コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.11 ■ 安堵の瞬間







 夜の闇に染まった海原を一隻のクルーザーが走っていく。生憎の空模様で星はあまり綺麗には見えないな、と思いながら武彦は携帯灰皿に咥えていた煙草を押し込み、ポケットの中へと突っ込んだ。
 船室に戻り、中の様子を見ると、ベッドに寝かされた百合の髪を撫でながら、その隣りのソファーに座り込んだ冥月が何処となく落ち込んでいるかの様な表情をしているのが目に付く。武彦は適当なカップにコーヒーと紅茶を注ぎ、冥月の前に差し出した。
「ほら」
「あぁ、ありがとう…」
「…どうした? 何か考え事でもしてるのか?」
「すまん、武彦」
「ん?」
「“虚無の境界”のファング。奴は遊ばずに初手で殺すべきだった…」冥月がカップを持つ手にキュっと力が入る。「戦力を削ぐ機会を逃してしまうとは…」
「謝る必要なんてないだろ?」
「いや、殺さずの誓いを破ってでも仕留めるべき相手だと、私も判断していた…。それなのに逃がしてしまったのは、きっと私が何処かで手加減していたからだ…!」
「冥月…」
「これから先、“虚無の境界”は恐らく行動を過激にしてくる事だろう。そうなれば、きっと私はともかく、武彦にまで負担が…――」
「―変な所にばっかり気を回すな、お前は」武彦が小さく笑って冥月の言葉を遮る。
「へ、変な所とは何だっ!」
「お前が今のお前じゃなかったら、俺はお前と会う事はなかったかもしれない。そんなお前も、その“殺さずの誓い”ってのがあるからだろ」武彦がコーヒーを口に運ぶ。「…お前が殺す事をしなかった方が、俺は安心してる」
「え…」冥月の思考が思わず停止した。武彦の言っている言葉の意味が瞬時に理解出来ず、徐々に顔が紅潮していく。「な、何を…言ってる…」
「だが、あの屋敷には何の手がかりもありゃしなかった。これから先、虚無の境界がどう動いてくるつもりなのかが気になる所だな…」
「安心しろ。お前は必ず私が守る…。…と、当然百合も零もだ! べ、別に深い意味なんてないぞ!」
「何を一人で焦ってんだ」武彦が笑いながら呟く。「何にしろ、奴等が新たに動くまで、少し動きを待つしかないだろう。後手に回る形にはなるが、仕方ないな」
「一ヶ月後というキーワードと、“計画”…。何か思うアテはないのか?」
「正直な所、今は何も解らないな。が、東京に戻ったら、ある連中とコンタクトを取るつもりだ」
「ある連中?」
「俺が所属していた機関だ」
「…武彦、やはりお前が“ディテクター”と呼ばれているのは…」
「あぁ。…お前には話していなかったな」武彦が小さく溜息を吐く。「俺は元“IO2”のエージェントだ」
「…やはり、な。奴等のお前への態度と、“ディテクター”という呼び名。予想外でもあるが、予想通りでもある」
「どっちだよ」
「両方だ。正直お前がそんな爪を隠す様な真似をしているとは思わなかったが、お前がただの一般人とも思っていなかった。実力や洞察力、判断力は目を見張るものがある。そういう点では納得している」
「…やれやれ、お前に何処まで見抜かれてる事やら…」武彦が呆れた様に呟く。
「裏稼業に生きた私の耳にも、IO2という機関の噂ぐらいは聞いた事がある。そして、その度に聞いていた要注意人物。それがディテクターだと」
「まぁ、関係性からすれば俺達は元々敵対勢力だったって訳か。お前のいた組織とやらが異能を使っていたのなら、IO2が放っておく訳もないだろうしな」
「縁とは奇妙なものだな」冥月が紅茶を口にして百合を見つめる。「百合の身体にあるという副作用とやらも気になるが、一体…」
「何しろ情報が不足し過ぎてる。俺がIO2に行って情報を収集している間、お前は百合と一緒にいてやれば良い。IO2には特殊な能力者が多いからな。うまく話せば百合の副作用とかも緩和出来る方法も調べられるかもしれない」
「…淡い期待だが、それに頼るしかないか…」
「あぁ。なんとか情報を探してみるさ。とりあえず、今日はもう休もう。コイツは俺が看とくから、シャワー済ませて来い」
「そうだな…」
 冥月が百合の頭から手を離し、立ち上がろうとした所で不意に武彦と目が合う。すると、武彦の表情が何処となくぎこちない事に気が付き、冥月はふと島へと向かっていた時の事を思い出し、顔が紅潮していく。
「も、もう見るなよ!」
「なっ、だから、あれは誤解だっての! それに、あれはお前がいきなりタオル一枚でシャワールームから出て来たんだろうが!」
「だ、だって武彦寝てた!」
「波のせいで目が覚めたんだよ! 誰も覗きに行こうなんかしてないっつの!」
「ほう…、それは何か? 私の身体には魅力も何もないとでも言いたいのか…?」
「被害妄想反対! お前の身体に魅力がないなんて一言も言ってないだろ!?」
「な…、何を…――」
「―うおっ」
 不意に高波に揺られ、冥月倒れそうになり、武彦が急いで冥月の身体を抱き寄せる。事無きを得たと思い、安堵した二人が再び波に揺られ、今度は冥月に武彦がのしかかる様な形になり、ベッドに押し倒してしまう。
「―〜ッ」不意に近付いた武彦の顔と冥月の顔。思わず冥月の顔が一気に赤くなる。
「…わ、悪い…」武彦が思わず目を逸らして小さく呟く。が、波で揺れるクルーザーの中で、下手に起き上がる事も出来ない。
「…た、武彦…近いよ…」冥月の眼が少しばかり潤む。
「…お前、俺を守るとか言ってたろ?」
「え?」不意に口を開いた武彦の言葉に、思わず冥月が逸らしていた目を武彦に向けた。
「でも、いざって時は俺がお前を守る」
「武…彦…?」冥月の胸が強く脈打つ。
「まぁ、実力はお前に敵う訳じゃねぇから難しいかもしれないけどな。だけど、俺がそうしたい…」
「…うん…」
 二人の顔が徐々に近付き、冥月が意を決した様にギュッと目を瞑る。武彦の顔が近付いて来る事は気配で解る。息が微かに当たる。
「…お姉様…」
「〜〜ッ!」思わずビクっと二人が驚き、正気に戻る。武彦を押し退け、冥月が顔を逸らし、一生懸命にその場を取り繕う様に髪を手櫛で整える。
「いってて…」冥月に押し退けられた武彦は無様に転び、頭をさすりながら起き上がる。「…なんだ、寝言か…」
「ね、寝言…?」冥月が百合の顔を見つめる。やはり百合はしっかり眠っている様だ。「ま、全く、人騒がせな寝言のタイミングだ…」
「あぁ…、本当にな」武彦が思わず小さく笑う。「続き、するか?」
「なっ、バッ、バカな事言うなっ!」冥月が立ち上がる。「シャワー済ませてくる! 覗くなよ!」
「へいへい…」ずんずんと歩いていく冥月を見送る様に武彦は見つめて思わず笑ってしまう。「とんだ眠り姫だよ、まったく…」
 バタン、とシャワールームの扉を閉めた冥月はドアに背を預け、胸に手を当てて息を整えていた。顔が熱い。そんな事を考えながら、脈打つ心臓が落ち着くのを待つ。
「…(…キ、キス…しそうだった…私…)」
 再び一人で顔を真っ赤にしながら冥月が目をギュっと瞑る。落ち着くどころか、今すぐにでも暴れたくなる様な気分だ。恥ずかしくていっそ死にたいぐらいだ。冥月は思わず声なき声をあげる。
「…(…シャワーを浴びたら、武彦とどんな顔をして話せば良いんだろう…。続き、なんて…そうなったら…)」
 今にも煙を噴いてボンと音を立てそうなぐらい冥月の顔の紅潮が増す。ぶるぶると顔を振り、何とか平静を取り戻そうと必死になりながら、いそいそとシャワーを済ませに冥月が服を脱ぎだした。





