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<東京怪談・PCゲームノベル>


Route Last・歪んだ気持ち / 宵守・桜華

 夕暮れ近くの商店街。
 トボトボと宛てもなく歩くのは宵守・桜華だ。
 そんな彼の手には待ち受け画面が表示された携帯が握られている。
「……連絡はない、よな」
 はあっと大きなため息が漏れる。
 何度確認しても、携帯画面に着信やメール受信の知らせは来ない。そもそも来る筈がないのだ。
「蜂須賀と連絡を絶ってどれだけ経つ?」
 呟き、指折り数えて日数を計算する。
 一週間や二週間と言う大きな時間ではない。それでも計算すると3日は経ってるだろうか。
「今までも俺から連絡しないと来なかったしな……ここでいきなり向こうからってことは、ないよな……」
 菜々美が窮奇を滅した後、桜華は彼女に連絡をしていない。
 その理由はごく単純なものだが、彼にしてはなんとも珍しいことだった。
「いやね、もう用済みとか言われたら……と、柄にもなく臆してしまってさ」
 誰もいない商店街の時計下。
 ぽそぽそと時計に語りかけて息を吐く。
 言葉に答えは求めていないし、ただ吐き出せれば良かった。
 けれど――
「悩む事は良いことだぞ、青年」
「!」
 不意に聞こえた声。これに桜華の目が上がった。
 先程までは誰も立っていなかったはずなのに、今は目の前に長身の人物が立っている。
 男なのか女なのか。その辺の区別がつかない人物は、桜華の様子を楽しげに見据え、そして口を動かした。
「しかし悩むばかりでは、何も解決はしまい。己が望む事は何なのか。そこを見極め、後悔のない選択をするのだな」
 その人物はそう言葉を添えると、フッと口角を上げて笑み、去っていった。
「なん、なんだ……?」
 呆然と見送り、そして先の言葉が頭を過った。
――己が望む事は何なのか。
「望む事……そんなのは、決まってる。蜂須賀さえ、笑っていてくれたら、それで……」
――本当に?
 脳内で響いた問いに、ギュッと唇を引き結ぶ。
 本当にそれで良いのだろうか。
 何も行動せず、何も言わず、ただ時が過ぎるのを待っているだけで、それだけで良いのだろうか。
「ッ!」
 桜華は時計を見上げると、いま一度携帯画面に目を落とした。
 菜々美の働く執事&メイド喫茶が閉まるまでにはまだ時間がある。
「決着、着けてやるよ!」
 そう叫んだ彼の足は、迷う事無く駆け出していた。

