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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route3・邪眼発動、石化した心/ 藤郷・弓月

 カツカツ鳴り響く靴の音。
 乾いたアスファルトに響く音を聞きながら、一歩一歩確実に歩いてゆく。
 今日の授業は午前中で終わり。
 宿題も特になくて、部活に出るわけでも、誰かと約束があるわけでもない私は、わざと普段は鳴らさない靴を鳴らして歩いてゆく。
 靴の音を鳴らすのは、単純にゆっくり歩くためでもあるけど、これにはもっと別の意味がある。
「鹿ノ戸さんが、いますように……鹿ノ戸さんに、会えますように……」
 そう言いながら、カツッと足を止めた。
 むかし読んだ本にあったのを思い出したんだ。
 靴の踵を3回鳴らしてお家に帰るって話。
 私の願いや思いとは全く違うお話だけど、なんとなく借りたくなってやっちゃった。
 方法はすごく簡単。ここに来るまでの道のりを、ずっと靴音を鳴らしながら歩く。そして大きな音を鳴らして扉の前で足を止める。
 たったそれだけのこと。
 それだけのことだけど、私には勇気をくれるおまじないになるんだから、すごい効果だと思う。
「……鹿ノ戸さんは、いる!」
 そう言って、扉を開けた。
 その瞬間目に飛び込んできたのは、忙しく動き回る執事さんやメイドさんの姿。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 私の姿を見止めた執事さんが恭しく頭を下げて出迎えた。
 すごく柔らかい雰囲気の、優しい執事さん。
 鹿ノ戸さんとは違った印象を放つその人に、ちょっとだけほんわかしちゃう。
 でも……
「如何されました?」
「あ、すみません……ただ、ちょっと……」
 思わず店内を見回してたみたい。
 働く執事さんやメイドさんの中に、あの人の姿がないかな、って。
 でも、金色(金髪だから)の執事さんに迷惑かけてもダメだもん。ここは気持ちを入れ替えて席に案内して貰おう!
「なんでもないです。それよりも、今日のおすすめってなんですか?」
 出来るだけ笑顔で聞いてみる。
 すると金色の執事さんは優しく微笑んで席に案内してくれた。
「本日のおすすめは、こちらのケーキセットです。お嬢様はお疲れのようですので、特別にブレンドしたハーブティーをご用意しますが、如何なさいますか?」
「え……」
 疲れてる、かな?
 もしかしたらすごく顔に出てたのかも。
 慌てて頬を抑えると、金色の執事さんは少し笑って頭を下げた。
「今しばらくお待ちください。すぐにご用意いたします」
「……なんだか、気を遣わせちゃったかな」
 お店の雰囲気に合っった優しい人だと思う。ああいう人が、女の人にモテるのかも。
 あ、もちろん、鹿ノ戸さんも優しいんだよ?
 そりゃ、優しいのはときどきで色々だけど、それでも、優しいなって、思う。
「鹿ノ戸さん、大丈夫かな」
 ポツリ。
 零した声に反応するように、暖かな香りがしてきた。
 ほんのり甘くて優しい香り。
 目を向けると、さっきの執事さんが紅茶の準備をしているのが見えた。
