コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


予想外もまた一興?

 今日は元々。
 シリューナ・リュクテイアは、本当に――珍しくも何も下心は無くて。
 ただの気まぐれで。
 日々の魔法薬屋のお仕事も可愛い弟子――己の同族にして可愛い妹のようなものでもあるファルス・ティレイラの修行もさておき、自分と趣味の合う知人女性の元に、コレクションでも見せて貰いに行こうと思い立っていたところ。
 それだけ、の筈だったのに。

 ………………予想外に色々と、素敵な条件が揃ってしまった。

 まずは、その知人女性の元にティレイラも一緒に連れて行く事にした、と言う自分の気まぐれが一点。
 そして知人女性の元に訪れて後、何か面白い物を仕入れていないかと訊いたら――ちょうど、面白い『腕輪』があると知らされた事が一点。

 この二点で、殆ど自然の理の如くシリューナの気が変わる。
 新たな『お楽しみ』を思い付く。

 面白い『腕輪』――細密な細工が施されている何らかの貴金属製の腕輪。
 …それだけでもなかなかに美しいのだが、その『効果』の方が今は重要で。

 曰く、腕輪のその輪の内側を通して対象を見ると、現時点の魔力状態でその腕輪を填めた者が腕輪に籠められた魔力により変化する姿の『予測』が見える、との事。そして現時点での予測、と言う通り、この腕輪による『変化の結果』も場合により一定でない。
 籠められている魔力自体が気まぐれで、周囲の魔力や腕輪の装着者自身の魔力、装着せずとも一時的にでも触れた者の魔力や、腕輪の内側を通して見られた先の者の魔力が影響したり、単純に装着者の感情や体調でも様々変わった結果の彫像…のように装着者を変化させると言う効能を持っている、らしい。

 そんな事を聞かされてしまえば、シリューナにしてみれば試してみたくもなる。
 …実際に腕輪の内側を通して、当の試したい相手――ティレイラの可愛らしい姿を見てしまえば、尚更。



 そして今。
 当のティレイラは収蔵庫内に趣向を凝らして展示されている様々なコレクションを先程からずっと興味深げに眺めて回っているところ。
 件のその『腕輪』を譲り受けてから、シリューナもそんなティレイラの傍らにそっと合流している。…ティレイラはと言うと収蔵庫内の綺麗な展示品への興味が先で、シリューナが近くに来たと思ったら警戒する事も無くむしろ嬉しそうに、お姉さまー、とシリューナを朗らかに呼んでいる。これもとっても綺麗なんですよー、と元気に袖を引いて自分の目の前にある品を指し示し、あれも素敵です、これも面白そう! と次へ次へと「大切なお姉さま」を連れて一緒に展示品を見て回っている――綺麗で興味深いモノがたくさんあるこの状況に自分がどれだけ感動しているかをどストレートにシリューナに見せ付けて来る。

 …その様子には、最早警戒の欠片も無し。

 幾ら他に気が取られているとは言え、その姿はあまりに無防備過ぎはしないか。あらあら、と内心苦笑気味に思いながらも、これからシリューナ自身が「しようとしている事」の為には今はティレイラは「こう」であった方が都合が良い事も確か。…だから、後で諌める必要はありそうだ――と魔法の師匠な部分で思いつつも、今は敢えて言わないでおいたりもする。
 勿論、己の新たな企みもティレイラに匂わせはしない。何にも気付かず元気一杯なティレイラに手を引かれるまま、シリューナはごくごく当たり前のように一緒に収蔵庫の展示品を鑑賞している事になる。

 そして、綺麗に展示されている収蔵庫内の諸々を一通り鑑賞させて貰って。
 粗方見終えた――場の主である知人女性の元にまで二人で戻り、ティレイラは色々な綺麗な物を見せて貰っての目の保養に満足して、はー、と溜息まで吐いているような頃合に。
 シリューナはそっとティレイラの目の前――目の高さに件の『腕輪』を翳してみる。…輪の中が見えるように、ではなく。逆に最新の注意を払って「そう」ならないように、むしろ『腕輪』の輪を通した中などより『腕輪』自体の細工こそが気になるような翳し方で。
 ティレイラの前に出してみる。

