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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


逃れる道の先の、それは。〜始

 そこには、繁華街を彩るネオンすら届かなかった。そこに溢れているはずの賑やかな雰囲気も、ざわめきも、何一つ届かない静かな――ふと気を抜けばあっさりと飲み込まれそうな、闇。
 その闇の中に、うごめく気配を肌で感じる。神経を研ぎ済ませろと、己に言い聞かせて金本・ミランダ(かねもと・みらんだ)はその闇の中の気配を探り、どう動けば良いのかを追い詰められた思考でめまぐるしく考えた。
 ちらり、ネオン輝く闇の外を見る。あちらへ戻って人に紛れたほうが安全だろうかと思い、だがそれでは追っ手の気配が解らなくなると首を振った。
 だから息すら押し殺し、ミランダはただひたすらに闇の中の気配を探る。探り、いつでも動ける様に体勢を整えながら、闇の中に瞳を凝らす。





 それは、今から数年前の事である。その頃ミランダはとある会社で、至極まっとうに働いていていた。
 否、至極まっとうに、というのは些か語弊というか、誇張が過ぎたかもしれない。何しろミランダが働いていた会社は、表向きの顔こそまっとうに見せてはいたものの、裏ではとある暴力団からの援助を受け、切っても切れない仲になっていたのだから。
 とはいえ、その事実を知っていたのは会社の重役を含め、ごく一部の人間に過ぎなかった。そうしてミランダがその、ごく一部の人間に含まれていたのが、そもそもの始まりなので、あって。

「ただの逆恨みじゃないか‥‥」

 思わず、呻く。呻いた所で目の前の現実は、ミランダが今すぐに逃げなければ恐らく確実に命がない、という事実は変わらなかったものの、その恐怖の中にどうしても混じる、一握りの理不尽な苛立ちは消し去ることは出来ない。
 もっとも、あちらからしてみればミランダこそが悪なのだ、という理屈もまた、理解は出来た――何となれば、会社が秘密裏に行っていた非合法取引を匿名で告発し、転がり込んでくるはずだった莫大な利益をふいにさせたのは、他ならぬ彼女だったのだから。
 とはいえ、ことは非合法取引である。状況だけを見てみれば、ミランダが行ったことは正しいのであり、それを恨んで制裁を加えようとするあちらの方が間違っているのは確かなのだから、やっぱり逆恨みじゃないか、とうんざりした。

「あぁ、もう! 急がねぇと‥‥!」

 気持ちを切り替えるため、ぶんぶんと勢い良く頭を振ると、結い上げた栗色の髪がぱらぱら零れ落ちる。それをちらりと見ながら、ミランダはせわしなく手を動かして、必要そうなものをカバンの中に詰め込み始めた。
 ただの逆恨み、という感情は消えないものの、この状況を予期していなかったわけではなかった。否、ほぼ確実にこうなると解っていたからこそあくまで匿名で、自分の存在が表には出ないよう、注意を払ったつもりである。
 だが、どこからか、或いは損害をこうむった暴力団の執念ゆえか、ミランダの存在は明るみに出てしまった。それ自体は計算外だったとはいえ、こうなってしまった以上、己の身を守るにはとにかく逃げるしかない。
 だから、逃亡の邪魔にならない僅かな荷物だけを手早く纏め上げると、ミランダは住居を飛び出した。飛び出し、どこへどう逃げるのが一番安全か、考えようとしてすぐに「居たぞ!」「追え!」という声を聞き、とにかく逃げなければと慌てて駆け出して。
 闇雲に、ただ己を追ってくる暴力団の追っ手の気配にのみ集中して、逃げるミランダはやがて、どこかの繁華街へと辿りついた。東京には珍しくない、夜という時間帯であってもなお人の出入りが激しい、その場所。
 あちらこちらに酔客が溢れ、華やかなネオンが眩暈がしそうなほど瞬いて道行く人を誘っている。路上に溢れる呼び込みは幾つもあって、単なる居酒屋やカラオケ、そうしてしどけない姿の若い女性の写真を携えたいかがわしい店のものすらあった。
 だがここに至っても、ミランダの追っ手は居なくなるどころか、逆に増えている様子すら感じられる。なかなか捕まらない彼女に業を煮やして『上』が人員を投入したのか、そう思ったら焦る気持ちと、小気味良い気持ちが同時に膨らんだ。

(随分な待遇じゃねぇか)

 自分1人に、あの組の連中が血眼になって増員したのかと思えば、こんな場合にも拘らず口笛でも吹きたい気分である。とはいえ、ますます身の危険が差し迫ったという事もまた、彼女にはちゃんと解っていた。
 どうすべきか、知らず知らずのうちに焦る己に必死で『冷静になれ!』と叱咤しながら考える。どこか身を隠せるところはないか、血走った目で辺りを見回すが、どこもかしこも目に付くのは、夜に浮かれた人々と、そんな人々を更なる夜へと引きずり込もうとする客引きだけだ。
 否――

(路地‥‥ッ!!)

