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<常夏のドリームノベル>


+ Summer partyでしっとりおおさわぎ!? +



「今宵はこの道を行った先でお祭りがあるんですよ。どうですか行ってみられては?」


 海の男はそう言ってある小道を指差した。
 そこは木々がわざわざ道を作ったと言っても良いほど綺麗な森の小道で、満月の光でも充分歩けそうだった。男に懐中電灯を借りると自分達は小道を歩き出す。ただ、彼らには一つだけ引っかかっている言葉がある。
 それは懐中電灯を渡してくれた時の男の言葉だ。


「そうそう、そこのね。お化け屋敷が今回のお祭りの一番目玉なんだそうですよ。何でも『本物』が紛れ込んでいるとか、どうですか。度胸試しに入ってみるのも楽しいと思いますよ」


 祭囃子が聞こえ、提灯の明かりが見えてくる。
 忘れちゃいけない――――此処は『異世界のお祭り』。



■■【scene1:お祭り】■■



「で、結局行かされる訳だ。えーっと俺はアキラ。君は?」
「俺は工藤 勇太(くどう ゆうた)。よろしくな」


 アキラと名乗った十八歳の大学生は隣を歩く高校生男子に声を掛ける。
 先程まで開かれていたバーベキューパーティでは巨大海鮮生物にあれやこれな事をされてしまった勇太がめそめそと泣きながらあわびなどを焼いていた。そこを多くの人間……中には人外にも……に慰められた勇太はそれなりに復活した。


 だがその矢先に文頭の海の男の言葉である。
 正直場に居た半数ほどはげんなりしていたが、逆にお祭りという事で逆にテンションを上げた者もいた。勇太はどちらかというとげんなり派だったが、お祭りというかそういう雰囲気が嫌いなわけではない。
 そこで丁度誘ってくれたアキラや他の人間と――そして付いて来て下さった、かっこ笑いかっこ閉じる、な海の男と共に祭りへと繰り出したのである。


 勇太の格好はハーフパンツに半袖パーカーとかなり気楽な格好。
 アキラもTシャツにジーンズといった勇太よりかは布面積があり、一見暑そうに見えるがそれでもラフな格好である。


「俺は普段複雑な環境に居て悩み事とか多いからこの日くらいは何もかも忘れて思い切り楽しみたいな!」
「おお、アキラさん。超前向きっす!」
「お、たこ焼きの屋台発見! どう、一つ」
「わっ! アキラさん早速購入してるし!」
「いやー、海じゃあれだけ酷い目に合わされちゃったけど此処は『田舎のお祭り』って言う雰囲気にしか思えないし、特別害がなさそうだからついつい手が伸びちゃうんだよね」
「じゃあ、遠慮なく頂きます」
「あ、チキンナゲット発見」
「それもかふんふか!?(それも買うんすか!?)」


 アキラからたこ焼きを受け取りそれを頬張っていた勇太が驚く。
 彼は素早く出店のほうに寄り、自分の好みの食品を購入しそれを周囲の人間にも勧めたりして祭りを楽しんでいた。更に腹が膨れると今度は遊戯の方へと興味が湧き、輪投げや金魚すくいへと走る。勇太も自分の財布が許す限りは一緒に遊んでいた。――しかし何故異世界とも言うべきこの世界で自分達の世界の通貨が通用するのか些か引っ掛かりはしていたが。


「あれ、工藤さんやないの。こんばんはー。工藤さんもこの祭りに来てはったんやね」
「せ、セレシュさん!? え、あれ!?」
「どないしたん? そないに慌てて」
「ええっと、背中の翼は収納可能なんでしょうか」
「はぁ? 何いうとんねん。それよりも夏休みの宿題終わらせたんかー?」
「だってセレシュさん、昼は思い切り翼を広げて飛んであの化け物達と戦ってたじゃないですかー!!」
「昼? ……ちょい待ち。そん時のうちの様子、ちょっと詳しく聞かせて貰おか」
「え、じゃあ――」