   ***

 執事&メイド喫茶『りあ☆こい』。
 既に陽が落ちて明かりの灯る店を見ながら立ち竦むこと数時間。
 ここまで足を運んだものの、どうも残り一歩が出ない桜華は、携帯に乗る時刻を見て、そして息を吐いた。
「もうすぐ閉店だぞ……っ、くそ!」
 らしくもない自分に苛立ちが募る。
 だが悩む思考も、苛立つ思考も、全てが自分であることを彼は知っている。だからこそこれ以上は怒れないし、自身を蔑むことも出来ない。
 なぜなら、そうすればまた、自分に対し同じ感情が返ってくるから。
 とは言え、いつまでもこうして動かずにいるのは時間の無駄であり、ただの逃げだ。
 ここで二の足を踏み続ければ、きっと楽だろう。けれどそれが自分自身の望む結果なのか……そう問われれば、きっと「違う」そんな答えが返ってくるはずだ。
「――行くか」
 決意を決めた時、桜華の足は思うよりも軽く歩き出していた。
 そうして開いた店の扉。
 目に飛び込んできた人物の姿に、胸の奥が大きく弾む。それを必死に抑え、表情も隠し、そして息を呑む。
「ふむ、久しいな。もう直ぐ閉店になるが、それでも良ければ席に案内しよう」
 菜々美はメイドらしからぬ言葉遣いでそう言い放つと、桜華を席へと案内した。
 その姿がいつもと変わらないことに、桜華は内心で眉を寄せる。いや、自分がそうしようと努めたのだから、彼女とてそうであってもおかしくない。
 それでもこう、素っ気なさ過ぎやしないだろうか?
「注文はどうする。流石にこの時間ともなれば品切れの物も出ているが……」
「珈琲だけで良い。腹は減ってないからな」
「そうか。なら待っていろ」
 菜々美はそう言うと、長いメイド服の裾を返して歩いて行った。
 その姿を見送り、長く息を吐く。
「……普通に出来た」
 安堵の気持ちが湧き上がり、次いで言い得ぬ感情が湧き上がる。
「何で蜂須賀の奴はあんなに平然としているんだ? まさか、好意を持ってるのは俺だけ……とか?」
 その可能性は大いにある。
 菜々美は元々感情面での起伏が薄い。故に「そっち系」の思考が途切れていても不思議ではないのだ。
 しかしそれでは勇気を出してここに来た意味がない。
「いや、意味はあるか……」
 呟き顔を上げると、目の前に珈琲のカップが置かれた。
 相変わらずのアンティークな食器に、桜華の口元に苦笑が覗く。
「普通の珈琲だ。砂糖やミルクといった余計な物は混ぜていないが問題ないな?」
「ああ、問題ない」
 頷いてカップを持ち上げる。
 そうして一口飲むと、いつもと変わらぬ味が口の中に広がっていった。
 落ち着く、どこか安心する香り。
「相変わらず良い味してるな。何か特別な淹れ方でもしてるのか?」
「さあ、如何だろうな。珈琲はオーナーが自分の手で淹れているので、誰も何も知らないんだ」
「オーナーが直々に?」
 桜華の問いに、菜々美は肩を竦め気味にして、首を傾げた。
 その仕草に桜華の目が瞬かれる。
「おかげでオーナー不在の時は珈琲が出せない。はた迷惑な話だ」
 それは確かに迷惑な話だ。
 だがそれだけ拘りがあると言う事なのだろう。
 桜華は感心したように声を零し、珈琲を片手に菜々美との会話を楽しんだ。
 しかし言葉はいつか途切れるもので……
「……あー、そうだな……」
 話題を探して思考を巡らす。
 元々話したいことはこんな他愛のないことではない。もっと核心的な、自分の気持ちを表す言葉を口にしようとしていた。
 だから日常会話が途切れるのは至って普通のことで、戸惑うのも普通のこと。
 しかし、菜々美は違う。
「話すことがないのなら戻るぞ。まだ勤務中だからな」
 言って、店内に目を飛ばした。
 平素と変わらず職務に全うする姿。それは彼女らしい姿だし、それこそが菜々美だと思う。
 けれどこの苛立ちは何だろう。焦りは何だろう。
 窮奇を倒し、全てが決着した今、菜々美にとって桜華はどのような存在なのか。
 それが酷く気になる。
 逆に、桜華にとって菜々美とは、たった1つを成す為に、ひたむきに折れそうになっても耐え、進む少女。人として確かな輝きを持つ少女。そんな印象が出来上がっていた。
 そしてそんな彼女に、桜華は知らぬ間に心惹かれていたのだ。
 勿論、今もその気持ちは変わらない。
「蜂須賀!」
「なん――……ッ!?」
 強引に手を掴んで引き寄せた瞬間、菜々美の目が大きく見開かれた。
 間近に見える眼鏡越しの瞳を見、そうして触れていた唇を放す。
「菜々美。俺はお前が好きだ。お前がどう思おうと、俺にとってお前は大事な存在なんだ」
 強引に唇を奪っておいて言うことではないのかもしれない。
 けれど抑えが利かなかった。
 菜々美は目を見開いたまま桜華の言葉を聞き、そして顔を伏せた。
 徐々に震え出す肩と、懐に向かった手に「しまった!」と思うが時すでに遅し。
「〜〜、ッ、貴様ァッ!!!!」
 取り出された銃口が額に振れる。
 咄嗟に両手を上げて肩を竦めるが、菜々美は俯いたまま顔をあげない。それどころか、椅子の上に片足を乗せて力んでいる状態だ。
「……あー……やっぱり、俺殺されるか……」
 半分覚悟はしていたが、やはりこうなってしまったか。
 いや、行動前にこうした考えに到った訳ではなく、行動後にこうした考えに到ったのだが、それでも菜々美にならそれでも良いかなと思ってしまう。
 それほどまでに好意を持っているのだ。そう思うと、なんだか自分まで愛しくなるから不思議だ。
「菜々美の好きにしてくれ」
 桜華はそう言うと、覚悟を決めて目を伏せた。
 そして――
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 ガンッ☆

