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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


+ これは彼を招待した夫婦のお話 +



「あら、勇太君だわ。ヴィル、ほら、あの人そうよね」
「本当だ。……でもどうしたんだろう。何か困っているように見える」


 長い黒髪が美しい女性、弥生 ハスロ(やよい はすろ)は自分の夫であるヴィルヘルム・ハスロの袖を引っ張りながらなにやらコンビニ前で迷っている男子高校生を見やる。
 弥生からの声に当然ヴィルヘルムも気にかかりそちらへと視線を寄せ、その高校生が自分達の知り合いである少年である事を確認した。しかし二人は顔を見合わせ、若干疑問に首をひねる。
 何故ならコンビニ前にいる少年――工藤 勇太(くどう ゆうた)は扉の前で腕を組みなにやら入店を迷っているように見えるからだ。表情も芳しくなく、どちらかというと落胆した雰囲気を感じる。しかし見ているだけでは何も解決しないため、弥生は勇太に声をかける事にした。


「勇太君ー」
「あ、弥生さん。それにヴィルヘルムさん。こんにちはー!」
「こんにちは。どうかなさったんですか? さっきからこの扉の前で迷っているように見えたんですけど」
「え、俺そんなに二人に見られました!?」
「いいえ、そんなに長時間は見てはいないけど、なにやら困っている様子なのはすぐに分かったもの。何か困った事でもあったの?」
「実はですね……」


 勇太達は他の客の邪魔にならぬようコンビニの扉の前から少し外れた場所へと移動する。
 そして話題の中心人物である勇太は自分の身に降りかかった災難を弥生、ヴィルヘルム夫婦へと話した。簡単に説明すると一人暮らしをしている勇太が夕飯を買いにコンビニまで来たが途中で財布を落としてしまったとの事。幸いにも財布は小銭入れ程度のもので貴重品は無かったが、本日の食事をどうするか途方に迷っていた……と、そういう話である。


「一人暮らしって……ご両親はどうしたんだい?」
「あ、え、えっと俺の両親色々と忙しい転勤族なんで、そのために一人暮らししてるですよ、あははは!!」
「なるほどね。それじゃあ生活が大変でしょうに……。それにコンビニでご飯なんて経済的にも栄養的にも良くないわ」
「じゃあ、勇太さん。君さえよければ今日はうちで夕食を食べていくかい?」
「え、本当ですか!?」
「良いよね、弥生。夕食の買い出しも今からだし」
「ええ、もちろん構わないわ」
「じゃあ今日は好意に甘えようかな……」
「あ、でも警察には寄ろうか。貴重品が入ってはいないとはいえ勇太さんの財布が届けられているかもしれないし、逆に紛失届けを出しておけば勇太さんの財布を見つけて下さった人が届けてくれるかもしれないからね」
「はい!」


 両親に関しては本当は嘘だが、勇太は自分が一人で暮らしている本当の理由を言えない為若干引きつった表情で誤魔化しにかかった。それに関してハスロ夫婦は追及しなかったため、彼は内心安堵の息を付く。
 そして話が纏まると勇太は今まで憂鬱そうだった表情を嘘みたいに晴らし、満面の笑顔を浮かべた。次いで、夫婦の隣に並ぶように勇太は歩き出す。三人でスーパーまでの道程を歩き、途中の交番で財布の一件を聞いた。しかし財布を拾った人は無く、残念ながら紛失届けを出す形となってしまう。
 しかしそれでも勇太の心はとても軽い。今、彼に尻尾が生えていたのならば思い切り振って付いていっているだろうと容易に想像出来るほど夫婦の好意が嬉しかったからだ。
 やがてスーパーに辿り着き、買い物かごをカートに乗せつつ弥生は勇太へと視線を向ける。


「折角だし勇太君の好きなものでも作ろうかしら。キミは何が好き?」
「エビフライが好きです!」
「エビフライかぁ。良いわね。ヴィルもそれで良いかしら?」
「ああ、良いよ。エビフライを食べるのも久しぶりかな。勇太さん、弥生は料理が上手だから期待しておくと良いよ」
「本当ですか!? 俺マジでエビフライ大好きなんですよ!!」
「急に目が輝きだしたわね。そんなにもエビフライが好きなの?」
「そりゃもう、将来エビフライと結婚しようかなって思うくらい!」