 その中にぽっかりと、深遠へと誘うかのように、人の気配というものが見当たらない裏路地への入り口が口をあけているのが目に付いた。九死に一生を得た気持ちで路地へと駆け込むと、追っ手も一緒にこの闇の中へと足を踏み入れる。
 ほっと、息を吐き出した。そうして、どこがどう繋がっているのかすら解らない路地を駆け、ほんの僅かに追っ手を撒いた所で見つけた、大きな業務用のゴミ箱と電柱の間に身を沈め――
 ――そうして舞台は、冒頭に戻る。
 不自然なくらいに、繁華街を彩るネオンすら届かない、深い闇――あそこに確かにあったはずの賑やかな雰囲気も、ざわめきも、何一つ届かない静かな、ふと気を抜けばあっさりと飲み込まれそうな、暗闇。
 けれども追っ手はまだ諦めては居らず、闇の中に確かにミランダを求めてうごめく気配があるのを、肌で感じる。痛いほどの殺意が彼女の肌を刺激し、ぎゅっと、胸に抱いたカバンがひしゃげるほど強く腕に力を込めた。
 どうするべきか。ここからどう逃げれば良いのか。むざむざ捕まって殺されてやる気はなかった。否、あっさり殺されたらまだ良い方かも知れない、恐らく奴らはミランダを組へと連れて帰り、自らの失態を弁解する為にも、死んだ方がマシだと思うような目にあわせるに違いない。
 想像するだにぞっとする。だが、どうすれば良い――息すら押し殺し、ミランダはただひたすらに闇の中の気配を探りながら、考える。考え、いつでも動ける様に体勢を整えながら、闇の中に瞳を凝らす。
 その、中で。

「よぅ、嬢ちゃん」
「‥‥‥ッ!?」

 不意に背後からかけられた声に、文字通り弾かれたように身を強張らせ、ミランダは振り返った。あれほど神経を研ぎ澄ませ、転がるゴミにすら反応しかねないほどに緊張が張り詰めていたというのに、声をかけられるまでまったく存在に気付かなかったのだ。
 じわり、警戒を全身に張り巡らされて、その人物を――ミランダにたった今声をかけたのであろう、老人を見る。それに老人は、ただ、陽気に笑った。





 鳥井・忠道(とりい・ただみち)がこの娘の存在に気付いたのは、ある意味では必然である。
 この辺りは鳥井組が仕切る繁華街で、軒を並べる店もほぼすべてが鳥井組が経営するものか、そうでなくとも鳥井組の息のかかったものだ。だから忠道自身、若い頃にはシマの見回りと称してよく足を運んだものだし、こうして組長になってからもやはり、己が出張らなければならない事態になればやってくる事も、ある。
 だから遅かれ早かれ、組のシマにまでトラブルを抱えて追われてきた彼女のことは、忠道自身が気付かなくとも何れかから報告は入っただろう。けれどもどうして忠道自身が気付き、こうして彼女を追いかけてきたのかといえば、そもそもは、鮮やかな栗色の髪が目に付いたから、だった。
 所用を済ませて、本部であり、我が家でもある組に帰る途上のことである。車を走らせる中で、不意と気まぐれに「久し振りに繁華街の方を通ってくれねぇか」と命じ、酔いどれた人々が楽しげに話したり、歌ったり、叫んだりするのを見ていたら、素早く横切る栗色の髪が目に付いたのだった。
 人との待ち合わせにでも遅れて、急いでいるのか。一瞬思って、だが目で追ってそうじゃないとすぐに解った。追われ、追い詰められたもの特有の気配と眼差しを彼女は持っていて、そうしてまっすぐに鳥井組の繁華街へと飛び込んできたのだ。
 きな臭い匂いがした。だからじっと注視する中で、彼女は血走った目で辺りを見回すと、素早く裏路地へと駆け込んでいき――彼女を追って続けざまに裏路地へと飛び込んでいく、見るからにカタギらしからぬ連中を見て、確信したのである。
 追いかけねばと、瞬時に思った。どんな理由で『こっち側』に追われるような事になったのかは知らないが、たった1人の婦女子を相手にあれほどの野郎どもが血眼で追い掛け回すなんざ、仁義の欠片もない話だ。
 だから忠道は運転手に命じ、彼女の行く先に回りこむように車を走らせた。そうして、案じる運転手にからりと笑っていつでも車を出せるように準備させ、単身、彼女が身を潜めているであろう場所に辺りをつけて、追いかけてきて。

