという感じではない。(誰かに触られたという報告は無い)
・※消えた瞬間を見たという証言は今のところ出ていない。

・時間はおよそ午後五時前後に発生。
 ※毎日発生しているかどうかは不明。(客が報告してこない事例もあるため)

・結果的に「ただの迷子」という事で片が付いているが、もしかしたら何か怪奇現象でも発生しているかもしれない。

・グループ単位で行った場合の発生例有り。
 (五人グループの内二人が気付いたら消えていた。ただし男女だったため、噂を利用し、示し合わせて離れた可能性有り)
・※一人来園での報告は現在無し。もしかしたら一人の場合はそのまま消えている可能性有り。

・【最重要】居なくなった人物達は同封しているマップ付近に必ず移動させられている。
 (※そのため現在スタッフ達にはそれらしい迷子を見つけると声を掛けるよう指示しています)

 ――――――――――

「地図もご丁寧につけやがって……ふぅん、ここか」
「これあのテーマパークでも目立つかなり大きい洋風の時計搭ですよね。あ、ここに写真が載ってます!」
「『尚、この変な事象を収めて頂いたときの報酬金は』――う! ……桁がまずい。誘惑される」
「…………うち、貧乏ですから。まあ、行くだけ行ってみてはどうですか? 折角フリーパス付きですし」
「零、お前は行きたいのか?」
「はい!」
「……はぁ……行くか」


 武彦は依頼人に連絡を取り、一先ず妹と二人で行くという話を通した。
 まだあやふやな状態で他の人間を巻き込めないと判断した上でだ。零はいそいそと外出着に着替え、嬉しそうに兄と二人で例のテーマパークへとバイクで二人乗りで移動する。見覚えのある依頼人が「今回も興味を持って頂いて助かります」とそれはもう嬉しそうに出迎えてくれた事に正直武彦は苦虫を潰したような気分になったが、金が掛かっている以上表情には出さない。
 依頼人と共に例の神隠しにあった人物達が集まるという時計搭を目指し、ズボンポケットに手を突っ込みながら武彦は歩く。零もまたそんな兄の隣に立って彼の腕に手を添えながら依頼人の話――手紙に書かれていた事とほぼ同じ話を聞きながら歩いていた。
 新しい情報になるか分からないが強いて言えば「実はあの噂のおかげで入場者が微妙に増えつつあるんですよね。ですから今回直接ではなく、間接的に依頼をお願いしてみたんです」と……それくらいだ。
 すると。


「お兄さん?」
「草間さん?」


 ――居ない。
 二人は慌てて各自時計と携帯を取り出し時間を確認する。時間は午後四時五十五分。依頼人と零は顔を見合わせ、それから時計搭へと一目散に走った。
 武彦は『そこ』に居た。
 ズボンポケットに手を突っ込んだまま時計搭を見上げ、「お兄さんっ!」と零に抱きつかれるまで真剣な面立ちでそれを凝視していた。


「なるほど……確かに『害のない神隠し』だな」
「一体何があったんですか、ねえ、お兄さん!」


 やがて針がカチっと五時に重なると園内に時計搭からの鐘の音が響く。


「ま、確実に言える事は空間作用っぽいって事だな……何にせよ、時計搭も関わっている事は間違いないだろう。噂が噂を呼んだ可能性も否定しきれん。なあ、依頼人さん」
「はい!」
「とりあえず、そこの迷子保護してやってくれ」


 武彦が示した先、そこには十歳にも満たない子供がおろおろと誰かを探している姿が目に入った。



■■【scene1:協力者集合!!】■■



「夏休みの暇人! 工藤 勇太(くどう ゆうた)参上!」
「帰って宿題やれ」
「ガーン! 即答って酷くないですか、ソレ!」
「まあまあ、お兄さん。工藤さんが調査に加わってくれるのは嬉しい事ですよ、ね?」


 草間 武彦が神隠しにあって数日後のテーマパーク。
 現在午前八時、場所は正面ゲートにて今回の調査に加わってくれる面々が集合している。そして調子に乗った高校生――工藤 勇太(くどう ゆうた)が武彦とぎゃーぎゃー騒いでいるのを呆れた顔で見ている少女が一人。