 勇太は拳をぐっと作りながら己のエビフライ好きを力説する。
 その間にも弥生は海鮮コーナーへと足を運び、エビフライ用に美味しそうな海老を選び始めた。後ろではヴィルヘルムと勇太が他愛の無い話をしつつ、彼女についていくように足を運ぶ。エビフライだけではなく、揚げ物中心にしようと考えた弥生は、南瓜やたまねぎなど次々に足していく。買い物かごは次第に重さが増し、籠を乗せているカートを押すのが辛くなるとヴィルヘルムがすぐに交代を進言し、弥生は彼にカートを渡した。
 ついつい調子に乗って籠二つを山盛りにするほど商品を入れてしまったが、荷物持ちはいるし大丈夫だろうと考え、弥生はレジへと夫を呼ぶ。


「うーん、買い過ぎちゃったかしら。でも今日は勇太君もいるし、これの半分くらいは食べれるわよね」
「え、じゃあ普段はこれ以下って事ですか!? お、俺そんなに食べませんよ!」
「成長期の男の子が何を言うんだい。きちんと夕食は食べていきなさい。遠慮なんてしなくて良いからね」
「ヴィルの言う通りよ。それに買い過ぎちゃった分はどちらかというと保存が効くものばかりだから大丈夫。ほら、見て。お菓子とか多いでしょう」
「それでも買い物袋五つ分は多かったかもしれないよ」
「ふふ、暫く買出しに行かなくて済んでいいかも」


 男二人が袋二つ、弥生が袋一つを引き受けながら夫婦が住む住居へと今度は移動を開始する。
 こうして財布を落として落胆していた勇太はハスロ夫婦に拾われ、彼は二人に心から感謝しつつ有り難く彼らの自宅へと招待される事となったのだ。



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 彼らの自宅へと着くと当然勇太は「夕食の手伝いします!」と進言したが、弥生は「勇太君はお客様なんだから今日はゆっくりしてて」と笑顔で却下する。
 そんな彼らの様子を見たヴィルヘルムはやさしく微笑みながら、リビングへと勇太を招き、二人で夕食までの間雑談をする事となった。


「勇太君は高校ではどんな風なんだい?」
「え、俺ですか? ちょー普通ですよ。どこにでもいる高校生です」
「部活とかは入っていないのかな」
「あ、実は新聞部に入っているんですよねー。……あまり顔出してないけど」


 舌をぺろっと出し、付け足す言葉にヴィルヘルムは笑う。
 二人でソファーで寛ぎながら喋る会話は平和な内容そのもので、傭兵であるヴィルヘルムは『普通の生活』をしているという彼に癒しを貰った。そんな夫の雰囲気を妻である弥生もまた快く感じ、リラックスしている旦那と楽しそうに喋る勇太の姿を時折見やりながら料理を進めていく。
 「エビフライが好き!」と心から言い切った勇太の為に、弥生もまた想いを込めて衣を纏わせた海老を油へと下ろす。もちろん他の揚げ物も作っていくがメインは勇太が好きなエビフライだ。


「へえ、そうなんだ。日本の高校生は今そういう事を習うんだね」
「ヴィルヘルムさんはどういう生活をなさってきたんですか? あ、そうじゃないな。どちらかというと俺二人の馴れ初めとかお聞きしたいです!!」
「――馴れ初めか。そうだね、それは秘密かな」
「えー! どうしてですかー! あ、二人だけの秘密にしたいとかそういうラブロマンスがあったという事ですかね?」
「はーい、食事の用意が出来たわよ。二人ともこっちに来て頂戴」
「わーい! エビフラーイ!」
「ラブロマンス……だったかな」


 会話の途中で弥生の方から声がかかり、勇太は座っていたソファーから立ち上がると食卓の方へと早足で寄る。その後ろをヴィルヘルムがゆったりとした動きで追いかけた。


「って、弥生さん!」
「何?」
「このエビフライの量なんなんですか!? え、え、俺達三人分ですよね!? ここに出ているという事は後で冷凍しておいておくとかそういうんじゃないですよ!?」
「勇太君があまりにもエビフライが好きだって言っていたからついつい張り切りすぎちゃったのよね。海老を選ぶ段階から数が可笑しかったけど……あ、食べれそうに無かったら冷凍しちゃうから言ってね」
「いいえ、俺は思い切り食べますよ!」
「しかし弥生……本当にもの凄い量を作ったね。まさか大皿二つを使うほどのエビフライが出てくるとは私も予想してなかったよ」


