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<東京怪談・PCゲームノベル>


+ あの日あの時あの場所で……【回帰5】 +



 それは工藤 勇太(くどう ゆうた)が生まれる前の話。
 彼女と『案内人』であるスガタとカガミが出逢った頃の話。


 カガミは今片膝を立てて座っている自分の隣、布団の中で眠っている少年の姿を見下ろしていた。格子窓から淡い光が入り込み、室内を仄かに照らす。愛しげにカガミは少年の髪の毛へと唇を落とすと片手を前に伸ばした。そして指先を折り曲げ、くいっと何かを引き寄せる動作をする。するとその手の中に出現したのは音楽プレイヤーとイヤホンだった。
 彼はそのイヤホンを耳に引っ掛けるとプレイヤーのスイッチを入れた。


 片膝を抱きながらカガミは流れてくる音に自身の思考を浸らせる。
 情事後で気だるい身体が逆に傍にいる少年との繋がりを感じさせていい。


『それでも堕胎はしたくないっ……』


 あの時そう決断した少女が生んだ子供は十七年と少しの歳月を得て今、カガミの隣で寝息を立てている。あの時、彼女は誰よりも『幸せ』を望んでいた。記憶を失った彼女が恋をしたのは素性の知れぬ男。その男を誰よりも愛し、腹に宿した命を決して見捨てることなく周囲の反対を押し切って生んだ彼女は心強き『母親』だった。


―― 俺は少しだけ知っていた。
    彼女がどういう道を選べばどういう結果になるかなど。


 未来は未知数で、選択肢は無数に存在している。
 一歩足先を変えるだけで結果は散らばり、小さな変革が大きな綻びへと繋がる事も知っていた。『案内人』であるのなら誰しもが知っていて当然のこと。人間でさえ、平行世界の話を論じるくらいなのだから想像するに容易い。
 だからカガミは言ったのだ。


『どうか、幸せな道を』
『――ッ!』
『後悔をしない道を選ぶなら俺達は――俺は何も言わない』
『ごめんなさい』
『謝らなくても良い。これから先、本当に辛いのはお前自身なのだから……道が決まったお前の先には俺達はもう必要ない。だからどうか笑っておけ』
『……ありがとう』


 そう言って少女は両手を組み、自分の顔の前まで持ち上げて涙を零していた。
 迷いが無くなれば彼女は『案内人』に逢えなくなると思い込んでいる。本当はカガミ達は異世界の住人で、彼女の住む世界とは『夢』という形で繋がりやすいだけ。空間を移動する能力があるのならば生身のままでも遊びに来れる。
 だけど大抵の人間にその能力は無く、迷いさえなくなれば案内人のことを忘れていく。
 夢で出逢った人物としてうっすらと記憶の隅に残るだけだ。


―― 俺達は神じゃない。
    俺達は万能じゃない。
    貴女にとって幸せとは何か考えた後、俺はあの時言った。
    『どうか、幸せな道を』と。


 イヤホンを通じて流れてくる思考はスガタのもの。
 スガタはカガミの考えを知らない。『案内人』の中で唯一未来を視ることが出来ない彼だけが彼女の先を知らなかった。生きている限り決して人は幸せだけで生きる事など不可能。あの頃の彼女は選ぶ先を一つ間違えるだけで、歩いている道から転落する事が多かった。


 堕胎を選べば彼女は生涯その事を悔やみ、喪った命を思い泣き暮らしただろう。
 男を見捨てれば人を愛する事に絶望を抱き、死を選択していた未来だってあった。
 まだまだ未熟な精神状態だった彼女は、自分を必要としてくれている人のいない人生を決して望まない。
 だからこそ旅館で過ごす日々を完全なる幸福と感じていなかった彼女はいずれ心のバランスを崩し――結果はいずれにしても崩壊に辿り着いていたのだとカガミは知っていた。


 だけど子供を生んだ事で彼女はほんの少しだけ道を繋いだ。
 腕に抱いた愛しい自分の子供に元気を貰い、笑顔を浮かべて、子守唄を歌いながら過ごしていた毎日……それを彼女は紛れもなく『幸せ』と感じていたのだから。


