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【HS】カリブのクニウミ
キューバ沖、イナグア島。上空から見ればちょうどそれは、日本の本州と北海道に似た2つの島からなる事が判るだろう。
その大きな方、グレート・イナグア島にあるロサ湖は、紅鶴の楽園であることで世界的にも有名だ‥‥が、そんな光景を上空から見下ろす『彼女達』は別に、物見遊山でそれを見下ろしているわけでは、ない。
それは巨大な、そうして奇怪な2つの大きな群れであった。一方は怪鳥・姑獲鳥。そうしてもう一方は、同じく怪鳥とも、または蛇の化身とも呼ばれるケツァルコアトル。
かの怪鳥どもが、顔を突き合わせて話し合うのはこれから、この島を舞台に行われようとするとある『儀式』のことだった。それはかつて、日本の北海道沖でも行われたものであり――そうしてその折には生憎、IO2の妨害を受けて失敗に終わったものでも、あった。
人にはわからぬ言語で話し合う、怪鳥達の眼差しの先では、期待に目を輝かせた女が、居る。
「カリブという日本神話から隔絶した土地で、今度こそ、死物工学者たる私の国産みが結実するのよ」
日本神話に伝わる、神々によって日本列島を始めとする数多の島々が産み出され、大和という一つの国家となった――その故事は、もちろんこの遥か遠く離れた異国の地には伝わっていない。だが、その地で今、日本神話の再現をするのだ。
この、異国の地で。異国でありながら日本と似た形を持つ、この島で――島そのものを日本に見立て、『国産み』を、する。
「育て! テラノーマ」
女が叫ぶと同時、カリビアン・ブルーと湛えられる美しい海が、ぶくぶくと不気味に泡立ち始めた。それはグレート・イナグア島全体を取り囲むように広がり、そうしてやがて、それ自体が何かの意思を持つかのように、ぷくん、途中に浮かび上がる。
見た目は、巨大な腫瘍。グロテスクでおぞましいそれは、彼女の研究の成果でもある、テラノーマという虚無の死物兵器である。
その光景に、女がくすくすと楽しげな、それで居て耳にしたものが思わず背筋をぞっと凍らせずには居られないような、笑い声を上げた。と、まるでその笑い声が合図であったかのように、それまで上空で静観していた怪鳥達が動き出す。
『さぁ、あそこにお前のカラダがある』
姑獲鳥達が大切に守っていた、ホノカグツチ――それはもちろん神話におけるそれではない、北海道でかつて失敗した『神』のものだ――の魂を、浮かび上がった腫瘍へと宿した。それを見届けたケツァルコアトル達が、一斉に口を開いて歌を歌いだす。
呪力を帯びたその歌は、宙に浮かぶ腫瘍へと届き、その覚醒を促した。やがて、それまでただの地の切れ目のように見えていた腫瘍の『目』が、ギョロリと開いて自らを目覚めさせた怪鳥達、そうして『母』たる死物工学者の女を見る。
紅鶴の群れが、それに驚いたようにばさばさと大きく羽ばたいた。
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その頃、三島・玲奈(みしま・れいな)とクレアクレイン・クレメンタインはハイチ沖、トルトゥーガ島に居た。そこはかつて、海賊の根拠地であった港である。
玲奈とクレアがやってきたのには、もちろん訳があった。この港ではこの頃、幽霊船団が遊弋しており、その幽霊船団に乗り込んでいる海賊の霊達が、大騒ぎをして人々にご迷惑をかけているのだ。
「いい加減にしなさいよ!」
