コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


うぜぇカツラだ玲奈

1.
 ぱぁん!! と鳴った競技用ピストルの音が高らかに赤口町内に響き渡る。
「頑張りなさいよ! あんたに地球の命運がかかってんだからね!」
 町民どころか世界中の叱咤激励が1人の少年の背中に重くのしかかる。
 少年の目の前には今、ダサいボーダー柄のブリーフを持った少女…いや、異星人がぎらぎらとした目つきで佇んでいる。
「このブリーフをあんたはんに履かせたら、うちらの勝ちどす。地球はうちらのものになるんどす」
「ゼッテーやだ。断固拒否する」
 突然現れた異星人の軍団は、一人娘である三島玲奈(みしま・れいな)を異星人代表に、この少年に地球を賭けた戦いを挑んできた。
 1週間、玲奈という名の痴女とブリーフから少年が逃げ切れば少年の勝ち。地球は安泰。
 逆にその期間中にブリーフを履かせられたら地球は異星人にのっとられる。地球は最後を迎えるのだ。
「ちょ、やめなさいよ! 可哀想でしょ!? だ、だいたい女の子がブ、ブリーフ持って男の子を追いかけるなんて…破廉恥よ!」
 少年の彼女である瀬名雫(せな・しずく)が2人の前に立ちはだかる。
「サシの決闘どす。部外者は出ていっておくんなまし」
「真剣勝負だ。雫、下がってろ」
 2人にそう言われたが、そう簡単に引き下がっては彼女の名がすたる。
「わかったわ…。だけど、1つだけ約束して。絶対に勝つって。そしたらあたし…あたし、あなたと結婚してもいいわ!」

 がたっ!!

「わかった! 全力でお前と結婚する! 待ってろ雫!」
「あ、おまちやす!」
「そんなダセェもんゼッテー嫌だね!」
 ついに始まった追いかけっこ…と思ったのだが、なにを思ったか少年は雫に突進してきた!
「え!? な、なんで!?」
「結婚じゃーーーー!!」
 どうやらこの少年、馬鹿である。
「ひえやあああああああああ!!!」
 少年の後ろからは鬼気迫る玲奈の姿。やばい。殺される。
 おもいっきり少年からタックルを喰らい、さらに追い討ちをかけるように玲奈にのしかかられ、雫はバランスを崩した。
 三つ巴にくんつほぐれつ、雫のスカートがひらり…と風に舞う。
 太ももが…その先が…見…
「良い子の蔵倫規制!『必殺・履いてない』!?」
 少年の喜ぶ声が先か、玲奈のブリーフが先だったのか。

 雫の可愛いお尻にあのダサいボーダー柄ブリーフがフィットしたのだった…。


2.
「うちの負けどす〜」
 おーいおいと泣き出した玲奈。
 少年と雫は思わず顔を見合わせた。
 履かせる相手が違うとはいえ、ブリーフを履かせたら異性人たちの勝ちではないのか?
 そんな彼らの疑問に答えるように、これまた困惑する尖耳禿頭の玲奈父は語りだす。
「規則は規則やしなぁ。ここは潔う結婚するしかないやろなぁ」
『結婚!? 誰と!?』
 少年と雫の声がハモる。まさか…まさか…!?
「人間の雌にパンツ履かてもたどすぅ。あんさんが今日からうちのマイハニ〜どすぅ」

 号泣しながら玲奈は…雫を指差した。

「うちらの星ではなぁ、このボーダー柄ブリーフが結婚指輪なんや。この約束は死んでも違えたらあかんのや」
 困った顔の玲奈父と号泣する玲奈。
 むしろ泣きたいのも困ったのも雫のほうである。
「そそそそ、それは…絶対?」
「そうや、絶対や」
 玲奈父は断言する。
 雫は意識が飛びそうだった。夢だといって欲しかった。
 少年はいつの間にか隣から消えていた。あたしも…この場から消え去りたい!
「…マイハニ〜はうちが嫌いどす?」
 涙に濡れるキラキラとした瞳を雫に向け、ずいっと顔を近づけた玲奈。
「…………」
 言葉にならない。いや、できるわけがない。
 玲奈に近づかれた分だけ退くと、玲奈はさらに近づく。そして雫はさらに退く。
 そもそも女同士でしょ? 何あんた受け入れてんの!?
 あれ? でも異星人ってことは外見が女で、実は中身が男とか?
 いやいや、それでも無理。受け付けない。
 だいたいさ…だいたいさ…生理的に無理!!
「あ、おまちやす、マイハニ〜!!」

