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<東京怪談ノベル(シングル)>


『流星は北東の空に煌く けれども その空に霞はかかる』

  彼は常に図書館の入館者に対しては柔和な笑みを崩さず、紳士的に振舞うのだが、この図書館から本を無断で持ち出そうとする者には容赦はしない。
 一度、彼女の前で、老婆が分厚いコートの内に絶版されコレクターの間で破格の値段で取引されている小説を隠し無断で持ち出そうとした事があった。しかし、彼、この図書館の司書、ロン・リルフォードはそれを見逃さなかったのだ。老婆は本を取り返され、丁重に図書館からの退舘を迫られて、以降、この図書館で彼女は老婆の姿を見なかった。
 それと同じような事が彼女が来館している時に何度かあった。
 とにかく、ロンは優秀な司書であった。いや、果たしてそれを優秀という言葉だけで片付けてしまっていいのか悩むほどに彼は、この図書館からの無断での本の持ち出しを見逃さなかったのだ。
 この図書館で働くのが、彼、一人だけであったにも拘らずにだ。
 それを目の当たりにして彼女の悪戯心に火がついた。
 彼女は推理小説家だった。この図書館には小説で使うトリックのネタ探しのために足を運んでいたのだが、最近ではもっぱらこの図書館の司書と、その彼を相手に裏で破格値で売買されている書物をいかに図書館から持ち出すか思案している輩のやり取りを見る方が楽しみになっていた。
 そして、彼女は推理小説家として本を執筆しそれで生計を立てている身分でありながら、この図書館からあの優秀すぎる司書の目を盗んで本を持ち出す方法を思いついてしまった。
 ――いえ、これはこのトリックを次の小説で使うための実験よ。犯罪ではないわ。それに、図書館って、私たち小説家が魂を削って書いた本を無料で人に読ませているのよ? そのおかげで私たち小説家がどれだけ損をしているか! それを考えれば、私が次の小説で使うためのネタの実験をしても良いわよねー。
 彼女は、綿密な作戦の元、図書館を訪れ、そして、今日もロンの淹れてくれたフレーバーティーを口にしながら短いお喋りを彼と交わした。
 その時に、彼の前で文庫本サイズのメモ帳を取り出し、そのメモ帳を彼に印象付けてやるのがポイントだ。
 そうして、彼が他の業務に戻り、彼女もそのメモ帳と睨めっこしたり、この図書館で見繕った本を読みながら原稿用紙に万年筆で小説を書いたりして数時間が経った頃、そう、いつも彼女がこの図書館から帰る時間の少し前、席を立った。
 そう。この本よ。――彼女は本棚から一冊の文庫本を取り出した。その文庫本のカバーをはがし、代わりに自分のメモ帳、大きさもページ数も同じそれにその文庫本のカバーを被せる。そして、文庫本には自分のメモ帳のカバーをかけた。
 後は、そのメモ帳のカバーをかけた文庫本を手に持って堂々と図書館から出れば良い。変に鞄の奥に隠したり、挙動不審になるなどはもってのほかだ。
 手の込んだトリックなど必要無い。悪戯とはシンプルなトリックと度胸さえあれば成功するのだ。そう。例えば彼女が描く小説に出てくる怪盗のように。
 彼女はたおやに微笑みながらロンに頭を下げて図書館を後にしようとした。
 勝った。彼女は図書館の外、ヒースが見えるそこに足を一歩踏み出した瞬間に勝利を確信し、打ち震えた。今まで誰もなし得なかったこの図書館から本を持ち出すという行為に自分は成功したのだ。
 しかし、
「どうしましたマダム?」
 ――彼女の耳に息を吹きかけるように甘美な快感を伴う声がそっと囁かれたと想った瞬間、そこは背の高い、余す事無く何冊もの本を内包する本棚がいくつも立ち並ぶ回廊であった。
 明度を落とした照明の下、ロンの顔が半分だけ影に隠れている。いつも柔和な笑みを絶やさない優男の顔は、しかしその柔和な笑みを浮かべているもののとても冷ややかな目をしていた。
 その目に見つめられた彼女は、凍りつく自分を幻視した。
「マダム。悪戯はいけませんね」
 そっと丁寧な声が彼女にかけられる。そこに小ばかにするような響きは一切無い。だから、彼女の足は震えた。
 ロンの手には、あの文庫本があった。