「お嬢様は千里のお知り合いですか?」
 千里――これは鹿ノ戸さんの下の名前だ。
「あ、はい。知り合いというか……なんというか、ですけど……」
 苦笑気味に頷くと、アンティークのお皿に乗せられた、美味しそうなケーキが差し出された。
 乗っているのは、チーズケーキとチョコレートケーキの2つかな? 小さく切ってあって食べやすそうだし、そこに添えられた果物も美味しそう。
「綺麗ですね。お皿にも凄くあってます♪」
「ありがとうございます。うちのパティシエの自信作ですから、味の方も補償いたしますよ」
 そう言って微笑んだ彼の顔を見て、あることを思い出した。
「あなたは……この前、鹿ノ戸さんと一緒にいた人?」
「え」
 我ながら酷い記憶力だと思う。
 お店に入ってから結構な時間が経ってたはずなのに、思い出したのが今って。
「まさか、気付いてなかったのかい? これは……本当に、ズレたお嬢さんだな」
「ズレたって……ちょっと忘れてただけですよ」
 クスクスと笑われて少しだけ頬が熱くなる。
 恥ずかしいけど、仕方ないよね。
 そう思っていると、どことなく聞き覚えのある足音がしてきた。
「梓。俺に客が来てるって聞いたんだが――……げっ」
「あ、鹿ノ戸さん!」
 思わず上げた声に、鹿ノ戸さんの眉間に眉が寄った。
 それもものすごく濃いやつ!
「悪い……なんだか頭痛が。オーナーには早退したって言ってく――ぶっ!」
 額に手を添えて踵を返した彼に、思わず手が伸びてた。
 ドンガラガッシャンッ☆
「?!」
 地面に突っ伏した鹿ノ戸さんの体に降り注いだ食器類。幸いな事に割れているお皿は1枚もないけど、これって……どういうこと?
「〜〜〜〜、っンの、ドアホッ!!!」
 呆然とする私に鹿ノ戸さんの怒声が。
 しかもなんだか体勢がおかしいような……あ!
「私、靴っ」
 あっちゃ〜。
 思いっきり、靴の踵を踏んでたみたい。しかも、鹿ノ戸さんの服を掴んで。
 構図を説明するなら、踵を踏ん付けられてつんのめった鹿ノ戸さんの袖を、私が掴んで服をひん剥いている感じ。
 これって、良く考えたらすごいことよね?
「てめぇは、人の話を聞いてんのか! つーか、何しに来た! 邪魔しに来たのか!!」
「ち、違いますよ! 私は鹿ノ戸さんが凄く気になって、お外にお誘いしようかと思って来ただけです!」
「あ?」
 固まる空気。
 あれ?
「これは随分と熱烈なお誘いだね。千里、行ってあげたらどうだい?」
「……いや、ぜってぇ違え」
 熱烈なお誘い?
 えっと、私、いま何を口走って……。
「あああああ! ち、ちちち違うんですっ! 私は、その……鹿ノ戸さんがあの人のことで考え込んでるんじゃないかって、だから、あの元気にしたくて、そのっ」
「あの人?」
「あー……藤郷、だったか……外に行くんだったな。行くぞ。今すぐ行くぞ」
 金色の執事さんの声を遮って鹿ノ戸さんは私を振り返った。
 全身に浴びた甘い香りはスルーするみたい。
 真っ赤になって手をわたわたさせてる私の腕を掴むと、鹿ノ戸さんは金色の執事さんを見た。
「梓。オーナーには早退したって伝えてくれ」
「理由は?」
「諸事情だ!」
 そう言い捨てると、私の腕を取ったまま歩き出した。

