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<東京怪談・PCゲームノベル>


とある日常風景
− きみに捧ぐ幸せの青い石 −

1.
「9月6日、空けておけよ。ちゃんと祝うから」
 草間武彦(くさま・たけひこ)の言葉に、黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はドキッとした。
 9月6日…私の誕生日…。
 武彦は覚えていてくれたのだ。
「…おまえ、今何着てこうとか考えてるだろ? いつもの格好で来い! いいか、いつもの格好だぞ!」
 草間は大切なことなので2度繰り返した。
 …なんでそこまで服装のことを強調されねばならぬのか?
 腑に落ちぬまま、9月6日を迎えた…。

 黒い衿付きノースリーブシャツに黒いパンツ、そしていつものロケットペンダント。
 いつもどおりの格好だ。
 待ち合わせは駅前の時計の下。
 午後5時。約束の時間に2人は落ち合った。
「よし、普通の格好だな」
 かくいう草間もいつもと変わらない格好だ。
「ねぇ、何でそんなに普通の格好にこだわるの?」
 冥月がそう聞くと、草間はちょっと考えた後で「まだ内緒だ」と誤魔化された。
 2人は茜色に染まった街を歩き出す。
「どこに行くの?」
「そうだな〜…‥‥・・・」
 草間が上を向いたり、下を向いたり頭を捻っている。
「もしかして…考えてなかった?」
「え!? いや、考えてなかったわけじゃないぞ! ただ…いや、な、なんでもない」
 焦ったようで草間は明らかに挙動不審だ。
 なぜかしきりに右ポケットを気にしている。
「よし、行こう! 今日はいいところ予約したんだ」
 冥月の腕を手繰り寄せて、草間は自分の腕と絡ませる。
 冥月は少し赤くなって、そっと草間に身を寄せた。

1−1・
 今回のデートはただのデートではない。
 誕生日デートだ。
 しかもただの誕生日じゃない。
 俺が初めてあいつを誕生日に祝ってやるという初!の誕生日デートな訳だ。
 …一般人の日常と、あいつの日常ではかけ離れすぎている。
 それを不幸だとは思わない。否定することはアイツの人生を否定することになるからだ。
 だけど、俺はもっとあいつに一般的な日常というものを知ってもらいたい。
 できるなら、その日常があいつの日常になるように出来たらと思う。
 そう。デートだって日常だ。
 毎回毎回ドレスアップする必要なんかない。
 大体、ドレスアップなんかしなくてもいいんだよ、そのまんまで綺麗なんだから。
 祝うことだって当たり前で…あいつが俺の隣にいるのも当たり前で…。
 だから! いいんだって! 普通でいいんだよ!
 今日は…アレも渡すって決めたんだ!!

2.
 やってきたのは臨海副都心にある複合商業施設だ。
 少し暗くなってきた空に、2人はショッピングセンターへと入っていった。
 中は仕事帰りの社会人カップルやOLが多い。
「どこに行くの?」
 冥月は再び訊く。
「ちょっと時間を潰そうかと…」
「時間? 何かあるの?」
 あんまり訊ねる冥月に、草間は冥月の頭をクシャッとして「お楽しみだ」と笑った。
 2人はその時間がくるまでウィンドウショッピングで楽しんだ。
「お、あれ冥月に似合いそうだな」
「え!? そ、そう?」
「…後で買いに来ようとか思うなよ?」
 図星の冥月に草間は「お前のそういうとこ好きだ」と笑った。
 どんな顔していいのか…冥月は恥ずかしそうに草間の腕に捕まり、上目遣いに「バカ」と呟いた。
「そろそろ時間だな」
 草間が窓の外を見ながら、冥月を連れて外に出た。
 茜色と夜の闇が段々交じり合う逢間ヶ時。
 草間が連れてきたのは商業施設にある観覧車だった。
「乗ろう」
 草間に手を差し出され、16分の空中散歩へと2人は旅立つ。
 少しずつ遠ざかる地上。今まであそこにたっていたはずなのに…。
「素敵ね」
 冥月がそう言うと、草間は「あっちの方向見ててみな」と海の方を指差した。
「? なにも…」
 そういいかけた冥月の目に、煌く橋が突如浮かび上がった。
「うん、丁度良かったな」
 草間は満足そうに頷く。どうやらこれが見せたかったようだ。
「…すごい。綺麗ね…」
 ただ橋がライトアップされただけなのに、何でこんなにも綺麗なんだろう…。
 冥月がおもわず見入っていると、そろそろ観覧車は頂上へと差し掛かる。
「なぁ、冥月。この観覧車の頂上でキスすると、幸せになれるって噂。知ってるか?」
「え?」
 草間は軽く冥月を抱き寄せて、キスをした。
「…これでおまえは幸せになれるな」
「私は…武彦といるだけで充分幸せよ」
 空の旅は、あっという間に終わってしまった。

