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<東京怪談・PCゲームノベル>


Summer of God


 セレシュ・ウィーラーは透き通ったブルーの瞳を薄い眼鏡越しに細めると、肩にかかる金色の細い髪を背に払った。
「分かった。……気をつけるけど、今時金髪碧眼なんてなんぼでもおるやん。難儀過ぎる話やな」
 そんな事を俺に言われても仕方がないだろうと、志郎は肩を竦めた。セレシュは「気をつける」とだけ言うと、興信所を後にした。
 興信所を出て直ぐに背後に感じた殺気に、セレシュは振り返った。陽炎の向こうに男性の姿が見えた気がしたが、強い気配だけが漂っていた。
 身の危険を感じ、興信所に入り直す。今しがた出て行ったばかりのセレシュがすぐに戻ってきたことに怪訝な表情を浮かべた武彦だったが、外であった出来事を聞いて納得したように目を伏せた。
「それなら、夜神に会ってみたらどうだ? 元々、アレを封じたのは夜神の先祖だ。もしかしたら、何か手があるかもしれない」
 このまま黙って襲われるのを待つよりは、夜神魔月に会って話をした方が良いだろう。武彦がそれならと魔月に電話をかけてみるが、どうにも電波が通じないらしい。
 魔月のいる場所は知っていると、武彦が簡単な地図を書いて寄越す。行くも行かないもセレシュ次第だと言われ暫く迷った後に仕方がなく行く事にする。
「……それと一応言っておくが、危なくなったらすぐに逃げるんだぞ」
 セレシュの正体を知らない武彦は、一言そう言い添えると渋々と言った様子で住所の書かれた紙を渡した。セレシュは「分かってます」と殊勝に返事をすると、煙草の臭いが充満していた草間興信所を飛び出して行った。