「!?」
 凄まじい勢いで固い何かが脳天を強打した。
 これに桜華の頭がテーブルに減り込むのだが、ちょっと待て。
「……もしかして……生きてる、か……?」
 痛いのは痛いが、死ぬほどではない。
 それに降るはずのモノは銃弾の雨であって、打撃などという生温い物では無いはずだ。
 けれど桜華は生きている。
「まさか……」
 そぉっと上げた顔。
 そこに見えたのは顔を真っ赤にして息を切らす菜々美だ。
 彼女は桜華と目が合うと、彼をキッと睨み付けて背を向けた。その耳が赤くなっていることから、今見た顔に間違いはないだろう。
「菜々美、さん……? あの、今……死ねって、言いませんでしたか? なのに何で……」
「本当に殺す訳ないだろ!」
 振り返って怒声を浴びせた彼女に、桜華の首が竦められる。
「貴様は私より先に死ぬ権利を持っていないだろ。そもそも貴様の生死は私が握っているのだから当然だが」
「はい?」
 突然出て来た菜々美節に桜華の目が瞬かれる。
 彼女が何を言いたいのかイマイチわからない。
「何を鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしているんだ。貴様は私の物なのだから当然だろう」
 さも当然の様にサラリと言い放った彼女に、今度は桜華が言葉を失う。
「はじめは実験体で充分かと思っていたが、途中で下僕でも良いかと思いはじめてな」
「……下僕、ですか……」
 次々と明かされる衝撃の事実に、桜華の心が折れそうになる。
 ずるずると椅子に滑る様に腰を落とし、苦笑気味に息を吐く。
 菜々美はいつまで経っても菜々美。
 そんな考えが頭を過った時、菜々美の口元に笑みが乗るのが見えた。
「だがまあ……対等でも良いだろう。最近ではそう思うようになっていた」
「へ?」
「私は人付き合いなどするつもりもないし、今後もその必要はないと考えている。しかし貴様はその範囲を越え、人付き合いの枠に入れても良いと言っているんだ」
 わかり辛いが、まさかこの言葉は……。
「……俺の告白を、受け入れてくれ――!?」
 受け入れてくれたのか?
 そう問うつもりが、再び額に添えられた銃口に言葉が呑まれた。
「明確な答えは後ほどおこなおう。だがその前に、貴様はここを何処だと心得る」
「どこって……あ」
 さあっと血の気が引くのを感じた。
 ここは菜々美のアルバイト先で、閉店間近とは言え客や店員の姿がある。そしてその多くは、菜々美と桜華の遣り取りに耳を傾け、固唾を飲んでいた。
 そう、先程の告白もキスも、全てが見られていたし、聞かれていたと云う訳だ。
「あー……あはははは」
「あははじゃない!」
 ガンッと放たれた銃弾が、額スレスレを横切る。
「ちょっ……殺さないって、言わなかったか?」
「手加減はしている。問題ない」
「いや、問題大ありだろ!!!!」
「大丈夫だ」
 そう言って笑んだ菜々美が、新たな銃弾を装填して構える。
 狙いは勿論、桜華へ。
「桜華、貴様はそう簡単に死ぬ男ではないだろ? でなければ、私が選ぶはずもないからな」
 囁き、菜々美は口角を上げて銃弾を放った。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4663 / 宵守・桜華 / 男 / 25歳 / フリーター・蝕師 】

登場NPC
【 蜂須賀・菜々美 / 女 / 16歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは蜂須賀・菜々美のルートシナリオラストへご参加頂き有難うございました。
本当に最後までお付き合いいただき有難うございます。
最後の最後まで物騒な菜々美でしたが如何でしたでしょうか?
折角の告白シーンなど、だいぶ手を加えておりますので、拙い点等ありましたら遠慮なく仰って下さい。
この度は御発注、本当にありがとうございました!