「嬢ちゃん。追われてるんじゃねぇのかい?」
「――お爺さんに用はないのでお帰りください」

 声をかけた忠道に返って来たのは、明確な拒絶の言葉。けれどもその内心の、忠道を巻き込みたくないという心根が透けて見えたから、青いねぇ、と忠道は笑う。
 不器用で、青くて、良い娘だ。ならば、彼女が追われているのがどんな理由であろうとも、ここで見捨てては仁義が立つまい。

「いつまでもそこに居たって、解決しねぇよ。連中、ちぃっとばかしヤンチャが過ぎるからなぁ」
「‥‥‥ッ!?」
「多少のヤンチャなら見逃してやっても構わねぇが、嬢ちゃんにゃぁ手に余るだろうよ?」

 そうして忠道が口にした、彼女を追っている極道者たちの所属する組の名を出すと、先ほどとは別の意味で彼女は大きく目を見開き、探るような眼差しを向けてきた。相手を簡単に信用してはいけない事を、良く解っている眼差しだった。
 だが、先ほどちらりと見た限り、ヤツラはこの娘を闇の中から引きずり出すまでは諦めるまい。そうしてあの手勢では、ただ隠れるしかすべを知らぬ娘1人では、すぐに見つかってしまうだろう。

(ったく、ヤンチャが過ぎる)

 まるで幼い子供の悪戯を咎めるような、そんな苦笑が忠道の頬に浮かんだ。否、彼にとってはこの娘を血眼に追いかけている極道者達など、まさしく、幼い子供の様な相手でもあったのだ。
 鳥井組とて、この世界ではようやっと三代を重ねたに過ぎない新興組織だが、連中はそれに輪をかけて新参者だ。それでいて、仔猫が彼我の実力も解らぬまま獅子に挑みかかるように、尻尾の先でじゃれてもらっているのにも気付かないで、いずれは獅子に成り代わろうとしている。
 こちらにしてみれば実に他愛のない、児戯にも等しい行為だったが、とはいえ踏み越えた一線は厳しく嗜めてやるのが、大人としての役割であろう。ヤツラの頭にもいずれ、仁義って言葉を叩き込んでやらにゃぁな、と肩を竦める忠道である。
 そんな忠道を見て――彼女は、ミランダは正直な所、驚きを隠せなかった。ただ、彼女が追われているところを見ただけで、その暴力団の組織まで言い当てるなんて、どう考えても只者ではない。
 この、一見すれば飄々とした好々爺に過ぎない老人もまた、連中と同じ暴力団なのだろうとは察しがついた。だがなぜか彼はミランダに声をかけ、このままここに居ては危ないと言っている。
 ――ならば。

「お察しの通りです。――どうすれば奴らから逃げられますか?」

 そう、尋ねたミランダをまるで褒めるように、そうさなぁ、と忠道は目を細めた。そうして泰然と腕を組み、ニヤリと笑う。

「このイカした爺さんと、夜の街をドライブってぇのはどうだい?」
「は‥‥‥」

 そうして告げられた提案に、ミランダは目を丸くした。イカれた爺さんじゃないのか、とっさにそう言いかけたのをぐっと堪える。
 一体どんな理由があるのかは知らないが、暴力団に追いかけられているミランダに声をかけて来たかと思えば、この発言。もうちょっと、余計な火の粉がかからないように気をつけた方が良いんじゃないかと心配になるほど、無防備で無造作で。
 だが――それだけの実力が、この老人にはあるのだろう。だからこそ泰然と、むしろ火の粉を進んで抱え込むように、ミランダを逃がしてやると言っているのだろう。

(まったく、面白い爺さんだ)

 こんな時なのに、愉快な笑いが込み上げたのを、了承と受け取った忠道はふいと背中を向け、こっちだ、と歩き出した。その背について歩いていくと、主の帰りを待っていた黒塗りの車がぱかりと口を開き、中から出てきた組員が深々と頭を下げる。
 どうやら思いの外、この老人は偉い人物らしい。そうして出迎えた組員もまた、現れたミランダを見ても眉一つ動かさず、車に乗り込むのを見守っているのだからさすがだ。