 小説家の彼女は、以降、この図書館に姿を現さなかった。



『流星は北東の空に煌く けれども その空に霞はかかる』

 
 今日も空は今にも泣き出しそうな曇天だ。
 この世界の空は図書館の事情でいつもこの曇天。青い空を見る事はいくつかの例外を除かない限り叶わないが、今日のこの曇天はこれはこれでこの世界にとっては晴れているのかもしれない。
 そう想うのはその日その日で空気の匂いはいつも微妙に変わっているからだ。やはり、見た目ではわからないのだけれど、同じ曇天でも天気はあるのかもしれない。
 ロンは空気の微妙な変化を嗅ぎ取り、それが体調と精神に及ぼす影響を計算してドライフルーツや花びら、茶葉の分量を微妙に変えてみる。
 試しに淹れてみたフレーバーティーの味と香りはロン好みであったが、果たして、この図書館にやって来たあの全身黒尽くめの少女はこのフレーバーティーをどう評価するだろうか?
 ロンはふっと笑い、カートにティーセットを乗せて、図書館の回廊を渡り、ホールで周りを見回す少女を出迎えた。
「ようこそ。お嬢さん。当図書館に。どうぞ、ごゆっくりと閲覧してください。でも、その前に、よろしかったらお茶などはいかがですか?」
 黒髪に縁取られた白磁の美貌にロンは柔和な笑みを浮かべる。
 対して少女は頬にかかる黒髪を耳の後ろに流しながらわずかばかり首を傾けた。
「図書館でお茶?」
 長い睫が2,3回上下した。
「意外ですか?」
「ええ。だって、図書館って普通は館内での飲食って禁止じゃない?」
「そうですね。ただ、当図書館では来館者の方にリラックスして読書を楽しんでいただきたいので、このようなサービスを行っております。もちろん、本を汚さないという事を前提にして」
「なるほどね」少女はしみじみとため息を吐いた。その様子はひどく気だるげで、この年頃の少女特有のどこか拗ねたような感じがあるのだが、しかしどうもそれだけではないらしい。何か、心に重い荷物を抱えているようだ。
 少女は書架を見回し、それから、通路の端に置かれたチェアーにロングスカートの中で足を組んで座り、ロンの手渡したティーカップの中のフレーバーティーの香りを楽しんだ後にそれを一口飲んで、そしてまた、しみじみとため息を吐いた。
 それは例えば遠足に行くのがとても億劫で億劫でしょうがないインドア派の子どもが、しかし、その遠足の先でとても面白いゲームセンターを見つけたのだけれど、教師から遠足の先に関してのレポートの課題を出されているためにそれを優先して調べないとダメなので、そのゲームセンターに入れないといった具合に。
 ちなみにこの例えはよく図書館に来る中学生の小等部時代の友人の話だ。彼らはエスカレーター式の名門私立に通っているのでたとえ遠足でもその内容はテストと直結していて、いつも何らかの課題が課されているらしい。ご苦労様、という感じだ。
 少女はティーカップから口を離し、少女の目の前に立つロンを見上げながら、しみじみとした感じでぼやいた。
「喫茶店じゃ、やっぱり珈琲一杯で長々と読書に耽るなんて図々しくて無理だし、店内に自動販売機と椅子を置いている本屋さんなんかもあったりするけれど、それこそ無理。本当に本屋さんで椅子に座って自動販売機で買った飲み物を飲みながら買わずに売り物のはずの本を読んでいる人達の気が知れないわ。図々しすぎ。だから、あたしはもっぱら、家で紅茶を何杯も飲みつつだらだらと読書に耽るのが好きなんだけれど、ここで優雅にあなたの淹れてくれたフレーバーティーをいただきながら読書に耽るのも本当に楽しそう。でも、」まるで舞台上の役者のように彼女は両手を大きく開いて大仰に肩を竦めた。「だから、本当に残念」
 少女は二本の指を立てる。
「残念な事、ひとつめ。あたしは今日、ここにわらにもすがるような気持ちであるかどうかもわからない答えを探しに来たの。ここで見つからなかったのなら、あたしをはじめ世界中の人間のため息で今夜の夜空は霞がかかるでしょうね」指を一本折って、少女は続ける。「残念な事、ふたつめ。チョコレートで香り付けしてもらえたフレーバーティーがあたしは、好みかな」
 少女はロンを見上げながら、てへぺろ、な表情を顔を真っ赤にしながらした。
 空気が、凍りついた。
 世界が、フリーズした。
 そして、ちょっとの、間……。
 ロンがちょっと反応に困っていると、てへぺろの表情のまま固まるというよりも凍りついていた少女は、自分の顔を両手で隠して、椅子に座ったまま地団太踏むように二本の足で床板を踏み鳴らした。そのメロディーは歌詞にするのなら、は・ず・か・し・い、だ。
 だだん、と少女は床板に八つ当たりするようにそれを踏み鳴らした後に、椅子から立ち上がって、頭を下げて、その場を後にしようとした。
 ふわりと舞った黒髪の隙間に見えた彼女の耳は真っ赤だった。
 それを見てロンはちょっともう、我慢しきれずに軽く握った拳を口元に当ててクスクスと笑ってしまった。
 少女が振り返り、ロンをキッぃ、と睨む。でも、顔は真っ赤。
