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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰・4】 +



「あー……やっぱり新幹線でも時間掛かるかー」
「飛行機だったらもう少し早かったかもな」
「そっちの手も考えたけど、時期的に新幹線の方が安かったんだよ」


 新幹線から降り、電車を乗り継いで高千穂までやってきた俺達。
 さて目的地付近までやってきたのは良いけれど、時は既に夕暮れ。流石に今日はこれ以上動けないと判断した俺は宿を確保する為に雑誌に載っている宿泊施設をピックアップし始める。雑誌に載っているだけあってさすがというか、値段も質も高いし、時期が時期もあるし、同じように雑誌やネット予約をしたグループなどで部屋が埋まっており中々宿が取れない。


「カガミも携帯使えるなら手伝えよ!!」
「えー、俺携帯使えないー」
「嘘付け」
「あ、電話繋がるぞ」
「――っ、あ、すみません! 突然で大変申し訳ないのですが本日そちらの宿って部屋は空いて……」


 同行者であるカガミにも手伝わせようとするが、彼はきょろきょろと周辺を見渡すだけで何か手伝ってくれる様子はない。まあ、最悪そこらへんの漫画喫茶にでも入ればいいだろうと考えていたから良いけどさ。ただ、カガミが何も口を出さずに周辺を見てるその目がいつもと違った光を帯びているように見えたのは……なんでだろうか。


「え、あいてるって!? じゃあ、そちらに今から伺わせて頂きます。はい。えっと連絡先は――」


 そしてやっと一件キャンセルが出て空き部屋があるという旅館を見つけ、必死に俺は予約を取り付ける。突然の事だったから大したもてなしは出来ないと言われたけれど、それでも構わないと俺は部屋を取った。
 そして携帯を切った瞬間、カガミはひょいっと俺の手元にある雑誌を覗き込んでくる。


「どこの宿が取れた?」
「ここ。掲載場所がかなり端っこの場所だったからかな。キャンセルが出てラッキー」
「ふぅん。…………やっぱりな」
「カガミ?」
「その場所まで行くのにどうやって行くんだ?」
「あ、親切にも旅館の人がミニバスで迎えに来てくれるからバスターミナルで待機しててくれって言われた。なんか分かりにくい場所にあるからって」
「んじゃ、行くか」


 カガミは自分の分のカバンを抱え上げると、もう一方の手では俺のカバンを抱えそのまますたすたとターミナルへとまっすぐ歩いていく。その足には迷いがなく、俺は慌ててその背中を追いかけた。


 旅館の人だという若い男性は旅館の名前が印刷されたミニバスでやってきた。
 「この時間に突然すみません」と俺は何度か頭を下げ、けれど彼は「気にしないでください」と笑顔で俺達の荷物をトランクに入れてくれた。カガミはと言うと先にバスに乗り込んで軽く足を組みながら既に寛ぎモードに入っている。俺が乗り込んだのを確認してからバスは出発した。


 やがて辿り着いたのは言っちゃなんだけど古そうな旅館。
 寂れた、までは行かないけど、……年季が入ったとも言いがたい宿だった。


「いらっしゃいませ。工藤様。本日は当旅館にお越し頂き、まことに有難うござ……」


 カランカランと下駄の音を鳴らしながら中から出迎えてくれたのは高齢の女将。
 しかし俺の顔を見て挨拶を途中で止め、着物の袖を口元にあて目を見開いて言葉を失った。後ろではカガミとミニバスの運転手を務めてくれた青年が二人で荷物を下ろしに掛かっている。流石の俺も女将の異変に気付き、「どうしました?」と声をかけた。