「あんなぁ。最初からそんなんでほんまに大丈夫やのん?」


 訂正。
 金の長いウェーブの髪に碧眼。眼鏡を掛けた外見十五歳ほどに見えるが二十一歳の女性であるセレシュ・ウィーラーが声を掛けた。その声に反応し、二人はぴたりと動きを止めた。とは言いつつも勇太の方が一方的に武彦に突っかかって、零が軽く宥めていただけだが。


「朱里、何か面白い情報はあったか」
「あ、英里あんまり近付かないでね。ノートパソコン壊れちゃうと困るから」
「なっ! わ、私だって何故自分が居るだけで電気機器が壊れるのかなど分からないのに!」
「うん。それは分かってますから、えっと……あ、害のない神隠しのスレッドが結構更新されてる」
「お、何か面白そぅな情報、見つけたん? うちが調べた時には一応今回の一件は『無害』やとは確認出来たんやけど」
「そうですねぇ……」


 今回の協力者の残りの二人の一人、鬼田 朱里(きだ しゅり)がベンチに腰掛けながら持参したノートパソコンで直前のネット調査を行う。
 それを最後の協力者である人形屋 英里(ひとかたや えいり)が近付いて覗き込もうとしたのだが、朱里が慌てて彼女がからパソコンを遠ざけた。英里には彼女自身もあまり自覚出来ていないのだが、己の妖力のせいで電子機器が壊れる性質を持っている。恐らく自覚してセーブしてくれれば問題はないのだが……それはまだまだ先のようだ。
 さて、若干拗ねるような仕草を見せる英里ではあったが、ここでノートパソコンを壊してしまうわけにはいかないため、いつも持っているトランクと共に大人しく距離を取る。その隙に朱里はまた調査を開始し、同様に事前調査していたセレシュが彼に声を掛けた。


「捜査になりませんね。これ」
「なんでや?」
「ほら、ここ」
「ん? 何や何や……『実はその手を繋いでいたはずの人が別の何かだったんじゃね? ほら霊?とかさー』『一瞬パラレルワールドに行ったんだよ! ちがいねえ!』『テーマパークのスタッフが案外黒幕だったりしてな』……なんやねん、これ」
「ははははははははは……くすん。情報調査が役に立ちません、くすんくすん」
「朱里。嘘泣きとはいえ泣き真似は男らしくないぞ」
「くすん、くすん。英里慰めてください」
「近付くなと言ったのは朱里じゃないか。慰めて欲しければ電子機器を遠ざけてから来い!」
「朱里さんらほんま仲ええなぁ……」


 セレシュが朱里のパソコンを借り、一区間分離れたベンチで最終ネット調査を行う。
 その間に朱里は英里の元へと駆け寄り、その身体をぎゅっと抱きしめる。そして抱きしめられた英里の方は嘘泣きとはいえ調査の役立たなささに落ち込んでいる朱里の頭をよしよしと慰めた。
 「なんなら人形を使って劇を……」「私そこまで子供じゃありませんよ!?」と和む声が聞こえたきたのはそのすぐ後で。


「あかんわ。ホンマにネットの方は滅茶苦茶や。武彦さんに依頼人さん、とりあえず被害らしい情報はまだ上がってへんみたいやし、今んとこは『無害』でええっぽい」
「今回の一件は草間さん達に託します。特に草間さんは先日私の傍で神隠しにお遭いになられましたし」
「……まあ、俺がピンピンしているのが『無害』の証とも言えるかもしれないけどな」
「お兄さん、これからどうします?」


 依頼人の男は腕時計を見ると「すみません、私は開園の準備がありますので」とその場を去ろうとする。だが、その前にセレシュは依頼人の男に声を掛け、ある事を頼んだ。すると彼はすぐに「分かりました」と返事をし、彼女と携帯でなにやらやり取りをした後去っていく。
 一任された武彦は「とりあえず集合」と声を掛け、全員が全員の顔を見れるように円を描いて集まった。さて時間は八時を超え、そろそろ半になる頃である。流石に何かアイディアを出し、動かなければいけない頃合だ。