2−1.
 あいつに普通を教える為に少し遠出をする。
 観覧車なんて子供っぽいもの嫌がられるかと思ったが、意外にも興味深げに見入っていた。
 ここが渡すタイミングか!?
 …いや、待て。この後にはまだあそこの予約もあるし、あそこにも行かないと…。
 まだ我慢だ。だけど…冥月のこの俺に対しての素直さは可愛すぎる。
 我慢できないほどに可愛い。
 本人の自覚がない、及び俺にしかわからないというこの可愛さ。
 観覧車の噂にかこつけて、つい我慢できなくなった。
 いいさ、噂は確かにある。そしてそれが本当になれば尚更いい。
 …いや、あいつを幸せにできるのは俺だけか。

3.
 草間が連れてきたのは観覧車と草間興信所の中間辺りにある居酒屋だった。
「へい、らっしゃい!」
 予想に反したにぎやかさに冥月は面食らう。
 すると、草間は居酒屋の店員にごにょごにょっと耳打ちする。
 と、店員は草間たちを奥の座敷へと通した。
 先ほどの居酒屋と同一の場所とは思えないほど静かな和室。まるで別空間だった。
「ここはな、1日1組しか客を通さない特別室なんだ。だから普通はここにこんな場所があることすら知らない。…ちょっとしたVIP気分だな」
「いらっしゃい、草間さん。女の子連れてきたのは初めてだな」
 厨房から出てきた初老の男性が草間に挨拶をした。
「…うっさいな。今日は美味いもん食わせてくれよ」
「ははっ。任せときなって。そっちのお嬢さんも美味すぎて俺に惚れるなよ?」
「ないない」
 草間が即行で否定したので、思わず笑ってしまった。
 居酒屋…というわりに出てくるのは、豪華な食材を使ったとても美味しそうで見栄えのいい料理ばかりだった。
「…ここ、ホントに居酒屋?」
「ここの大将は本場でフランス料理のコックをやっていたこともある変り種だ」
 草間がそう言ったので、冥月は納得した。
 先ほどの男性の言葉はどうやらその自信から来るのだと確信した。
 それもこれも美味しいものばかりで、冥月は草間と会話に花を咲かせながら料理を堪能した。
 フランス料理をアレンジした創作料理と日本酒。幸せな時間だ。
「そろそろアレを…」
 草間がそう言ったのは、料理も大体食べ終わった頃だった。
 男性は草間たちの前に箱に入った何かを持ってきた。
「いいか、開けるぞ? せーの!」
 蓋を開けると、中からお人形のようなお姫様ケーキが現れた。
「ここの大将はパティシエの経験もあるという変り種だ」
「え!? 手作り!?」
 さすがにこれはびっくりした。あまりにも変り種過ぎる大将だ。
「お誕生日おめでとう」
「おめでとう、おじょうちゃん。あと、これは俺からの気持ちだ」
「いや、あんたは俺たちに割り込んでくるなよ!? しかもそれは俺が用意したヤツだろ!?」
 大将から貰った赤いバラの花束。情熱の赤いバラ。
 これが武彦の誕生日プレゼント…冥月は笑い出した。
 バラが嫌だった訳じゃない。ただ、全てが冥月には新鮮だった。
 恋人たちの甘い誕生日かと思ったのに、こんなに不思議な誕生日は初めてだった。
「2人とも、ありがとう」
 冥月は草間に心から感謝した。