 かくかくしかじか。
 それはもう勇太は手短に、簡潔に身振り手振りでセレシュへと説明する。今現在彼女が身に纏っているのは白生地に薄い青紫の矢絣(やがすり)と花模様が美しい浴衣で、それを白フリルの付いた黒帯を巻き、赤紐で締めた姿は祭りの雰囲気を相まってとても可愛らしい。彼女はそれとお揃いの生地を使った和巾着と赤団扇、それから出店で購入したらしいりんご飴を持っておりそれなりに楽しんでいる事が伺える。
 しかし勇太の説明を受けた直後、彼女は「あー」とか「うーん」やらと唸り始め、そして結果的に苦笑を浮かべる羽目となってしまった。


「それ昔のうちやわ」
「え、あ。そうなんですか。――って、えええええ!?」
「でも秘密やで、ひーみーつ。テレパスの工藤さんには隠し事出来そうにあらへんもんね。正直に言った方が気が楽やわ」
「っていう事はセレシュさんは人外……?」
「他の人には言わんといてな。うち基本的に人間とは上手くやっていきたいと思てるし、今の生活気に入ってるかんな」
「はー……それだったら確かに。秘密厳守しますよ!」
「おおきになー」


 勇太はぐっと拳を握り締めながら誓いを立てる。セレシュはその心遣いに素直に感謝した。
 さてそんな彼らもとい勇太の後ろからひょいっと顔を出す人物が一人。


「ただいまー。あれ? セレシュさんじゃないですか」
「あ、アキラさんお帰りなさい。……ってなんか手荷物増えてません?」
「ああ、実はさっき遊んでた射的が上手くいってね。豪華花火セット貰っちゃった。お久しぶりです、セレシュさん」
「どうも。アキラさんは昼間の参加者さんやったんやね?」
「そうそう、こっそり端の方で地味に戦っていたんだよ。でもセレシュさんが居たとは気付かなかったなぁ。改めてこんにちは」


 アキラは汗ばんでいた掌を自分のジーンズで拭った後手を差し出す。さりげないマナーを見せたアキラに対してセレシュもまたその手を取り、二人は握手を交わした。


「ところでセレシュさんは一人? 一人なら一緒に回りませんか」
「なんや、ナンパか」
「んー、これだけでナンパ成立するなら簡単だよね。――という訳で、下心とか一切ございません。お兄さんは純粋に遊びたいだけでーす」
「うちも一人で寂しい思てたところやさかい、工藤さんらと合流出来て幸いや。むしろうちの方から交ぜて貰おう思てたし」
「俺はセレシュさんが交ざるのは歓迎ですよ!」


 アキラは両手をあげ、ナンパの意思ではない事を簡単に示す。
 勇太は両手を叩き合わせてセレシュを歓迎し、彼女は持っていたりんご飴を齧りながら二人へと並び歩き出す。他愛のない話をしつつ、歩いていく道程は穏やか。時折誰かが言い出した話題にツボ突かれ笑いながら歩いていく。
 カラン、カラン。
 セレシュの履いている女性下駄が音を鳴らすのも風流だ。


「ああ、やっぱりんご飴やイカ焼き一つにしてもこう言う祭りの雰囲気で食べるとなんでか美味しいんよね」
「分かります! 分かります! なんかお祭り効果ってありますよね。ついつい財布の紐が緩んじゃって」
「ああ、あるよねぇ。俺も結構散財した方」


 豪華花火セットを二人に見せながらアキラは頬をかく。
 ふと、セレシュが団扇を口元に当てながら浴衣を纏う手先をそっと前へと差し出した。そして人差し指を立て、他の指を折り込み、自分達の進路の先にあるものを示す。
 そこに在ったのは当然今夜の祭りのメインと例の男が言っていた――「お化け屋敷」。
 セレシュはふっと目元を緩め、綺麗に結い上げた髪の毛を軽く揺らしながら小首を傾げた。