「私思うのですが、今回の一件は全員で行動するより複数グループと二人組グループで分かれて行動しませんか?」
「あ、朱里さんの意見には俺も賛成。だって今回の一件って聞いた話じゃ二人組ばかりじゃなくって複数グループの間ででも起こったんでしょ? っていうか草間さんの場合も三人だったって言うし。それだったら二人組のグループを幾つかで分けるとか」
「今何人や? んー……六人やな。分けるなら、二対四か一、二、三か二人組が三つやな」
「ん? ちょっと待った。私は一人になったやつは帰ってこない可能性があると聞いたが、一人にしていいのか?」
「一、二、三以外でお願いします! お兄さんが次攫われたら帰ってこなくなる可能性があります!」
「おい、零。そこで何故俺をはぶいた」
「だってお兄さん絶対一人行動の方が気楽だからって離れそうですから!」
「……」
「否定して下さいー!!」


 そっと視線を逸らした武彦に思い切り心配げに引っ付く零。
 この兄妹は……と呆れた表情を向けたのはさて何人だったか。


「んじゃま、とりあえずうちはどこのグループでもええんで。調べ物してる間に決めたって」
「んー、じゃあ二対四が良いかな。二の方は男女グループの方が良いよな、前例が男女だったらしいし」
「私は朱里と離れたくない」
「私も出来れば英里と一緒が良いです」
「……えっとそうなると草間さんところのペア、後はセレシュさんと俺で二人とか?」
「じゃあ、俺と零が二の方に行こう。一回神隠しに逢っている身だ。どちらかと言うとこっちは可能性が低い」
「んじゃ、草間さん達が二、残りの人が四でオッケーっすか?」
「「「はーい」」」
「セレシュさん、そういう事で決まりましたけど、調べ事終わりましたー?」
「ん、閉園時間は今は夏やさかい夜の九時。んでな、後で依頼人の兄さんに頼んだものが届く予定やからそれ待ちや」


 セレシュが携帯電話で依頼人の男と連絡を取り終えた頃に勇太は声を掛ける。
 そして彼女の手の中には園内マップ。既にやる気満々な彼女に負けられないと勇太も気合いを入れた。勇太はそっと目を伏せ、自分の能力の一つであるテレパシーで軽く園内をサーチしてみる。もし侵入者や不審な思念などがあれば引っかかるだろうと信じて。
 だが、現段階ではスタッフもとい人間だと思われる人以外の気配は無し。ふぅっと息を吐きながら瞼を持ち上げた。


「あ、私から一つ提案というか……こういう時の基本なんですが、皆さんの携帯電話番号とメールアドレスを連絡用に交換しておきましょう。それで定期的に自分達がどこに居るかなど送りあうと」
「おっけ。俺の連絡先は――」
「……う、私は持っていない」
「英里が持っていないのは知ってるよ。だから私から絶対に離れないでね」
「朱里……すまん」
「なんか、ベタ甘な言葉にしか聞こえへんのはなんでやろな。あ、うちの連絡先これや」


 武彦は「俺の分は知ってるだろ」と言いつつタバコを吸う。
 零が改めて知らない人達と自分の携帯の連絡先を交換しているのを見やりながら白い煙を吐き出した。やがて全員の連絡先を教えあい、各々きちんと自分達の携帯に連絡が飛ぶか確認しあう。電子機器には出来るだけ近付きたくない英里だけは少し距離を置いて、持ってきていた狐のぬいぐるみを抱きしめながら彼らを待つ。


 空を見上げれば快晴。
 夏服とはいえゴスロリの格好をしている英里に夏の日差しは少々厳しい。


「本当に良い天気だ。狐と戯れたくなる」


 額に手を翳し影を作りながら彼女はそう呟いた。



■■【scene2:ちょっと待て、そこを詳しく!!】■■


  ――――――――――――――

  08/09 10:01
  From 草間 零

  B班、二人揃っています。
  場所は現在メリーゴーランド前です。

  ――――――――――――――


「お、零さんから連絡来はったわ」
「こっちも来ましたよ」
「向こうは兄妹で仲良く遊んではるんかな」
「え? 俺達がやってるのって調査ですよね?」
「ごほんごほん。なんでもあらへんで、勇太さん。うちかて調査に必死なんや」
「こっちは誰が返します?」
「ああ、じゃあ私が提案したので私が」


