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<東京怪談ノベル(シングル)>


●驕りを断つ(1)

 古来より、禁忌には人を魅了する力が存在してる。
 神を裏切る悪魔は勿論、人もまた、神を裏切った。
 罪には罰を、邪悪なるものは滅ぼされなければならない。

 青い双眸に強い意志を宿し『教会』に属する武装審問官――白鳥・瑞科(8402)は潜入先を見据えた。
 目の前には古びた塔が立っており、此れが一個人の所有物であるのだからもしかしたら、先祖代々の悪魔崇拝者なのかもしれない。
『要監視リスト』に掲載されていた一族、それが動きだした……悪魔を呼びだした。
 そう聞いた時は、流石の瑞科も瞬いたものだった。
 尤も、呼びだした本人は悪魔に魂もろとも喰われ、蘇る事のない永遠の無へと送られてしまったのだろうが。

(「哀れな事ですわね」)

 力に酔う事の危険さは、瑞科とて判っている。
『教会』の中でも随一の実力を持つ彼女は、自信を持っているものの決してそれに溺れたりはしない。
 それが、強者の努めであり、力と言うものに架せられた枷なのだ。

(「被害が出ないうちに、殲滅してしまいましょう」)

 石造りの塔へと踏み込む、直ぐ様襲いかかって来た下級悪魔を斬り捨て、返しの刃で追撃する。
 真っ二つに両断された悪魔は、瘴気を放ちながら消え去っていく。
 重苦しい雰囲気を醸し出す塔の中、窓は嵌め殺しになって開く事はない。
 漂ってくる瘴気から解放される事はないが、その分、敵も直ぐ様逃亡する事はないだろう。
 這い寄る闇に雷撃を放ち、ステップを刻むと背中越しに狙う腕を両断する。

「品の無い戦い方ですわね」
「はん、教会の回し者が」
「残念ながら、回し者ではなく――」

 タン、と石畳を蹴り、すれ違いざまに斬りつける。
 豊満な胸が動きにあわせて揺れ、純白のケープが敵の視界を遮る。
 一息に二度、十字架を切るように切り刻んだ剣は、一点の曇りもない銀をしている。
 凝らされた装飾は、美しいだけでなく威力を増すよう、瑞科にあわせて作られたものだ。
 カツ、カツ、とブーツの音を響かせながら、崩れ落ちている悪魔に白刃を突きつけた。

「敵の数を教えて下さる?」
「あ、は、へへ――見逃してくれるんで?」

 下卑た笑いで、悪魔は徐々に石畳の中へと消えようとする……その背面から襲ってくる闇に目を向けず斬り捨て、瑞科は言った。
「単調な攻撃方法ですわね。さようなら」
 ぐさり、と銀の刃が貫いた。

 暗闇から、無数の視線を感じる。
「群れるしか、出来ませんの?」
 360度からの攻撃を、跳躍する事で回避した瑞科は、直ぐに着地すると雷撃を放ち、斬り込み流し斬りにする。
 クロスさせた切り口は、まるで神の与える罰が如く。
「ひるむなぁっ!」
 醜悪な声が士気の低下した悪魔達を叱咤し、また瑞科へと向かってくる。
 両側からの挟撃に、瑞科は表情一つ変えず円を描くように切り裂いた。
 出来た突破口から体をねじ込み、しかし肌には触れさせず雷撃で落としていく。

「ご愁傷様ですわ」



 細い螺旋階段の一段目に足を掛けたところで、瑞科は飛びずさった。
 一段目に突きささる、瘴気を塊にした矢。
「お嬢さん、此処は危険だ」
 瑞科を見下ろす形で二階から矢を放った悪魔は、微笑んで漆黒のマントを広げた。
 無数の矢が瑞科の居た場所へ、突きささる。
 それをサイドステップで回避した瑞科が、銀色の剣を向け、雷撃を放つ。
「悪趣味ですわよ」