今日も今日とて互いの首をお手玉にしたり、大砲を打ち鳴らしたり(幽霊船なので一般の人にとっては空砲に過ぎないのが幸いだ)、甲板の上でチャンバラをしたりと、賑やかに騒ぐ幽霊達を前に、玲奈はビシッと怒鳴りつける。その声に、ほんの一瞬だけ動きを止めて、互いの顔を見合わせた海賊達は幽霊海賊達は、けれどもすぐに再び、目の前のどんちゃん騒ぎに夢中になった。
ええい、と玲奈の額に青筋が浮き上がるのを、クレアは見る。自身も対外気の長い方ではないが、玲奈もそれには負けていないようだ。
とはいえこのまま大騒ぎを続けられては、近隣住民からの『不気味で仕方がないから何とかしてくれよ!』という訴えは消えない訳で。しかしこの調子では、霊達が自然に大人しくなるのはまだまだ先のようだ。
少し考え、クレアはこう告げた。
「俺達は蘭人だ」
『‥‥‥蘭人?』
その言葉に、意外なことにというべきか、騒ぐ幽霊海賊達の動きが止まる。己の首をボール代わりにしていた幽霊が、自らの首を両手で抱え上げながらぎろり、とクレアたちを睨み上げた。
胸元辺りに持ち上げられたその顔に、そうよ、と玲奈は頷く。幾ら幽霊のやることとは言え、あまり気分の良い光景じゃないと思いながら。
「あたし達は蘭人よ。あんた達の宿敵、キューバはあたし達が討ってあげるわ」
『‥‥本当か?』
「本当だよ」
「だからちょっと大人しくして。そうして、あたし達に協力して欲しいの」
確かめるような幽霊の言葉に、クレアも大きく頷く。すると、続けて説得の言葉を口にした玲奈の言葉を聞いていたものか、しばしの沈黙の後に、首は『ヒャッハ―――ッ!!!』と奇声を上げた。
『聞いたか野郎ども!』
『聞きやした、親分!』
『あのにっくきスペイン野郎どもを追っ払ってくれるんすよね!?』
『おぅよ! 俺ぁこの姉ちゃん達を信じるぞ! 野郎ども、祝砲だ! 景気良くぶっ放せ!!』
『アイサーッ!!』
「‥‥ッ、だから大人しくしろって言ってるでしょ―――ッ!?」
狂喜乱舞のあまり、ドゴーン、ドゴーン、と澄んだ青い空に大砲を放ち始めた幽霊海賊どもに、玲奈がぶちッと堪忍袋の尾を切らして怒鳴りつけた。だがその祝砲は、しばしの間、港を大いに賑わわせ、IO2にはそれまでにない量の近隣住民からの苦情と要望が殺到したのだった。
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キューバ。虚無の境界が支配するその場所の、首都にある虚無の神殿で、巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)の副官はあるものを建造していた。巨大なギザギザの刃を幾つも持つ、無骨な鉄の円――それは遠くから見れば、巨大な回転鋸であることが解っただろう。
ブッチャーギル。巨大な回転鋸兵器であったそれを、虚無の神殿で今まさに、再び建造しているのだった。
作り手は、鋼鉄神テスカトリポカ。虚無の境界による霊力で促され、巨大鋸を建造する神は、すべての作業が終わると忽然とその場から姿を消す。
そうして、作り上げられたブッチャーギルを前にして、死物工学者を名乗る女が満足そうに目を細めた。巨大な刃は凶暴に輝き、敵を引き裂くのを今か、今かと待っている。
だが、ブッチャーギルに与えるべき敵は、ここには居ない。それは――ぐるり、虚無の神殿から港を見渡して、そこに求める姿を見つけた女はニヤリ、唇の端を吊り上げた。
――そう、引き裂くべき敵はあそこにいる。IO2の手先となって幾度も彼女達の邪魔をする、憎き敵――彼女の腹を痛めた娘。
「馬鹿娘を裂いておしまい! ブッチャーギル!」
――ウォォ‥‥ォン!