  ――――――――――――――

  08/09 10:05
  From 鬼田 朱里

  A班、全員無事です。
  場所は××コースターです。

  朱里

  ――――――――――――――


「ああ、しかしこのコースターは結構怖いと評判なんですよね。楽しみだなぁ」
「え、そうなん!? うちちょっとわくわくしてきたわ」
「俺も気になるなー。さっきから客がキャーキャー騒いでますもんね」
「……一部違う悲鳴が上がってるが」
「英里何か言った?」
「いや、朱里は知らなくていい」


 今、彼らがいる場所はこのテーマパークのなかで一番スピード、高度、回転などが怖いと評判のジェットコースターの列。これの前にも四人並んで仲良くフリーパスを使って別のアトラクションに入ったりして意外と調査よりも遊び寄りだったりする。
 だが、その中でも英里だけは出来るだけ周囲の人間の声に耳を傾けるようにしていた。依頼人が「噂によって来客数が増えた」と言っていた事から、興味本位で遊びに来ている人間もこの中には多く存在しているのだろう。ならば直接そのような人間から何か面白い事が判るかもしれないと考えたためだ。
 しかし。


「ねえ、ちょっと! あれ『Mist』のアッシュじゃない!?」
「うそー! アイドルがこんな普通に遊ぶわけないじゃん! 今日だって撮影だって朝にブログに書いてたよ?」
「でも似てるよー! ちょー似てる!」


 ……。
 朱里の仕事面であるアイドル、「アッシュ」を知っている人間が騒いでいる事も知らず、当の朱里は「次はどこに行きます?」などと暢気に園内マップを覗いている。英里はうーむと腕を組みながら眉間に皺を寄せた。――『あいどる』とは本当に面倒なものだ、と。


「お、うちらの番が来たで」
「俺マジで期待していいかな! わくわくしてきた」
「英里、行くよー」
「……」
「英里?」
「――はっ! 少し考え事をしていた」


 荷物置き場にトランクなど全ての荷や小物、帽子など落ちやすいものを置くと、四人で横並びで座席に座る。
 それからはスタッフの指示に従ってベルトや安全バーなどの取り付けに掛かった。


「そういえばさー、ここの噂知ってる? 『害のない神隠し』っていうやつ」
「あ、知ってる知ってるー。時計搭に飛ばされちゃうっていうヤツでしょ? そのせいか今日散々アナウンス掛かってたよねぇ。『お子様からは目を離さないで下さい』ってさ」
「うんうん。でね、丁度此処に来てその噂を思い出してね。その話を見つけた掲示板をさっき携帯から見たんだよね。そしたらさ、誰かが『時計搭――」

『××コースターはこれより発車いたします。しっかりと安全バーに掴まって快適なスピードの旅をお楽しみ下さい』

「けど』――って、書き込んであったんだよね」


 ガタンガタン。
 コースターは動く。しかし四人は一斉に噂話をしていた女子高生らしい二人組を見た後、各々顔を見合わせた。


「今のって」
「私が見た後に書き込まれた情報を喋ってました?」
「放送で聞こえへんかったんやけどそうっぽいで」
「どうしてタイミングが綺麗に被ってしまったのだー!」


 ガタンガタン。
 コースターは動く。高く高く、一番落下する場所までその機体を上げて。ギリギリと英里は歯軋りをする。勇太も流石に今の状況ではあの二人組にテレパシーを飛ばす余裕など無い。
 ガタンガタン。
 機体が上がって、そして……――、一時停止。


「ぎゃぁああ――!!! 結構怖ぇえ!! 止まるの怖い!」
「え、えーっと後でパソコンで掲示板チェックしますから、今は楽しんでいいですかー!?」
「ええんとちゃう? う、高い。あの時計搭の何倍も高い……」
「わ、私は一般ピーポーなのでこ、これくらいは……って一般ピーポーでも怖い!!」