 ででんっ! と主張する大皿二つ。その上には勇太の好物のエビフライが山盛りになって乗っていた。
 弥生は白米を茶碗に盛り運びながら「やりすぎちゃったかな」と夫に様子を伺う表情を見せる。しかしヴィルヘルムは何も咎めず、むしろ首を振って否定し、嬉しそうな勇太を優しい眼差しで見ていた。
 やがて食事の準備が全て整い、仲良く並んだ夫婦の対面席へと勇太が腰を下ろすと食事が始まる。三人で両手を合わせて挨拶をした後、勇太は真っ先に箸を出来たてのエビフライへと伸ばした。


「勇太君は本当にエビフライが好きなのね」
「ん、ん、んっ。だいふきでふ!」
「ああ、食べてから口を開いた方が良いと思うよ。それじゃ何を喋っているか分からないからね」
「……んっく! 弥生さん、このエビフライめっちゃ美味いです!」
「お口にあって良かったわ。他の揚げ物もちゃんと食べてね。ご飯のお代わりも遠慮せずに言って」
「弥生の料理は本当に美味しいから食べ甲斐があるよね」
「ヴィルが褒めてくれるともっと嬉しくなっちゃうじゃない」
「だって本当にそう思うんだから仕方ないね」


 夫婦の仲良しな雰囲気に癒されつつ、弥生作のエビフライに感極まった勇太は何度も「美味しい」「美味しい」と繰り返しながらあっという間に大皿一つ分を食べ終えてしまう。その勢いに夫婦は目を丸めるが、その後ぷっと二人同時に息を噴出した。


「はー、食べた食べた。あ、夢中で食べてしまったんですけど本当に平気でした? ――って何で二人とも笑ってるんですか」
「ふ、ふふ……大丈夫よ。あまりの勢いに思わず、ね。ヴィル」
「ああ。ちょっと驚いてしまったのと、あれだけのエビフライが君の口の中に入ったという事が素晴らしいなと思っただけだから気にしないで」
「そうっすか? それなら良いんですけど。……あ、そうだ。さっきヴィルヘルムさんに質問してたんですけどお二人ってどうやって出逢ったんですか? あとお仕事とか何をしてるんですかー?」


 一皿分のエビフライを食べ終えた勇太は心に余裕が出来たのか、夫婦に質問する。
 しかし二人は互いに顔を見合わせた後、ほんの少しだけ目元を細めアイコンタクトらしき事をした後、弥生は人差し指を唇の上に置いた。


「それは秘密よ」
「えー、何それ! 余計に気になる!」
「大丈夫だよ。怪しい宗教団体とかには属していないからね」
「それは良かった……じゃなくってですね!」
「さあ、ご飯お代わりはいかが? 勇太君ならもう一杯くらい食べれそうよね」
「あ、それは遠慮なく頂きます」


 ハスロ夫婦は仕事内容と二人の出会いに関しては話さず、さりげなくそっと別の話題へと誘導する。勇太は勇太で話したくない事がある身ゆえ、夫婦が話したくないならばと追求はせず、素直に茶碗を差し出す事にした。


「……家族ってこんな感じなのかな〜……」


 ぽそりと呟く勇太。
 諸事情により「家族」という感覚を知らない彼は、今この場の雰囲気をなんとなくそう例える。
 料理上手な優しい母、話を聞いてくれ指摘もしてくれる父。
 そんな二人に育てられる子供はとても幸せだろうに、とさえ思ってしまった。


「ん? 何か言ったかい」
「なんでもないです! エビフライが美味しいって言いました!」
「それを聞いたの何度目かしら」


 弥生は勇太の言葉が可笑しくて可笑しくて口元に手を添えながらくすくす笑う。
 ヴィルヘルムは何か誤魔化しているんだろうなとは察したが、勇太が落ち込んでいるようではないので何も言わず、普通の話題を振った。


 貴女が母で。
 貴方が父で。


「流石に俺じゃ大きすぎる子供か」


 本当の家族にはなれないけれど、三人で過ごすこのひと時はとても楽しい時間。
 勇太はそっと心が温まるのを感じると、二杯目のご飯を受け取った後二皿目のエビフライへと箸を伸ばした。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【8555 / ヴィルヘルム・ハスロ) / 男 / 31歳 / 請負業 兼 傭兵】
【8556 / 弥生・ハスロ (やよい・はすろ) / 女 / 26歳 / 請負業】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは!
 まさかのこの三人での発注有難うございました!
 発注を頂いた時から既にほんわか気分で、どうやって書こうかなぁと幸せになりつつ。

 三人で過ごした食卓の幸せ……どうか伝わりますように。