(まったく‥‥)

 実に面白い。ミランダは愉快な気分になって、黒塗りの車の中から、急速に遠ざかっていくネオンを見た。ついさっきまで命が脅かされていたその場所は、ひどく遠く感じられた。





 翌朝。
 逃げ惑った疲れもあったのだろう、思いの外ぐっすりと眠ってしまったミランダは、連れて行かれた鳥井組の本部で目が覚めた。老人の様子から只者ではないと察してはいたミランダだったが、その老人が組長だと聞かされたときにはそりゃあ、驚いたものだ。
 鳥井組の本部は、趣味の良さそうな日本庭園をあしらった和風の屋敷で、だがやはり極道の本部らしく、いかつい男達がごろごろしていた。中にはミランダに奇異の眼差しを向けるものも居たが、俺の客だよ、と忠道がからりと笑うとあっさり納得して「いらっしゃいやし!」と頭を下げるものだから、こちらが居心地の悪い思いをして。
 目覚めたミランダに朝食を運んできた、昨夜も車で顔を合わせた組員が「親父がお待ちです」と言った。それに、まぁそうだろうな、と覚悟を、一つ。
 何故か助けてくれたとはいえ、極道は極道だ。当然ながら見返りは求められるだろう。それは予想はしていたし、だからこうして呼び出されれば、むしろ安心できるというもので。
 だから身支度を整え、連れて行かれた2階の忠道の部屋で、ミランダは再び目を見張ることになる。

「‥‥‥は?」
「ん、聞こえなかったかい? 嬢ちゃんの好きにすりゃぁいい、ってぇ言ったんだ」

 からりと笑った忠道は、昨夜と同じく泰然とした好々爺の風情を漂わせていて、それで居て只者ではないという雰囲気を持っていた。そんな男がミランダと顔を合わせ、「よく寝れたみてぇじゃねぇか」とからから笑った挙句に告げたのが、「そんで、嬢ちゃんこれからどうすんだい? 行く宛がねぇならウチに居てもかまわねぇよ」だったのだから、そりゃあ、驚くというものだ。
 普通こういう時は、見返りに何か情報を寄越せとか、組の為に働けとか、要求するものじゃないのだろうか。否、それ以前にそもそも、ミランダが何故やつらに追われていたのかという質問だって、忠道は一度もしていないのだ。
 唖然と、した。そんなミランダを見てまた、おかしそうに忠道は笑い、何ならゆっくり決めな、と腕を組んで。
 ――ミランダは何となく、日本庭園に向かう縁側に座って、いた。身の振り方を決めるまでは自由に使って良いと言われた部屋に戻る気になれなかったのもあるし、あんな破天荒な組長を頭に頂く組というものに興味も、あったから。
 日本庭園は忠道の自慢なのだと、聞いても居ないのに何人かが教えてくれた。時折はふらりと庭園に消えていくものが居て、案外組員達の憩いの場になっているのかと思ったら、この時期は雑草が多いから暇を見て抜いているのだと聞き、仰天する。
 ここは一体、どういう極道なんだ。正直にそう思った。そう思って――行き交ういかつい男達の、けれどもどこか明るさを感じる表情を、見た。

(なるほどな‥‥)

 時折、忠道がふらりと屋敷の中を歩いていたら、彼らは親父と親しげに呼びかけ、忠道はそんな連中をわしわしと構ってやって、楽しそうに目を細めている。そうしてミランダに気付き、暑くねぇかい、と笑う。
 それに首を振りながら――ミランダは、胸の中にある決意を、固めていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 8543   /  鳥井・忠道  / 男  / 68  / 鳥井組・三代目組長
 8590   / 金本・ミランダ / 女  / 25  /  会計、犬の主

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

組長さんとお嬢様の、出会った頃の物語、如何でしたでしょうか。
なぜかこう、組員さん達の犬っぷりが悪化しているような気がしなくもないですが、多分気のせいだと信じてお届けさせて頂きます(土下座←
数年前とはいえ、還暦をお迎えになっている組長さんから見れば、お嬢様は年若い娘っ子が無茶をして‥‥というイメージなのだろうなぁ、と(笑
こんな組長さんとお嬢様でイメージを崩していないか、本当に心配です‥‥orz

組長さんとお嬢様のイメージ通りの、スリリングな中にほっとする明るさを見出すノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と