 やがて訪れる落下の時。
 その時笑っていたのは誰で、その時涙ぐんでいたのは誰か。


「あははははははは!! 英里楽しんでますかー?!」
「ぐっ、しゃ、しゃ、べれんっ」
「ぎゃー! 酔う! 絶対俺、後で死亡フラグ!!」
「朱里さんは余裕有りすぎやー!!」


 ……それは、声さえ判別出来れば余裕で分かるかもしれない。



■■【scene3:新たなる情報浮上】■■



「あー、これですね。『時計搭の鐘は一回入れ替えられたと聞いたことがあるよ。本当かどうかわからないけど』」
「めっちゃ重要やん!!」
「『でもそれ数ヶ月前の話だし、時期が合わないから関係ないかもwwwww』」
「……あ、微妙になってもた」


 木陰のベンチに座りながらノートパソコンを弄り、朱里は掲示板をチェックする。
 それをセレシュが覗き込み、朱里が読み上げた最後の言葉に肩を垂れ下げた。一区間外れた先にいる英里と勇太へと二人が視線を向ければ、二人はテーマパーク内の自販機で買ったばかりのペットボトルのジュースとお茶を一つずつ握り締めながらぐったりと倒れ込んでいる。よっぽどコースターが効いたらしい。特に電子機器に寄らない英里はこういう場所にもあまり来ないため、口から魂が出そうな勢いで疲れきっている。
 まだ昼も過ぎていないというのに……とセレシュは少々同情してしまった。
 ふと、セレシュの携帯が鳴る。他の人間もその音に反応し携帯持ち組が携帯を取り出してチェックするが、それは零からの連絡ではなかった。


「あ、依頼人の兄さんや。――はい、セレシュです。例の件まとめてくれはりました? あー、じゃあ、今からこっちでチェックしますんで、読み上げてもらってええですかー?」


 セレシュの言葉に一同は己の携帯を仕舞おうとする。
 だがその瞬間、勇太と朱里の携帯がメール受信の音を鳴らした。それをチェックすると今度こそ零からの定期連絡だったので朱里が丁寧に……そしてついでに新たに判った情報を添えてメールを送信した。
 さて、セレシュはベンチの上に園内マップを広げて電話越しに聞いた場所を持ってきていたペンでチェックしていく。やがてそれらが全て共通点を示すと、彼女はふっと口元を緩ませて笑った。


「――ええ、じゃあ、引き続き調査に入りますんでー、はい。じゃ。――……さて、皆。やっぱり、共通点あったわ」
「うー……なんすか? 何が発見されたんですか?」
「私はもう近付いていいのか?」
「ちょっと待って下さいね。ノートパソコンと携帯を離すから」
「まあ、簡単な話や。神隠しにあったという人間達の証言を纏めて貰って、どこで神隠しが起きたのかチェックしただけ。するとどうや! この見事な円!」
「――時計搭を中心に綺麗な円が描かれてますね。多分証言が無い人もこのライン上で消えたのかも」
「って事は俺達はこのライン上を調べていけば何か見つかるかもしれないって事ですよね」
「でもこの円かなり広いな」
「遊びながらなら大丈夫だよ、英里!」
「……いいのだろうか、それで」
「ええんとちゃう? ただ園内を見回るだけやと疲れるだけやし」


 依頼人の男と連絡を切ったセレシュが嬉々としてマップを皆に見せ付ける。
 最終的には武彦にも皆で連絡を取り、彼が消えた場所もそのライン上だった事が判明するとセレシュが「それみい!」と一層自信を持った。


「ってなわけで」
「と言うわけで?」
「遊びながら調査ですね!」
「朱里!」
「もうええやん。英里さんもたまには羽目を外して遊んでも罰とかあたらへんで」
「……本当に良いんだろうか、この調査方法で」
「んー、うち思うんやけど、実際調べようという意識が働いていれば逆に遭遇出来ない類のもんかもしれへんし」
「! なるほど! それならば私も納得なのだ」
「じゃあ、遊びながら調査で!」
「でもその表現は駄目だと私の中の何かが訴えるのだが」
「英里、諦め肝心だよ?」
「……あー、うん。ほら、五時手前くらいから真面目に調査してれば少なくとも草間さんには怒られないし。良いんじゃないかと俺も思うよ?」