「あれが『本物』がでるっていうお化け屋敷やろ? 面白そーやね。皆で入ってみる?」



■■【scene2:美人は呆れ、少年は拒絶し、彼は静かに壊れて】■■



 浴衣美人が誘う、お化け屋敷。
 それだけ言うならまだいい。
 ちょっとした風流的な誘惑だと思えるのだが……。


 中から聞こえる悲鳴が女性声の「きゃー!!」ならまだ可愛い。
 しかし「ぎゃぉぉおおおううう、えええええ、ちょ、うぎゃあああー! でやがったぁああ、こんちくしょぉおおー!!」と意味の分からない男の野太い悲鳴が響き渡るそれにアキラと勇太はピシッと表情を固めた。
 セレシュ自身はあまり気にしていないようで、「男の人で相当こういうの弱い人がおったんやなぁ」などと暢気に感想を口にしているのみ。
 そこでとうとう勇太の中で何かがプチっと切れるような音がして。


「あのさ、俺毎回思うんだけど。なんでわざわざ驚かされるって分ってて中に入るの? しかも何? 本物がいるって? そんなの尚の事行くかって。それでもあえて行く人ってなんなの!? Mなの!?」


 それはいっそ清々しいほどの拒絶。
 セレシュは「おやまぁ」とその見事な発言に逆にぷっと息を吹き出してしまった。そして次に勇太と一緒に固まっていたアキラへと「アキラさんはどないする?」と声を掛ける。
 アキラはそのセレシュの声に一瞬だけ意識が戻るが、出て来た客が言葉もなく生気のない真っ青な表情でまた屋台群へと戻っていく様子を見ると、顔からダラダラと滝の如く汗を流し、恐怖を感じたまま固まってしまった。


 その間にも当然興味を持った客はどんどん吸い込まれるかのようにお化け屋敷に入って行き、ほぼ同じ速度で客が出てくるわけだが――出て来た客の半数は「あれは本物じゃない。あれは作り物」「あれはスタッフの演出だから怖くなかった、うん、うん。……もう入りたくない」などとマイナスな感想を述べている。
 ただし例外ももちろん有り、「ひゃっはー! 本物に逢えちゃったぜ! 俺様ラッキーボーイ!!」とテンションがやたらと高い客もいた訳で。


「アキラさん、もしかして怖いん?」
「ま、まさか! 平気、凄く平気! おばけ屋敷大好き!!」
「なんか壊れた人形みたいな変なテンションになってんで、アキラさん」
「え、そ、そんなこと、ナイヨ? 俺、お化け屋敷とっても大好き!! 今なら嬉しくて空にもきっとのぼれちゃうかも!」
「もう、良いんです! アキラさん! 俺と一緒に外で待ってましょう!」


 ……明らかにアキラのこれは『強がり』である。
 その様子があまりにも哀れで、勇太が彼の手を取り「俺達の心は一つ!」とばかりに場に居る事を提案した。
 しかし、『奴』は非常に残酷だった。


「おや、まだ入ってなかったんですか。結構面白がって入っていく方が多いのに強情ですね」
「出たー! 海の男ー!!」
「さあさあ、ひと夏の思い出として是非堪能して行ってください」
「ぐ、ぎぎぎ! 今度こそ引っ張られたりなんかしないんだからー!!」


 勇太は昼間男に投げられ、強制的に海鮮生物の戦いに飲まれた恐怖を思い出し、傍にあった木へとひしっと捕まる。男はそれなら、と彼の背中を引っ張り引き剥がそうとする。


「いーやーだー! せめて誰かと行くならまだいいけど俺ぼっちだし! ちくしょー! リア充ども爆発しろ!」
「あれ、うちらの事無視? それともただの混乱?」
「もういいじゃないか。勇太さんも一緒に行こうよ。ね? ほら、あっちの世界もきっと楽しいに決まって、あはははは!」
「アキラさんはこれやし、うち一人だけでも行こうかなぁ」


 まさか男二人が怖がりだとは思っていなかったセレシュはこの状況に心底呆れるばかり。
 だが彼女の傍に何者かの気配が数名降り立つ。ふわりと空中から姿を表したのは四人の男女。
 二人は鏡合わせの様な容姿を持つ十二歳程の少年達。その瞳は黒と蒼のヘテロクロミア。
 そしてストレートの長い黒髪を持つ白ゴシックドレスを身に纏った足の悪い少女を抱いて現れた十五歳ほどの少年。