   ***

「す、すみません」
 喫茶店からそんなに離れていない公園。
 そのベンチに腰を下す鹿ノ戸さんに、濡らしたハンカチを差し出す。
 晴れていて暑いせいかな。
 この前みたいに人はいないんだけど、それが逆に辛いっていうか……いや、悪いのは私なんだけどね。
 なんだけど……どうにも、鹿ノ戸さんの眉間の皺が気になる。
「あ、暑いですね。えっと、何か飲みますか? 向こうの自動販売機で売ってる物なら何でも買ってきますよ!」
 この前のお礼もありますし!
 そう言ってお財布を取り出す。
 その仕草に、大げさすぎるほど大きなため息が聞こえてきた。
「なんなんだ、お前は」
「え」
 ドキッとして動きが固まった。
 もしかすると表情も強張ってたかもしれない。
「なにって……藤郷弓月、ですよ?」
 そう答えて、にこっと笑う。
「鹿ノ戸さんはコーヒーが似合いそうなので、ブラック買ってきますね! 私は何にしようかな♪」
 わざと明るく振る舞って踵を返す。
 今日は鹿ノ戸さんに難しいことは考えて欲しくない。
 この前会った、檮兀って人。
 鹿ノ戸さんはその人を憎んでいるような、そんな印象がした。
 そしてこの印象は間違いじゃないはず。
「……少しでも、気持ちが晴れてあの人のことを考えなくて済むなら」
 それだけでじゅうぶん。
 そう思って自販機の前に立とうとした時、大きな影が頭上を過った。
「藤郷、伏せろ!」
「!」
 咄嗟に頭を抱えて伏せる。
 そこに、大きな羽音がしてきた。
 そっと目を上げると、有り得ないくらいに大きな鳥が見える。
「……ここでも、化物が……」
 この前の大きな獣と言い、鹿ノ戸さんの周りには不思議な生き物が出てきてる。
 はじめて会った物体Xに、この前のライオン。そして今回は巨大な鳥。
 鹿ノ戸さんと知り合ってから、こういう変な生き物と遭遇している気がする。
「もしかして、この鳥も……」
 そう口にした時、鋭い嘴が視界に飛び込んできた。
――キイイイイイイッ!
「!」
 飛翔して一気に突っ込んでくる鳥。
 私は思わず目を閉じて反応した。でも、やって来たのは痛みじゃない。
「ボサッとしてんな!」
 抱えるように腕に抱いて飛び退いた鹿ノ戸さん。
 腕から、胸から感じる温もりに、ぽっと頬が赤くなる。
 でも、そんなことを気にしてられるのは今だけだった。
「――鳥鬼、か」
 呟いて、私の腕を放した鹿ノ戸さん。
 彼は私をチラリと見てから、刀を出現させた。
「一気にケリを付ける。この前みたいな、馬鹿な真似はすんなよ?」
 言い置いて、鹿ノ戸さんは地面を蹴った。
 空を舞う鳥と、鹿ノ戸さんとの追い駆けっこ。
 どちらも動きは速くて、目で追うのは厳しいけど、何か違和感が付きまとう。
「鹿ノ戸さん、焦ってる?」
 気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃないかもしれない。
 そう多く彼の闘いを見たわけじゃないから間違ってるかもしれないけど、それでも、やっぱりなにかおかしい。
「馬鹿な真似はするなって言われたけど……でも、私にはこれくらいしかっ」
 いつの間にか手にした石。それを握り締めて空を見上げる。
 チャンスは1回。
 1度投げたら、2度目はきっと怒られてしまうから。だからチャンスは1回だけ。
「……狙いを定めて……鳥が、進む先……」
 意識を集中させて、念じる。
 こっちに気付いて。
 こっちに飛んできて。
 そう、これから3つ数える、その瞬間に……
「今だ!」
 大きく振りかぶって投げた石。それが鳥の大きな翼を突いた。
「やった!」
 鳥は大きく傾いて、体勢を崩した。
 これでチャンスが出来たよね?
 そう、思ったのだけど、甘かった。
「馬鹿野郎ッ! テメェは何でそう懲りねえんだ!!」
 怒声と共に鹿ノ戸さんが動くのが見えた。
 でもそれよりも早く、鳥が私に向かってくるのが目に入ったんだ。
「クソッたれッ!」
 目の前に迫る鋭い爪。
 それが私の顔を引っ掻こうとするのと同時に、黒い眼帯が宙を舞うのが見えた。
「!」
 何が、起きたんだろう。
 鹿ノ戸さんが隠れた目を晒した瞬間、鳥の動きが止まったの。
 でも、変化はそれだけじゃなくて、
「ッ……、くたばれ!」
 苦しそうな鹿ノ戸さんの声が聞こえるのと、その直後、鳥の体が固まった。