大きく手を振り、港を指さした女の言葉に、ブッチャーギルが嬉しそうな唸り声を上げた。そうして宙を飛んでいく、巨大な回転鋸の姿を見て、キューバ沖に浮かぶ海賊船団の上から玲奈はギリ、と奥歯を噛み締める。
あれが敵だと、悟った海賊船団が気炎を上げた。そうして甲板の上に設置された、巨大な大砲の照準をブッチャーギルに定める。
カリブの港ではただご近所迷惑な騒音を奏でるのみに過ぎなかった海賊船団の大砲も、この場にあっては十分な戦力に数えられた。あちらこちらに短刀を突き立て、血を流したフォルムの幽霊海賊達が、陽気にかけ声をかけながらブッチャーギルへと大砲をぶっ放す。
『撃てェェェェイ!』
『アイサー!!』
かけ声とともに放たれた、常人には目に映らぬ幽霊の砲弾は、まっすぐにブッチャーギルの回転するギザギザの刃へと向かって飛んでいった。だが、ウォォォォン、と巨大な唸り声を上げてブッチャーギルが鋸を回転させると、その刃に跳ね飛ばされて、あっという間に砲弾はキューバ沖へと消えていく。
埒があかない。海賊船団のマストの上、見張り台からその様子を見ていた玲奈はそう考え、手に持っていた無線機でクレアへと連絡した。
「貴方。樟脳で空爆して」
「おうよ」
その相手、クレアはといえばその無線を、ハイチ島にあるIO2の前線基地で受け取っていた。前線基地、といえば聞こえは良いものの、ようは土嚢を積み上げたりあちこちにテントを張り巡らせてそれらしく見せているだけの、急造した名ばかりの施設である。
だが、そこには名ばかりではないものも、存在した。滑走路にずらりと並ぶのは、攻撃機ツァウンケーニヒの大隊。それが出撃準備を整えて、命令が出るのを今か、今かと待ち構えている様子は、実に壮観である。
玲奈からの無線を切ったクレアは、自らもツァウンケーニヒに乗り込むと、隊に向かって出撃の合図を出した。そうして一糸乱れぬ隊列で、ツァウンケーニヒのみで構成された部隊は次々と滑走路を飛び出し、青空へと舞い上がっていく。
玲奈が居る、キューバ沖の海賊船団はすぐに見つかった。と、クレアの編隊から1機が滑るように高度を落とし、マストの上の見張り台に立つ玲奈へと近付いていく。
すわ新たな敵襲かと、色めく幽霊海賊達に「あれは味方よ!」と声を上げ、玲奈は近付いてきたツァウンケーニヒの操縦者に手を振った。気付いたツァウンケーニヒが、見事なテクニックでそんな玲奈へと近付いていく。
「どうぞ」
「ありがと!」
何も知らない者が見れば映画の撮影かと思うような、アクロバティックな動きで玲奈はひらり、ツァウンケーニヒの操縦席へと飛び移った。素早く後部座席に移動する操縦者に代わり、未だ空を滑るように飛ぶツァウンケーニヒの操縦かんをしっかり握る。
再び高度を上げ、編隊へと近付いていった玲奈に、クレアからの無線が入った。
『行けるか?』
「当たり前!」
それに強気でそう答えて、玲奈は操縦席ごしにクレアへと眼差しを向ける。と、ぶつかったクレアの眼差しが、安堵したようにすっと細められる。
そうして、2機の共闘が始まった。クレアの機体がブッチャーギルの眼前を掠めるように飛び、それに呼応するように玲奈の機体はブッチャーギルの真下を掠めていく。
圧倒的な威力を誇るブッチャーギルと言えども、この変速的な動きに戸惑ったようだった。その上、死物工学者の女からはひっきりなしに「何やってるんだい、さっさとやりな!」と檄が飛ぶのだから、尚更だ。
その間にも、クレアと玲奈の機体は夫唱婦随の機動で自由自在に大空を飛び回り、ブッチャーギルを狼狽させた。だが――それはもちろん、ブッチャーギルの意識を玲奈とクレアに引きつける為のもの。
飛び回る2機の陰に隠れて、動いている別動隊があった。と言うよりはむしろ、玲奈とクレアの乗機以外のすべてが、その任務のために高度を落とし、ブッチャーギルの警戒の範囲外へと逃れていたのだ。
それが、ブッチャーギルの動きが鈍った今を好機と見るや、一斉に高度を上げる。ブッチャーギルと同じ高度まで――さらにその頭上まで。
『爆撃開始します!』
「「了解!」」
通信で伝えられた合図に、玲奈とクレアは同時に機体を翻し、一気にブッチャーギルから距離を取った。と、同時に取り残されたブッチャーギルに、別動隊が一気に樟脳弾を猛爆する。
これには、さしものブッチャーギルも持ち堪えることが出来なかった。勢い良く回っていた回転鋸の動きが、急速に衰えていく。
ぎぎぎ、と錆び付いた様な音が、キューバの上空に響き渡った。やがて、ガキン! と一際大きな、歯車に何かが挟まったような音がしたかと思うと、次の瞬間、内部から破裂したようにブッチャーギルは、青空の下で爆発し、キューバの海へとその破片を飛び散らせた。