『私ね、幸せよ。あの人に出会えて、あの人の子供を産めて、あの人と共に生きる事が出来て』
『このガキ、ちっさいなー。そうか人間ってこんなに小さいんだよなー』
『ふふ、抱いてみる?』
『え、落しそうで怖いんだけど』
『大丈夫大丈夫。こうやって手で首を支えてね、それから――』


 そして……触れて分かった事があった。
 またいくつにも分かれたその時間の先は、抱いた子供の未来。
 見えた映像は腕の中の子供が母親と手を繋いで笑っているものかと思えばすぐに切り替わり、どこかの施設で一人泣いている姿。切り替わって、小学校に入学したばかりの子供が母親を呼ぶ。また切り替わり、子供が「お母さんはどこ?」と走って探している姿が視える。
 切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって、切り替わって。
 未来が一つではない事を知りつつも、カガミがこの子供を攫う権利など当然無く。


 やがて「母親」となった少女は微笑みながら、案内達に言った。


『ねえ、スガタにカガミ。迷いが無くなった私(まよいご)を、きっと貴方達は忘れるわね』


 イヤホンを通じて聞こえてくる無音。
 否――本当に小さくて小さくて聞き逃しかねない僅かな雑音がそこには存在している。
 それは「心音」。腹の中に存在していた頃の工藤 勇太の小さな鼓動。覚えている。あの頃、生まれる前の子供が精一杯打っていた命のリズム。その音はただの一般人が聞けばただの雑音(ノイズ)にしか聞こえないけれど。


「どうか貴女は笑っていてください。それだけが<忘れられた俺達>の願いです」


 別の曲に変える為にリモコンに手をかければ、そこからは彼女が子供のために歌った子守唄が聞こえてきた。もう一つ先へと曲を進めれば彼女が好きだった女性ボーカルの音楽が流れてくる。二十年近く前に彼女が好んで歌っていた古き歌。俺はその歌声に合わせて、今回の旅行での待ち合わせの時にように小さく口ずさみ、当時を懐かしむ。この旅館で彼女は精一杯生きていた事を思い出し、ふっと口元が緩んだ。
 今カガミの隣で眠るのは彼女が生んだ『宝物』。


「どうかお前は笑っていて。それが<いずれ忘れられる俺>の願いです」


 眠る子供の唇へ願いを呟きながらカガミは顔を寄せた。



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 朝、工藤 勇太もとい俺は目を覚ます。
 枕が少し細長くて動きづらい。うーんっと唸りながら寝返りを打とうとすれば何かにぶつかり、俺はまだ重たい瞼をそれでも必死に開いた。そこには裸体を晒したカガミの寝顔があり、俺はびくっと身体を硬直させる。


「あ、あああああ……っ、そ、そうだった。俺、またっ……」


 ごにょごにょな展開に陥ったんだったと眠気が一気に飛び去る。
 相手の腕を枕にして眠っていればそりゃあ寝心地も普段とは違うというもの。両手で頭を抱えながら顔を一気に赤らめた。その流れでそっと腰に手を伸ばせばほんの少しだるさはあるものの、痛みは言うほどない。
 俺は指先を相手の頬へと伸ばし、突く。そこには人間と全く同じような弾力があり、ふにふにと何度か突いた。


―― これで夢の世界の住人なんだもんなー。


 人と同じ姿をしていて、同じように感情を持っていて、ちょっとだけ特殊能力を持っているだけ。
 だけど住む世界が違う人物の姿に俺はちくりを胸を痛ませる。だけど自分を今抱きしめてくれている事は事実。


 いつか消えるんじゃないかと。
 同じ場所にいるのに『同じ場所』にいないんじゃないかと。
 今回の旅でそんな風に不安になったけれど、こうして俺を抱擁してくれている手は本物だと安心出来る。


「もっと知れたら、良いのに」


 一方的に俺の事を知られているのは少しだけ不公平。
 いつか機会があったら俺は彼に言ってやろうと心を決めながらもう少しだけ相手の腕の中に身を任せる事にした。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 五話目の発注有難うございました!
 NPCの心情を知りたいという事でしたので、大部分がNPCの描写、後半に工藤様の朝の様子を入れさせて頂きました。
 こうして書いてみて分かったんですが、カガミは工藤様の事を生まれた時から目をつけてました的な展開にも見えて笑えますね^^
 ではでは!!