 まるで石のように固くなっていく鳥は、本当に石になって、崩れてゆく……。
 ガラガラと音を立ててアスファルトに落ちる石。それを見て、ハッとなった。
「……鹿ノ戸、さん?」
 私の声に振り返った彼の目を見て息を呑む。
 見たことのない目の色。
 白目のはずの場所が赤く染まっていて、黒目が金色に光ってる。すごく普通じゃない、異端って言うのかな……そういう、目の色。
 でもね、不思議と怖くはなかったんだよ?
 それ以上に、辛そうな鹿ノ戸さんの顔が見えたからかな。
 異様な程に浮かんだ汗と、上がった息が、鹿ノ戸さんの状態が普通じゃないって言ってる。
 だから手を伸ばしたんだけど、
「っ……触る、な!」
 振り払われた手が、虚しく宙を舞う。
 そして、彼の足が地面に落ちた。
 膝を着いて蹲る彼を呆然と見つめて、そして、気付いた。
「鹿ノ戸さん、これ!」
 拾ったのは、鹿ノ戸さんの眼帯。
 私はこれで彼の体調が戻るかも。そう思って差し出した。
 でも彼は無言でそれを受け取って、眼帯を嵌めて……それでも、体調が戻ることはなかった。
「なんで、そんなに苦しそうなの……・?」
 素朴な疑問。
 だって、さっきまで凄い速さで動いて、戦ってた。
 なのに、眼帯を外したら苦しんで。
「なにか、おかしいよ」
 そう零した私の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「鹿ノ戸の血の呪いだ」
「!」
 思わず振り返った場所にいたのは檮兀だ。
 彼は離れた位置で立って、私たちを見ている。
 もしかしたら、鹿ノ戸さんが闘っている間も、ずっと見ていたのかもしれない。
 檮兀は鹿ノ戸さんを見て、そして私を見て言った。
「鹿ノ戸は呪われた血筋。あまり関わらん方が良いぞ」
 喉奥で笑い手を掲げる仕草に、思わず彼を睨んだ。
「あなたには、関係ない!」
 私が誰と関わろうと、何をしようと、それは私が決めること。
 だからそう言ったのだけど、この言葉に檮兀は、痛い言葉を向けてきた。
「そうか……だが、お前では鹿ノ戸の血に立ち向かう事は出来ない。鹿ノ戸の血は異端。力無き娘が如何こうできる代物ではない。関わるならば、死をも覚悟しろ。良いな……力無き娘よ」
 檮兀はそう言い置くと、姿を消した。
――力無き娘。
 確かに、私には特殊な力はない。
 鹿ノ戸さんの役に立つ力もない。
 でも、それでも――
「檮兀の、言う通りだ……」
「!」
「俺には、関わるな……もう…余計な真似は、するな……」
 そう言って、鹿ノ戸さんは立ち上がった。
 その姿に何か言おうと口を動かすけど、言葉が出ない。
 私だって、何かできるよ。
 そう言おうとしたけど、今の私には言える言葉はなかった。
 それでも、思うのは、
「……関わるなって……無理、だよ……ね?」
 零した言葉に、手を握り締める。
 そうして頬を辛う雫を手の甲で拭うと、空を見上げて立ち上がった。
「まだ、いけるっ」
 きっと何かあるはず。
 彼に関われる、彼のためにできる、何かが!

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5649 / 藤郷・弓月 / 女 / 17歳 / 高校生 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】

【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】(ちょい役)


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは鹿ノ戸千里ルート3への参加ありがとうございました。
前回に引き続きご指名頂いた、千里とのお話をお届けします。
なんだか辛い終わり方になってますが、如何でしたでしょうか?
弓月PCが気にしている部分を絡めつつ、彼女の成長を描けたらと思いこうした形にしてみました。
もしココは違う! という部分がありましたら遠慮なく仰って下さい。
少しでも今回のお話がPC・PL様共に喜んでいただけたなら幸いです。

また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂けて下さい。
このたびは本当にありがとうございました。