 ロンは両手を挙げて、やんわりと微笑んだ。
 そんなロンに少女は鼻をすすり、伸ばした右手人差し指をぴしぃっと向ける。
「責任とってください。ロン・リルフォード」
 ロンは挙げていた両手をゆっくりと降ろし、右手だけを少女に伸ばした。
「どうやら自己紹介の必要は無いようですね。それで、あなたは?」
 少女は、迷わなかった。迷わずにロンの手を握り、自分の名前を口にした。
「あたしは、綾瀬まあやです」
「綾瀬まあや」ロンは彼女の名前を繰り返し、頷く。
「よろしくお願いします。綾瀬さん」
「よろしくお願いします。ロンさん」
「それで、先ほどの表情の件ですが、」
「そ、それは、……」
「それは?」
「あなたの知人で、あたしの知人の知人から聞いたんです。今回の、一件を解決するにはどうしてもこの図書館を使う必要があって、そしてそれに伴ってロンさんの協力が必要不可欠で。そうしたら、その人がロンさんはツンデレが好みだから、それで攻めろと。あたしは、嫌だと言ったんですが……」
 真っ赤な顔でしゅんとなっている綾瀬の姿にロンはクスッと笑いたくなるが、もしもここで笑ったら彼女の機嫌は今度こそ悪くなるのは目に見えているから、ロンは我慢した。
「まあ、その知人とやらには私から後で注意をしておくので」
「お願いします」
 お願いされてしまった。
 ロンは苦笑いを浮かべて、右手の指一本を立てる。
「と、それでは、残念な事、一つ目。それから解決していきましょうか」
 図書館のラウンジでロンと綾瀬は向かいあい、会話をしている。
「それで、綾瀬さんはこの図書館に何を調べに来たのですか?」
「それを説明する前にロンさん。あなたにお聞きしたい事が」
「はい?」
「あなたは今日、2012年8月12日の21時ごろにピークを迎える流星群の名前がわかって?」
 そう問われて、ロンは小首を傾げる。
 確かに、彼は今日の21時ごろに流星群が北東の方角の空に降るという知識を得ていたが、しかし、果たしてその流星群の名前が何かと問われれば、……。
 ロンは肩を竦める。
「確かに今夜21時に流星群が降るという知識は頭の中にありますが、その流星群の名前はわかりませんね」
「でしょう?」
 綾瀬はさらりと額の上で前髪を揺らして小首を傾げる。
 ロンは席から立ち上がる。
 そうして彼が書架から持ってきたのは天文学の本で、それにはしぶんぎ座流星群、ふたご座流星群の名前はあるが、同じ年間三大流星群の残りの一つ、今夜の流星群の名前はそこには無かった。名前だけが。
 綾瀬は小首を傾げる。
「記憶だけではなく、書物からの情報も、失われている。でも、どうして、こんな……。ここに来れば、世界中の書物という名の知識が集まるこの図書館でなら、名前がわかると想ったのに」
「そうですね。私も本という媒体を取り扱った知識ならば、失われていないと想ったのですが。でも、これで起こっている事象の見当はつきました」
 そして次にロンが持ってきたのは本のカバーが少々折れ曲がった文庫本であった。
「これは?」
「ええ。先日、とある方がこの文庫本のカバーと、この文庫本と同じ大きさ、ページ数のメモ帳のカバーとを取り替えて、この文庫本を図書館から持ち出そうとしましてね。それで、少々、この文庫本が傷んでしまいました」
「それは、悲しい事ですね」
「はい」
「でも、この本が?」
 綾瀬は小首を傾げる。
 ロンは悪戯っ子の表情で文庫本を開いた。
 転瞬、その文庫本の文字が、打ち震え、そしてざわめき、紙より這い出てきた。それは、まさしく蟲であった。
 ロンはたおやかな手で蟲となった文字を捕まえ、それをジャケットの内ポケットから取り出した硝子の小瓶の中に入れた。
 綾瀬は細めた眼でその硝子の小瓶を見据える。
「これは?」
「本の蟲」ロンはテーブルの端に置かれたメモ帳に万年筆で、本の蟲、と書く。
「本の蟲は、傷つけられた本の傷口から世界にある悪意が滲んで、本に綴られた物語は命を持って文字という形を得て、そうして世界に生まれる。本の蟲となった物語はそれになったが故にこの世から完全にその物語は失われるのです。全ての人の記憶から。全ての情報媒体から。だから、この天文学の本からも流星群の名前が消えたし、私たちの記憶からもそれの名前が失われた」
「では、この文庫本は、天文学の本なのですか?」
「いえ。ギリシャ神話の本です」
「ああ、なるほど」
 綾瀬は頷く。
 そして、硝子の小瓶を指差した。
「しかし、じゃあ、どうすればいいのですか、この本の蟲は?」
 深刻そうな綾瀬の声に、しかし、答えたロンの声は軽やかだった。
「なに、本の傷口から入った悪意を日の光で滅して、消毒してやればいいんですよ。つまりそのまま虫干しです」
「虫干し?」
 綾瀬は窓から見える空に目を向ける。
「あの曇天は、日が沈むまでに何とかなるのですか? でも、天気予報では今日は全国的に晴れのはずなのに」
「ああ、ここの空はいつも曇天なのです。陽光は、本にとっては緩やかな毒ですから」
「本の日焼けを防ぐために?」