 と。

「ほわ?」
 妙な声を出しつつティレイラは目をぱちくり。何事かと一瞬驚くが、すぐに目の前に出された『腕輪』に視線が惹き付けられる。
「! …ってお姉さま、この腕輪凄く綺麗な細工ですね! とっても細かくて…それに素材も見た事無いですし…展示されてもいませんでしたよね…わー…」
 感嘆の声を上げつつ、ティレイラは我知らずシリューナの持つその『腕輪』に指を伸ばしている。が、実際に触れる直前で、びくん、と自制が掛かり指が止まった。…いや、自制と言うより殆ど反射だったのかも知れない。

「…」

 綺麗は綺麗。
 でも。
 お姉さまが、このタイミングで――私にわざわざ興味を持たせようとするような『モノ』って――警戒して然るべきなんじゃ?
 思い、ティレイラは場の主を見る。…この場で、シリューナの――お姉さまの知人と言う女の人。シリューナ以外に今自分と同席している人物。そして「ここ」にある「モノ」に限るならば少なくともシリューナより詳しいだろう人物でもある。…何となく、反射的に助けを求めてしまった――のかもしれない。
 一方のシリューナはと言うと、ティレイラが受け取らなかった『腕輪』を持ったまま――知人女性の方を頼るようなティレイラの様子を見て、あら、と心外そうにきょとんとして見せている。
「…これ、ティレに似合うと思ったのだけれど」
 さっき彼女から譲り受けたから。
 折角だから、填めてみたらと思っただけなのに。
「…っ。…確かに、綺麗は綺麗ですし、お姉さまに似合うなんて言われたら、填めてみたい気もしてきますけれど…」
 でも、本当に大丈夫なのか。
 思い、窺うように、シリューナのみならず場の主の彼女の顔をどうしても見てしまう。
 と。
 元の『腕輪』の持ち主である筈の当の彼女からは、何でも無いようにあっさり頷かれた。
 まるで、大丈夫だ、とばかりに。何の含みも感じさせず。
 …その反応を見てからティレイラは改めてシリューナを見る。と、シリューナもまた澄まして同意するように頷いていた。その時点で、えっと、とティレイラは少し躊躇う。つまりはこの『腕輪』の出処なんだろう人が填めても別に大丈夫だと言っている訳で――そもそもお姉さまも、ここに来る前の時点で、今日は私で遊ぶ気無いって言ってた事も確か。
 …なら、大丈夫かな? と思う。
 そう自問してから、うん、と頷く。

 それから、ティレイラはおずおずと改めてシリューナの持っている『腕輪』に今度こそ手を伸ばした。
 実際に自分で受け取って、填めてみる。



 ………………『腕輪』を受け取って、填めてみると。

 何か、寒気のようなものがティレイラの背筋に走った。…不吉な感覚。そして同時に取り返しの付かないような感覚――ある意味ではいつもの事だけれどその軽い絶望?感はどうしても慣れないと言うか慣れたくない。実際に「変わり始める」より先に、何と言うかもう、皮膚感覚で察しが付く。
 つまりは。
 また騙された。

