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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ ある一夜の夢 +



 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かへんもん。
 そうや、これは夢やって。


 でなければこんな変化――どうしたらええの!?


「あかん。人間にも変身出来ひんし、眼鏡もどこにもあらへん。……っていうか此処どこやねんっていう話か」


 暗闇の中、うちは目を凝らす。
 自分の今の姿は鏡を見なくても分かる。背には黄金の翼が生えており、金糸の髪の毛は蛇状へと変化しているんやろうな。
 そうや、これがうちの本当の姿。普段は『ゴルゴーン』としてではなく姿を人間に変え暮らしているんやけど、なぜ今このように強制的に本性を晒しているのか自分でもわからへんわ。まあ、今んところは誰とも逢うてへんからええへんけどな。


「お? なんやあの家」


 真っ暗な空間に建つアンティーク調の一軒家。
 あれはなんやろうか。


「ん? ……『鏡・注意』……ってどういう意味や」


 この暗闇の中、どうせ行く場所もあらへんと思って扉の傍までやってくれば、その扉の横には謎の張り紙。訝る様にうちは腕を組み、扉の前で立ち止まる。いやはや、慎重派の自分としては一応書かれている言葉をどう捕らえればいいか考える時間が欲しいねん。
 しかし考えても端的過ぎてその本当の意味がわからへん。
 実際この場所以外に寄れるような場所があらへんし……しゃーない。諦めてノックをすれば中から少年が一人出てきた。


「こんにちは、<迷い子(まよいご)>。ご用はなんでしょう?」
「ととっ……」
「――ああ、なるほど。石化の能力持ちの方なんですね」


 ちらっと見えた彼はにっこりと人好きされそうな笑顔で挨拶をしてくれはった。
 ついでに言えばうちが顔をそらした理由をあっさりと察してくれはった事がちょっと凄いと思うたね。まあ夢の世界やろうし、きっとうちがなんでこんな姿をしてるとか全部知られとるんやろなぁ。多分。
 しかし室内を見やれば壁と言う壁が全て鏡張りで構成されており、流石のうちでも目を見張ったわ。その鏡越しに中に迎えてくれる少年の顔をうちは見る。黒と緑の瞳を持った、短髪の少年や。ドレスシャツにデザインパンツは外国風人形を思い出させる雰囲気でなんかええ感じ。
 そしてうちは視線を走らせると部屋の中央に清楚な白ゴシックドレスシャツを纏った一人の少女が安楽イスに座っているのを確認する。彼女はうちを見はると少しだけ嬉しそうに微笑み、片手を持ち上げた。


「初めまして、<迷い子>。己の困惑を取り除きたいならあたしの元へいらっしゃい」


 招く手。
 甘く誘惑する声は己の肉体の変化について知られている事を告げてはる。此処は一体どこで、何故このような変化を起こしているのか。


―― なんや、不思議な夢やな。


 それでも何かを知るのには情報が必要や。
 そう思い、うちは招かれるまま中に入る事にした。



■■■■■



「……なんやて? もう一回説明してくれへん?」
「だから貴方のその変化は本来の姿を隠して生きている事への反動よ」
「そないにうちストレス溜まってたんかなぁ」
「――っと、歪手(ゆがみて)!」


 うちがフィギュアと名乗った少女を正面から見ようとすると最初にうちを出迎えてくれた少年、――あ、ちなみにこっちはミラーさんというねんけど――彼が手を滑らし、うちらの間の空間を歪ませる。
 その瞬間、どこかの部屋がうちの目には入り込み、その部屋の中の何かが石化するのを感じた。はてさて、うちはご丁寧にもミラーさんが空中からふわりと見事に出現させてくれはったティーセットにて注がれた紅茶とこれまた宙から取り出された平皿に乗ったクッキーを木製のテーブルとセットの椅子に座って食べながら事の発端を聞いているわけやねんけど……これがまたえらい話でな。


 夢や夢やと思っていたこの世界は確かにうちらにとっては『夢』といってもええらしいんやけど、一応『異世界』にあたるらしい。
 何も無い世界の中で一軒家があるだけでもびっくりやけど、……正直な話、この暗闇の中で世界を構築しつつ『自我』を保ってる人物がいるっつーのにも驚きやわ。
 だってそうやろ?
 うちやったらこんな世界やと息が詰まるわ。
 けれど<迷い子>とうちを呼びはるこの人達はやっぱりこの世界の人やな。その事を言ってみても動じる気配なんてこれっぽっちもあらへん。


