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男子の葛藤と女子の秘密
「クレアー!」
若い女性の悲痛な叫びは龍とともに炎上するエルフの城に消えた。
「うう…」
「貴男…」
燃えさかる城の前で泣き崩れる少女が二人。この片割れが男であったことを誰も信じはしないだろう。しかし、大粒の涙をこぼす黒い瞳の少女はつい何時間か前まで確かに男であったし、もう一人の緑の瞳の少女の夫である。二人の涙は炎が消えるまで止まることはなかった。
「オランダで入籍よ♪」
悲しみが思い出になった頃、三島玲奈はクレアクレイン・クレメンタイン こと自分の夫にそう提案した。エルフの国では夫婦になっていた二人だが、この世界では女性同士。少なくとも日本では合法ではない。
「正気かよ」
唖然として言葉も出ないクレアに玲奈はウィンクして答えた。
「合法よ☆」
そういう問題ではないとクレアは思ったが、玲奈の性格はよく知っている。ため息を一つついて旅の準備を始めた。
カリブ海。オランダ領キュラソー島。 サンダルにコートを纏った妙な少女2人が降り立つ。三島婦妻?だ。
「ど田舎だな」
「後で驚くわよ」
玲奈が事前に予約しておいたレンタカーを飛ばす二人。勿論運転は玲奈。クレアは初めてこの地の土を踏むのだ。もちろん急な提案であったから、事前に調べたりする時間もなかった。なのに、玲奈の事前準備の巧みにクレアはいつも感心する。
「わぉ!」
クレアがつれられてきたのは、工場地帯だった。青い海を背に林立する煙突。石油タンクもある。
「製油所があって結構都会なの」
「へぇ。空港はど田舎だったのにな」
「空港は騒音とかがあるし、あまり商業や工業には向かないの。だからこっちはさかってるのよ」
「あぁ、その辺は日本と変わらないのな」
「さあ、乗って。新居に案内するわ」
「新居まで手配済みかよ。流石だなぁ」
ここまでくると感心しかできない。本当に出来た嫁だと思う。
海に張り出したリゾート。小さな入り江に桟橋とヨットが浮く。青い魚が群れるのがみえる。綺麗なところだ。
「ここが新居かぁ」
「可愛いでしょ♪」
「さすが、おまえの選んだところだよな。パーフェクト」
「ありがと☆」
ここでこの時の二人は幸せな生活が始まると思っていた。しかし、そう簡単に女になってしまったことをクレアが受け入れられるはずもなく、しばらく経つとクレアは部屋に閉じこもり、ふさぎこむようになった。
「ねぇ、亀造。どこか行こうよ〜」
「おまえ一人で行ってこいよ」
「亀造とじゃなきゃつまらないよ」
「…しょうがねぇな」
そういってしぶしぶクレアは久しぶりに日の光の下に出た。日差しは眩しく、目が慣れるまで少し時間がかかったが、潮風が心地よかった。少し心がすっとした気がした。
「たまに外に出るのも良いかもな」
「でしょ?あたし亀造と行きたいところがあるの。いきましょ」
久しぶりのお出かけにはしゃぐ玲奈をみると、最近自分のことばかりでかまってやれなかったことを後悔するクレアであった。
二人がやってきたのはモールだった。倉庫の様に広い吹き抜けで、屋台が並んでいる。色々な美味しそうな香りが漂ってくる。
「何か食べようよ」
玲奈の言葉に腕時計を見ればちょうど昼時。
「おぅ。何食べる?」
「この店とかよくない?」
玲奈が一つの屋台を指差す。のぞくとメニューに蟹ピラフがある。
「蟹だ!俺得♪」
「じゃあ、ここにしよ」
「おっちゃん、蟹ピラフ2つ!」
あいよ。と威勢のいい声がしてしばらくするとおいしそうな蟹ピラフが出てきた。
「やっほー。蟹、蟹!」
口を大きく開けほお張る。
玲奈も口に運んだ。
次の瞬間、クレアがひどくがっかりした顔をした。
「残念、蟹蒲です」
そんなクレアの肩にぽんと手を置いて残酷な現実を玲奈が告げる。
「分かってるよ!」
「良いじゃない。美味しいんだから」
「俺の蟹〜!!」
「食べたら行きたい所があるんだけど」
傷心(笑)のクレアの叫びをスルーして玲奈が蟹蒲鉾チャーハンを食べながらそう言った。
「……良いけど。どこよ?」
「行ってからのお楽しみ♪」
「確かに良いって言ったよ。だからって何で、女物の服屋なんだよ」