 玲奈の言葉を振り切って、雫はその場から逃げ出した。
 そこから逃げるすべなどもはや、ありはしないのに…。


3.
「おまえ、女と結婚したんだってな」
 逃げ込んだ赤口高校で後ろの席の男友達にそう話かけられた雫はウッと言葉に詰まった。
 噂は町内どころか全世界にまで広まっていそうな勢いだ。
 消えたい…この瞬間に夏の暑さで解けてしまえたらいいのに…。
「でも、相手の子可愛いんだろ? 俺に紹介してよ」
「あれが…可愛い…?」
 思い出すだけでも恐ろしい…そう口にしようとした瞬間の出来事だった。

「マイハニ〜の浮気者〜!」

 どこからともなく顔面を水が襲う。手で水圧を弱めようとしたが弾き飛ばされ、両手は万歳した状態になった。
 結構強烈な勢いだし、なんかヤバイ色だ。
 匂いと味から山葵と辛子が入っていることを雫は確信した。
 …体が痺れるくらいに大量に混入しているようだ。意識が遠のいてきた。
 凍りつく男友達を尻目に、ふわふわっと舞い降りてきたのはボーダー柄水着を着用した…玲奈だった。
「まったく、油断も隙もありませんねぇ」
 その声と同時に水が止まる。意識は何とか保った。
 何で水? どこから水? っていうか、教室水浸しなんですけど?
 山葵だの辛子だののせいか、体がいうことをきかない。指先まで痺れている。
 ぽたぽたと前髪から水が落ちる。
 これが本当の水も滴る雫である。
「…何でここに…?」
「瀬名の知り合いか? なんとかしなさい。授業が続けられんじゃないか」
 小太りの担任は怒ったように雫を突き放す。
 助けて…見回しても誰も視線を合わせてくれない。あたしが何をしたぁ!?
「マイハニ〜のことは何でもお見通しどす。逃がしまへんえ」
 逃がしてください、本気で。
 渾身の力をこめて再びダッシュ!!

「逃がしまへんえ〜!! マイハニ〜♪」
 学校をうろつくボーダー柄水着の女の影に怯え、雫は見つからぬようにひっそりと息を潜めて移動する。
 気分は殺人鬼に追われる哀れな子羊。
 神様…助けて!


4.
「こ、ここまで来ればもう大丈夫でしょ…」
 ぜーはーと肩で息をしながら、部活棟まで逃げ込んだ雫は、1つの部室に入った。
 UFO研究会と書かれたそこは、ヲタクの巣窟だった。
 しかし、ひとたび雫が入れば待遇は一変する。
「し、雫ちゃん! よく来てくれたね! あ、入部してくれる気になったのかな!?」
「ここ座って。あ、今お菓子持ってくるよ」
 自然VIP待遇でいつものようにもてなされ、雫は安堵した。
 ここならきっと大丈夫。あたしを守ってくれる。
「あたしが来たんだから、ジュースも出して欲しいわね。あと、面白い話とかないの?」
「おい、ジュース! えっとね…面白い話…あ、この間異星人が襲撃してきた話は知ってる?」
 ぴくっと体を震わせて、雫は極力笑顔で言った。
「その話は面白くなさそうだから、違う話にしてくれない? あ、デートとか行く予定とか立てない?」
 まさかの雫からの逆ナンパ!?
 湧き上がるヲタク集団に、雫はホッとした。

「マ〜イ〜ハ〜ニ〜…!?」

 地の底から這うような恐ろしい声が聞こえた。
 咄嗟に振り向いた扉が水圧によって勢いよく吹き飛ばされる。
「ぎゃああああああああーーーーーー!!!!!」
 痺れる! 辛い! 痛い! もう…死ぬ!!
 ガクブルのヲタクは何の役にも立たなかった。
 この世界に、雫の味方などどこにも存在しないのだと、雫はようやく悟った。

「大丈夫どすか? マイハニ〜?」
「制服が…重い…疲れた…」
 怒涛の水撃を受けてなお、雫は地に足を着けたっていた。
 もはやプライドのみがその支えだった。
 それに寄り添うように玲奈が雫を捕まえている。
「着替えどすえ、マイハニ〜」
 そう言って玲奈が差し出したのは…ボーダー柄のブリーフだった。
 もはや支えていたプライドもなくなり、玲奈の腕の中にぐったりと倒れた。
「ゆっくりおやすみどすえ、マイハニ〜」

 玲奈にお姫様抱っこされた雫は、もはや意識を失うほか逃げる場所はないのだと知り気絶したのだった。