「ふふ、貴方の世界のように確かにこの世界には毎日大きな変化はないわ。けれど貴方のように外界から迷い込んで来る人や物は数多く存在していて、あたし達はそんな彼らが行くべき道を『案内』しているの」
「時に『情報取引』も行っているけどね。僕らを夢の情報屋と呼ぶものもいるよ」
「あんたら二人がうちの事を知ってるのもこれで分かったわ。そりゃ、夢の情報屋とやらならうちがなんなのかすぐにわかったんやろな」
「貴方があたし達の傍に来る事も知っていたわ。不思議な人……確かに貴方は正体を隠して生きる事があの世界では大事かもしれない。でも時々は息抜きをして欲しいわ」
「そやなぁ。うちの正体知ってはる人はそない多くあらへんし」
「歪手」
「うーん、視線合いそうになるとうまいことそっちのミラーさんには空間を歪められてかわされるし、反射速度は凄いもんやね」
「悪いけど、僕のフィギュアを石化されるわけにはいかないからね。僕も君に石化されたくないからこれでも必死だよ」
「あら、あたしならきっと大丈夫よ。だって石化解除の方法をミラーも彼女も知っているもの」


 両手を組み合わせて暢気に話しはるフィギュアさんに対してミラーさんが溜息をつきはる。
 あー、うんうん。その気持ちは良く分かるわ。いくら解除方法があるって言うたかて、普通は自ら石化したくあらへんと思うんよ。あー、しかしほんまにこの家の中の壁という壁は鏡やったわ。そりゃ玄関扉の隣にあんな『鏡・注意』なんて張り紙があるのも納得やというもの。あんな張り紙でもないよりかはましやな。


「駄目だよ、フィギュア。今の彼女では石化は解除出来ない。彼女は今普段押さえつけている力を殆ど解放している状態だからね。普段より石化の視線の力が強いんだよ。それに彼女にとってここは『夢』。彼女がそう認識している限りはこの世界では彼女の石化解除魔法は通用しないよ」
「あ、そうなん? そりゃ困った事になるとこやったわ」
「だから――っ、歪手! ……を出来れば使用しないようにしようか。お互いのためにもね」


 ああ、また歪んだ空間の向こうで何かが石化した。
 っていうかうちは一体何と目があったんやろな。それがちょいと怖いんやけど……考えへん事にしよっと。


「貴方は本当は眠らなくてもいいのね」
「ん? あー……そやな。うちの種族の特性としては確かに睡眠をとらんでも生きていけんで。でもやっぱ身体が楽になるし、気持ちええから寝てんねん」
「ふふ、気持ちは良く分かるわ。あたし達も『そういう特性』を持っているもの。けれど、ベッドに横たわって目を伏せるのは好きよ――しかし、きれいな翼ね。触ってみたいわ」
「ええよ。横を向けばええ?」
「ミラー、運んでもらって良いかしら」
「もちろんだとも」


 鏡越しにミラーさんがフィギュアさんを抱き上げるのが見える。
 足が悪いという少女を抱き上げる少年。うーん、絵になるわ。とりあえずうちは鏡越しとはいえあんまり視線をあわせへん努力でもしよか。
 やがてフィギュアさんがうちの黄金の翼にその細い指先を伸ばしはった。やんわりと撫でるような指先はちょっとくすぐったい感じ。うちは思わず笑って肩をすくめてしまう。翼の筋を沿うような動きを鏡に映った虚像で確認しつつ、うちは美味しいお茶を口にする。髪の毛の蛇達が少し威嚇するような動きをみせたけど、うちは平気やでと心の中で言い聞かせるように落ち着かせ、彼女に撫でられるがままにさせといた。


「しかし、やっぱりうちも疲れてたんやろなぁ」
「あら、人間として生きなければいけない道を選んだのは貴方自身よ」
「そうやけど、これでもストレスは溜め込まへんように気をつけてたんよ。でもまさかこんな夢を見るほどやとは思ってへんかったわ」
「『セレシュ・ウィーラー』。……貴方は勘違いしてはいけないよ。どれだけ強靭な肉体を持とうとも、強力な能力を持とうとも、人間として生きていればストレスと無縁ではいられない。貴方の本来の姿はそこに映っている『ゴルゴーン』である事に違いないのだから」
「そやね。うちの本当の姿はこっちや。……本当は二人の事もちゃんと見たいんやけどなぁ」
「歪手で封じさせて貰うよ」
「やろな。……ふふ、結構面白いんやで、このやり取り。気に入ったわ」