クレアが連れて来られたのは洋品店だった。華やかなビキニや陸上アスリート向けの衣装やなぜかセーラー服まで揃う。
「う〜んクレアはクールなお姉だからもっとこうマリン柄の…一寸亀造聞いてる?」
「いや、おまえが聞けよ!」
「良いからこれ着て。全部お互いに着たら見せ合いっこね」
渡されたのは、一着のビキニだった。全部という言葉に首をかしげるクレアであったが、まあ良いやと、ビキニを受け取り試着室に入る。まあ、なんというか…
「恥づかしひ」
意気揚々とビキニを試着する玲奈と戸惑いながら試着するクレア。
「着れた?」
「あぁ。でもなんでビキニなんて着なきゃいけないんだ?」
「翼を縛らないと服が着れないのよ。何時までもガウンの積り?はいビキニ着たらこの陸上ユニで翼縛ってレオタードで背中を包んで」
次々と服が渡される。
「おっ案外美脚じゃん俺」
今まで忌まわしいと思って、まじまじと自分の体を見たことなどなかったし、入れ替わる前も、流石にこの体の裸など見たことがなかったがこれはなかなか美しいボディラインなのではないかと男目線で考えて思う。特に足なんて美脚の域だ。
「クレアの遺産よ。体重維持してね」
「ふぇーい」
もう一度、まじまじと体を見る。筋肉はあまりなさそうな、細い体。脚や腕、体の色々な所を触ってみる。やっぱり筋肉は少ない。現代の女性にありがちな、脂肪も筋肉も少ないタイプだ。
体型維持か…。食べる量減らしてもうちょっと運動しようかな。玲奈に嫌われたくないし。と思うクレアであった。
「着れた?」
そんなことを考えていると、クレアの試着室のカーテンが動いて、玲奈が顔を出した。
「ちょ!?まだだよ!!」
「遅いよ。まだまだ行きたいところあるんだから。はい、これも着て」
渡された服を受け取って着替えようとしてクレアの手が止まる。
「おい。俺の着替え見てるつもりか?」
「うん」
「俺は構わないけど、外からは変態に見えるぞ」
「……」
少し考えてから玲奈の顔が引っ込んだ。流石に変態と勘違いされるのは嫌らしい。
「とっと着替えますか」
苦笑してクレアはそそくさと服を着始めた。
所変わって。ここはキュラソー島の首都ウィレムスタッド。ごつい工業団地の周囲に積み木の様なカラフルな洋館が並ぶ。河口には商店街があって、イグアナを連れた記念撮影業者やラスターカラーの衣を纏った黒人路上演奏者、フラミンゴの群れなどがいる。
「やっぱりキュラソー島にいるならここに来ないとね」
そう言ってはしゃぐ玲奈。海風にセーラー服がゆれている。そして隣にはクレア。紺のタイトスカートに清楚なブラウスが眩しい。水面に写る己に花束が落ちる。
「どうしてこうなった」
しかし、そんな玲奈とは対照的にクレアは苛立っていた。
玲菜の差し出す服を着てから、人々の視線が痛い。確かに、着た時、我ながら似合うなと思った。思ったが…なぜ自分はこんな格好をしなければいけないんだ?と思うと、全てが恨めしく、イライラする。事の発端は呪いのせいなのだ。マジで自分に呪いをかけた奴をここに引き摺りだして、今ここで殺したい。いや、一回殺すくらいでは足りない。十回は殺さないと気がすまない。そんなことが頭の中をぐるぐると回る。
「済んだ事は仕方ないでしょ」
玲奈がため息をついてクレアの神経を逆なでする一言を言った。
「仕方ない?おまえに俺の気持ちが分かってたまるか!」
「分かるわけないじゃない。いつまでもうじうじして、そういうの女々しいって言うのよ!」
「何っ!!」
女達は姦しく口論していたが、しばらくして玲奈が諌めた。
「もう止めましょ。今色々言って亀造が男に戻るならいくらでもするけどそうじゃないし。それに、苛々したら甘い物が食べたくなったでしょ?」
「何で分かった」
と噛み付くように言って玲奈を睨み付けるクレア。そんなクレアに玲奈は指を立てて断言した。
「女子だもの!」
その言葉に一瞬クレアはポカンとしたが、ねっ。っと玲奈がウィンクすると同時に二人は微笑した。
「この近くに美味しいスイーツのお店があるの。行かない?」
「良いねぇ。行こうぜ」
さっきまでけんかしていたとは思えないほど、笑いあいながら二人は街の中に消えていった。
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