「はい」
「それでは、この曇天の下を潜り抜けて、青空の下までこの本を持っていかないと?」
「いえ。本の虫干しは、ただ青空ならば何でも良いという訳ではありません。この図書館に隠されている青空の欠片を集めて、それを復元せねばいけないのです」
「まるで魔女か魔王に支配されている世界を救うRPGのような話ですね。そうすると、最終的にはあたしはロンさんと戦わないといけないのでしょうか?」
「それは、避けたいですね」
 ロンはくすりと笑う。
「でも、その青空の欠片というのはどこに?」
「この図書館のどこかに散らばっています」
「青空の欠片レーダーは?」
「ありません」
 ロンと綾瀬は互いに肩を竦める。
「雲を掴むような話ですね」
「雲を晴らすための話なのですがね」
「ふむ」綾瀬は腕を組む。
「ここの本にとって青空は緩やかな毒だから、書架の近くではないですよね?」
「わかりません」
「あら。ロンさんはこの図書館の司書で、全てを把握しているのでは?」
「把握していますが、青空の欠片については、管轄外なのです。私はそれに関してはアクセスする事ができないのです」
「ふむ。なるほど。なら、それに関しては自力なのね」
 綾瀬は口元に軽く握った手を当てる。
「青空の欠片とは、所謂その概念のみが存在する理で、物体的な物ではない、という事は?」
「いえ。過去に幾度かやはり本の蟲が出現した時も、私ではない誰かがそれを見つけ出してくれたので、やはり青空の欠片とは確かに物体としてこの図書館に存在するはずなのです」
「図書館に?」
「はい。図書館に」
「ふむ。青空の欠片か。ロンさんは、なら、その時、見たそれに関しては何も覚えていないの?」
「はい。アクセス禁止要綱に触れるために、私はあの曇天の代わりに出現した青空しか見覚えがありません。その過程はほとんど、記憶にないのです」
「でも、少しは覚えているのでしょう? 覚えている限りでその時、ロンさんは何をしていましたか?」
「私ですか? 私はやはり、その時もこうして誰かのお手伝いをしていましたね」
「どんな?」
「本を集めていました」
「ジャンルは? その時の本の蟲に関連した本ですか?」
「いいえ。そうですね。とても気持ちの良い、温かで爽やかな気分になる本です。詳しい事は思い出せないのですが」
「聴覚的に? それとも視覚的に?」
「両方だった覚えが」
「ふむ」と頷いて、綾瀬はにこりと微笑む。「ロンさん。その人達はこんな事を言っていなかった? 木を隠すには森の中と」
 ロンは柔和な笑みを浮かべた。
「おや、よくおわかりで」
 綾瀬はたおやかに微笑む。
「ロンさん。この図書館にあるありたっけの青空に関わる本を持ってきてください」
「よろこんで」
 そうして、ロンは青空に関わる本を集め、綾瀬はその本を片っ端から開いていく。しかし、それらの本をどれだけ開いても、または振っても、青空の欠片は落ちてこなかった。調べても何も出てこない。
 綾瀬は天井を見上げる。
「違うのか」
 ロンも記憶を探るように目を先ほどから閉じているが、おそらくは何も思い出せないだろう。
 綾瀬は、
 青い空を思い浮かべる。
 真っ白い雲を思い浮かべる。
「雲。ロンさん、雲の本はありますか? 雲に関連する本は?」
「はい。ありますよ。それでは持ってきます」
「あ、いえ、あたしも手伝います」
 綾瀬は積み上げられた数々の本を見て肩を竦める。またこれだけの労力をロンにさせて肩透かしを食らわせては申し訳ない。今度は、場所だけを聞いて自分で持ち運んでも良いぐらいだ。もちろん、この本だって本棚に片付けよう。
 綾瀬はロンと一緒に書架に行く。
 本棚にはびっしりと世界中の雲にまつわる本が入っていた。
「すごいですね」
 その光景を見て、綾瀬は、ふと、想う。
 そういえばロンは青空の欠片という物に関してはひどく面倒くさい情報統制を食らっているようだが、なら、何故、先ほど、綾瀬が聞いた事に関しては覚えていたのだろうか? 綾瀬は青空に関する本自体が青空の欠片か、もしくはそれに何かが隠されているのだと想った。だが、もしも本当にそうなら、それこそ、そういう本を集めたという記憶こそ消されているはずだ。
「だったら、本が欠片という事は無い? でも、」
 まったくそれが見当はずれとは思えない。これまで本の蟲に関わった人達が踏んできた道である以上、この先に欠片があるのは確かなのだ。
 綾瀬はびっしりと並ぶ本を、本棚を見上げて、
 そして、その雲に関しての本のタイトルが立ち並ぶその本棚こそが、まるで空のようだなと想って、
 その瞬間、彼女の肌が粟立った。
「ロンさん」
「はい」
「本じゃない。この青い空に関連する本とかが並ぶ、そう、この雲の本が並ぶ本棚こそがまるで空かのように思える、それこそが青空の欠片という証拠なのよ。本棚が、欠片なのよ」
 そして綾瀬はそういう本棚を調べ、それぞれの本棚のどこかに青空のパズルかのような欠片を見つけて、それをテーブルの上に並べてはめ込んでいき、そうして、それは完成した。