 オレンジ色に染まっていた空が緩やかに暗くなって行く。夜の到来を知らせる鴉の声が寂しげに響く中、セレシュは目的の場所についた。言い知れない寂しい雰囲気に、若者達の悪ふざけに最適な場所だと感じる。
 小さな塚の前に立っていたセーラー服姿の女の子が、セレシュの気配に気付き振り返る。太ももまである黒いポニーテールが揺れ、鋭い光を帯びた銀色の瞳が真っ直ぐにセレシュの瞳を見据える。テレビに出ていてもおかしくない美少女だったが、顔つきの幼さやクールさに比べて、瞳が大人びていて鋭すぎるのが玉に瑕だった。
「貴方が夜神魔月さん?」
 セレシュの問いに、少女は答えなかった。ただ、不機嫌そうに睨みつけただけで溜息を吐く。
「うちはセレシュ……」
「別に、名前なんて必要ない」
 素っ気無くそう魔月が返した時、背後に重たい空気を感じた。咄嗟に振り返れば、透き通った赤色の瞳と目が合った。おそらく美形の分類に入るであろうその男は、セレシュを見ると目を細めた。鋭い光を宿した瞳に、後ろに飛び退く。禍々しいながらも、どこか高貴な雰囲気を纏っているところを見ると、彼が“神”なのだろう。
 結界を張り、魔除けを行う。説得を試みようとするが、彼について何も知らない手前、説得など出来ない。何か会話の糸口になりそうなものはないかと周囲を見渡せば、魔月がいなくなっていることに気付き視線を巡らせる。カサリと音が鳴り、顔を上げれば低い木の枝に座ってこちらを見下ろしている魔月と目があった。
「……夜神さん、なにしてるん?」
「何って……高見の見物?」
 疑問系で言われ、思わず頭を押さえる。魔月の冷たい態度に、セレシュは小さく溜息をついた。どうやらセレシュは魔月の嫌いな人間らしい。もっとも、彼女の場合は初対面の人間全員を一度嫌いに振り分けて考えると言う悪癖があるため、セレシュでなくともこのような反応になるのだが、彼女は知る由もなかった。
 まあ、木の上にいてくれるのならそれはそれでありがたい。万が一戦闘になった場合、木の上にいれば巻き込む事もないだろう。
 一先ず安堵の溜息を吐き、神と向き合う。何か喋らなければと思うのだが、何故相手が自分を狙っているのか分からないため、どうにも言葉をかける事が出来ない。そうこうしているうちに間合いを詰められ、眼鏡を外す。
 剣と攻撃魔術で相手を威嚇してみるが、なにぶん動きが早い。眼をまともに見てくれれば徐々にでも石化できるのだが、ほとんど合わないと言っても過言ではなく、抵抗に振り分けられた力は極僅かのようだった。
 一進一退の攻防を続ける二人の背後では魔月がポケットから飴を取り出し、木の上で足をブラブラさせながら成り行きを見守っている。まるでどちらかが力尽きたら自分の出番が回ってくるとでも言うかのようで、少々苛立つ。
 強い衝撃波にも似た力にセレシュの身体が傾ぎ、後ろに倒れこむ。咄嗟に手をついて頭は打たなかったものの、強かに打ったお尻が痛かった。一瞬の隙を突いて目の前に迫ってきた相手に攻撃魔術を展開しようとしたとき、隣に何かが突き刺さった。あと数センチでセレシュの手に突き刺さるところだったのは、電撃を帯びた刀だった。
「それ、使えば?」
 木の上から刀を放り投げたらしい魔月が平坦な口調で言う。そう言えば、神を封じたのは夜神の力だったと思い出したセレシュが地面から刀を取り、迫り来る敵に突き刺した。
 雷の力を帯びた刀は男の腹部に深く突き刺さり、刺さった部分から黒い靄のようなものが立ち上る。するすると解けるようにして天に昇っていく黒い靄を見上げながら、木の上に座る魔月に目を向ける。
「浄化されたん?」
「いや、滅しただけだ」
「……封じる手はなかったん?」
「なかったと言えば嘘になるが、それは難しい」
「……何でなん?」
「あたしが当主じゃなく、当主候補だからだ」
 その違いが分からずに首を傾げたセレシュだったが、手に持った刀に視線を向けてふとあの時の状況を思い出す。
「もう少しで刺さるところやったやん」
「別に、刺さっても関係ない」
「……うちには関係あるやろ」
 あんなものが手に刺さったら、痛いどころの騒ぎではない。
 木から降り、煙のように解けながら空へと昇っていく男を見上げていた魔月が、銀色の不機嫌そうな瞳を真っ直ぐにセレシュに向ける。真正面から瞳を見てしまい、セレシュは焦った。慌てて目を逸らすが、確かに目が合ってしまったのだから遅かったと言える。
(あぁ、またやってもうた……)
 眼鏡をしていないときに人の目を見てはいけないと、気をつけていたはずなのだが、あまりにも魔月の態度が酷かっただけに、思わず眼鏡のことを忘れてしまっていた。石化を解かなければ。そう思い、顔を上げた瞬間、目の前に黒い影が現れた。何かと確認するよりも早く、腹部に冷たい何かが通り抜ける感触がし、視線を下げる。
 深々と突き刺さった刃と、体の中を人工物が通り抜ける感覚に顔を顰めるが、痛みも出血もない。
「刺さっても刺さらないから関係ないって意味だ」
 すぐに刃が引き抜かれ、思わず腹部に手を当てる。何事もなかったかのように、服すらも切れていない。魔月がセレシュの手から刀を取り、二本の大きな刀を地面に突き刺す。刀は地面に吸い込まれるようにして跡形もなく消えてしまった。
「コレは特定のものしか斬れない。そしてあたしも、特定のもの以外は影響されない」
 目を見つめられ、セレシュは顔を顰めた。どうやら、魔月の力がセレシュに干渉できないのと同様、セレシュの力も魔月には干渉が出来ないようだった。まるで薄いガラス越しに別の世界にいる相手と向かい合っているようで、落ち着かない。とは言え、こちらの能力は干渉できないのに相手からの能力は干渉して来ると言ったズルイ能力ではないだけマシかもしれない。
「にしても、なんやったん? なんでうちが狙われとったん?」
 髪と瞳についての説明は受けていたものの、何故と言う点については武彦も知らない様子だった。眼鏡をかけ「うちには知る権利があるやろ?」と、服についた砂を見せながら言えば、魔月は迷ったように視線を左右に振った後で「仕方がないな」と低く呟いてから口を開いた。
「あんたの見た目が、アイツを封じた当主に似てるんだ。勿論、髪の色と眼の色だけだが」
 つまりは古い夜神家の当主がセレシュと同じ髪の色と眼の色をしていたと言う事だ。魔月の漆黒の髪と、鋭い銀の瞳の色からは予想も出来ない答えだっただけに、セレシュは目を伏せた。
 あの男は、その昔の当主とやらが好きだったのだろうかと考える。もしそうだとしても、他の女性の面影を追われてもかなわない。
 チラリと壊れた塚に目を向け、男が消えていった夜空を見上げる。静かに眠るのなら、塚の再建を手伝い、神棚を用意しようと思っていたのだが、どうやら図らずとも滅してしまったようだった。
 それでも、この場に昔“神”がいたという証拠は残しておいた方が良い気もする。彼は確かに魔に近い存在ではあったが、神と魔は紙一重の差しかない。塚を元通りにして、神がいた痕跡くらいは残しておきたい。決別した過去とは言え、神域を守るのはセレシュの本分だった。
 明日にでも壊れた部分を調べて、修復出来るかどうか検討してみよう。そう思い、顔を上げた先にはすでに魔月の姿はなく、まるで夜の闇に溶けてしまったかのようだった――。


END


◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 8538 / セレシュ・ウィーラー / 女性 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師


 NPC / 夜神・魔月