 うちが二人と目を合わせようとする。
 でもフィギュアさんの前にミラーさんは空間を歪ませて、それをそらしはる。なんやろな。この行為がちょっと楽しい。実際うちはうちの本当の姿を見て、ほっと心が安心してて、久しぶりの解放感になんかちょっとすっきりした気分や。
 んーっと筋を伸ばすようにうちは片手を高く上げ、文字通り羽を伸ばす。
 その翼を広げる光景が面白かったのか、フィギュアさんがくすくす笑いはるのがちょっと可愛らしくて、ついでにうちも受けたのが気分良くて自然と笑みが零れてしまった。


「どうかこの場所にいる間は自然体で笑ってちょうだいね。あたしは視線が合わないことは寂しく思うけど、次もし貴方が眼鏡をかけて遊びに来てくれるならその時は歓迎するわ」
「ん、おおきにな」
「この空間で遠慮するべき事は何も無い。貴方が貴方のままで居る事が目覚めへの道だからね」
「ほう、ほんまかいな。うちが石化させても文句言わへん?」
「それとこれとは別だよ」
「ほれみい。大事なもん石化させられたらやっぱり怒るんやろー。可愛い彼女の石像見せたろか?」
「僕の『歪手』は応用すれば貴方の石像を作る事も可能だけど?」


 うちの挑戦的な態度に、ミラーさんが乗ってくる。
 ああ、ええなぁ。こういう自分の正体を知って、尚且つ向かってきてくれるのって気持ちええ。自然体で居られるのってホンマに気楽やしね。
 クッキーを一枚掴み取り口に運ぶ。
 次いでフィギュアさんを元の椅子へと運び終えたミラーさんがなにやら床に屈み込み、何かを拾い上げはったのをうちら二人は興味深げに見た。


「あら、ミラーその羽とても綺麗ね」
「うちの羽やけどな」
「貰って良いかしら?」
「そないなもんでええなら、遠慮せんでええよ。お茶とクッキーと……そうやな、相談代くらいにはなったらええなぁ」
「大丈夫よ。そんな事気にせずとも充分――言ったでしょう? ここでは自然体でいて笑ってねって。あたしはすぐに物を忘れてしまう壊れた頭をしているけれど、人の笑顔を見るのは大好きなの」


 そういってミラーさんからうちの羽を受け取るフィギュアさん。
 両手で黄金の一枚羽を包み込み、嬉しそうに微笑んでみせるのがほんまにええ感じ。けれど壊れた頭ってなんやろな。


「フィギュアは長時間物を覚えられないんだよ。だから次に出逢った時、恐らく貴方のことを忘れているだろうね」
「うちの思考を読み取りはった?」
「顔に書いてあるようなものだ」
「視線あわせてへんけどね。――でも、まあ。ここは居心地のええ場所やし」
「――歪手」
「……面白い相手もおるし、うちも自然と顔が緩んでしまうわ」


 長時間記憶出来ない少女。
 それでもうちの笑顔が――人の笑顔が好きやと言いはった。そやね。それはええことやとうちも思うよ。さて……肩の力を抜いて、自然体になれる空間をくれたこの場所に暫し感謝しよか。


「なあ、またうちは二人に逢える?」
「その時は眼鏡を忘れずに」


 うちの言葉に見事に釘を刺すミラーさんはそれでも再会の可能性を否定せず、それが可笑しくてうちはまたうちらしく笑った。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8538 / セレシュ・ウィーラー / 女 / 21歳 / 鍼灸マッサージ師】

【NPC / ミラー / 男 / ?? / 案内人兼情報屋】
【NPC / フィギュア / 女 / ?? / 案内人兼情報屋】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、PCゲーノベへの参加有難うございました!
 
 今回は本来の姿でのご訪問で、内心どう対応しようとドキドキした結果こうなりました。
 ミラーは石化されぬよう必死に、フィギュアはそれを防ぐ彼とセレシュ様とのやり取りが面白く笑って。
 そしてセレシュ様にももちろん気を抜いてもらえるような空間を提供出来たら、と。

 自分のテリトリーで笑ってもらえる事ってやっぱり嬉しい事だと思うのです。
 ではでは! またご縁がありましたら宜しくお願いいたします(礼)