 青い空がヒースの荒野の真上に広がっている。
 綾瀬は、図書館の前に置かれたベンチに座り、足の上に置いたペルセウス座の神話の本を虫干ししていた。
 そう。今夜の流星群の名前はペルセウス座流星群。
 本が元通りに戻ったおかげで、人々の記憶でも、情報媒体でも、それはちゃんと思い出されたのだ。
 これで流星が降る夜空に人々のため息の霞がかかる事は無い。
 綾瀬はにこりと微笑む。
 そんな綾瀬の前にロンはトレーを持って立った。
 ロンはにこりと柔和な笑みを浮かべて、チョコレートの香り付けがされたフレーバーティーを淹れたティーカープを綾瀬に差し出した。


 END


 **ライターより**

 こんにちは、ロン・リルフォードさま。
 この度はご発注ありがとうございました。
 ライターの草磨一護です。

 いかがでしたか? お題の青空の欠片を使ったノベルはご期待に添える事ができたでしょうか?
 今回の雲の本が並ぶ本棚が空みたいだな、というのは前に私が図書館の本棚を見て想った事です。
 それを思い出して、青い空に浮かぶ雲の本が並ぶ本棚が、青空の欠片という形にさせていただきました。
 後は綾瀬は、チョコレートの香りがするフレーバーティーが良かったんだからね! って、ツンした後に、ロンさんが淹れなおしてくれたチョコレートの香りがするフレーバーティーを飲んで、デレて、そうしてそのデレデレの色香を使ってお願いをするように支持されていたのです!(笑い
 まったく、綾瀬にも困ったものです。
 きっと、事件が解決してそのまま晴れたままの空に降るペルセウス座流星群を見ながらふたりで美味しくチョコレートの香り付けがされたフレーバーティーを飲みつつお喋りをしたのだろうと想います。

 少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。

 それでは失礼します。