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<東京怪談ノベル(シングル)>


●願いの果てに

 バサ、と音を立てて徹夜で仕上げたデザイン画がゴミ箱に放り投げられた。
 それを茫然として、見ていた。
「何、このキモイ商品。嫌がらせ?」
 鼻梁の通った店主が、柳眉を顰めながらうすら笑いを浮かべる。
 隙のないメークとコーディネートは、まるで鉄壁の鎧のようだ。
「キ〜! 芸術よ」
 歯噛みしながら、デザイン画を差し出した藤田・あやこ(7061)は店主を睨みつける。
 何もそこまで、否定しなくてもいいではないか――それに、キモイのではなく芸術なのだ。
 先進的なデザイン、それを理解しない鼻もちならない店主は、冷酷とも言える言葉であやこに告げる。
「あなた、明日から来なくていいわ。来ないで頂戴、クビよ、クビ」
「何よ! こんな店、やめてやる!」
 売り言葉に買い言葉……ディスクの上の鞄をひっつかんであやこは、ブティックを飛びだした。
 怒りは収まらず、ヒールでアスファルトを蹴るようにして歩く。
 道行く人々が、何事かと振り返るがそんなものは気にならない。
 借用しているアパートへと、真っ直ぐに向かう。

「あの女、私の脳内断頭台で斬首よ」

 悪いのはあの女なのだ、と思いながらも、溢れる涙と鼻水は止まらない。
 だが、憂さ晴らしする気力も金もない、脳内で八つ裂きにしながら……カチ、カチ、と刻む秒針を見つめる。
 あまりの怒りに、今日はビールを5本も空けてしまった。
 許せない、あの女だけは……!

 あやこは、何時か何時か、と思っていた魔術書を取りだし、香を炊く。
 妖しげな香の香りが鼻腔に広がり、脳に甘く浸透していく。
 暗闇に揺らめく、蝋燭の光。
 時々啜り泣きながら、あやこはきゅっきゅ♪ とマジックインキを鳴らしながら、魔法陣を描く。
 悪魔、エヴァ・ペルマネント(NPCA017)を召喚するための儀式だ。
 あやことて、半信半疑だったが『一応』は成功者であるあの女。
 分からせる為には、正攻法ではいかない。

「あら、ユーが新しい召喚者? で、ユーの望みは?」
 漆黒の闇を纏うようにして現れたのは、金髪の豊かな美女。
「まず……私をこの街の女王に」
 この世界、とならないのがあやこの器で有り、小者らしさだった。
「小心者のヂョヲー万歳」
 端正な表情に、少しの侮蔑の笑みを浮かべるエヴァ。
「次に、親衛隊を作り会社に報復」
「根暗のヂョヲー万歳」
「あと私に素敵な夫……恋人とか世話して」
「蜘蛛の巣ヂョヲー万歳。まってなさい、直ぐに調達してあげるわ」
 ヂョヲーに相応しい、下僕をね。
 そう口にして、エヴァは嗤う……勿論、そんな皮肉など、あやこは聞いてはいない。
 全てが叶うのだ、素敵な夫に、この街を牛耳る自分、そして会社も思いのまま。

「待ってなさいよ……ふふふ!」

 深夜のアパート、暗い女の笑い声が満ちていく。



 ウォォーーン
 ニャォォー

 丑三つ時のご町内、痩せこけて悪臭を放ち、涎を垂らす野良犬と野良猫達が哀しげな遠ぼえを繰り返す。
「何……これ」
 戸惑うあやこに、エヴァは鼻で嗤うと顎をしゃくった。
「ほら、国民がヂョヲーを崇拝してるよ」
「とほほ……私は野良の女王」
 でも間違ってないじゃない、とエヴァは嗤う。
 あやこの身体に頭を擦りつけ、そして野良犬が伏せ、腹を見せた。
 完全なる服従を示すその姿……饐えた臭いが鼻に付く。
「ほら、親衛隊だよ♪」
「猫にまで嘗められるとは……」
 なぁーご、と野良猫が鳴いた、腹を見せ、あやこの足に戯れてくる。
 べっとりと汚物が、あやこの白い足を汚していく。