3−1.
 少しぶっ飛びすぎの選択だっただろうか?
 居酒屋に連れて行ってみた。一般市民の憩いの場だ。
 …でも、冥月にはちょっと合わないかもしれない。
 それでも、ここの大将の腕がいいのは間違いないし、誰にだって『初めて』はある。
 俺はあいつにその『初めて』を味わってもらいたかった。
 人見知りしない大将はきっと冥月の誕生日を一緒に祝ってくれるだろうと踏んでいた。
 案の定、大将は冥月の誕生日を祝ってくれた。
 色々な人に祝ってもらうという経験も初めてのことだろう。
 少しずつでいいさ。それがあいつの普通になっていけばいい。
 そして…

4.
 居酒屋を出ると草間と冥月は興信所に向かい歩き出した。
 草間に腕を絡ませて、冥月は幸せな気分に浸っていた。
「映画を見よう」
 突然、草間がそう言った。
「え?」
 草間は興信所とは別の方向に冥月を導く。

 そこは去年、草間が冥月の遅い誕生日を祝ったあの映画館だった。
「…ここ…去年の…」
「覚えててくれたのか」
 草間は意外そうだったが、冥月には忘れられない思い出だった。
 映画館の老人は健在で、すぐに映画館の中へと2人を招いた。
 2人きりの映画鑑賞。カラカラと回るフィルムの音が静かに2人を包む。
 映画はまた無声映画だった。

 結婚式間近の恋人たちに戦争という不幸が見舞われる。
 戦争に行ってしまった恋人を思い泣き濡れる女性。
 そして、時は流れ写真立ての変わらぬ恋人を思い何時までも待ち続ける女性の家に届けられた手紙。
 手紙には「迎えに行く」と短いメッセージ。
 そして、ラストは大聖堂で抱きあう2人の姿…。

「…素敵ね。この映画、武彦が選んでくれたの?」
 見終わると冥月は草間にそう訊いた。
「まぁな。人生は悪いことばかりじゃない。いいこともある…なんてな」
 そういうと、草間は静かに冥月に向き直り言った。

「俺の『普通』の中に冥月がいて欲しいと思っている。冥月の『普通』の中に俺がいたいと思っている。…俺と結婚して欲しい」

 手をとられたまま、冥月は真っ赤になり俯いた。
 嬉しさと恥ずかしさと…温かなこの気持ちは今日の一番の贈り物。
 草間は右ポケットに入れていた小さな箱からきらりと光るものを冥月の左薬指にはめた。
「今日の誕生日は、こっちが本当のプレゼントだ」
 小さいが光り輝くダイアモンドを挟み、2つのサファイアが輝いている。
 サファイアは9月の誕生石だ。
「誕生石を身に付けてると幸せになれるそうだ。だから、どうしてもこれを贈りたかった。聖堂で誓うのはいずれな。答えは?」
 草間は冥月の答えを待つ。
「はい」
 嬉しくて、涙で前が見えない。草間を抱きしめてキスを交わす。
「今日はずっと一緒にいたい…」
 冥月の言葉に、草間はぎゅっと冥月を抱きしめた。

「おまえは今日からずっと俺のそばにいろ。それが俺たちの『普通』だ」



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 ご依頼ありがとうございます。
 というわけで、プロポーズ大作戦です!
 アイテム・婚約指輪をお渡ししました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。