 何とかシャワーを浴びている間に、多少は落ち着きを取り戻した。冥月は深く深呼吸してシャワールームから出た。今回は同じ二の徹は踏むまいと、ジャージにシャツという至ってシンプルな服を身に纏っている。恐る恐る船室へ戻る。
「…(へ、平常心平常心…)」
 そんな事を心の中でひたすら呟きながら船室の中を見つめた冥月は思わず目を疑った。
「…ね、寝てる…だと…」
 ソファーで大口を開いて座ったまま眠りこけている男。今しがたのやり取りが嘘の様に、だらしない寝顔で寝てる武彦を見て、思わず冥月は愕然とした。狸寝入りじゃないだろうか、と思いながらそっと武彦の隣りに冥月が座り、様子を覗う。どうやら本当に眠っているらしい。
「…(…あんな事があった後に、寝る男…。どうしてこんな男を私は…)」思わずクスっと小さく笑い、冥月は心の中で呟いた。「…(無理もない…か…。こういう男だから、私は惹かれてしまったのだから…)」
 冥月はそんな事を思いながら、武彦のかけていた眼鏡をそっと外し、テーブルの上に置いた。そして、冥月が息を殺し、そっと武彦の頬に口付けをする。



「…(今は、これで良い…。これで…)」



 冥月の顔が再び真っ赤になり、思わず落ち着こうと船外へと風に当たりに急ぎ足で出ていく。




「…逃げているのは、俺の方かもしれないな…」




 狸寝入りをしていた武彦が、頬に触れた冥月の唇の感触に触れる様に、そっと手を当てて呟いた。





                                           to be countinued,,,




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


いつもご依頼有難う御座います、白神 怜司です。

いや、何この展開!?←
とか自分で書いているクセにちょっとニヤニヤしてます←
二人の関係性が、ちょっとずつ加速していく訳ですね…。

萌えるかもしれません!(

という訳で、今回はちょっと進展ありな流れです。

お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願い致します〜。


白神 怜司