 ガラララ、ドシャーン

 響き渡る雷撃を回避し、悪魔は艶然とした笑みを浮かべた。
 人間であれば、美しいと評される部類にはいるだろう。
「おやおや、随分と強気な」
「そちらこそ、随分と自信家ですわね」
 ――接近する事が出来なければ、何れ狙い撃ちにされるだろう。
 高所を陣取った敵に、アドバンテージがある事は明らかだ。
 それに、瑞科は剣と格闘術を主とした近接型、対して敵は矢を放つ遠距離型。
 被弾を想定して、一気に駆け上がるか――いや、螺旋階段を駆けのぼるのは隙が出来る。
 直ぐに狙い撃ちにされるだろう……だからと言って、今の状態で持久戦に持ち込んだとして、勝機があるか。
 瘴気の立ちこめる重苦しい塔の中、強い精神力を持つ瑞科とて無事でいられるかは判らない……。
 短期決戦でなければ、徐々に追い込まれるだろう。
「こないなら、此方から行こうか」
 悪魔は嗤う――そして無数の矢と言う雨を降らせた。
 咄嗟に壁に張り付き、矢を回避すると瑞科は鋭い剣の先を悪魔へと向ける。
「雷撃はもう、お見通しだ――」

 ガラガラガラ、ガッ!

 1階へと落とされた悪魔が、体をエビのように仰け反らせてあがく。
 瑞科の放った重力弾は、悪魔を包みこみ螺旋階段を破壊し、地上へと撃墜させたのだ。
「わたくし、雷撃と言った覚えは御座いませんが?」
 銀色の光が十字を紡ぐ。
 それを何とか、マインゴーシュで払いながら、悪魔はジリジリと壁に追い詰められる。
 そして漆黒のマントを翻し、螺旋階段の手すりに飛び移り、あくまで高所によるアドバンテージを得ようともがく。
 瑞科も直ぐに後を追う――きめ細やかな肌に包まれた足の筋肉が震え、瘴気の中で純然と輝いていた。
 踏みしめられた手すりは、まるで瑞科の踏み台になる事を誇るかのように静かに耐え忍んでいる。

「……くっ!」

 少しだけ早く、2階に到達した悪魔は矢を放とうと漆黒のマントを広げるが、それより速く瑞科の雷撃が穿った。
 布地の焦げる音がして、悪魔の顔が恐怖と絶望に歪む。
 だが、直ぐに腰にさしたレイピアを手に、瑞科へと襲いかかって来た。
 柔軟性のあるレイピアの突きを剣で弾き、一気に接近すると尖ったブーツの先で蹴り飛ばす。
 壁に叩きつけられた悪魔の突きを、一歩後ろに下がる事で回避する。
 長く茶色い髪が弧を描き、艶やかに輝いた。
 二の腕のロンググローブに包まれた白い腕で、剣を滑らせると斬撃を放ち、そしてレイピアを絡め取る。

 キーン!

「あ――くっ!」

 弾かれたレイピアが、カラカラと軽い音を立てて1階の床へと転がった。
 悪魔の手にしたマインゴーシュでは受け流す事は出来ても、致命的な傷を与える事は出来ないだろう。
 その容貌に、憎しみと諦めの色を湛えた悪魔は、まるで玩具に飽きた子供のように、マインゴーシュを投げ捨てた。
 それを遠くへと蹴り飛ばし、瑞科は悪魔の首筋に剣を当てる。
 
「こ、殺すなら――殺せばいい」
「そうですわね、では」
「……う、嘘だろう!?」

 殺すなら、と言われて殺さない訳にいかない。
 どうやら目の前の悪魔は、お決まりの様な『見逃してやる』と言う台詞を期待していたらしいが、瑞科の任務には必要ない。
 恐怖に顔を引き攣らせた悪魔は、十字を象った剣の斬撃に遭い、灰塵へと還るのだった。

「本当、弱い敵ばかりですわね……」

 指先で剣の刃を撫でながら、溜息を吐く。
 通常の人間ならば苦戦するであろう敵、だが、瑞科のように日々強さを極める者にとっては。

「本当、弱い敵ばかり……。呆れてしまいますわ」

 強さに驕れる、愚かな者。
 驕り高ぶれば最早、成長など望む事は出来ないのに。

「随分な物言いだね」

 やや低い女性の声が聞こえ、瑞科はその口元に笑みを作ったのだった。
 カツ、と音を立てて歩を進める。
 深いスリットの入ったシスター服が揺れた。



<驕りを断つ(1) 了>