「おや、ミラーさんにフィギュアさんやないの。こんばんは」
「こんにちは、セレシュさん。先日はどうも」
「いやいや、この間はごめんなぁ? そういや今日はどないしたん。フィギュアさん連れてまさかお化け屋敷に遊びに?」
「そう、案内状を貰ったのでね」
「――えっと、貴女は初めましての人かしら?」
「違うよ、フィギュア。あっちの少年とこちらの女性とは何度か逢った事があるから記憶を渡そう」


 いつの間にか車椅子が地面には用意されていて、少女を抱いていた黒と緑のヘテロクロミアを持つ少年――ミラーはフィギュアをそこへとそっと下ろし、セレシュと勇太との記憶を渡すためその額に額を重ねた。二人はその瞬間だけ目を伏せ、自分達だけの世界を作る。
 やがてフィギュアの黒と灰色の瞳が開く頃、彼女は確かな記憶を得てセレシュへと向き合う。


「こんにちは。先日は桃のタルトが美味しかったわ」
「おお。思い出してくれたんやね。ところでフィギュアさん、お化け屋敷は好き? 実は連れが――」
「カーガーミ〜! 会いたかった〜っ」


 此処まで言って彼女の声を遮ったのは勇太。
 木から離れ、得意のサイコキネシスで自分を引っ張っていた海の男を余裕で跳ね飛ばすと、双子に見える少年の片方へと抱きついた。傍目から見ると高校生男子が小学生、良くても中学一年生程度の少年に泣きつくという情けない状況の出来上がりである。
 勢い良く大きな木の幹まで跳ね飛ばされた海の男が「くっ、やりますね」と口から無駄に血を吐き出し、格好をつけていたのはあえて全員が無視をした。


「うん、あの人がどうしたの? あとそちらの男性もお連れさんよね」
「そやねん。二人ともな、実は――」
「いーやー! カガミ止めてー!!」
「さあ、行くぞ。このお化け屋敷を楽しみに俺此処に来たんだからな!」
「そうそう、僕らもここに興味があって来たんですから」
「ぎゃー!! 俺、精神的に二人には抵抗出来ないって知ってるくせにー!!」


 にぃー、ぃーぃーぃー……。
 木霊する勇太の悲鳴。
 哀れ、彼は助け舟だと思った少年二人に無残にも裏切られ、両脇を捕まれたままお化け屋敷へと連れ込まれるという結果に陥った。


「アキラさん、どないする?」
「一人で待つ方が嫌な予感しかしない」
「やっぱり怖――」
「はっ、そ、そんな事ないです! お化け屋敷大好きだって言ってるじゃないですか!! さあ、いきますよ!」
「――うん、状況が良く分かるね」
「入る前からこれじゃ貴方も苦労したでしょうに」
「……――苦労っつーよりも、なあ?」


 状況を解してくれたフィギュアとミラーに苦笑いを浮かべたセレシュ。
 ミラーは車椅子を押しながらお化け屋敷へと足を踏み入れる。セレシュもこれ幸い、と彼らの後に続き、アキラも心中だばだばと涙を零しながらお化け屋敷へと入館する事となった。



■■【scene3:in お化け屋敷】■■



「ぎゃー! 俺の顔が腐ったー!」
「どろどろと」
「醜く融けて」
「後ろから苛めの合いの手が入ってくるしー!」


 先に入っていた勇太・カガミ・スガタ組と合流したのは割と早い段階の部屋。
 そこには壊れた人形の山や鏡が置かれ、勇太が覗いた鏡では彼の顔が融け、腐乱死体から白骨手前へと至る様子が映し出されていた。
 セレシュも興味を抱き、その鏡をひょいっと横から覗き込む。その瞬間、彼女の愛らしい顔付きも融け、白骨化していく。


「おぉぅ、こういうのはタネがわかっとっても結構精神的にくるもんあるなぁ」
「ひっ!」
「アキラさん、アキラさん。必死に耐えてんのは分かるけど、顔が面白いことになってんで」


 それはハーフミラーを使った仕掛け。
 遊園地などでよく利用されているギミックだ。もちろん悪霊の気配などせず、ミラー達も覗き込み、そこに映る自分の姿が変わるのを楽しむ。