「〜〜〜!!」

 悔しくて咄嗟に声も出ない。今度こそ騙されないようにってずっと気を付けていたつもりだったのに、結局また騙された。気付いた時には自分の身体が何処からともなくパキパキと異質な何かに変わりつつあるのも生々しくわかる。でも、せめて変わり切る前に! とティレイラはシリューナに食ってかかる――と言うより、殆ど抱きつくような形で、お姉さま今日は考えてないって言ってたじゃないですかっ! と、ぷくーと頬を膨らませてシリューナの胸をぽかぽか叩きに行く。そうやって怒っているんだぞと精一杯全身で訴えはしたが――程無く、そのままの姿でティレイラは滑らかに磨き上げられた大理石の彫像と化していた。
 それを認めて、シリューナの口元に微かな笑みが浮かぶ。上手く行ったわね、と早速感触を楽しもうとする――怒りを全身で表したまま彫像と化したティレイラの膨らんだ頬に指を滑らせてみる。元が可愛いティレイラだからか、怒っている姿でもどうにも愛くるしさの方が先に来る。冷たい石の感触だけでは無く、視覚的にも勿論目を奪われる――と。
 すぐ間近、半ば夢中でティレイラの彫像を堪能し始めたところで。
 パキ、と不意に足元で音がした。…シリューナ自身の。はっとして己の足元を見る――そこから、己の身体が自分が愛でているものと同じ材質の石に変わりつつあるのに気が付いた。感覚は後から来る――シリューナはそのくらい今のティレイラに夢中だった、と言う事だろう。不覚、と思いつつも、シリューナは咄嗟に魔力で石化を抑えようと試みる。
 それから、ティレイラの填めている『腕輪』を確かめた。少し纏う魔力の質が変化している――気がする。知人女性が語った『腕輪』についての事前の説明を思い返す。…魔力状態によって効能は揺らぐ。そうなると、これは今実際に『腕輪』を填めているティレイラの魔力の影響になるのかもしれない。もしくはティレイラの感情の発露――「怒り」が私に向いた結果かしら? それで私にまで『腕輪』の効力が――とすると。
 今の「これ」を自力で力尽くで解除してしまうと、この折角のティレイラごと解除、となりはしないか。

 それは、勿体無い。
 …けれどこのままでは、私ごと。

 と、究極の二択を悩んでいる間にシリューナの下半身までが石化してしまう。咄嗟に魔力で抑えてもそこまで来る程の『腕輪』の威力。今もまだ――更に上にまで徐々に変化させようと侵食して来ている感覚はある。どうしようかしら、と(それでもティレイラの彫像に触れつつ)悩んでいると、『腕輪』の魔力が治まったら外して元に戻してあげるわよ、と場の主。彼女のその声が何処か面白がっているような声音に聞こえたのは、まぁ仕方が無いかもしれない。…確かに、シリューナが「何かの策として」以外で――本当にこの手の苦境に陥るのは珍しいから。
 彼女のそんな反応に、もう、と軽く息を吐きつつもシリューナは今は彼女よりティレイラの事、と完全に頭を切り替える。…元々、こちらを――ティレイラの彫像を愛でる事を優先したいとは思っている。その為にこそこの『腕輪』を使った訳だから。己が石化から元に戻る事それだけを考えるならばそれは難しい事じゃないし。
 …どちらを優先するかに、本来迷う余地は無い。

 だから。
 …シリューナは自力で元に戻るのを諦めた。下半身の石化はもう仕方無いからこのままで。それ以上侵食が進まないよう魔力で抑えて耐えながら、ティレイラの彫像を堪能する事を選択。
 感情豊かに怒る様、を留めたティレイラの姿と言うのもなかなか機会が少ない。だからこそ余計に惜しいと思ったのもある。一度ティレイラに触れてしまえば、手を離すのが惜しくなる――造詣も感触も素晴らしくて。魔力で己の石化を抑え耐えながらも、シリューナはティレイラの今の姿を間近でじっくりと舐めるように眺めている――手だけじゃなく、目も離せない。…真っ直ぐな怒りの表情と仕草。それでもティレは可愛くて。膨らませた頬も指を滑らせると曲線が心地好く。怒った目元も――なかなかこんな造形を堪能する機会は無い。
 そして怒りの様と言う訳でなくとも――今この一瞬を留めた姿と全く同じティレイラなど、今を逃がしたら二度と巡り合えない訳だから。
 ああ、素敵。