「い、いえ。その失礼いたしました。まずは当旅館にお越し頂きましてまことに有難うございます。工藤様のお部屋はこちらです」


 カガミが荷物を手にして俺の傍に寄る。
 俺はカガミへと視線を向け、女将の様子が可笑しい事をテレパシーで伝えた。しかしカガミは特に気にしたそぶりも見せず、くいっと顎をしゃくり中に入るよう示した。中に入ってみればどこか懐かしさを感じる内装で、手入れもきちんと行き届いており一泊するには十分だと思った。それに当日の訪問ということで料金も安くしてくれたし、財布が少し楽になったのは有りがたい。
 やがて二階の一番奥の部屋へと案内され俺たちは荷物を端へと置く。女将さんが夕食の説明をした後去ろうとするがそこはさっきの一件が気に掛かっている俺が彼女を引きとめた。


「あの、先ほど俺の顔を見てびっくりしていらっしゃいましたよね? あれは何でですか?」
「いえ、大した事では……」
「教えて下さい、やっぱり気になるじゃないですか」


 出来るだけ軽く、明るく、相手が話しやすいようにと俺は口調を重たくしないように笑いながら話しかけた。後ろではカガミが自分で茶を入れ、置かれていた饅頭に早速食いつきながら俺達を見やる。
 女将はいささか迷った後、室内に入り襖の前できちんと正座しそれから折った膝の上に手を乗せながら唇を開いてくれた。


「昔、お客様に大変よく似た仲居が当旅館に居りました。仲居は当然女性ですが、お客様があまりにもその娘に似ておりましたので言葉を失ったのでございます」
「その人は今も此処に?」
「いえ、居りましたと過去形で申し上げましたように……現在は当旅館では働いておりません」
「あー、じゃあ働く場所を変えたのかな」
「いえ、そのような事では」
「……? 何か訳有りですか?」
「――……その顔で尋ねられると少しだけ気が緩んでしまいますね。懐かしい思い出が蘇るようで」
「良ければ話して貰っていいですか? あ、自分とそっくりの女性の顔なんて俺知らないんで」
「さようでございますか。それなら……」


 少しだけ嘘をついた。
 ほんの少しだけ女将に嘘をついた。
 自分に似た顔を持つ人を本当は知っている。知っているというよりも、今の俺にとっては『逢った事がある』程度だけど……俺は、母親という女性が自分に似ていることを知っている。
 だから嘘を付いた。
 後ろではカガミが暢気に茶を啜っている。気のないふりをして、茶碗を持って窓際に寄りその枠に腰を下ろして辺りの光景を眺めているのが気配で分かった。同行者であるカガミが止めてこないということはつまり――此処は追求すべき場面だということだ。
 俺はあくまで他人のふりをしながら女将から話を聞きだす。
 カガミは窓から見える光景を懐かしさを込めた瞳で見やりながらまたずずっと茶を啜った。



■■■■■



 昔々、二十年ほど前の話。
 一人の少女がこの旅館の人間の目の前で事故に遭い、記憶を失っていた。身分を証明するものも持たず、また失踪届けが出されている人物と全く一致せず、病院で路頭に迷うかと思われた少女を引き取ったのが女将を筆頭としたこの旅館の人々。
 女将いわく、仲居として住み込みで働いていたその記憶喪失の少女と俺がとても良く似ているのだという。
 だが数年後、長期滞在をしていたある一人の男性客とその少女は恋に落ち、その身に子を宿したのだという。生みたいと少女は願い、けれどどう考えても男性客の方も訳有りの身分にしか感じられなかった女将達は堕胎するよう薦めた。
 けれど彼女は頑固として首を立てに振らず、そしてある時期を境に決意を固めたのだという。


「今でも忘れられません。あの子が私達を前に凛とした表情と声で口にした言葉――『私は記憶と共に家族を失った。ならば私は自分の手で家族を作りたい』と……」
「……っ」
「私達は結局彼女の何を見てきたというのでしょう。私はそっと彼女と彼女のお腹の子を案じ、高千穂神社のお守りを渡しましたが――彼女は結局私にも相談なく消えてしまった」
「消えてって、え? え?」
「いわゆる駆け落ちというやつですね。若い人達は行動が早くてびっくりです」