「フィギュアさんらはあんまり驚かへんのやね」
「だって鏡には悪意はないわ」
「あえて悪意があると定めるならこれを設置した者だろうね。客を驚かそうと考えて」
「それ悪意なん? 好意とは言い難いけど……うーん」
「つ、次の部屋に行けるみたいですよ。行きましょうか!」
「アキラさんの顔がカチコチに固まっとるし、ここはこれだけっぽいし行くしかあらへんな」
「あはは、次の部屋はなーにーかなー?」
「なんでしょうー?」
「止めてー! スガタにカガミ、お前ら俺の恐怖を煽るの止めてー!」


 勇太は単純なからくりにも既に恐怖を抱いているらしく、更にそれを煽る少年ら二人に対してぎゃんぎゃん声を荒げる。それが屋敷の外まで響き、より一層ホラー演出になっているとは今は気付かずに。


 トントン。
 そして全員が次の部屋へと移動した時、後ろから何者かが最後尾だったセレシュとアキラの肩を叩いた。そして二人は思わず振り返ってしまう。


『あぁ……ぁ、あ゛あー……!』


「きゃー! 出たー!!」
「――っ!?」
「あはは、出た、出たー!! お化けが出よったー!!」
「…………」


『あ゛ー……』


 そこに存在していたのはゾンビ。
 先程鏡越しに腐乱した自分達を見た身としては大したダメージではないが、それでも自分ではない第三者が腐った姿で、しかも足をがくがくと踊らせながら近寄ってくる姿は危機を感じざるを得ない。それに対してセレシュは「こう言う場所」だと理解しているため、楽しく驚かせてもらい、悲鳴を上げる。
 ぷぅんっと香ってくる死臭も良く出来ている。正直、アキラなど逃げ出したい気持ちだ。だが「走るのは厳禁」なのがお化け屋敷の掟。彼はギギギッ、と己の身体がまるで錆びたかのように重く感じつつも必死にそれから顔を逸らそうと努力する。
 だが、そのお化けはそんなアキラが可笑しかったのか。


『あ、あ゛ー……あ』


 顔を寄せ、自分を見ろとばかりに近寄ってくる。
 そして苦しげに己の腐敗した喉を引っかくとずるり、――と偽物の肉を剥いだ。これにはアキラは全身に悪寒が走るのを感じ、完全に硬直してしまう。


「あははっ、あかん! 完全にアキラさんターゲットにされとんで!」
「ぎゃー! こっちはタコイカ触手ー!! って後ろはバイオハ――もごっ!!」
「それ以上は著作権という大人の事情で引っ掛かるから駄目です」
「可能性は潰しておかないとな。という訳で黙れ、勇太」
「もごー!」
「ん? タコイカってなんや?」


 セレシュが勇太の悲鳴に惹かれ、前へと出る。
 するとそこには昼間、勇太やアキラが散々な目に合わされたタコイカの触手が天井からぶら下がっており、今にも客をその粘ついた海水臭いそれで絡めとろうとしているではないか。これには流石のセレシュも予想外で、見た瞬間びくっ! と身体を跳ねさせた。しかしセレシュ自身は状況を把握しようともう一度後ろを振り返った。


『あー……あ゛ー―……』
『ぅ、あー……ああ゛ー……』
『……あー……』


 ――ゾンビが増えている。それもアキラを囲むように。


「ミラー、あれは助けてあげないと駄目じゃないかしら」
「いや、きっと彼はあの状況を楽しんでいるんだよ。見てごらん、あの可笑しい顔」
「ちゃうちゃう! あれは怖すぎて顔面崩壊を起こしてんねんって! ったく、情けないなぁ。ほれアキラさん先行くで!」


 セレシュはゾンビ達に対し、ていていっと手で払う仕草をしながら近付く。
 そしてスタッフは基本的に客に必要以上近付かないルールだ。セレシュがアキラを救い出すため手を伸ばし、先に進む為に引っ張れば、彼らはかなり鈍足で近付いては来るものの最初ほどのインパクトはもうない。
 そして固まったアキラを無理やり歩かせ、セレシュは触手の簾(すだれ)にも果敢に挑戦しさっさと先に進むことを決意した。
 ミラーも車椅子を押しながらその後ろに付いて歩き、フィギュアは面白そうに触手に手を伸ばす。しかし「それは駄目」とミラーは叱咤した。