 と。

 ティレイラの造形に感嘆を吐くと同時に、蕩けるようにシリューナの身から力が抜ける――抜けた事に気付いたが、気付いた時にはもう遅い。ティレイラの彫像に夢中になってしまった自分の不覚。石化を抑える魔力に『腕輪』の威力が勝ち、殆ど時差無く容易く一気にシリューナの全身が完全に石化する。
 感嘆の後、シリューナには声を上げる間さえ無い。

 場の主も軽く驚く。
 結果、予期せず出来た師弟の彫像。

 …これもなかなか、悪くない。



 暫し後。

「…――お姉さまってばホントにずるいんですからもうッ! …。…ってあれ? お姉さま…?」
 シリューナに怒って詰め寄っていたその瞬間――石化した瞬間から繋がった状態で唐突に元に戻ったティレイラが叫んでいる。が、叫んでいるその目の前には――何故か、酷く悩ましげに感嘆を吐いたところと思しき大理石製のシリューナの彫像が。何が何だかよくわからず、ティレイラは目を瞬かせきょとん。更によくよく見れば、騙されて填めた筈の綺麗な『腕輪』を今自分は填めていない。あれ? と首を傾げて今度はシリューナを見たら――何故か、そのシリューナの腕に自分が填めていた筈の『腕輪』がある。
「??? えっと…? これって…?」
 頭の中が疑問符だらけ。ティレイラは心底訳がわからずその場できょろきょろ。したところで、場の主ことシリューナの知人である女性がクスクス笑っているのに気が付いた。

 …曰く、彼女が『腕輪』をティレイラからシリューナに実験…と言うより悪戯がてら填め直してみたらしい。
 そもそもその前の時点で――ティレイラが『腕輪』の効能で石化した時点で、ティレイラの魔力が影響したのかシリューナの方も予期せず石化し始め、暫く頑張ってあなたの事を愛でてたんだけど結局石化しちゃったの、との事情も聞いた。そして勿論、『腕輪』自体の効能や、それを使う事になった話の流れもざっくりとティレイラに伝えられる。
 で、そんなこんなとあって今に至る訳なんだけど、と言われ。
 改めて目の前のシリューナの姿を示される。

 折角だから、あなたの好きにして良いんじゃない? と。

 え? と思う。
 ティレイラにしてみれば、予想外も良いところ。それは今彫像と化しているシリューナの方でもそうなんだろうけどそれでも、この結果は――完全にいつもと逆な訳で。
 ティレイラ自身でも頑張ってシリューナに「仕返し」しようとした事は何度もある。あるけれど、成功した事はろくに無い。と言うより、成功したと思っても結局また引っ繰り返されるとか、結局お姉さまの掌の上って事が殆どで。
 …そうじゃないなんて事は、まず無くて。

 でも。
 これ、は。

 どうやらそうでは無いらしい。
 不意に訪れた――今日は考えもしていなかった「仕返し」の機会に、喜ぶよりも驚く方が先。ティレイラは暫し考えてから、恐る恐る彫像と化しているシリューナの肌に触れてみる。…肌と言っても質感が大理石。…冷たくて、硬くて、つるつるで、吸い付くみたいな。なのに、その造形はお姉さまそのもので。

 新鮮な驚きを感じながら、いつもなら自分がお姉さまにされているみたいに、ティレイラの方でもじっくりシリューナの彫像に触れて、眺めてみる。

 目が離せないし、触れている指を離すのも惜しい。
 ずっとこうしていたい。
 何だか、自分だけのモノになってくれたような、そんな感覚。

 なんだろう。
 お姉さまが私に色々な呪術使って遊んでる時って、いつも、こんな気持ちなのかな?
 そんな気がする。

 じゃあ、しょうがないのかも…と、ティレイラは頭の何処かで考える。
 だって私だって。
 こんなお姉さまの姿を見たなら。
 自分の好きに、触れて眺めていられるのなら。

 ――――――もっとずっと、このままでいたいって、思うから。

【了】