 勇太が軽くフォローに入り、セレシュも建前を堂々と言い切り、そして朱里は英里の肩をぽんっと叩く。やがて彼はノートパソコン類を綺麗に専用鞄の中に仕舞い込むと英里の手を取り、楽しげに彼女を引っ張りながら朱里は軽く振り返りながらその中性的な面立ちで微笑む。


「このライン上で遊ぶなら次はお化け屋敷ですよね!」
「何故そうなるのだー!!」
「今回、アクティブな朱里さんに誰も敵わないので有りました、まる」
「なんでそこでナレーション的な文章が入んねん」


 勇太の言葉にセレシュが思わず裏拳で突っ込んだ。



■■【scene4:害のない神隠しへの挑戦】■■



「そして時は流れ、俺達は遊び兼調査を繰り返し、今此処に居るのです。ナレーターは工藤 勇太がお送りしております」
「どっかのテレビ中継かい」
「現時刻はえー、十六時四十五分。例の時間の十五分前でございます。皆様心境的にはどんな感じで?」


 ふざけつつも勇太はセレシュが持っている地図を見て、そのライン上に確実に自分達が乗っていることを確認する。エアーマイクを皆に向け、本当にアナウンサーちっくに言葉を連ねてはいるが、実際は緊張しているのを解すためでもあった。


「とりあえず、この中の誰かが消えたらすぐに連絡と時計搭に走るという方向で良いですか?」
「おっけ」
「草間さん達は今うちらと対極の場所にいるらしいで。さっき連絡もろた」
「じゃあ、さっき俺が説明した通り、皆とはテレパシーで思考を繋げておきたいんですけど……うーん、三人かぁ。出来るかな……」
「やるだけやってみぃ。どんだけ細い糸でも繋がってたら手繰り寄せられるもんやで」
「じゃあ、失礼して」


 勇太は神経を集中させ、朱里、英里、セレシュとテレパシー能力で思考を繋げ始める。
 ぴりっとした痛みのようなものが皆頭に一瞬刺さったような気がして顔を顰めた。


「これで繋がってるんですよね?」
「多分。あ、でも俺とだけですよ。俺を通じて他の人と繋がったりは出来ないんで」
「へえ――じゃあ、例えばこんな事を考えたら……」
「ぎゃ!」
「あ、通じてる。え、じゃあこっちはどうですか?」
「うわ、ちょ、えー!」
「朱里……何を考えてる」
「健全な男の子には刺激的な事」
「……」
「…………繋がってるって判っただけマシとしとこ。な? 勇太さんもあんまり弄られんようになー」
「う、う、う……肌色成分多いのは勘弁してください……」


 だばだばと心の中で涙を零しながら勇太が本気で脱力する。朱里はそれを可笑しげに笑っていた。「鬼だ、この人」と勇太は心の中で思ったとかなんとか。
 そんな朱里を叱咤するように英里がずずいっと身体を寄せ、けれど朱里はそのまま彼女の手を掴んで「離れないようにしましょうね」などと先手を打っている。


「さてうちは――」
「うわー! なにこの思念。セレシュさんの日常に関する愚痴とか不満とか不安なこととか一気に来たー!」
「帰りたくない的な事を思う――これが今回のうちのやり方や。頑張って受けや」
「うわー……セレシュさん、俺超へこみそう。あ、俺も帰ったら宿題しなきゃ……ヤダ。宿題したくない」
「帳簿付け溜まってたの片付けなきゃならんし、勉強捗ってないな……はぁ、ほんまややわぁ」
「英里英里! あそこ纏ってる空気暗いですね!」
「いっそ、お前の陽気な思念で飛ばしてやるといい。あと人を指差しするのは駄目だ」
「えー、でも英里だってもっと陽気な事を考えてくれたら二倍に――」


 ふと、朱里の言葉が止まる。


「居ない」
「え?」
「ん?」
「英里が、いないッ!! 英里! 英里がいない! いなくなった! さっきまで私と手を繋いでいたのにッ!!」
「時間は――五十五分、範囲内や! 勇太さん、彼女の反応は?」
「えっと、えっと……やっぱり時計搭の方!」
「私は先に時計搭に行きます! 連絡お願いしますね!」
「あ、朱里さん!」


―― 英里、英里どこ!?