 残されたのは勇太達。
 これにはどうするかとカガミとスガタがにやにやとそれはもう意地の悪い笑みを浮かべてしゃがみ込み、項垂れている勇太の行動を待つ。タコイカ触手に対してトラウマを嫌というほど植え付けられてしまったにとっては置いていかれている現状は地獄である。


「ちっくしょー!! 俺も行くー!! つーか置いていかないで、セレシュさーん!」


 もはや涙声。
 勇太は頑張って己の足を奮い立たせ触手の簾を通り抜けようとする――が、触手はしゅるんっと背後から忍び寄りその足を掴みあげ、上へ上へと引き上げていく。これには逆さまになった勇太が流石に暴れだす。


「いぎゃー!! 捕まったー!!」
「ああ、巻き込まれてる」
「お前、鈍すぎだろ」
「あ、良く見れば他にも捕まった人の持ち物らしきものが引っ掛かってるよ」
「……俺だったら引っ掛かりたくないトラップだな」
「いやー! 俺様ピンチー! カガミ助けてー!」
「「 情けなっ!! 」」


 スガタとカガミはいつも通り声を合わせ突っ込んでしまう。
 さて指名されたカガミはと言うと、「仕方ねえな」と一度舌打ちをしてから軽く床を蹴って飛び上がり、くるんっと巻いている触手を解き、勇太を己の腕に抱き込み保護する。その頃には既に自我が崩壊した勇太は大変な事になっていた。


「もういや。俺、カガミの腕の中から離れない」
「落ち着け勇太。俺は今青年姿じゃない」
「少年姿でもいい。カガミ。俺とリア充になろう」
「――スガタ」
「僕に助けを求める視線を送られてもね。良いじゃない。もう引っ付かせておけば良いと思うよ。さて、早く追いかけないと」
「そうですよ。何もたもたしてるんですか? 迷子になったんでしたら私が案内しますよ」
「「 お、海の男さん復活 」」
「元はといえばお前が原因なんだよー!!」
「さあ、私についてきてくださいなー」


 入り口で勇太に吹き飛ばされたはずの男はさらりと合流を果たし、触手の簾を通り抜け先に行って待っていた他の面々にも顔を見せる。当然、セレシュやアキラ達もあまり良い顔はしていない。
 更に言えば後ろからやってきた勇太が少年カガミに横抱きにされながら引っ付いている姿にただただ吃驚する。しかし事情を説明すると納得と……そして同情せざるを得なかった。くすんくすんっと少年に抱きついている高校生は非常に情けないが、トラウマという傷に塩を塗り込まれた事には間違いないのだから。


「さあ、私に付いて来てください! ここから先は簡単な迷路になっているのですよ! 私なら的確に貴方達を案内して差し上げますよ」


 キランッ!
 白い歯を地味に恐怖効果の為に使用されている青いライトで光らせながら彼は満面の笑みを浮かべる。
 一同は心を一つにし、思った。――うぜぇ!! と。


「次はこっちの部屋が楽しいですよ。ほーら、アキラさんいってらっしゃい!」


 男は気にせず三つに分かれていた道の一つを選び抜き、そして洋館っぽい扉を見つけると遠慮なく開く。そしてアキラの腕を掴むとそのまま力いっぱい中に引き摺り込んで彼を放り込んだ。受身も取る余裕のなかったアキラはひぃっと小さな悲鳴を上げ、バランスを崩してその部屋の中央で手を付きながら膝を付く。
 すると彼目掛けて何匹もの小さな飛行生物が襲い掛かり、しかし何もせず扉の方へと出て行く。一瞬視界を塞がれた彼は慌てて顔の前で腕を立て何が飛んできたのか目視する。するとそれは蝙蝠であることが分かった。