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ブッチャーギルという目の前の脅威が倒れ、IO2の編隊に安堵の空気が広がった。だが――玲奈の表情は、硬い。
ツァウンケーニヒを宙に浮かぶ腫瘍へと近づけ、距離を保つ玲奈の眼差しは揺らがず、ブッチャーギルを玲奈へと向かわせた死物工学者へと向けられている。死物工学者――その名を名乗る、玲奈の産みの母。
だが、産みの母を見るにはあまりにも冷ややかな、憎しみすら感じさせる眼差しで、睨みつける我が娘に死物工学者は軽やかな笑い声を上げた。
「久しぶりね馬鹿娘。お養母さんは元気?」
「あの人のクローンは私の霊力で御してるわ。二度と渡さない」
「おやおや産みの母よりクローンかい?」
「‥‥‥」
揶揄するような声色に、玲奈はただ憎しみを深めた眼差しで、刺すように女を睨みつける。どの口がその言葉を吐くのかと、玲奈は暴れたくなった。
実際、いまだツァウンケーニヒを操縦していなければ、玲奈は飛び降り彼女の胸倉を掴み上げたことだろう。それをしないのは後部座席に居る同乗者のお陰であり、そうして通信を通じて玲奈に冷静を呼びかける、クレアの存在のお陰でもあった。
だから飛び掛りたい気持ちを抑え、睨みつける玲奈をどう思ったものか、女は楽しげに低く笑った。宙に浮かぶ腫瘍の上で、それはひどく様になっている。
「彼女の複製をキューバで渡したのは間違いだったね」
「‥‥ッ! お前なんか‥‥」
「ふふ‥‥良いわね、その目。紛う事なき近親憎悪。結構。――テラノーマの試作品に芽生えるとはね」
腹の底から込み上げてくる怒りを、必死に宥めすかしながら、憎しみだけで人が殺せるならばと奥歯を噛み締めていた玲奈は、だが次の瞬間、女の口から飛び出してきた言葉に我が耳を疑った。一体誰のことを言っているのだと、束の間、憎しみも忘れて女を見つめる。
テラノーマの試作品に芽生えるとは――何が? 近親憎悪。誰の? 玲奈の、この女に対する憎しみ――ならば、その意味は――?
どういう事? と思わず漏れた呟きは、わずかに震えていたかもしれない。否、確かに玲奈は、たった今己が導き出した結論に恐怖を覚え、確かめたくないと願い――けれども、それを確かめずにはいられない衝動に、駆られていた。
まさか。まさか。
「まさか‥‥戦艦の私は‥‥」
「――惑うな! 玲奈」
動揺する玲奈に、通信の向こうでクレアが叫んだ。はっと目を見開いた玲奈の前で、クレアの操るツァウンケーニヒが姑獲鳥を銃撃する。
グギャァァァァ‥‥ッ!!
耳障りな悲鳴が、キューバの空に響き渡った。だがその姿はどろりと溶けて、見つめる玲奈の目の前でまったく別の姿を取る。
「友達だって言ったじゃない? あれは嘘?」
「あ‥‥ぁ‥‥ッ」
それは紅鶴。瞬間、玲奈の脳裏に蘇ったのは、ロサ湖での紅鶴との邂逅。
手が震えた。再び思考が凍りつき、眼差しが目の前の紅鶴から離せなくなる。
「玲奈! 気をしっかり持て!」
「ねえ嘘なの?」
クレアの声が、紅鶴の声が、同時に玲奈の心を揺さぶった。思い出が玲奈を惑わせ、クレアが玲奈を引き戻す。
いや、知らず無意識に呟いた。操縦かんを握る手に力が篭る。もはや玲奈の眼差しは、目の前の景色など映しては居なかった。
「私達は同じ鳥よねよねよね」
壊れたレコードのような言葉が、玲奈の唇から漏れる。その声は通信を通じ、クレアの元に――そうして、キュラソー島にあるIO2キューバ奪還作戦司令部にも、響き渡った。
だが、奇しくもその司令部は、元より紅鶴が去来する土地ではあったものの、常軌を逸した大量の紅鶴に襲来され、基地機能が完全に麻痺していたのだった――
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
7134 / 三島・玲奈 / 女 / 16 / 和蘭国戦略創造軍准将:メイドサーバント
8447 / クレアクレイン・クレメンタイン / 女 / 19 / 王配
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お嬢様達の、伏線を回収する物語(?)、如何でしたでしょうか。
お嬢様にこんな秘密があったとは‥‥と、蓮華も驚くことしきりです(笑
伏線はなかなか、物語を進めるうちに回収するのは難しいと伺いますが、某マンガはそうなのですね‥‥(昔にちょっと読んだことがある程度で詳しくない←
お嬢様達のイメージ通りの、新たな真実がジェットコースターのように展開するノベルになっていれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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