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<東京怪談・PCゲームノベル>


第8夜 祭りの一幕

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 午前8時10分。
 聖学園の中にまだ来賓客の姿はなく、しんと静まり返っている。歩き回っているのは今回は何の役目も与えられていない生徒達と、比較的自由の効く大学部の生徒達だけで、用意のある生徒達は、既に衣装の準備や舞台化粧、舞台裏に引っ込んでしまっている。
 旧校舎にいる新聞部員達も既に各学科の取材に散ってしまったのか、夜神潤が旧校舎まで向かう間に新聞部員達と鉢合わせる事もなかった。
 その裏にある寂れた噴水に、確かに彼女はいた。

「久しぶり。いつぶりだったか」

 彼女に声をかけると、少しだけ気だるげに、星野のばらは振り返った。
 潤の顔を確認した瞬間、嬉しそうに微笑んだ。

「久しぶりね! 本当にしばらく会ってなかったような気がするわ」
「ああ、全くだ。この所色んな事がありすぎた」

 彼女をじっと見る。
 前はすっかり思念に当てられてしまい、支離滅裂な事ばかり言っていたみたいだが、今は違う。
 わがままで自分勝手ではあるが、寂しがり屋な子供のままだ。
 当てられた思念を吸い出すと言っていたが、守宮桜華を封印している間にどうにか吸い出す事に成功したのだろうか。だとしたら、本当によかったと、潤は珍しく感嘆の溜息をついた。
 それを目聡く見ていたのばらがころころと笑う。

「なあに? どうかしたの?」
「いや、何でもない。お前は調子はどうだ?」
「相変わらず退屈よ。でも変ねえ……最近の記憶どうにも抜けてるんだけれど……。何か知ってる?」
「……」

 のばらはくるくるした目で潤を眺めたが、潤はそれには首を振った。
 本当の事は、きっと彼女のためにも教えない方がいいだろう。

「今日は聖祭なんだ」
「あら素敵。私あそこでは踊った事ないの」
「在学していたのに?」
「初等部ではちょっとだけ踊ったけど、ほとんどコンクールに出かけてたから、学園にはいなかったのよね。踊りたかったなあ……」
「……誰も見ていなくていいのなら、ここで踊ってもいいが?」
「あら」

 のばらは嬉しそうにころころと笑った。

「嬉しい、約束覚えていてくれたのね」
「一応記憶力はいいつもりだが」
「分かったわ、踊りましょう」

 潤が手を差し出すと、のばらは嬉しそうにそれを取った。
 相変わらず冷たい手だったが、それが彼女だ。
 本来なら死んでしまって既にいない人間だが、この学園にだけいる事を許された存在。
 いつか踊ったように、ただ小鳥のさえずりと、草を踏む音だけが響く舞台が幕を開いた。
 のばらは、本当に妖精のようだった。
 草を踏んで音がするのは潤だけ。ウィリーである彼女が踏んでも、音などしなかった。
 くるりくるりと回る様も、無邪気に笑う様も、それは生前のジゼルのようだった。
 ――そうか、理事長がしたかった事は。
 踊りながら潤は気が付いた。
 彼女に、生前の幸せな記憶を思い出して欲しかったのか。ジゼルは死んだが、決して不幸なだけではなかったと。
 音楽もなく始まった踊りは、音楽もないまま、終了した。

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 午前11時56分。
 滑り込みで芸術ホールに向かう中、何かがドンとぶつかって来た。
 見ると、白い衣装を着て化粧を施していたが、確かに楠木えりかだった。

「あっ、ごめんなさい……! ……あれ、先輩ですよね?」
「ああ……もうそろそろ舞台が始まるぞ?」
「はいっ! そうなんですよ……緊張して」
「……大丈夫だろう、自分らしくやれば」
「はいっ! 頑張ります!」

 そう言って90度のお辞儀をすると、元気に走って行った。
 しかし、お世辞にも上手くは踊れない娘が主役と言うのも不思議な話ではある。
 潤は不思議に思いながらホール内に入って行った。
 ギリギリのため当然後ろの端の方の席ではあったが、芸術ホールの構造は比較的どの席からでも舞台上を眺められる構造になっているので問題はないだろう。
 序曲の後、幕が上がる。
 えりかが一生懸命踊っているのだが……お世辞にも上手いとは言えなかった。周りからはどことなくがっかりした雰囲気が漂うが、目を見張るのは、オデットの時ではなかった。
 第3幕のオディール登場のシーンで、ホール内は一変した。
 挑発するように踊る悪魔の娘は、とてもじゃないがオデットの拙い踊りを踊った人物と同一とは思えなかった。
 ああ、そうか。何故彼女が選ばれたかが分かった。踊り自体は拙いが、バレエは踊りだけではない。彼女は演技が上手かったのだ。

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 午後4時。
 軽く食事を済ませてから、多目的ホールに移動する。
 茜三波は上手く歌えるだろうか。
 あれだけ悩んでいたのだから、上手く行くといいのに……。
 潤が席に着くと同時にホール内の灯りは落とされ、幕が上がる。
 華やかな歌声と共に、パーティーを祝う歌、いつか三波が練習していた歌が響き始めた。


『悔しい』

 ん……?
 この華やかな舞台に似つかわしくない思念が飛び込んできた。

『どうして』
  『どうして』
『脇役は嫌』
 『脇役は嫌』
   『見て欲しい』
『私だけを見て欲しい』
  『主役でなければ見てくれないの』

 それは、彼女自身の感情なのか、嫉妬に引き摺られてしまった感情なのかが分からなかった。
 ただ、その彼女の感情が、徐々にこの会場を包んでいくのが分かった。

『悔しい』
  『どうして自分は駄目なんだろう』
 『テストの点よくなかった』
   『フラれた』
『どうして自分だけ』
  『どうして自分だけ』

 何だ……? これは。
 ホール内の人々の感情が、三波の持っている思念に当てられ始めたのだ。
 ホール全体で、思念の波がうねりを上げる。
 潤は暗い中では力が強い。その上もうすぐ日没だ。そのため引き摺り込まれる事はなかったのだが。
 ……駄目だな、彼女。
 前に話した時はそこまでじゃなかったのに。でも、主役でなければ見てくれないの、か。何にそんなに嫉妬しているんだ?

「早めに探さないと、厄介か」

 誰も聞こえない程の声で、そうつぶやいた。


<第8夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/茜三波/女/16歳/聖学園副生徒会長】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第8夜に参加して下さり、ありがとうございます。
三波が持っている最後の思念は嫉妬でした。
彼女が舞台でも、練習中でも、自警団時でも持っていて違和感がないものであれば、彼女はずっと持っていられるでしょう。ではそれは何か?

引き続き第9夜参加お待ちしております。