『ようこそ、我が屋敷に訪れし生贄達よ。今宵は貴方を恐怖のどん底に落として差し上げましょう』


 アキラが投げ入れられた部屋の内装は完全に洋館。
 その中央に置かれたソファーには明らかに吸血鬼らしき男が座っており、愉しげに尖った牙を見せると持っていたワイングラスを床へと投げ捨てる。グラスはパリンッと砕け、中に入っていた赤い液体はどろり……と粘着性を見せながら高級そうな絨毯の上に広がっていく。
 そしてシュバッ!! と白く冷やされた風が噴出され皆を包み込み視界を白める。


「凄い演出やなぁ。これでアキラさんまた固まってへんとええけど」
「吸血鬼の方がマシ」
「工藤さんはタコイカの方が嫌なんやもんね」
「言わないでー!!」


 やがて視界が鮮明になり始めた頃、セレシュの肩に触れる何者かの手。


「あー、これさっきのゾンビでやられた戦法やけどこの場合は――」
『美しき女性……さあ、私のものにおなりなさい』
「――ん? さっきの吸血鬼さんとは違うなぁ」
『麗しき乙女。君の血を吸いたい』
「まあ、この人達は女性には皆こうやって声を掛けてくれるのかしら?」


 セレシュの後ろに立つ吸血鬼、そしてフィギュアに傅き手を取っている吸血鬼は最初に見た吸血鬼の男とは違っており、それは蝙蝠がまるで変身したかのような錯覚に陥る。
 そして最初の男はどこだ、と皆探し始めると『彼』は一番最初に部屋に入れられたアキラの前に立っていた。アキラの背中に手を這わせ、その首筋に牙を今にも突き立てんと口を開いている姿がセレシュ達の目に入った。
 それは妖艶な雰囲気を醸し出しており、思わず一部のものはごくりと生唾を飲む。


『心地よい香りがする青年よ。我にその魂を捧げよ。その肉体を持って私のこの飢えた欲求を満たし――ん?』
「吸血鬼はあんまり怖くないんですよね、俺」
『貴様、その手はなんだ』
「え、出来たら握手をしてもらえたら嬉しいなって」


 アキラはその身体の中に本物の吸血鬼の系統を持っている。
 だからか先祖の血故か親近感に近い物を抱き、握手をしようと試みたのだ。これには逆に困惑してしまう吸血鬼の男。恐怖、畏怖、そんなものを与えようとしているというのに相手は暢気に手を差し出してきて、挨拶をしようとしている。どう対応しようかと一瞬困ったような動きを見せるも、そこは多くの客を驚かしてきたスタッフの意地が発動し、彼は彼の手首をやんわりと握り込み、拒絶する事にした。
 だがその牙はやんわりとアキラの首筋に軽く刺すように触れ、そしてすぐに離れる。ぱっと見、吸血行為を行ったかのように。
 そして次に男が取った行動。それは後ろに居るメンバーに近付くという事。


「吸血鬼くんなー! カガミ、俺を連れて逃げてー!」
「なんかもうキャラ崩れてんぞ、お前」
『はっはっは、泣け、喚け! その恐怖心こそ我の欲を満たすのだ!!』


 勇太の方へと行った吸血鬼。
 拒否された事に気付くとアキラは己の手をわきわきと動かしてからその部屋の壁に寄りかかり、どんよりと落ち込み始める。その空気は非常に重たく、見ている方が罪悪感を感じてしまう。


「あーあ、アキラさん落ち込みはった。折角アキラさんにとって怖くなかった仕掛けやったのになぁ……」
『さあ、先へどうぞ。美しき女性。この先の恐怖もまた貴方の心に闇を作る事を私は祈ろう』
「そりゃおおきに」
『麗しき乙女。君にはもう運命の相手がいるようだ。彼の手を決して離さぬよう先を行くがいい』
「ふふ、有難う」
「……演出といえど、少しムカついてしまったよ。先に行こうか」


 アキラを途中で回収しつつ、皆でぞろぞろと部屋の奥にある順路を行く。
 しかし、どんよりと暗い気配を放つアキラは気に敏感な者にはある意味ギミックになるかもしれない。だが問題ない。なぜなら彼が強いのはあくまで吸血鬼関係だけ。
 その後、海の男の案内の下進んだ先でアキラはまたも顔の表情筋が可笑しくなるほどの恐怖に包まれ、元通りの姿を取り戻したのだから――……何も問題ないはずだ、多分。