 さっきまで傍にいたのに。
 指を差すなって怒ってくれていたのに。
 何故彼女が神隠しに?
 何故、何故、何故。


 朱里の心に動揺が走り、情緒不安定になり始める。それでも懸命に時計搭まで走りきり、その周囲を探し始める。


「英里ー! 英里、どこ! どこにいるんですか!?」
「ここにいる」
「――っ!?」
「あまり大声を出すな。少年がびっくりしてるだろ」


 意外にも英里はあっさりと見つかった。
 時計搭の傍で迷子になったと思われる五歳児くらいの少年に一人人形劇を見せてあやしていたのだ。そこに走ってきた朱里の様子があまりにも切迫していたものだから少年は止まっていた涙が再び零れ始め……。


「ああ、泣くな。泣かないでくれ。人形劇ならもう一回するから」
「英里、英里」
「朱里も落ち着け。私は此処にいる――あ、スタッフの人が来たから少年は預かってもらおう」


 意外にも落ち着いている英里はスタッフの人に「迷子です」と言って少年を引き渡す。
 無事保護者と再会出来る事を彼女は祈りながら、少年へと手を――正しくは人形の手を振らせた。


「英里、一体何があったんですか。さっきまで私と手を繋いでいましたよね」
「わからん。私も気付いたら此処に居た。……と、いうかお前なんで一人なんだ。他の二人は? もしかして他の二人も飛ばされてお前一人が残ったというあれか」
「違います! 飛ばされたのは英里一人で……でも勇太さんが時計搭の方に英里がいるって教えてくれたから急いで走ってきて……。あー……でも見つかってよかったです」


 それは心からの安堵。
 英里の肩に両手を乗せ、朱里は肺の中の空気を全て出しているのではないかと言うほど長い時間息を吐き出していた。


「居た! 英里さん無事ですか!?」
「はー、朱里さん。自分で連絡取るって言いはったのに、先に行くとは思ってへんかったわ」
「うむ。心配を掛けて済まなかった。私は無事だ。無事だから」
「……手は離さないですから」


 仕方が無いな、と英里は苦笑しつつ、自分の手に絡めてきた相手の手を握り返した。
 そして皆して時計搭を見上げる。
 高さは十五メートルだと園内マップに書いてあったそれ。やがてカチっと針が重なる音が聞こえ、その後鐘が鳴る。


 ――そして集中する。


 何か糸を。
 きっかけを。
 何故神隠しが起こっているのか探るために。


 皆各々が持っている能力を使い、この時計搭に何か異常がないか力を巡らせる。
 その途中、草間兄妹が合流していたが、皆が皆時計搭を見上げていたので声を掛けられずにいた。だが、武彦は携帯を取り出し、依頼人の男を呼び出す。どう考えてもこの時計搭は調査対象からは決して外せない。だから彼は彼に出来ることをするのだ。


「俺達をあの時計搭に入れてくれ」



■■【scene5:時計搭へ】■■



 時計搭の中は蒸し暑く、夕方になって収まっていた汗が再び噴き出すのを感じた。
 依頼人に案内されながら彼らは上って行く。その鐘の存在する場所まで。


「鐘が取り替えられた後には何も無かったんだよな」
「ええ、神隠しが起こったのは最近ですから」
「鐘を取り替えた時に何かあったか? 事故とか」
「いいえ、何も。取替えはスムーズに進みましたし、誰一人として怪我人が出た訳でもありません。ですから私は怪奇現象とはいえ、今回の一件は危険の無いものであると判断しました」
「だが、俺が呼んだこの協力者達は――」
「はい、先程お聞きいたしました。『残留思念』っぽいものを感じた……そうですね」
「心当たりはないのか?」
「そうですね。あるとしたら……製作者の方でしょうか。随分と想いを込めて造ってくださったので……あ、足元には気をつけて。全員が上がるにはちょっと狭い場所ですから」