 女将は若干苦笑いを浮かべながら話し終える。
 俺もそれにあわせるように乾いた声を出しながら笑った。


 だけど心の中では確信する。その少女……女性こそが自分の『母』なのだと。
 叔父が言っていた、母の『身元不明』が記憶喪失に繋がるのならば納得せざるを得ない。失踪届けの出されていなかった少女。引き取られた先の旅館の人間とも戸籍を繋がなかった人。女将達が用意していたその白紙の上で彼女は待っていたはずだ――自分の本当の家族を。


「貴重なお話を聞かせて下さって有難うございます」
「いえいえ、あ、夕飯は先ほど説明した通り、出来上がり次第お持ちいたしますので」
「はい、お願いします」


 俺は最後に深く深くお辞儀をする。
 一度は頭を上げるが、彼女が去った後ももう一回礼をし、話してくれた事に対して感謝の念を込めた。だがやがて後ろにいるカガミへと体ごと振り返らせると彼はアルミ柵に寄りかかりながら目を伏せていた。


「なあ、カガミ」
「んー」
「知ってたよな、お前は」
「何を?」
「此処が俺の母親と父親の居た場所だって」
「まあな」
「本当は分かってたんじゃないか。俺がこの宿に泊まる事まで」
「……さあ?」


 カガミは饅頭を全て食べ終えると残りの茶を啜る。
 肯定されない、だけど否定もされないことが答え。誤魔化されている様な気もするけれど、今の受け答えはどこかに真実を含んでる。先を見通す案内人の蒼と黒のヘテロクロミアは今『どこ』を視ているのだろうか。
 俺は窓枠に腰掛けるカガミの傍に寄るとその膝元に頭を乗せるように身体を寄りかからせた。カガミはそんな俺の髪をくしゃりと撫でて、次にあやすように背中へと手を下ろし軽く叩いてくれる。


 急に見つかった父と母の軌跡。
 不思議な縁を感じつつも動揺を隠せない。
 揺れる心。
 父の記憶も――母の記憶もない今の俺。
 それでも引き寄せた糸は誰かが仕組んだ意図?


 カガミの腰にぎゅっとしがみつきながら彼の腹部に俺は顔を埋める。


「ごめんカガミ……俺、お前に頼ってばっかで情けない奴だけど……また抱いて欲しい……」
「ここ、お前の父親が滞在してた部屋だけど?」
「え? マジで」
「そういう場所でそういう事を言われると――背徳的で抱きたくなるだろ」
「う……」


 そういう意味じゃないんだけど。
 抱擁の意味で抱いて欲しかったんだけど――でも、いつもやられっぱなしじゃアレだし。今日は貴重な話も聞けたことだし。


「飯と風呂が終わったら」
「ん?」
「それが終わったらお前の布団の中に入れて」


 ほら、カガミが珍しく目を丸くする。
 俺はきっと勇気を振り絞ったせいで顔面が真っ赤だけどまだ伏せているから見えないはずだ。でもぎゅっとまわした腕は放さず、しがみついたまま。
 「覚悟しろよ」なんて落ちてくる言葉に俺はぞくりと身を震わせた。



■■■■■



 甘く抱いて。
 手を重ねて。
 一夜の夢を。


 唇を噛み締めるその上からキスをして。


 心を繋げて。
 体も繋げて。
 思いを馳せる。


 ここは父と母が愛を育んだ場所。
 その不思議な感覚に包まれながら、俺はその夜カガミの布団の中で彼の腕に抱かれていた。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 四話目の発注有難うございました!
 さて無事旅館に辿り着いた工藤様ですが、ここでやっとお母様の過去がちらっと見えたわけです。
 そしてまさかの発注に朝チュンだったので拳を作りながらやんわりと書かせて頂きました(笑)
 しかしこの時期ですから神社とかでもお祭りとかやってそうですだとぼんやり思いながら書かせて頂きました。カガミは窓からそんな様子を見てればいいなっと。