「いや、やっぱりいい!」
「やだなぁ、ヂョヲーさま。契約は最後までなのよ」

 くすくす、嗤うエヴァ、バン、とアパートの室内と室外、外ではまだ犬や猫達が騒いでいた。
 追いだされるのも、時間の問題だろう――。
「私が……悪い訳じゃないでしょ?」
 昇りはじめた太陽が、目に痛い……呆然とするあやこを現実に戻したのは、大家の声だった。
「ちょっと、藤田さん? 苦情が寄せられてるんだけど、もう、家賃も滞納しっぱなしだし。出て行ってくれないかい」
 まるで、要らない物を処分するかのような、冷たい言葉。
「今日中だよ、いいね」

 鞄を一つ、手にしてぽつん、と立つ。
 空を見上げれば、一点の曇りもない青空だった――引き裂きたい程の、青。
「国民が家を献上するってさ」
 毛並みの良いハンサムな番犬が、あやこの方へと犬小屋を押し付ける。
「とほほ」
 膝から崩れ落ち、また、空を仰ぐ……だが、こうしてはいられない。
 髪の毛を手櫛で整え、あやこは一番の目的である『会社への復讐』へと乗りだした。

「やっておしまい!」

 白昼堂々、膨大な数の犬と猫がブティックへと乗り込んだ。
 白に黒に茶色、沢山の毛が舞い散り、洗練されたデザインの服を汚していく。
「ギエー!」
 ぐしゃり、と音が聞こえそうな程、見事に踏まれた店員が悲鳴を上げる。
 グルグルと周囲を回った犬と猫は、涎を垂らしながら徐々に、包囲網を狭めていく。
 涙目であやこを見る――今までは彼女を、見下していた従業員達。
 嘲笑った女も男も、あやこの方を見て命だけは、と懇願する。
「ふふ、あはは! そうよそうよ、あなた達とは人間の格が違うのよ」
 思わず大声を上げて笑うあやこ……暗い笑い声が響き渡る。

「あ〜、スッキリ」
 犬と猫を連れ回しながら、上機嫌であやこは街を歩く。
 あの、媚びるような顔! 最高傑作だ。
「では」
「え、待って! 私の婿は?」
「美男の恋人は隣にいるじゃん」
 美男の恋人……そう言えば、ずっと傍にいた。
 そう、あやこに犬小屋を献上した――。
「え?まさか貴方」
「ワン♪」
「そうだ! 代金頂戴」
「ま、まって……きゃ〜」

 町内会報を読みながら、ある家の女が物騒な世の中ね、と呟いた。
「ねぇ、あれ……」
 あるブティックを襲撃した、犬猫の群れ――不可思議な記事を読んでいた女は、もう一人の女の言葉に顔を上げ、そして。
 その指差す先を、見た。

「ふふ、あはははは――」

 虚ろな笑い声を上げながら、犬猫と共に四つん這いで走り回る女。
 瞳は光を失っているのに、泣いているように艶めいていた。
 紅い唇から涎が滴り落ちる、紛れもなく、藤田・あやこ。
「でも、望みは叶ったじゃない、ねぇ?」
 そう言って、エヴァは嗤う。
 第一、他人の力を借りて幸せになろうなんて、エヴァからしては甘すぎる。

「私はヂョヲー様、はは」

 あやこの虚ろな笑いが響く。
 腑抜けになったあやこは、野良達のヂョヲー様としていつまでも幸せに暮らしましたとさ。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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藤田・あやこ様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

文章を拝見し、コメディタッチでありながら何処か、物悲しく感じました。
出来る限り哀れに、滑稽に――と綴ったつもりです。
もしかして、最後の女は……と考えて頂ければ、幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。