 依頼人は天井を塞いでいる蓋のような扉を開き、そこから時計搭へと出る。吹き込んでくる風がとても涼しかった。


「あ、これだ」
「鐘、やね」


―― どうか見守って。
    どうか幸せの鐘を鳴らすその時間に。
    どうか帰っていく人々を見守ってあげて。


「祈りのような歌が聞こえる」
「なあ、うち気付いてんよ。このテーマパーク今は夏やから九時まで営業しとるけど、普段は五時で閉園やねんって」
「あ、でもここにヒビが入ってる。このせいだと思いますよ。そのせいで鐘の特性が微妙に変わって、自然界の空間と引き合い空間を歪ませてこの時計台付近に人々を引き寄せたんだと思います」
「では鐘を交換、もしくは修理したら現象は収まるんでしょうか」
「多分な」


 時計搭の鐘は人々の見えないところで傷付いて、知らない内に製作者が望んだ帰りの合図を歪みに変えて、人々を引き寄せた。


「寂しくなっちゃったのかもしれませんね」
「うむ。私が引き寄せられたのも案外誰でも良かったんだろう。私は帰りたくないと思っていなかったし。はっ! 一般ピーポーだからか!」
「私は英里が居なくなった時凄く心配しましたけどね」
「心配してくれる人がいてくれはるってええことやで。案外それかもしれへんよ」
「それって?」
「『心配してくれる人が居る』ってところだろ。さて、降りるか」
「「「「えー」」」」
「……お前らなぁ」


 揃った声に流石に武彦は額に手を当てた。妹の零まで声を合わせたのだから頭痛も一押しだ。


「だって此処からの眺め綺麗ですしー」
「普段は上れへん場所やからちょっとくらいええやないの」
「鐘に関してはさり気無く私が幸福を分けておきますから」
「それはどういう意味ですか?」
「零さん、朱里は幸運体質なんだ。だからきっとこの鐘も――」


 英里は高い場所に吹く風を受けながらこの時計搭から見える楽しげな人々の声に僅かに笑みを宿した。


「そう、この鐘もきっとヒビを直したらまた造った者が望んだ『幸せの鐘』になる」



■■【scene6:物語の終焉】■■



 後日。
 草間 武彦の元には今度こそちゃんとしたお礼状が届いた。
 やはりあのヒビを修理するために一旦鐘を下ろしたら神隠しが止んだとの事。なら修理が終わったらまたあの幸せの鐘は鳴るだろう。
 またしても同封されていた無料入園チケットとフリーパスを見やりつつ、彼は言う。


「零、行くか?」
「はい、お兄さん」
「だが夏だしな……」
「もうっ! だれているのは身体に悪いですっ!」


 この間アイツらには内緒で散々遊んだだろう、とは口には出さず、武彦は携帯を取る。
 そして協力者達に連絡を取った。


「おい、先日の件だが、依頼人から入園チケットとフリーパスが届いてだな――」


 夏のテーマパークはまだまだ人を誘っている。
 『害のない神隠し』はいずれ風化する噂。
 だが、あの時計搭はきっとこれからも皆を見守り続けるだろう。その幸せな鐘の音で……。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】

【登場NPC】
 草間 武彦(くさま たけひこ)
 草間 零(くさま れい)
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■         ライター通信          ■
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 調査お疲れ様でした!
 今回は以前全員顔を合わせていたメンバーでしたので、自己紹介無しで仲良く調査にGOです!
 しかし皆して発注文に「遊びつつ調査」「むしろ遊びたい」とさり気無く付け加えられている一文に「うん、遊んで下さい」とライター心がくすぐられました。なので遊びに結構力を注いでしまいましたが如何でしたでしょうか?


■工藤様
 まだ勇太様と呼べないこのへたれに発注有難うございました(礼)
 今回はテレパシーのシーンでライターの遊び心がくすぐられてしまいましたが、年頃の男の子が真っ赤になるような内容だと思ってください^^
 しかし能力の件もありますしジェットコースター強そうに見えるんですけど、うっかり弱い分類にしてしまいました。能力とコースターは別という事で!もしくは相当怖いコースターだったと思ってやって下さい(汗)