■■【scene4:本物はだーれだ】■■



 そのお化け屋敷には『本物』がいる。
 害はなしてこないけれど、知らない内に同じ道をぐるぐる回らされたり、自分達のグループにこっそり紛れ込んでいたと噂は様々。そもそもどういう意味で『本物』なのかどうかすら曖昧なのだという。


 だから彼らは気付かなかった。
 気付いていたかもしれないけれど――気付かぬふりをしていた。


「あー! 中々楽しかったなぁ。うちは結構満足したで!」
「……吸血鬼さんに拒否されてしまった」
「タコイカ嫌い」
「男共が暗いんやけど!」


 海の男の案内でそれはもう様々なお化けと出逢った彼らは値段以上に楽しんだ後、無事外へと出た。それと同時に海の男は「じゃ、次の案内があるので!」と姿を消す。
 セレシュは浴衣姿で伸びをする。彼女は心底遊んだと満足しているが、半強制的に入館した勇太とアキラ達は一部のギミックや演出で地味に心に打撃を負ってしまった。


「しかし何が本物やったんやろうね。ま、うちらは遭遇出来ひんかったんかもしれんな」
「? 何のお話?」
「フィギュアさんは知らんかな。ここのお化け屋敷を教えてくれた海の男さんが言うにはな――」


 そしてセレシュは何故このお化け屋敷に入るに至ったのかその理由を告げる。
 自分達を召喚したらしい海の男がこの祭りの目玉であるお化け屋敷を教えてくれた事。
 その理由も「何でも『本物』が紛れ込んでいるので度胸試しにどうか」という話。
 だから自分達は――少なくともセレシュはそれを楽しもうと此処に遊びに来たのだと告げた。


「そんな人、居ないわよ」
「ん?」
「あの海にそんな男性は居ないわ」
「――ちょい待ち! そこから先はもしや聞いちゃ駄目なことやったりすんやろうか」
「私間違った事を言ってるかしら? ミラー」
「いいや。この世界のあの海をそのような男が管理しているという話は聞いたことがないよ。なんなら確かめに行くかい?」
「――っ!?」


 ミラーがセレシュの腕を取り、カガミは勇太を抱き込んだまま、スガタがアキラの背にぽんっと手を当てたと同時に彼らは空間を転移する。


 辿り着いた先にあったのは昼間とは違い、今にも朽ちてしまいそうな海の建物。
 バーベキューパーティをした名残すら風化しかけており、そこはもう何十年も人が踏み込んでいない寂れた場所にしか見えなかった。海も今は静かで、空に浮いている月が水面で歪んだ虚像の姿を映し出している。


「……! まさかあの男がやて――」
「事実は小説よりも奇なり、っていうところかな」
「うわー!! 俺、幽霊に投げ飛ばされたー!」


 各々思うことは違ったけれど、気付いてしまった瞬間の寒気は忘れられない。
 夏の海。
 一夜の夏の思い出。
 『本物』が暴れまわったたった一日の出来事。


「これにてめでたしめでたし?」


 ミラー達はただ静かに事実に気付いていなかった彼らを見て、困ったように笑うしかなかった。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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東京怪談
【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】
【8584 / 晶・ハスロ (あきら・はすろ) / 男 / 18歳 / 大学生】


【登場NPC】
東京怪談
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】

イベント用NPC
【NPC / 海の男 / 男 / ?? / 幽霊】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、参加有難うございました!
 常夏ドリームノベルの集合型の後半である今作に参加有難うございました!
 今回は2PC様がNPCを希望して下さったので、ぞろっと異界NPCも一緒に遊ばせて頂く事に。
 夏のひと時を一緒に過ごして下さって有難うございました!


■工藤様
 いつもお世話になっております!
 カガミを希望有難うございました! 遠慮なく登場及び引きずり込み役をさせて頂きましたがある意味苛めだなぁと思いつつ(笑)
 ところでプレイングにあったリア充にはなれましたでしょうか? 少年カガミにべったりはリア充ではないのならまた別の機会にリア充に!